第25話 つながりが消えていく恐怖は、知らないうちに人間を駆り立てる

許しを認める平和な世の中を、私はきっと許さない。   - 松島 最下 -





「というわけで特等席のご招待だよー。」

俺たちはグレタニアワールドの一つにやってきた。

といっても、グレタニア国の雰囲気はなく、ただの住宅街である。

国旗を掲げたり、装飾したり、それらしい雰囲気はあるものの、

建物は近代的なコンクリート建築なので、コンビニによくある

最低限の装飾で行われる季節イベントを見ているような気分である。

「彼らは国とは言いますが、現状はこの程度というわけです。

 ただの不法占拠ですね。

 決まった法律もなく、通貨もなく、ライフラインは他国のもの。

 単純に考えれば、自国の法律に基づいて処分して終わりです。

 ですが、外的要因を積み上げていくと、選択肢が狭まり、

 何もできずに放置するしかなくなってしまうのです。」

まったくそのとおりで、立場や周りとのかかわりを考えなければ

すぐに片が付く問題なのである。

実際はそんなにうまくいかない。

バッサリとやれば独裁国家といわれる可能性すらあるからである。

経済制裁を受けてもなんともない国はない。

敵であるグレタニア国すら

ビジネスパートナーにして利益を上げている企業だっているからだ。

そういう企業は大体大きく、金も権力もあるため、

国が足を向けて寝られない存在なのである。

「お兄ちゃんどこかなー?」

「どこかねぇー。すぐにでも飛んできそうな感じだけど。」

松島も最中ものんきにしているが、ここは連続殺人事件の現場予定の場所である。

とはいえ、何も起こっていない。

いつも通りの日常。普通に人間が歩いていたり、立ち話をしていたり

「誰か探しているのかしら。」

女の人がやってきた。

浮浪者?ホームレスだろうか。

ボロボロの汚い恰好に、ゴミのようなものが詰まったボロボロのかばん。

あまり近寄りたくない感じである。

「いや、ちょっと。」

「ここは見晴らしがいいから、下がよく見えるわぁ。

 ほら、とってもいい眺め。」

どうしたらここまで奇妙な色が付くのだろうか。

汚れた指が下を指さす。

思わず目を疑った。

先ほど見ていた日常は、姿を消していた。

いつの間にか地面に倒れている人々。広がる赤い水溜り。

悲鳴すら聞こえなかった。瞬く間に人間が殺されていく。

だが、見えない!

この手際のいい暗殺者の姿がまったく見えなかった。

「この美しい大地を汚す、不法入国者は消さなくちゃね・・・。」

「あなたはいったい・・・?」

「あ、うしろ」

最中が指をさす。振り向くと向かいのビルの部屋の中に男の姿があった。

どこにでもいそうな若者。あれが松島の兄なのだろうか。

目が合った。

次の瞬間、そいつは音もなく俺の前に来た。

突然のことで、

突き出してきたナイフを真っ二つにして

顔面にパンチを1発入れるのが精いっぱいだった。

「ちょっとぉ!お兄ちゃんに何てことするの!?」

松島が怒った。

何億もする骨董品の壺を可愛い我が子に手渡してみたら、

使い古したおもちゃのようにぽいと投げられて無残にも粉々になり、

もはや1円の価値もない財産を失った怒りと悲しみを

もはや1円の価値もない子供に

ぶつけることができないでいる親のような顔である。

「いや、刺されるところだったんだからこっちの心配を」

「わー!おにいちゃーん!大丈夫ー?」

毎度のことだが松島は俺についての心配をしない。

たぶん大人しく刺されたところでなんとも思わないんだろうな。

それにしても、こいつの瞬間移動能力は気を付けないといけない。

明らかにジャンプではなく、ワープである。

何の前触れもなく目の前に現れるのだから

普通の人間は声を上げることもできず死んでいったのだろう。

「あら、裁徒がやられるなんて・・・。あなたは一体?」

「いや、先にお前らのことが知りたいんだが・・・。

 松島の兄と、誰なんだ?」

「私の生みの親だよー。」

最中が温泉に浸かっているような声で言った。

これが、最中の母親・・・。

なんとなく雰囲気は似ている。だが、歳は最中と変わらないように見える。

「えっ?これ、お母さんなの?」

松島は驚いていた。

さっき買ってきた新鮮な卵の消費期限が2週間前だったような顔である。

兄の存在も知らなければ親の顔も知らないのかこいつは・・・。

いや、待てよ。

そもそも、松島はどんな人生を送ってきていたんだ?

