第23話 今まで手にしたものを捨てて這い上がる人間はいない。
ゴミは捨てるものではない。使い捨てられたものがゴミなのだ。
- 松島 最上(最神) -
「人間はいつになったら自ら泥舟を降りることができるのでしょうか。」
灰寺はまたもや意味深なことを言った。
先日、グレタニア国で史上最大、最悪な事故が起きた。
史上最大なんていくらでもあるが、今回は本物だと思う。
原子力発電所の同時爆破テロ。グレタニア国は跡形もなく吹き飛び、付近の国々は、
というより俺たちの住む星は、放射能で汚染された。
人間たちは大混乱だった。マスコミは不安を煽り、ネット上にはデマが飛び交った。
『虎鳴国はグレタニア国の風下にあるから、もうすぐ放射能が飛んでくる。』
この本当のような嘘に踊らされた人間が大勢いた。
効果のない薬を買いあさったり、海外に高飛びしたり、
中には酸素ボンベを高額で買った奴もいた。
そんな間抜けな人間を尻目に、俺たちは大蓮国に避難している。
放射能が飛んでくることは嘘ではない。
『もうすぐ』の部分が嘘なのだ。
虎鳴国は既に放射能で汚染されていた。
日が経つにつれて放射能が確認されたニュースが広がっていった。
もう手遅れだ。
それなのに、『自分はまだ大丈夫だ。まだ間に合う。』と考えている人が後を絶たない。
今日も家でテレビを見ながら文句を垂れているだけだろう。
いや、ネット上で盛り上がっている最中かもしれない。
「案の定、といったところか。念のため大蓮国に逃げるルートを作っておいて正解だったよ。」
世田谷も面倒なことに巻き込みやがってという顔である。
記事にできない取材をコタローの力を使ってまでしてどうしてやる必要があったのか。
これがその答えである。
「生きるのが必死になっている世界で勝手に独立して国を作れば、
戦争が起きるか、土地の奪い合いになると思っていたよ。
もっともここまで大事になるとは思っていなかったが。」
「ほーらねっ!私からは逃げられないんだって。ついでに式も挙げちゃお。
ねっ?」
世界中のトップが頭を抱えているときに、大蓮国のトップである最上は幸せで頭がどうにかなっていた。
助かりはしたが最上と24時間ずっと一緒になる世田谷のことを思うと不憫でならない。
いや、割とどうでもいいか。
「もう学校に戻れないね。」
「危ないとわかっているのに学校に残ろうと思うほうが愚かです。
人間は身に危険が迫っていても、すぐには逃げられない生き物です。
何かの間違いではないか。今まで通りの生活をしたい。
誰かが何とかしてくれるだろう。
いろいろな考えが頭に浮かんで、逃げるチャンスを逃します。
人間は常に上を目指して進む生き物ですから、あえて下のほうに進むなんて愚かだと思っています。
上ばかり見ていて足元にあいた穴が見えていないので、やたらと地獄に転げ落ちることがほとんどですが。」
「やだよぅ・・・。また牧乃と一緒に学校で楽しく過ごしたい・・・。」
松島はかなりショックだったらしい。
ここにだって最上が能力を使って無理やり引きずって来たのだ。
「もう過去のことは忘れて現実を見ようぜ?」
「そだよー。危ないことがわかっているのに文句だけ垂れつつ居座るような人間と一緒になっちゃダメだって。
まあ、なっちゃったものは仕方がない。あきらめなさいって。ね?」
最中もなんとかあきらめさせようとする。
めんどくさいことが嫌いとはいえ、姉として最低限のことはしてくれるのだろう。
「なっちゃったものは、っていうけどもとはといえば原因はお姉さんだよね?」
コタローもご機嫌ななめである。
「いやー。安全を無視して乱立している原子力発電所を破壊すれば、面白いことに
なるとは思ったけど、
ここまで大事になるとはねー。あっはっは。」
こいつが犯人か。
「私は何もしてないよー?グレタニア国まで行くの面倒だし。
そもそも先に仕掛けてきたのはあっちだし。」
確かにそうである。
その割にはコタローが不機嫌すぎるが。
「いろいろあってね。大丈夫、こういうのも経験だから。」
「経験ってお前。」
「経験というより教訓というべきではないのかね?」
力強い男の声がした。聞いたことのある声だ。
いや、聞こえてはならない声でもある。
なぜなら、数日前に消滅したグレタニア国の首相、ゴッデス・グレタニアの声だからである。
ゴッデス首相が大蓮国にいた!
「な、なんでグレタニア国の首相が」
「核ミサイルをぶち込まれた程度で私が死ぬとでも思っているのか?
