第26話 完璧なものには穴をあけないと満足できないのが人間である。
欠陥だらけの私にすべてを押し付けたら
うまくいくはずないにきまってるじゃん・・・。 - 松島 最上(チャミ) -
「お母さん、今日も部屋から出てこないね・・・。」
虎鳴国がグレタニアンを保護する馬鹿げた政策を発表してからというものの
最下は部屋にこもって呪いの念を送り続けている。
「よほどショックだったのでしょう。
無理もありません。
今まで地道に頑張ってきた運動が水の泡になったのですから。」
「万能な神といえど、愚かな人間のやることには翻弄されるしかないね。」
最上もやれやれといった感じである。
「とはいえ、私もグレタニアンを保護しているわけで、?
抗議しようにもできないわけで、?
そもそも虎鳴国は私の国じゃないし。?」
なんでいちいち首をかしげながら
『自分は何を言っているんだ』的な顔をするんだ?
「・・・でも、たまにはチャミの顔でも見に行ってやるべきかなー?」
「チャミ?」
「私の後任の子。」
そういえば、もともと最上は虎鳴国を担当する最上で、
虎鳴国を捨てて大蓮国を作ったわけだが、
そうなると虎鳴国を見守る最上がいなくなるわけで、
当然別の最上が任務に就いているわけだが、
どうにも影が薄い。
「もが姉のコピーだから優秀なことに変わりないはずなのに。」
「いや、あれは劣化コピー。
私が無事に虎鳴国から抜け出して、大蓮国を独立できるように
ちょっと手抜いてつくってあるから
おそらく政治には向いてないかなー。
能力を駆使して普通の生活を目指したほうがいいんじゃないの?
このままだと虎鳴国がなくなっちゃう、か、も。」
なるほど。それなら話が合う。
いや、虎鳴国担当がそんなしょぼい最上でいいのか?
外からも中からもボコボコにされて今にも破綻しそうなのに。
「終末論ですね。
世の中がうまくいっていない時によく出る滅びへのカウントダウンですが、
実際は国がなくなるなんてことはありません。
人間が集まれば自然と国はできます。
本当に国がなくなるのは人間がいなくなった時です。」
灰寺は毎日駅前で押し付けられるポケットティッシュを見るような顔で言った。
確かに今まで滅ぶ、なくなるという噂が出ても国が危なくなったことはない。
噂が現実になるのは企業の提供するサービスくらいである。
利用する人が減ればサービスは成り立たなくなる。つまり、なくなる。
人間が土地を手放さない限り国はなくならないのだ。
「でもでもお姉ちゃんのコピーでしょ?
何でここまでひどいことになるのかな?」
「たぶん、チャミは総理大臣どころか政治家でもないんじゃないかな?
虎鳴国を動かしているのはあくまで普通の人間。
ただの人間が私欲に任せた政治を行えば失敗するのは当然のこと。
あまり目立ちたくない性格にしたのが結構災いしたってことね。」
能力のない人間が国を動かそうとすればうまくいかないのは当然である。
自分の利益を優先する人間が国を動かそうとすれば国が破綻するのは当然である。
となると、チャミとかいう最上の劣化コピーが全く機能していないことになるが。
「なんだか心配になってきた!
よし、取材にいこう!そうしよう!」
「長い前フリだったな。」
いつの間にか世田谷が来ていた。
こいつ、最初からそのつもりで・・・。
「ついでに新婚旅行の下見に行こう!
