第24話 選択肢があれば、選択肢を疑う人間は少ない



めんどくさーい。やっといて。私ならできるから大丈夫。たぶーん。

- 松島 最上(最中) -




「ヒーローの目的は何なのでしょうか。」

「目立ちたいのか。ステータスにしたいか。どっちかだろう。」

学校に行くわけでもなく、特にすることもないので、

俺はのんびりテレビを見ていた。

灰寺ものんびりお茶を飲み、松島も灰寺にベタベタしていた。

グレタニアワールドに世界が侵食されていく中、反グレタニアワールドを主張する過激派の活動が顕著に表れるようになっていた。

自分の国に外国人がのさばっていることが許せない人間は、どの時代にもいる。

外国人だけを標的にした痛ましい事件が起きたことがあるのは授業でも習った。

虎鳴国でもグレタニアンを狙った殺人事件が報告されるようになってきた。

グレタニアワールドは、非公式の国である。

法律的には土地の不法占拠であり、国が強制退去させることもできる。

しかし、国は直接的な措置をとることはなかった。

批判されることが怖いからである。

しびれを切らした国民が、グレタニアワールドを襲撃して、

グレタニアンを殺害するという事件が世界中で起きた。

国によって対応は様々である。

英雄として黙認する国。犯罪者として指名手配する国。

どちらにしろ自分の手を汚さず問題が解決するならどうだっていいのである。

「誰かがやらないといけないことがあります。

 それを誰がやるのか。立候補してやるのか。推薦してやるのか。

 選ぶ方法はいくらでもあります。

 しかし、結論から言うと誰でもいいのです。

 もちろん、誰にやらせるかで結果は変わりますし、

 専門的な能力が必要なこともあります。

 それでも、特定の一人に限定されるようなことはありません。

 人間には寿命があります。

 同じような能力を持った人間が交代で行うしかありません。

 同じような能力を持っていなくても、その時が来たら交代する必要があります。

 よって、誰でもいいのです。」

「やりたくないことをやっている人間もいるだろうな。」

学生はやりたいことを大学でやり、それを生かしたやりたい仕事に就きたい

と思うが、現実は厳しい。

「仕事に就きたくない人もいるよー?」

・・・やりたい仕事に就きたいと思うかもしれないが、現実は非常である。

大学でやったことが全く生かされない仕事に就くことがほとんどだ。

もっと言えば、行きたい大学に行けない学生だっている。

行く気もない大学に合格する学生がいる一方で、

どんなに頑張っても行きたいところに行けない学生がいるのである。

学生だろうが、社会人だろうが、それは変わらない。

やりたくない仕事をして命を落とす人間たち。

穴が開いたら、そこにやりたくもないことをする人間をまた連れてくる。

その繰り返しである。

人間は社会を動かす歯車のようなものだが、

どの歯車になるか自分で選ぶことはできないのである。

なりたい歯車になった人間は、自分で選んだかのように他人に語るが、

それは違う。

歯車の選択肢に立候補しただけであって、選ばれる許可をしたのは他人である。

「すべての人間がやりたいことをできるわけではありませんからね。

 人間なんてたくさんいますが、

 やらなければならないことに対して、人間の数が不足しています。

 例えば、12色のクレヨンで絵を描くことを考えてください。

 クレヨンは基本的に同じ色のものがないとして、

 描きたい絵が全体的に赤いものが多かったとします。

 赤いクレヨンは多く使われて、真っ先になくなるでしょう。

 もっとも使い切る前に、絵を描く道具としては使いにくくなって

 新しい赤いクレヨンを買ってくると思いますが、

 代わりの赤いクレヨンがないと、他の色で代用せざるを得ません。

 青い太陽や黄色いイチゴを描くしかないのです。

 もちろん、緑のリンゴのように、違和感のないものもできます。

 失敗は成功の母です。」

「でも、私は赤いほうが好きだよ?あと甘いの!」

松島が個人的要望を言った。

「そうですね。制作物には自分の評価と他人の評価があります。

 いくら自分で納得のいくものができたからと言って、

 周りに評価されるとは限りません。

 自画自賛。結果が出ないということです。

 結果が出ないことを続けるのは苦しいことです。

 ほとんどの人間が止めてしまうでしょう。

 最終的に変わり映えのない無難なものに落ち着いていきます。

 ここで問題なのが、その無難なものを作るのに必要なものが

 常に供給されているわけではないということです。

 赤いクレヨンが必要なのに、赤いクレヨンがないこともあるのです。

 別の色で塗ることは許されません。赤い色で塗ることが求められるのです。

 そうなると今までゴミとして捨てていた

 クレヨンの切れ端を使わざるを得ません。

 あるいは、赤ではないけれど、オレンジと比べたら赤いクレヨンを

 代わりに使ってごまかす方法もあるでしょう。

 前者は一時しのぎにしかなりません。

 切れ端までなくなってしまったら終わりです。

 後者は質の低下です。人の心は次第に離れていくでしょう。」

「要するに、人材不足が問題なんだな。」

「加えて、システムの維持に必要なものがわかっていないのです。

 初めにシステムを構築するときに、

 その時点で、用意できる最高のもので、

 より良いものを作ろうとしたはずです。

 用意するものの中に人間が含まれていると、

 代わりの人間がいなくなるだけでシステムは崩壊します。

 ものにしても人間が用意していれば、

 用意する人間がいなくなるだけで大問題でしょう。

 それがわかっていないと、

 システムを維持するため、代わりのものを探して何とかしようとします。

 Aが駄目ならB。Bが駄目ならC。代わりのものを探します。

 システムを維持できる選択肢があると思っているのです。

 同じ人間なんて世の中に存在しません。

 同じ人間をコピーしたはずの最上ですら違いがあるのです。

 それに気が付かずに次々と人間を取り換える。

 赤は次第にオレンジとなり、気が付けば黄色に変わっているのです。」

人間は今までにいろいろな物やシステム、

会社や組織、伝統などを作り上げてきただろう。

しかし、時代の流れについていけなくなり、消えていくのがほとんどである。

いや、時代に流れについていけなくなったのではない。

維持するのに必要な要素が『人間』という

代わりが用意できない『もの』に頼り切っていたのである。

人間を配置する人間は、適材適所だなんだと苦労したに違いない。

しかし、どう頑張っても同じものなんて人間が変わったら作り出せないのだ。

「でも、簡単なことなら誰でもできるよね?

