第19話 今日からはじめるメンバーダイエット
「メンバーとしてがっつり勤務すると、どうしても太っちゃうよね」
という話を、メンバー上がりの人から耳にすることが多い。それに対して筆者は、
「ほんまか、それ?」
と、特大の疑問符を常々投げかけている。
というのも、筆者はかれこれ三四年ほど前に、メンバーとして精勤に励んでいた訳だが、その頃、72,3kgほどあった体重が、半年を過ぎたあたりで60kgを下回ったという覚えがあるからだ。
いまでこそまっとうな(まっとうな?)会社勤めをしているため、筆者の体重は66,7kgほどに戻ったが、この頃ジム通いを視野に入れている。
そんな折に、ふと同じようなメンバー上がりの人からこんな台詞を聞いたものだから、当時の記憶を遡りながら、ダイエットの秘訣でも転がっていないものかと書き認める次第である。
当時、筆者は20代前半。人生のモラトリアムである大学を六年かけてなんとか卒業し、その実、一年分ほどしか学業を修めていなかったため、アルバイトをしていた雀荘で生計を立てることにした。
特定をされても困るので、具体的な数値は適当にごまかすが、筆者の働く店舗は個人経営で、卓数は七。関西にありふれた三人打ちフリーのお店だった。
オープンは午後五時。クローズはラストまで。と、これまたよくある営業時間。
さて筆者はまずオープン時刻の半時間前にシャッターを開ける。そして店内の掃除。掃除機をかけたり、ゴミ出しをしたり。
そうこうしている内に五時になって、まずはソファに腰掛ける。
店内の掃除をしてさて一服という訳ではなく、――まぁ煙草はくわえるのだけれど――携帯電話を取り出して、まずはLINEを開く。
LINEゲームをはじめるのでももちろんなく、連絡を入れるのだ。
要件は、暇なら麻雀でもいかがという内容。
さて、当店はフリー雀荘であるとは先述通り。では、仮にいまの状況でおひとりさまのお客がやってきたらどうなるだろうか。
店にいる人間は、筆者とそのお客だけ。さしもの三人打ちとはいえ、ふたりでは卓は立たぬ。
そういう訳だから、不意の来客に備え、最低でもひとりはお客を捕まえておかねばならぬ。もちろん、複数人声をかけた内、三人が応答してくれて、それで卓が立つなら大変結構だ。
が、現実はそう簡単には行かない。だいたいヒットしてひとり、ふたり。まぁ、それはそれで結構なことなので、さっそく呼び付ける。
そして筆者の呼び出しに応えて来店したお客ふたり。じゃあ、三人で飲みにでも行きましょうか。とはもちろんならない。
当たり前だが、麻雀をしようといって呼び付けたのだから、フリーを立てる。筆者、客A、客B、という具合い。
しかし、これで終わりではない。筆者は片手に麻雀牌を握りながら、もう片方の手には、まだ携帯電話を握りしめている。それはなぜか。
たとえば、この状況で、セット客が来たとしよう。卓まで案内して、ドリンクなどを提供しなければならなに。
ではそれはだれがするのか。雀荘に住む妖精さんがやってくれる? そんな訳あるか。店にはメンバーは筆者しかいないのだから、筆者がやるのだ。
ではではその間、フリー卓はどうなるか。雀荘に住むドワーフが代走してくれる? そんな訳あるか。店にはメンバーは筆者しかいないのだから、当然止まる。
セット客の対応がある以上、仕方の無いこととフリー客も認めてくれるが、印象が良くないのは言うまでもないし、なにより、収益率が落ちる。
そうならないために、もうひとりフリー客を呼んで、卓を丸で回す必要がある。
が、三人目をキャッチするというのがなかなか難しい。そもそも、片手でメッセージを打つ一方、もう片手で麻雀を打つこと自体難しい。
むろん、筆者の全人脈をフル活用すれば、七卓程度のキャパシティなど、全てフリーで埋め尽くすほどの客を呼ぶなど造作もない(一部誇張表現が含まれます)のだが、そういう訳にもいかない。
なぜなら、仮にある一日をフリー七卓で独占し最高収益を上げたところで、じゃあ次の日は、その次の日は。
大阪市内梅田や東京都区内であれば話は違うが、田舎の雀荘のフリー客の数には限りがある。そして、同時にその客の財布にも底がある。つまり、人数×財布=パイには限度があるということだ。
ある特定の日の売上をMAXにしたとて、客が死んでしまえば、その客が復帰するにはしばらく時間がかかる。死なないにしても、手痛い負けをこうむってしまえば、しばらくフリー雀荘から足が遠のくのは自明の理だ。
田舎の雀荘は、薄く長く利益を取り続ける戦略が望ましい。
だから、手当り次第に声をかけるのも具合が悪い。客に連絡を入れる時は、ここ何日かのフリー客の勝ち負けを思い出しながら選別しなければならない。
