第27話 他人に託した部分から崩壊が始まる
手綱を握り、しっかりコントロールすること。乗っかってるだけの奴は振り落とされないようにするのが精いっぱいよ。 ー ハナ ー
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ある国で卵の流通量が減った。
原因を調べたところ、卵を生産する業者が減っていることが分かった。
政府は卵を増やすために鶏を大量に購入しようとした。
しかし、鶏を手放そうとする業者はほとんどなく、
しぶしぶ利用価値の低い鶏から渡したため、集まった鶏は使い物にならなかった。
そこで、卵をふ化させてヒヨコを育て、鶏にすることにした。
ところが、卵がふ化しない。
温めても腐るかゆで卵になるだけだった。
では、まずは基礎からということで卵の孵し方を数年かけて研究し、
卵を孵す装置を開発した。
だが、ヒヨコを育てる人手が足りない。
安い労働力を模索した結果、政府は国民にヒヨコを託すことにした。
しかし、国民は素人当然。政府はヒヨコの育て方を指導することから始めた。
ヒヨコを育てるための施設に莫大な投資をし、
ヒヨコを育てる人に補助を出すため莫大な予算を積んだ。
もう何も問題はない。ヒヨコはすべて鶏になった。
すべてはうまくいくはずだった。
しかし、卵の流通量は増えなかった。
なぜか。
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「こんな学校みたいなことやるの?」
師匠から送られてきたメモを見てハナは言った。
学校に行かない代わりとして、師匠からたまにこういう問題が送られてくる。
正解はない。
考える力をつけるためのものだ。
「こういうのはあれよ。
鶏食べちゃったんじゃないの?」
あっさりと答えを出すハナ。
やっぱり年上なんだな、と思った。
でも、人の答えを真似しても師匠は怒るだろうから、何か違う答えを考えないと。
「あるいは、本当は卵があったけどうまく騙して自分のものにしちゃったとか。」
・・・なんだか、考えられる答えを全部ハナに言われそうだ。
「あとは」
「こら!おとなしく檻にでも入っていなさい!グレタニアンの犬!」
お姉ちゃんがやってきた。
グレタニアンの犬とはハナのことである。
ハナはどういうわけか手足がない状態で過ごすのが好きで、
今日も手足のないままソファでくつろいでいた。
食事もトイレも風呂も難なくやる姿がどう見ても飼い犬のそれだというので
お姉ちゃんは犬と呼ぶことにしたらしい。
「まーたコタローに変なことを吹き込もうとしてぇ!このっ!」
ハナを蹴飛ばそうとしたが、ひょいとよけられてしまう。
手足がないとは思えない身体能力の高さ。
あのとき、すべての能力を奪われたハナを立ち直らせるため、
僕がほとんど元に戻したのだが、
思いのほかすごい能力を与えられていたことが後になってわかった。
工作員としてやっていくには、これくらい必要なのかもしれないけど。
「変なことじゃないわ。
私としての一意見を述べただけ。
何ならあんたも考えてみる?」
「なんで私が・・・。」
文句は言うけど、それは愛する人の書いたものだ。
師匠の書いた文章を読みながらお姉ちゃんは何やら考えている。
「これ、なんでヒヨコを育ててるの?
卵を増やす話だよね?」
「ヒヨコは卵を産めないから」
「ヒヨコに力入れすぎでしょ・・・。馬鹿みたい。」
問題の文章にケチをつけ始めた。
「ここまで金積むなら他の国から買ったほうが早いよねー?」
「他の国が売ってくれなかったら?」
「殺してでも奪い取れー!」
発想が過激すぎる。師匠はそんな答えを望んでないだろう。
車に轢き殺されたカエルを見るような眼をしていたら、
お姉ちゃんは察してくれたらしい。
「う、分かった。少し真面目に」
「コタロー。そろそろ考えまとまった?」
ハナに言われて考えるのを放棄していたことに気が付く。
なぜ卵の流通量が増えなかったか。
卵を産ませるために鶏を増やそう、という考えはあっていたはずだ。
鶏を食べたり卵を隠したりそういう変なことは起きなかったとする。
そうなると、卵自体が増えていなかったということになる。
ヒヨコを育てることができたので鶏は増えた。
しかし、鶏は卵を産んでいなければ、卵の流通量は増えるはずがない。
「鶏って、相手がいなくても卵産めるよね?」
「そのはずね。」
「オスしかいなかったとか?」
「どんな確率よ、それ。」
確かにオスなら卵は産まない。