 カレーとか肉じゃがとかレシピ通りに作れば誰でもできるよ?」

「そうですね。誰でもできるようにするやり方もあります。

 バイトでいうところのマニュアルです。

 能力にとらわれず、誰でも同じことができるのであれば、

 人間を使ったシステムとしては素晴らしいものです。

 ですが、誰でもできるというのは、人間にとって良くないことです。

 自分を一番に考える人間は絶対に違和感を覚えます。

 自分より劣っている人間と同じことをしているのですからね。

 『なぜ、優れた能力を持つ自分が、こんな猿でもできることをやっているのか』

 と。」

人間は道具ではない。誰でも思うことである。

正確には、『自分は、道具ではない。』だが。

他人を道具として使いたいのは、誰でも思うことである。

猫の手も借りたい。

忙しいときは、人間を人間として扱うと都合の悪いことがたくさんあるのだ。

「自分が一番じゃないと気が済まないなんて、人間って駄目だね。」

「松島は灰寺の一番じゃなくていいのか?」

「それは!・・・くっ。望のくせになまいきなー!」

ブーメランを叩き落としたら松島に逆切れされた。

人間は誰しも特別な存在でありたいと思っている。いや、願っている。

神である松島だってそうなのだ。特別な存在でありながら現状に満足できない。

「裏を返せば、誰でもできることをするよりも、

 誰にもできないことをするほうが価値があるということです。

 価値があることをするのならば、優遇されているべきだと考えるわけです。

 そこに格差が生まれます。

 誰でもできることを目指したはずなのに、

 気が付くと格差が生まれているのです。

 なぜなら、自分にしかできないことを人間は定義したがるからです。

 やっていることにいくらでも替えが聞くということは、

 自分が必要ないということです。

 他人より少しでも優れていたいのが人間です。

 なにしろ、他の動物と比較して優れていることが

 生まれながらにして何一つ持ち合わせていない

 不思議な性質を持っているのですから。

 『何故自分は特別な部分がないのだろう』

 と、不安になるのは当然なのです。」

特別な能力を持った人間になりたいという欲求は、

第二次成長期の少年少女たちに多く見られる。

平たく言えば中二病である。

ゲームとか漫画とかに影響されてこういう風になりたいと思うのである。

しかし、子供は現実を知らないので、

大人から見ると恥ずかしいことをやってしまう。

黒歴史というやつである。

どんなに恰好を付けたところで強くもなれないし魔法も使えない。

当たり前のことではあるが、それに気が付かない、

現実に目をそむけてしまう時期があるのだ。

とはいえ、現実を知ってからも、

特別な存在でありたいというのは誰でも考えることだ。

違うのは、より現実的な手段をとるようになるということである。

「自分にしかできないことをして優越感に浸る人間も、いずれ寿命が来ます。

 空いた価値のある場所には別の人間が殺到するでしょう。

 その場所は自分が選ばれるべきだ、と。

 しかしその前に自分の手にしているものを誰かに渡さないといけません。

 順番に渡していった結果、誰もやりたくないことが残るわけです。」

「人間は、代わりにやってくれる救世主を探すんだな。」

「救世主と言えば聞こえはいいですが、いわゆる生贄、人柱です。

 誰かに任せるなんて自分にとって都合の悪いことです。

 宝石と爆弾。他人に渡したくなるのはどちらか、考えれば納得するでしょう。」

人材不足でも嫌なことは他人に渡したいということだ。

人手が足りないからと言って自分がやろうとは思わない。

つまり、嫌なことばかり

二つも三つも押し付けられる人間が出てくるということだ。

当然嫌なことが長続きするわけもなく人間は離れていく。

しかし嫌なことをやる人間がいてシステムが成り立つのだ。

嫌なことをやってくれる人間を探すために選択肢を広げたり、

嫌なことがあたかも楽しいかのように嘘を言って他人に渡したりするだろう。

その結果、やりたいことができない世界になるのである。

「すみません。話、あります。お願い聞いてください。」

珍しくツェンシェンがやってきた。

「再び私たちの国、滅びます。ここ。助けてください。」

また、予言だけである。

やっぱり自分で何とかしようという気がないらしい。

というか、『私たちの国』という時点で腹が立つ。