生まれてからずっと一人暮らしというわけじゃあないだろうし。

「あ、あの!これ、結婚相手です!」

灰寺の腕をつかんで母親の前に連れてくる。

「あら、もう結婚していたのね。親に断りもなく。」

わが子の成長を見守る母親のごとく、

今にもパチパチと拍手しそうな様子で言った。

「予定です!まだセーフです!」

「まあ、私が産んだわけではないし。いや、生んでしまったのは確かだけど。」

いきなり灰寺を親に紹介する松島にも呆れたが、

この母親もよくわからない性格をしている。

産んでないけど産んでしまった・・・。

いったい松島はどうやって生まれたんだ?

「この場合のお母さんは、作品の生みの親という感じかな。

 まあ、私は自分をコピーしたから親じゃないけど、

 新しく人間を作ったら親になるわけで。」

最中の説明もよくわからない。

何とか理解しようと努める。

つまり、コタローが何もない空間からウサギを作り出せるように、

松島の母は人間を作り出せるということだろうか。

「つまり、

 こちらの方が能力によって理下や最中さんを作ったということですね?」

やはり人間を作る能力?神様みたいな能力持ってるのか。

いや、そういう神らしいのはごろごろいるから驚くようなことではないが。

「申し遅れました。私は松島最下。最も下と書いて『もか』です。

 この世界に足りないものを補充して回っている、『日本人』です。」

「・・・日本人?」

「はい、日本人です。」

日本人というのは、空想上の人間である。

礼節や礼儀を重んじ、義理堅く、自国の文化を大切とし、協調性が高く、

手先が器用で、頭脳明晰、武道に長け・・・。

とにかく、理想の人間像を絵に描いたようなものである。

現実には存在しない。

よくできた人間のたとえとして、虎鳴国の人間が使っている言葉である。

「どうしよう。お母さんちょっと頭がおかしいみたい・・・。

 ・・・。

 ちょっとぉ!なんでお前が言うなみたいな顔してるわけ!?」

「日本人かどうかはどうでもいい。

 『足りないものを補充して回っている。』

 その言葉の意味を知りたい。」

世田谷が現れた。最上も一緒である。

姿を消す能力でも使っていたのだろう。

「お母さんの能力は、思い付きを現実にすることができるんだよー。」

「思い付きを?」

「そうそう。アイスが食べたいと思えばアイスが出てくるしー、

 晴れてほしいと思えば雨が上がる。」

何ともうらやましい能力だ。思うだけで願いが叶うなら誰だってそうしたい。

明日の天気すら祈ることしかできないというのに。

「いつでもじゃないよ。絶望した時だけ。」

濡れた手を払って乾かすようなしぐさで最下が否定する。

さすがに制限があるらしい。

「家族とバラバラになって、頼れる人もいなくて、

 住むところも、食べるものも、

 何もなかったですから。

 いつか、幸せな家庭を作ることが夢だった。

 おっとりしたしっかりものの姉とか、

 元気で手のかかる妹とか、

 頼れる兄とか、

 いつも、考えていた。」

「そうして生まれたのが私や理下。

 でも、どこに生まれるか考えていなかったから

 適当なところに出てきちゃったわけ。」

「本当に、そんなことができるとは思ってなかったですからね。」

まあ、自分の能力に気が付くきっかけがないと分からないものである。

俺だってちょっと運動神経がいいなとしか思っていなかった。

気が付いたのは漫画を読んで、同じ動きをして、

人間ではできないことができてしまった時だ。

他人とは何かが違う。

そう思った。

だからと言って何かに使えるというわけでもなくそのまま来てしまったわけだが。

「平和をぶち壊して新しい国を作る独裁者。

 愛について狂ったように情熱をささげる奴。

 そして、世間体を気にせず邪魔者を排除し続ける殺戮者。

 なるほど、足りないものばかりだ。」

世田谷の的確なひどい言葉は

どうやったらそんなにすらすらと口から出てくるのだろうか・・・。

松島は言葉の意味が分かっていないようだが内一つはお前のことだぞ?