だが、オスしか生まれないなんてことはありえないはずだ。
「逆に相手がいたから全部ヒヨコになったとか?」
「始めは卵でしょ。ヒヨコで生まれてきたら胎生じゃない。」
「いちいち口はさむんじゃない!このっ!」
またけんかを始めてしまった。
いい加減答えをまとめないと・・・。
「もういい!答え見る!」
「ちょっ、まだコタローが答えだしてないのに」
「えーっとなになに・・・。」
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国民は卵の産ませ方を知らなかったのである。
なぜ卵を産まないのかみんな首をかしげていた。
そして、
「人間が生命の流れをコントロールするのは間違っている」という結論に至った。
そもそも卵を孵さず食べてしまったり、卵を産まないことに腹を立て
鶏を料理にしてしまったりした人もいた。
卵の流通量を増やさなければならない理由がわからなかったのである。
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「だって。・・・産み方知らないっておかしくない!?」
なぜ読み上げたのか。お姉ちゃんが黙って読めば
まだ考える余地はあったのに・・・。
「盲点だったわ。そのくらい自分でやれるとばかり。」
ハナは学校にいたらリーダーになるタイプだな。
確かに、動物は何も教えなくても生活に困らないイメージがある。
学校に行って勉強をしなくても大自然の中で生き抜くための知恵を持っている。
誰の助けも必要としないのだ。
「鶏といいつつ人間みたいな出来損ないに見えてくるわね。」
「たぶん、この問題ってそういうことじゃないかな?」
言われてみれば・・・。
草食動物は生まれてすぐ歩き出し、走れるようになるというのに
人間はどうだろうか。
動物は誰に教えられることもなく、本能で子供を育てることができる。
子犬の面倒をネコが見たなんてニュースもある。
しかし、人間にはそれがない。
ヒヨコすら莫大な時間とお金をかけて、一からやり方を学び、
やっと育てることができるようになるのである。
自分で産んだ子供をどうやって育てるかなんて始めから分かっているはずがない。
子供が増えないことに対して政府は色々とやっているようだが、
肝心な部分が抜け落ちているのではないか。
今の時代、インターネットという便利なものがあるから何とかなっているけど
それがなかったら、いったいどうやって子育てをするのだろうか。
そもそも子供を増やさなければいけない理由がよく分かっていない。
子供を増やさないといけないと思ってくれないのは当然だ。
結局、自分たちの欲望に従って作っているだけである。
「鶏に卵を産ませるって、人間に子供を作らせるっていうことの暗喩なのね。」
「産む意味ってわかんないよねー。
私が好きなのは牧乃であって、生まれてくる赤ちゃんじゃないし?」
「子供を産む余裕がない。っていうのも問題よね。
仕事一筋で生きてきたから婚期逃しちゃった。」
女性の社会進出。
男女平等に働ける社会。
聞こえはいいけど裏を返せば、
男と同じく、
子供を産んだり、育てたり、
しない、ということになる。
もちろん両立という考え方もあるが、それは難しいだろう。
子育てをする体力と時間の余裕がある人なんて限られている。
きっとお金を積んで誰かに頼まないと子育てなんて成り立たない。
そこまでして子供を育てたとして何になるだろうか。
老後、自分の面倒を見てもらうのだろうか。
きっと莫大なお金と手間をかけて育てた子供は、会社の奴隷になっているだろう。
だったら子供なんて作らないほうが賢いのだ。
莫大なお金で人を雇ったほうがいい。
あるいは自分のステータスの一部にするつもりだろうか。
もっとも出世しないとなんの自慢にもならないのだが。
どちらにしても、子供にとっての親の印象はよくない。
子供だって自分の生活で精いっぱいだ。余裕なんてない。
「でも、今の私にはコタローがいる。」
「ちょっとぉ!コタローは便利な道具じゃないんだよっ!」
お姉ちゃんがそれを言うのか。
「道具だなんて・・・!
私が一生仕える主様になんてことを!」
「仕えるぅ?コタローにぃ?
ショタコンっていうんだよー、そういうの。」
なんだか話が変な方向に行っている気がする。
「今は子供でもそのうち大きくなってこの世界の支配者になる可能性がある。
それなら小さいころからいろいろと教えておかないと駄目でしょ?」
「それが本心ね?卑しい女!