ちょうど行きたいところが近くにあって」
こいつも最初からそのつもりで・・・。
「あれがチャミだよ。」
「あの頭悪そうなギャルっぽい子?」
「確かに髪は染めて茶色くなっているが、顔は最上そのままだな。」
茶色い髪の毛の最上、略してチャミということらしい。
「本人はモカだって言ってるけどね。
あと、あれ地毛の色。」
虎鳴国の南地域、山と温泉が観光スポットの田舎町に
場違いなファーストフード店。
そこにチャミはいた。
店の隅のほう、観葉植物の陰に隠れる席で何やら書類のようなものを眺めている。
「ふむふむ。確かにもが姉の劣化コピー。
何でもできるけどすべてにおいて中途半端。
大学を落ちて浪人している。
虎鳴国をよくしようといろいろと手をまわしているがすべて失敗している。
現在、グレタニアン受け入れにより発生した治安の悪化と
社会保障の充実について考えている。
なお、家を出るときに財布を忘れたことにはまだ気が付いていない模様。」
松島が分析した。
本当に劣化コピーらしい。
高校の制服を着ているので高校生かと思ったら浪人生だった。
松島と変わらないくらい背が低いので高校生でも通用しそうである。
書類を広げ、何やら考え込んでいるようだが、
何も浮かんでこないらしく、さっきから唸っている。
「チャミー。元気してたー?」
「もがっ!」
最上は声をかけるなりチャミの口をふさいで隣に座る。
この時点でチャミは上に立つものとして全然駄目だということが分かった。
あれでは一歩間違えれば首をえぐられて即死である。
事実、最上はチャミの首を指で軽く突いて、実質殺してから座っていた。
「まずは言い訳を聞いてあげよう。
グレタニアンを受け入れちゃって今どんな気持ち?」
チャミは最上に口をふさがれたままだ。
世田谷がチャミの前に座り、紙とペンを渡す。
なるほど、これなら騒ぎにならない。
チャミのいた席は死角になっている。
唯一チャミの様子が見える角度も世田谷が塞いでいる。
大きな声を出されなければ誰も気が付かない。
・・・いや、待て。これは犯罪だろう。
チャミは強盗に出刃包丁を突きつけられて絶体絶命というような顔をしている。
それにしても、最上と世田谷の息はぴったりだ。
特に打ち合わせもなくチャミへの尋問を開始した。
もう結婚しろ。
「あの人も、いじめられてる?」
「いや、たぶん違うと思う。
というか、最上の普通がわからん。」
今日は露之浦もつれてきた。
大蓮国に来てからというものの特に外出もしないで部屋に引きこもっていたので、
気分転換も兼ねて連れてきた。
「ここはカップルの多い店ですね。」
「もうちょっとムードのある場所がよかったけど、
学生にはこっちのほうがウケるのかも。」
確かに自然にペアができてしまっている。
灰寺と松島、最上と世田谷、俺と露之浦。
一人ぼっちなのはチャミだけだ。
長くなりそうなので適当にハンバーガーなど頼み、
観光案内に目を通す。
「温泉だけでも結構あるな。
日帰りよりも3泊くらいしたほうがいいか。」
「ここ、いってみたい・・・。」
「じゃあこのルートで。あとこことここを通って・・・。」
話が盛り上がってきたところで
あっちの話が終わったらしく、最上達がやってきた。
「いやぁ、思ったよりひどいことになっててお姉ちゃんドン引きでした。
この国潰すつもりだったけど、潰した後に利用価値がない
なんて初めて知ったし・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
最上はギャンブルで持ち金全部溶かしたような笑顔だった。
チャミに任せておいたら想定以上に酷いことになっていたらしい。
「だがお前はよくやったと思うぞ。
最近ハズレばかりだったが、これならしばらくはネタに困らん。
まずは与党と旧グレタニア国の癒着を調べてみるか。」
酷いことになるということは、世田谷のためになるということである。
腐りきった政界のニュースなんて大衆が飛びつく格好のエサだ。
虎鳴国内の暴動は激しさを増すことになるだろう。
「もうわけわかんない。
どんな法律を作っても穴を見つけてくるし、
補助金はどうでもいい人のところにしか渡らないし、
上に立つ人間はどいつもこいつも不正ばかりでろくなのがいないし、
どうすればいいのよ・・・。」
机に突っ伏すチャミ。
ろくに勉強しないでテストを受けて大失敗した学生のようである。