「マジで!?」

「マジだぞ。」

やっぱりわかってなかった。

と、今度は裁徒が口を開く。

「こっちについて理解してもらえたところで、

 次はこっちがお前らは誰なんだと問いたい。

 妹たちはともかく、妹の結婚相手と、暴力女と。

 あと二人は誰だ?」

意外にも最上は妹としてカウントされていない。

まあ、俺を女扱いしてくれたところは評価しよう。

「あ、それは私のコピーの一つの最上ね。

 で、その婚約者の世田谷君。」

と、最中が一人ずつ紹介しようとするが。

「そうです!この人が、私の!未来の旦那様です!」

「私が結婚を申し込んだ覚えはないと訂正させてくれ。

 最上が勝手に言っているだけだ。」

最上も理下も母親を目の前にした途端結婚の話をし始める。

結婚は女の幸せとは言うが、俺はそうは思わない。

大体そういう連中は結婚の前後のことを全く考えていないのだ。

結婚相手にも家族がいて、それぞれの生活がある。

結婚すると増える人間関係は一つや二つではない。

愛する人と二人っきりで楽しい生活を送るわけにはいかないのだ。

それだけではない。

結婚することで発生する書類の手続きもなかなかに面倒だ。

ガッツリ税金を搾り取られるためにやらなければいけないことがたくさんある。

得るものより失うもののほうが多いのだ。

だから離婚するときには失ったものを取り戻すべく裁判になることが多々ある。

そんなことを考えもせず幸せを主張するのは考えが甘いと言わざるを得ない。

「妹が二人と聞いていたが、まさか3人とは。」

アニメや漫画にはよくある展開だが、

現実でそんなことが起きたら話がいい方向に向かうはずがない。

松島の兄はかなり困惑している。

弟ならともかく妹だ。お互いを知らない今は、男と女の関係だろう。

いったいどうやって接していけばいいのか悩んでいるに違いない。

実は世界各国に妹が複数いると知ったらどんな反応をするのだろうか。

「そろそろ引き上げたほうがよさそうですね。

 目撃者は全員死んだようですが、この惨状がばれるのも時間の問題でしょう。」

灰寺の言う通りで、あまり長居すると俺たちが犯人にされかねない。

そもそも犯人と一緒にいるのだ。

「惨状?素晴らしい光景だと思うけど・・・。」

最下はアリジゴクの巣から逃れられないアリを見つめるような目で

不思議そうに灰寺を見た。

この親から生まれた松島達が普通でない思想を持つのは必然だったのだろうか。

個人の思想は育った環境によると思う。

しかし、何もない状態からどちらが正しいか判断するときは

生まれ持っての思想に沿うのかもしれない。

少なくとも世間一般のまともな考えから外れている。

「自称まともな人間には惨状にしか見えないということだ。」

世田谷の言う通りなのだが、どうにも引っかかる言い方である。

まあ、自分をまともだと思っている人間のほうが多いからだろう。

自分が間違っていると思いながら行動する人間は少ない。

少なくとも自分が正しいことをしていると思い込もうとするはずだ。

「立ち話も疲れるからおうちに帰ろうか。」

いい加減赤い川や沼を見るのは飽きてきたらしい。

最中は俺たちを連れて大蓮国へ戻った。






「この世界がすべて自分の思うようにできたら、きっといい世界になるのに、

 って、思ったことない?」

最下は紅茶を片手にくつろぎながら言った。

もう浮浪者のような恰好はしていない。

昼ドラのモブとして出てくる普通の主婦のはずだが、

着ているものがどう見てもテレビ局のお偉いさんがオーダーメイドした高級品で

モブではなく重要人物に見えてしまう、

そんな感じの格好に着替えている。

「もちろん、世界のトップ全員につながりがあるなんてありえないし、

 自分に世界を平和にできる力があるなんて思わない。

 でも、あまりにお粗末な世の中を見ていると、

 自分がやったほうがマシになるんじゃないかって気はするよね?」

「その結果が、この松島一族というわけか。

 思い付きが形になるだけでこれだけ厄介なことになるとは。」