地図を広げて見せているが、そこは虎鳴国である。

俺たちの国だ。ツェンシェンの故郷のグレタニア国ではない。

「この場所は、特別な場所のようですね。」

「ここ、恩師がおられるところです。

 今、恩師は国のために働いておられるところです。

 ぜひ、助けがほしいです。」

要するにグレタニアンが虎鳴国を侵略するのに力を貸している恩師とやらを

俺たちに助けてほしいらしい。

馬鹿じゃないのか?

「私、言いました。大丈夫です。

 予言は絶対。恩師は死にます。

 でも、伝えた。セタガヤいないから。」

「世田谷がいない?」

「はい。」

時間が経ったとはいえ、虎鳴国はまだ放射能が残っているはずである。

もしかして、取材に行ったのか?

「理下、最上の居場所はわかりますか?」

「ちょっと待ってね。

 ・・・ここ。って!」

松島はツェンシェンの持ってきた地図を指さした。

どういうことだ?

恩師の死ぬところに最上がいるということは。

「お姉ちゃん、もしかしてグレタニアンを殺して回ってるの・・・?」

「落ち着きなさい。事実がわかるのに憶測で家族を疑うのですか?」

「あ、そっか。ええと・・・。

 あ~~よかったぁ。お姉ちゃんじゃなかった。

 お兄ちゃんだった。」

ん?

「・・・ええええええええええええええええ!?そんなの聞いてない!」

「なんでお前、家族構成を全然把握してないんだ?」

「いや、だって。興味なかったし。」

本当に灰寺のことしか頭にないのかこいつは!

「とにかく、現場に行きましょう。

 またコタローに頼ることになりそうですが。」

「出かけるのー?送ってくよぉ。」

珍しく最中が自分から行動した。

そういえば転移術ならこっちのほうが上手である。

「失礼な!あってるけど。」

「もな姉。ここに行きたいんだけど。」

「知ってる。私もちょうど行こうと思ってたんだよねー。

 最上が何しに行ったか。興味あるし。」

その気になれば頭の中だってのぞけるのにやろうとしない

松島の手本みたいなことをしている。

しかし、何でも分かるからと言って

常に頭の中を覗かれるのも気持ち悪いものである。

案外、このくらいゆるいほうがちょうどいいのかもしれない。











今日は猫ちゃんの元気がない。

先ほどからほっぺたをつまんだり引っ張ったりしているが、イマイチ反応が薄い。

いつもなら手を近づけるだけで怖がったり嫌がったりするが、

今日は何やら物憂げな様子で一日中ボーっとしている。

借りてきた猫というのはこのような状態をいうと思う。

「元気、ないね。・・・・何か、あった、の?」

喉に軽く触れて話すように促す。

この子は私の許可なく叫ぶことはできない。

私に対して行動するときは、私の許可が必要になる。

「予言は変えられない。このとき、私、とても無力と思う。」

「予言、って・・・何?」

「私の恩師が死にます。

 それはわかる。しかし、死なないはできない。

 ・・・予言は絶対。変更はできない。」

全知全能の神が己の無力さを思い知ったが如し絶望の、

虚ろで美しい瞳が二つ。

この子には予言の能力がある。

明日の天気から星の寿命までありとあらゆることがわかる。

ただし、予言を変えることは絶対にできない。

他人に打ち明けて、未来を変えようとしても、結果的に予言は当たる。

それは運命というべきか。

これから起きるすべての出来事は受け入れる他ないのだ。

人間は運命を変えたり切り開いたりして前に進む生き物と聞く。

ゆえに、努力は素晴らしいということになっている。

私は違うと思う。努力は理由のこじつけでしかない。

この病弱な体を何とかしようと私もお医者様も精いっぱいの努力をしたが、

何も変わらなかった。

変わったのは最上のおかげだ。最上がすぐに治してくれた。

その時私は、何の努力もしなかった。

すべては運命のおかげ。人間に運命を変える力なんてない。

この子も同じく運命のままに、前へと流されていくしかないのだ。

この子に選択肢はない。

自分の生き方に、選択肢があるのは、うらやましいことだ。

自分の生き方に、悩む余地があるのは、うらやましいことだ。

この子は自分の生き方さえ決めることができない。

せめてもの慰めに、今日もこの子の敏感なところをまさぐってあげて、

一日は終わる。


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