いや、勉強はしたが
朝寝坊して試験に間に合わなかった学生といったほうがいいか。
「少しは自分の能力を活用したらどうだ?」
「それは無理だ。
それができるならこの国はとっくに地図から消えている。
ここまで何も起きなくて人間が野放しになっているということは、
こいつにはそれができる力が全くないということだ。」
俺の助言は世田谷に潰された。
ついでにチャミも叩き潰す姿勢は流石としか言えない。
助けるつもりが逆効果だった。
「あなたは、・・・隠居して余生を過ごすほかないでしょう。」
灰寺もチャミをどうこう出来そうにないようだった。
割れた花瓶をゴミ箱に捨てた後のような無表情で紅茶を飲んでいる。
ファーストフード店なのに紅茶があるのか。
ちょっと背伸びしたいお年頃の女子にウケそうである。
「人間は自分に不利な状況を作ろうと思うことはありません。
結果としてそうなることはありますが、意図的に作ろうとは思わないはずです。
そんな人間がルールを作るならば、自分にだけ有利なルールを作るでしょう。
そのための民主主義です。
特定の人間だけに有利にならないようにするには、
多くの人間に有利にするルールを作るしかない。
もっとも、人間の代表なんて存在ができた時点で
特定の人間にしか有利になりませんが。」
「大事なことは神様が決めろってことだ。
どうしようもない神なら話は別だが。」
世田谷の死体蹴りで灰寺の言葉なんかどこかに飛んで行ってしまった。
どう転んでも虎鳴国は駄目だったんだな。
上に立つ者が優秀でなければろくなルールも作れない。
上に立つ者が悪人であればろくでもないルールができる。
「もういい帰る。
・・・あ、財布忘れた。」
そういえばそんなことを松島が言っていた。
「仕方がない。お金を作るかー。」
いきなりノートを破ってじっと見つめる。
しばらくするとノートに色が浮かび上がってきて。
「ふふふ、いくらダメダメでもこのくらいはできるし。」
お札が出来上がってしまった。反則だこれ。
自慢げにできたてほやほやのお札を見せびらかすチャミ。
獲物を前に舌なめずりするような小物臭がするが、
やっぱり最上の系譜だけあってこういうことは簡単にできるようだ。
「透かしが入っていない。やり直し。」
だが、出来上がったのは偽札だったらしい。
最上はビリッと破り捨ててチャミに返した。
「えー!」
「そんなことしたらお店の人が困るでしょ?めっ!」
子ども扱いである。
「これはひどいな。小学生でもできることを
もうすぐ大人になるはずの虎鳴国の管理者が全くできないとは。
確かに隠居しておとなしくしていたほうがいい。」
そういえば、コタローならこの程度何もなくても出来そうである。
破かれた紙切れをどうしようかとチャミは悩んでいるようだが、
そもそも何もないところから物質を生み出すのが最上の能力であり、
目の前にあるものを変化させるために四苦八苦するものではない。
「あのさ、よかったらお金貸してくれないかな・・・?」
人間が、
それも階級が下のほうにいる人間が、
今日を生き延びようと他人に媚びる
人として終わってる行動を、
虎鳴国の管理人ことチャミが言い出した。
「酷い言い方だねぇ。」
松島に呆れられた。
これからこいつをどうやっていじめてやろうかという目でチャミを見ながら。
「あとで、返して。」
そして、露之浦があっさり渡す。
どうせそうなるだろうと思っていたのか、すでに財布からお札を出していた。
「よし、これで」
「私のも払っていおてくれ。帰るぞ、最上。」
「はいはーい。授業料ってことで。よろしく!」
「えっ?え!あ」
この状況で最上と世田谷の分まで払わせようとするとは・・・。
「どうしよう。10円足らない・・・。」
しかも予算をオーバーしている。
いったい何を頼んだんだ?
「このお店テイクアウトもあるんだね。
私たちも何か払ってもらおうか?」
「やめなさい。身内に犯罪者が出ては困るでしょう。」
「それもそうか。
はい。偽造硬貨なんて作ったらおこだよ?」
10円を渡す松島。
「望、私たちも・・・。
追いかけないと、帰れなくなる。」
そういえばそうだった。
大蓮国には最上の力がないと帰れない。
少なくともチャミには頼めない。
不安だらけの虎鳴国の守護者を残し、俺たちは帰ることとなった。
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