また、補足するようではあるが、客同士の相性というものもある。原則的には、筆者は同卓NGというものを認めない方向でやっていたが(田舎の雀荘でそれがまかり通ると、卓が立たなくなる恐れすらある)、だからといって、わざわざ相性の悪い客を同卓させるような加虐趣味もない。
まとめると、客の財布事情と客同士の相性を勘案しながら、慎重かつ大胆な営業を行うのだ。※1
とにもかくにも、LINEアプリを駆使して方々に連絡を投げつけている訳だが、運悪く捕まらなければ、時々フリー卓を止めたりしながらセット客を案内し、ふたり目のメンバーが出勤する午後9時まで耐え忍ぶのである。
そして、運良く三人目が捕まって、卓が丸で回ったとしても、ソファで腰掛けてゆっくりできるということでもない。
セット客のドリンクの配膳をしたり、なんだったら、四人目を呼ぶこともある。
これは保険のようなもので、もしもひとりがラス半をかけても、再び丸で回せるようにストックを作っておくのだ。
仮にこのまま四人目をが来たとしても、申し訳ないような顔をしながら四人回しをお願いすれば、大抵は引き受けてくれる。
時間は過ぎて9時。もうひとりのメンバーの出勤である。こうなると、すこし楽ができる。店の状況によっては、このタイミングで食事を摂ることもある。本日初の食事である。
しかしそれと同時に、雀荘のゴールデンタイムでもある。仕事を終えて食事を済ませた客たちがやってくる時間帯だ。
メンバーがふたりいれば、四人目の客がやってきても、卓を割ることが出来る。そうすれば売上は倍である。積極的に割っていきたい。
そうして、フリー卓が2卓立つ。ちなみに、この間にセット客の入退店があれば、どちらかの卓を止めて応対する。多少回転率は落ちるが、致し方なし。
そんなふうにあくせくしながらてっぺんを越し、時刻は12時過ぎ。このくらいの時間になると、午後5時から呼びつけていた組が帰宅し始める。
チップを現金に換金しながら、今日の麻雀を調子を聞いたりだとか、予定を聞いたりだとかして、明日以降の呼び出し営業の判断材料とする。
また、筆者が呼びつけておきながらずいぶん負けてしまった客にはケアも忘れない。またこんど飯でもおごるよ、とかなんとか言って、店から送り出す。※2
平日の3時になれば、もうフリー卓は完全にバテてしまっているか、メンバーワン入りで回る。セットは1卓か2卓か。
こうなったら、メンバーはひとりでいい。本走に入りながら、9時出勤のメンバーを送り出す。
そして6時になればもう残るはセット客のみ。ここに至って、ようやくゆっくりとできる。食事を取るなり、なんだったら30分程度なら仮眠だって取ったっていい。
しかし、疲れ果てた筆者が取る選択肢は、ソファに深く深く腰を落ち着けて、ライターをかちり。肺いっぱいに紫煙を通すばかり。
なにかを食べようにも用意する気力もわかないし、勤務中にガブガブコーヒーを飲んでいたため、胃は荒れ放題。
そして9時になればさすがに店内はもぬけの殻。眠た目を擦りながら卓掃に勤しむ。
レジチェックや諸々の作業を済ませた頃には午前10時。店の電気を落とし、筆者はソファに横になる。携帯のタイマーを午後4時にセッティングしていることを確認し、目を閉じるのだ。
次に目を開けたら、まずは近くの銭湯に行って、それからコンビニに寄って、4時半に店のシャッターを開けたら、それから、それから、……。
なんて考えている内に、意識はまどろみの中に沈んでいく。
……
…
さて、いかがだったろうか。これは、筆者が最も忙しかった時期のある一日を切り取ってみた。これを振り返り、ダイエットの秘訣を探ってみると、
1、一日17時間労働
2、食事は一日1回
3、コーヒーはガブガブ飲む
ということを半年続ければ、らくらく体重を15kg落とせるという知見を得ることが出来た。ついでに、煙草を二箱消費していたことも、なにかしら関係があるかもしれない。
では、たとえば仮に筆者がこれから体重を増やし続け、80kgに到達したとして、この知見を活かしたダイエットを、言葉を飾らずに言えば同じ生活習慣をしたいかといえば、もちろんNOだ!
とはいえ、どうしても体重を減らしたいという方は、いちどお試しあれ。
※1 当時筆者は、午後6時に召集をかける面子のローテーションを組んでいた。月曜はAさん、火曜はBさん、という具合に。
※2 筆者と同卓してボコボコにしてしまった場合は、ふつうに考えると格別のケアを要すると思いきや、意外にそうでもない。「リベンジ待ってるよ」と言えば、次に声をかけた時、案外好感触が返ってくることも多い。金をかけて麻雀を打とうなんてやつは、たいたい異常者の集まりだからだ(無惨様感)。
雀荘という仕事はクソだからお前らは絶対にメンバーにならない方がいい 終末禁忌金庫 @d_sow
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