失礼な小僧だ。」
なんという迫力。俺は女だと反論する気もなくなってしまった。
それにしても核爆発にも耐えられるなんてもはや化け物である。
「化け物?君が我が国の国民であれば公開処刑にしていたところだが。」
「こ、心が読める?まさか」
「そのまさかよ。」
急に声が女の声に変わった。聞いたことのある声だ。
なるほど、そういうことか。
いや、こんなことがあっていいのだろうか。
ゴッデス首相は、松島最上の一人だ!
顔がドロドロと溶けて最上本来の顔が出てくる。
「相変わらずだねー、最神。」
「人のことが言えるか!せっかく創り上げた国を台無しにしやがって。」
「私を暗殺しようとしたくせにー。」
「部下が勝手にやったことだ。私は関与していない。GOサインを出しただけだ。
でないと部下が動けないからな。」
なんだなんだ?最上が最上を暗殺?
「ええと、その。最中と最神は仲が悪くて」
「仲が悪いだと?仲間だと思ったことすらないぞ!」
「うん。こういう感じだから。ね?」
最上(姉)も苦手としているのが良く分かった。
体型はレトロゲームの格闘キャラ、性格は昔ながらの軍人。
起伏のない細身の最上やだらだらとして肉付きの良い最中とは全く違う。
「グレタニア国は軍事主義で、軍隊の力で国を治めているんだよ。
今まで戦争で負けたことがないくらい戦略がすごくて、軍神と呼ばれている最上。
だから最神。国民が勝手に呼んでる。」
「私にとって害のないことであれば勝手に言わせておけばいい。
私はそれほど優れていない。だが、最も神に近いと自負している。
ゆえに私の国、グレタニアは最も優れているということに近い。」
自信家なのか謙虚なのかわからない。だが、偉大な人物であることは嫌でも伝わってくる。
松島は灰寺の後ろに隠れて様子をうかがっている。
俺は前にいる露之浦をしっかり抱きとめている。
他人からどう見えているかわからないが、露之浦は盾である。
「で、何の用事?」
「何の用、だと?お前の送り付けてきたこの汚物を捨てに来たに決まっている。」
ゴッデス首相もとい最神は、なにやらドロドロの液体の入ったバケツを取り出した。
「おー。わざわざどうも。元はあなたの持ち物なのに。」
「いくら私の持ち物であったとしても、産業廃棄物となったものをいつまでも大事に抱えているわけがない。
これはお前が処分しろ。」
「悪いけど、それは私の持ち物じゃないんだよねー。」
と、最中はコタローのほうを見て。
「あっちが今の持ち主だよー。」
「何ぃ?」
とんだとばっちりである。
「こんな乳臭いガキに、これを・・・、処分させるというのか?」
「本人の意思は尊重されるべきだよ。」
そのバケツに入った産業廃棄物とやらが、ものすごく大事なものらしい。
コタローは始めは何が何だかわからないといった顔をしていたが、
だんだんとバケツの中身が理解できたようで。
「ハナ、なの?生きてるの?この状態で。」
「当たり前だ。任務を遂行するまで死なないように作ってある。
核の爆発に巻き込まれて体がドロドロに溶けても死ぬことはない。」
「ハナ!?」
コタローが慌てて再構築する。
バケツの中に入っていた液体は、一瞬にして少女に姿を変えた。
「ほう。腕は確かなようだな。
なるほど。私の他にも同じような、同じレベルの能力を持つ者がいたとは。」
「ね?将来有望でしょ?」
「お前の手柄ではないだろうが!」
癖になっているのか生えてもいない髭をいじろうとしていた最神は激怒した。
本当に仲が悪いらしい。
同じ最上でも環境や経験によって性格が違うとは聞いたが、これほどとは・・・。
「今回は私の負けだが、次は絶対に報復する。
私の同志が世界中に街を作って占拠しているからな。
首を洗って待っていろ!」
「めんどくさーい。」
「おい、そこのガキ。そいつはくれてやる。煮るなり焼くなり好きにしろ!」
言いたいことだけ言って最神は帰って行った。
「いやー。国をつぶすって大変だねー。
国をつくるよりは楽だと思ってたんだけど。」
「人間を追い出すのが難しいのは当たり前だ。
くそ。取材したかったのにそれどころではなかったな。」
世田谷は目の前をUFOがゆっくりと横切っているのにカメラを持っていない人間のような顔で見ていた。
あれにも取材しようとしていたのか・・・。
それから数週間、世界各国で問題が起きた。
原因は放射能ではない。
いや、放射能による被害も既に報告されていたのだが、
元グレタニア国の人間による被害が明らかになってきたのだ。
祖国をなくしたグレタニア国の人間は、難民として、世界に散らばり住み着くものと思われていた。