頭で考えたことがいつの間にか実現しているなんて誰も思わない。

そもそも最上たちは暗躍していたのだ。

松島がいなければ、コタローがいなければ、俺たちも気が付かなかった。

「でも、おかげで私たちはこうして結ばれたわけで」

「だから厄介だと言っているんだ!」

突如つくられた最上の存在が世田谷に悪影響を及ぼしたのは確かである。

最上を作ったのは最中であって最下ではないのだが。

「次は私もいいでしょうか。ひとつ、私も聞きたいことがあります。」

珍しく灰寺が自分から話をしようとしている。

「あなたは自分が日本人だといいましたが、本当ですか?」

「そんなわけないだろう。日本人は空想上の存在だ。

 いくら島国とはいえ、

 全てを兼ね備えた人間が大勢いるなんてことはあり得ない。

 歴史上の偉人のいいところをつぎはぎして作った架空の人物像が独り歩きした

 だけだと思うね。」

そうなのである。

いくら最下が主張したところで日本人の存在は怪しいものなのである。

もちろん、おとぎ話が現実だった例がないわけではない。

だが、今の人間を見る限り日本人はいなかったと考えるほうが正しい。

人間良いところもあれば悪いところもある。

良いところしかない人間がたくさん集まって生活していたなんて考えられない。

「かつてはいましたよ?日本人がここに。

 ですが、日本人は状況の変化に寛容すぎた。

 せっかく素晴らしい血筋の人間がたくさんいたのに、

 そこに外から穢れた血のろくでもない連中が流れ込んできて、

 日本人の血を薄めてしまったのですから。

 日本人は拒むことを知らなかった。

 だから、共に生きようとしてしまったのです。

 ですから、

 その結果、

 いいように食いつぶされてこの世界から姿を消してしまったのです。」

最下の主張は間違っていない。

拒むことを知らない人間は、自分勝手な人間につぶされるだけである。

だが、日本人がいたという証拠にはならない。

日本人という人種は古文書にすら載っていないのだ。

「なるほど。では、貴方の父親や母親は日本人だったということですね。」

「私の親は・・・。」

ここで最下が言葉に詰まった。

そうだ。最下が日本人ならば、親も日本人のはずである。

最上や理下のように突然生まれてくることもあるが、

普通は、親が子供を産むのである。

「親は、いません。

 いるなら私のそばにいるはずです。

 物心ついたときには親の姿はなく、親と過ごした記憶もありません。」

「あまり考えたくなかったのだが、

 お前も非現実的な生まれ方をしてるんじゃあないのか?」

たまらず世田谷も口をはさむ。

「親を知りたいなら方法はある。

 そこの元・裏の生徒会長さんの育ての親が結構な歴史マニアだったからな。

 もしかしたら知ってるかもしれない。」

そういえば大昔からこの世界を見てきたロコという幽霊がいた。

確かに知っているかもしれないが、非現実的なことが嫌いな世田谷にとって、

ロコの存在を認めることは敗北である。

「なんじゃ歴史マニアとは。」

敗北確定。

「あ、ロコたんやっほ。」

「事情が事情でなければ親もまとめて説教と行きたいところじゃが・・・。」

ロコは松島の教育係である。

あの厳しい教育でどこをどう間違えたらああなるのか不思議ではあるが、

先天的なものは治らないのかもしれない。

「しかし、このような存在が国中をうろついていたとはのぅ。」

ロコは写真に写りこんだ幽霊を眺めるようにしみじみと言った。

「ロコたーん。お母さんは日本人なのー?」

「こやつは、日本人の思念体じゃ。

 誰だか知らんが人間はこうあるべきというイメージが作り出した人間。

 に、ちょいと怨念がくっついて訳が分からんことになっておる。」

要するに空想の生き物がどういうわけか現実になったらしい。

人間の思いの力は恐ろしいものである。非現実的な話だが。

「じゃあ、日本人じゃないってこと?私も!?」

「純粋な日本人ではないのぅ。

 理下、おぬしは血もつながっておらぬから、ただの人間じゃ。」

松島が日本人でないことには同意だが、ただの人間というのは疑問だ。

