1-8.告白タイム
三人は、マンガ喫酒場の前まで戻ってきた。
「よし。行け。行ってこい。じゃあな、がんばれ」
バンシーの背を押して、ソクラは帰ろうとする。
「ままま、待ってくださいぃ」
あわてふためくバンシー。
照子が、ソクラのポンチョの裾をつかんだ。
「待って、って言ってるよ。ソクラちゃん」
「こら。ひっぱるな」
ソクラは、がうーと照子を威嚇する。
当然ながら、その程度でメゲる照子ではなかった。
「待ってあげようよ、ソクラちゃん!! コイバナだぜ、コイバナ! 立てばコイバナ、座ればコイバナ、闇にまぎれてこの世の悪を斬るときもコイバナ……っていうぐらい乙女の妖精じゃん、私たち!!」
「知らねーよ。個人の問題に、首つっこむな」
そっけないソクラの元に、バンシーまですがりついてくる。
「一人じゃ無理ですぅ」
「ほら。一人じゃ無理だってさ」
照子が、お節介なおばさんみたいな調子で言う。
「そう言われても……」
「じゃあ、私が残ってもいい? これが私の初仕事だし。最後まで見届けたい、みたいなアレあるじゃん」
「…………」
ソクラは一瞬、返答につまった。
(なんか……こいつ、わりと……まとも……? なのか? ……さっぱりわからない……)
照子のことがよくわからない。
いつもは、おかしなことばかり言っている。
ところが、ここぞという場面では正しい判断をしているような気がしないでもない。
(ダメだ……こいつの頭の中が、どうなってるのか……さっぱりだ……)
ソクラには、どうにも理解しかねる。
けれども、さすがに照子一人をこの場に残していくわけにはいかなかった。
「わかった。私もいるよ」
「ヒャッハーッ!! さすがソクラの姐御は話がわかるぅ!」
「うう……ありがとう。ありがとう、二人とも」
バンシーが泣きそうな声で感謝する。
泣かれては困るので、ソクラはさっそく用件を済ませることにした。
「んじゃ、おかみさん呼んでくるから。その間に、二人で何を話すか決めとけ」
「合点承知!!」
「よろしくお願いしますぅ」
バンシーが声を震わせている。
今にも泣きそうな気配があった。
泣きのプロなので、もちろん泣かないことはわかっている。
それでもわりとこわい。
わかりやすく言うと、銃を持った人が引き金に指をかけたまま、手をプルプルさせてるみたいなアレ。
そういうわけなので、ソクラはできるだけ急いで、おかみさんを呼んできた。店の外に。
「あらあら。おかえりなさい。酔いはもう、すっかり覚めたみたいね」
笑顔を浮かべたおかみさんがやってくる。
ソクラはバンシーをうながす。
「さっさと言え」
「む、無理ですよ! だいたい、なんて言えばいいんですか」
「決めとけ、って言っただろ……」
口調を険しくするソクラに、照子が肩をすくめた。
「すぐには無理ではないのかね。ンッンー?」
「偉そうに言うな」
「んじゃ。子猫ちゃん、ボクのものにならないかい。みたいな?」
「あれの言ってることは気にするな。自分の気持ちを……素直に、言えばいい……のかな」
照子をほっといてバンシーを励まそうとして、ソクラはためらう。
(うう……困った……私だって、別にこういうの……経験ないしな……こういうとき、何を言えばいいんだ……)
それでも、バンシーのほうは、何か言おうとがんばっている。
ソクラには、手を貸すことができなかった。
「あの、あの……」
「おかみさん!! バンシーさんは、おかみさんのファンなんだって! 仲良くしてあげてね!!」
「あら。本当? 嬉しいわぁ」
照子の言葉を聞いて、おかみさんは明るい笑顔を浮かべる。
「そこで、お願いします!! バンシーさんとドスケベ感に満ちた関係に……むぐ」
「おまえちょっと黙ってろ」
ソクラは照子の口をふさいだ。
おかみさんは、バンシーに話しかけている。
「お客さんは大歓迎よ。いつでも、気楽にお店に来てね」
「は、はあ。どうも」
「でも、飲みすぎは体に良くないから、ほどほどにね」
「……はい」
そこまで聞いて、ソクラは言った。
「それじゃあ、おかみさん。この件はもういいですか」
「ええ。ごめんなさいね、大騒ぎしちゃって」
「かまいませんよ。また何かあれば、気軽に言ってください。それじゃ」
ソクラは照子を連れて、その場を去っていく。
ニコニコとご機嫌な照子。
「事件解決だね!! ソクラちゃん!」
「事件なんてレベルじゃねー」
あいかわらず、ムスッとした表情でソクラが答える。
「ま、待ってくださいぃ……」
並んで歩く二人のあとを追って、バンシーが駆け寄ってきた。
「あ、あの……お二人にお礼を言いたくて」
バンシーは口ごもりながら、頭を下げる。
「今回は、ありがとうございました。お二人が来てくれなかったら……私……その、なんて言ったらいいのか。悪いのは、私なんで……迷惑かけて、すみません」
ソクラと照子は、顔を見合わせた。
照子が微笑みながら頷く。
ソクラは黙って頷き返す。
照子が何か、良い事を言ってくれそうな気がした。
「まったくその通りだな!! 今後は気をつけろよ!」
溌剌とした声を出した照子が、握りコブシの親指だけ立てて、グイとつき出す。
なんだか、やけにさわやかな笑顔で。
片方の眉だけ上げて、ソクラは微妙な表情になる。
直後、照子の耳をつまみあげた。
「おい」
「いっ、痛いよ!! ソクラ姉さん!」
「何が、まったくその通りだ。そんな言いかたすることないだろ」
「いやだって、今、ソクラちゃんが目で、そう言えって……」
「言ってねーよ」
「痛い痛いっ、耳っ、耳、みみみみ、とれるっ、もげるっ、伸びる!」
照子の耳が、びよーんと伸びている。
思わずため息をついてから、ソクラは手を離した。
「……とにかく、今のは気にしなくていい。困ったことがあったら、いつでも力になる」
ソクラがバンシーに声をかけると、すぐに照子が言葉を継ぐ。
「また何かあったら、気軽に呼んでね!」
「はい」
バンシーが答える。
その顔が、にっこりと笑っていた。
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