そんなだから神に見放されるのよ!」
「あれは相手が悪かったのよ・・・。」
確かに軍神相手ではいくら強化された人間でも分が悪いだろう。
生殺与奪も自由自在の相手を手玉に取ろうなんて並の人間ではできない。
「あなたには理解できないと思うけど、男に尽くすのが女の務め。
これだ!って相手には一生尽くすのが正しい生き方なのよ。
少なくとも私の国ではそう。
文字通り命がけでその日を乗り切るの。」
「そのわりには無防備な姿をさらしてるじゃない。」
「コタローがそばにいると安心できるのよ。」
ハナがすり寄ってきたのでいつも通りよしよししてあげる。
「そういえば軍神、あれからどうなったんだろう。」
「最近見ないねー。ちょっと前までふらっとあらわれて様子見て帰ってたけど。」
軍神が何を考えているかはわからない。
ただ、また何か大きなことをやろうとしているんだろう。
グレタニアン騒動もかなり落ち着いてきている。
次はいったい何をするのか。
「卵が増えていないというところまで、ですか。
もう一歩踏み込んだところまで考えてほしかったのですが・・・。」
「ごめんね?急に答えが見たくなったので。」
師匠に結果報告に来たが、予想通りいい返事はもらえそうにない。
でも、師匠の問題は答えを当てることが目的じゃない。
問題についていろいろと考えるということが重要なんだ。
答えを当てたいなら学校に行けばいい。
「一応、ヒヨコと人間を結びつけるところまではいったのでよしとしましょう。」
「そこはあっていたんですね。」
「ええ。当然できるだろう、やってくれるだろうという人間の思い込み。
それこそが問題なのです。」
言い出したのはハナだった気がするけど。
ハナは答えの一部を当てている。人生経験の差がはっきり出た結果となった。
「何かを行うときに目的を決める。
目的が統一されていることが一番大切です。
目的がわからないと途中で迷子になった時に行くべきところがなくなります。
次に方針を決める。
これができないと何も話が進みません。
方針さえあれば目的がなくても話は進みます。
ゴールにたどり着くかは別ですが。
ただし、方針はやり方を明確に決めていません。
今回でいうところの鶏に卵を産ませようという方針。
『どうやって』の部分が抜けていましたね。
鶏は動物なんだから勝手に生むだろうと、思い込んでしまったのです。
手順を一から十まで作るというのは面倒くさいことです。
『これくらいなら・・・』と手順を省略する部分ができます。
そこから失敗が始まるのです。」
確かに当たり前だと思っていることは考えるのを忘れてしまう。
鶏がどうやって卵を産むのか知らないのに、
鶏は卵を産む動物だと思ってしまっている。
卵を増やしたいなら鶏に産ませればいいということは誰だってわかる。
しかし、卵が増えるように鶏に産ませるにはどうすればいいか、
ということを答えられる人は少ない。
そして、答えられない人はこう考える。
『そのくらい少し考えればわかるだろう』と。
少し考えてわからなかったのに、簡単な問題だと錯覚する。
今までに誰かが当たり前のようにやっていることだからだ。
「問題が当たり前であればあるほど、周囲からの関心も低くなります。
問題が解決できない問題が起きていることに気が付かないのです。
加えて、人間は失敗を認めない生き物です。
失敗は成功の母という言葉があるように、
『失敗も成功するうえで大切なことだ』とします。
要するに起きている問題が
あたかも成功しているように見せかけて放置され続けるのです。
何か重大な事故が起きるまで。」
「最初の2行でそこまで考えろっていうの?
ハードル高いわね。」
ハナが師匠の問題文をひっくり返したり回したりしながら言った。
そんなこと書いてあったかな・・・。
「業者が減ってからでは手遅れです。
業者にも生活があります。卵を売り続けたいはずです。
なぜ業者が減ったのか。そこから考えないといけません。
素人を増やして卵を増やしたところで安定はしないでしょう。
技術を伝えていかないと世代交代でまた初めからです。」
「時間の無駄ってわけね。
せっかく情報を得る手段があるのに、情報を得ようとしなかったら
同じことを繰り返すかもしれない。
同じ失敗を繰り返さなくなるから進歩するわけだし。」
確かに同じ失敗を何度も繰り返していてはだめだ。
人間の歴史は後世に受け継がれることが前提で成り立っている。
何も伝えないならほかの動物と変わらない。
退化と衰退を待つばかりである。
「少子化も考え方は同じです。
なぜ子供を増やさなくなったか考えなければ何をしても同じです。
相手がいないのか。
お金が足りないのか。
環境が悪いのか。
産み方を知らないのか。
育て方を知らないのか。
生む意味がないと思っているかもしれません。
原因がはっきりしていなければ、いくらお金をかけても同じです。
議論を尽くしたところで、何も解決しないでしょう。」
そういって、師匠はテレビをつけた。
「これで22か国か。
名前も顔も区別がつきやしない。」
「兄さん。そんなに真面目に覚える必要ないぞ。
すべて同じ最上なのだからな。」
俺には世界中に妹がいる。
嘘かどうか確かめに行っているわけだが、どうやら本当らしい。
同じ顔の妹が世界中に散らばっていると聞いたとき、
もう少しマシな嘘をつけないのかとあきれてしまったが、
今は嘘ではない現実を知って呆れている。
「コーヒーでも飲んで休むといい。
砂糖を少し多めにしておいてやる。」
「ああ、頼む。」
せめてもの救いは最上にも若干ながら違いがあり、
この最神はわりと男っぽく、弟と接するような感覚で会話できることだ。
妹に囲まれてキャーキャー言われると本当に疲れる。
その点、最神は正反対で、軍人と話しているような心地よい礼儀正しさを感じる。
「妹訪問はこれくらいにして、
世の中の様子も見ておかないとな・・・。」
そういって、俺はテレビをつけた。
国会議事堂が燃えていた。
警告。神候補の君に告ぐ 因幡亭使命 @YRkosoNo1
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