ただの人間が勝手に人の頭の中をのぞくなんてことはない。

「頭が痛くなってきた。

 いったいこいつは誰が作ったんだ?」

そして、この非現実的な状況は、世田谷の理解を超えているらしい。

「誰ということはない。これは世界中の人間のぼんやりとした不安の塊じゃ。

 一つの島に、外国人が流れつく。

 外国人は島の人と結婚し、子供ができ、子孫を増やす。

 また別の外国人が流れ着き、同じように子孫を増やす。

 これを繰り返すと、初めからいた純粋な島の人は少数になる。

 これはわかるな?」

わかる。

移民でできた国、ゴルドゥファルという国がある。

その国は世界で一番文化が進んだ国だが、

世界で一番格差が大きく、

世界で一番差別が多い国だ。

なぜそうなったかというと、移民にもピンからキリまで様々な人間がいたからだ。

最先端を行く文化人と森にすむ猿みたいな部族が同じところで生活を始めた結果、

お互いに相手の文化を異質なものと思い、忌み嫌うようになってしまった。

もちろん、お互いの文化が融合することで

まったく新しい文化形態が生まれたのだが、

逆に新しい文化についていけない人間が必然的に淘汰され、

長い年月をかけて遺恨が受け継がれることとなった。

初めにその国にいた人間の姿など、大都市のどこを探してもいないのである。

国のどこかの片隅で、煌びやかな都会を恨みつつ、

静かに復讐の時を待っているのだろう。

「島の人はだんだん不安になってくるのじゃ。

 島が乗っ取られるのではないか、とか

 本来の島の人の精神が消えてしまうのではないか、とか

 時には外国人を排斥することもあるじゃろうて。」

それが今の、グレタニアン撲滅運動というわけである。

あんな身勝手な連中が国の中を我が物顔で歩くようになったらおしまいだ。

清水に墨汁を垂らすがごとく、国が、人の心が、汚く汚れてしまうに違いない。

自分の領地が小さければ、心の余裕もなくなる。

周りとのつながりが強ければ、部外者へのあたりも強くなる。

盗られるくらいならみんなで囲んでやっちまえというわけだ。

文明に差があると重火器ひとつで殲滅されることもあるが。

「じゃが、平和な世の中になってしまうと、

 どんなに危険な人間でも受け入れなければならない状況になる。

 本当は追い返したい。いや、虐殺。根絶したいのじゃろうな。

 でも世界がそれを許してくれない。

 そんな状況で世界に蔓延する負の感情が人の形をとったとき、

 こういうことが起きるのも自然なことじゃろう。」

「平和の世の中は、争いのない世の中というわけではないということです。

 平和な世界とは、争いを許しで封じ込めた世界のこと。

 許す側は不満を抱えて生きるしかなく、

 許される側は一線を越えられない不満を抱えて生きるのです。

 許さないと口にしても、 直接的な行動に起こさない以上、

 それは許している状態です。

 文句を言うことで許しているのです。」

許しにあふれた平和な世界で許せないことを許されない手段で解決する。

それが最下という存在による鉄槌なのだろう。

平和を捻じ曲げてでも解決する手段、それがテロである。

人間が起こせるのは小さなテロである。

水に石を投げ込めば波紋が起きるが、

しばらくすれば元の波のない状態に戻ってしまう。

穴が開いたままふさがらないということはない。

水は投げ込まれた石のすべてを受け入れ許してしまうからだ。

そんな水だが、実際は水の分子が動き回っている。

互いに激しくぶつかり合いながらも、一つの水として平静を保っているのだ。

ここまで許しが蔓延した中で生活していかないといけないなんて

狂気の沙汰である。

人間とはなんと異質で奇妙な生態の生き物なのだろうか。

今は松島のほうがまともに見える。







数日後、虎鳴国はグレタニアンを保護する政策を発表することとなる。

平和な国は許すことしかできないのだ。





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