ところが、彼らは住み着いた土地をグレタニア国の土地だと主張し、
強制的に国土を乗っ取り始めたのだ。
グレタニア国は元から人のものを盗んだり、他の国の常識に従わなかったり、
傍から見て問題な行動を起こすような人間が多かった。
だが、自分の国が消し飛んだからと言って、他の国を乗っ取るなんて予想できなかった。
国は違えど良心や常識は大体同じである。
人のもの盗むのはよくないことだ。ましてや国の土地を占拠するなんてありえないのだ。
彼らは集団行動を基本としており、ある一つの区域に固まって暮らしていることが多かった。
マスコミもグレタニアワールドとして面白がって報道したりしていたのだが、
そのグレタニアワールドが新生グレタニア国となったのである。
もちろん、世界中である。
頭を下げるか、泣きついてくるか、何らかの交渉をしてくると踏んでいた人々は、
何の断りもなく勝手に国を創った元グレタニア国の人間の図々しさに度肝を抜かれることになった。
世界各国のお偉いさん方は大きな決断を下すことになった。
自らの国を難民に差し出すか、難民を犯罪者として処罰するか。
ほとんどの国は大切な土地をグレタニア国に渡すことになった。
難民を迫害したなどとマスコミに書かれたら政治生命が立たれるからである。
不法滞在として処罰する国もあったが、世界各国から非難された。
なぜなら元グレタニア国の人間が世界中にいるからである。
マスコミは例によって面白おかしく書き立て、強硬手段に出た人間はすべて、
世界中から非難されたことにより職を辞す羽目になった。
「人間はゼロからのスタートという言葉を使いますが、全くゼロからスタートする人間はいません。
経験なり知識なり何かしらは残っているから新しくスタートを切れるのです。
長い時間をかけて積み上げてきたものを捨てろと言われて簡単に捨てられるでしょうか。
人間は絶対に拒否します。
それがどんなに危険なもので、続けることに大きなリスクがあるとしても、
人間は捨てることができないのです。
今回は完全敗北のようですね。」
「うーん。まさかここまで早く逆転されちゃうとはねー。
やっぱり私だけあるわー。すごいすごい。」
最中はというとあまりショックを受けていない。
自分の生活している大蓮国は、グレタニア国の人間がいないため、
他の国がグレタニア国に侵略されても問題ないからである。
元はといえば最中が原因なのに暢気なものである。
「あー、グレタニア国の人間がいないわけじゃないよ?
ここに一番先に一人で逃げてきたから誰も気が付いてないと思うけど。」
一番先に一人で逃げてきた?
「ツェンシェンだな。こうなることを予測できて、
かつ、自分だけ助かろうとして行動し、
かつ、このルートを探し当てることができるのはあいつくらいだ。」
「ほんと、どうしようかなー。恋のライバルなら即殺だけど。」
そういえばいたな。予知能力を持っている、一応、世田谷の協力者である。
グレタニアの人間だけあって、他人に好かれない性格をしている。
最上も持て余しているようである。
やっぱり、勝手に処刑なんかすれば非難されるからだろうか。
近くにプロのマスコミがいるわけだし。
「これがなかなかかわいい性格していてついついいじめて遊びたくなっちゃう☆」
「うん。わかる。すごく、いい。」
ああ、おもちゃにしたいのか。
糧飼が抵抗できないツェンシェンの体をべたべたと触っている。
なめくじが体中をはい回ったような姿のツェンシェン。あわれ。
「セタガヤ、助けて・・・。」
「嫌なら帰れ。放射能にまみれて臭い飯を食いたいならな。」
世田谷は冷たいが正論だ。事実、ここにいれば最上の栄養食を毎日食べられるので、
最上と糧飼の変態レズプレイに耐えられれば文句はないはずである。
「誰が変態よ!同性愛反対の差別主義者にはんたーい!」
「そーだよ!お姉ちゃんはシスコンなだけでレズじゃないよっ!」
頭の中で失言をしただけでこれである。松島の血筋は恐ろしい。
「世界中の人は安心して寝ることができなくなりそうですね。
グレタニアワールドがある意味軍事拠点のようになったのです。
どこかにいる最神が命令すれば、いつでも武器を持ったグレタニアン、
ゴッデス首相に忠誠を誓った元グレタニア国の人間、が治安を乱すでしょう。
そのことに気が付くのはいつになるか、という問題もありますが。」
「早いところ法律なり条例なり作ったほうがいいと思うけどねー。
グレタニアワールド内にいる人間は、自国の法律で裁けない。
犯罪者のための拠点になるってことだよ。
でもまあ、今までに運用されてきた安全安心の法律を大きく変えるなんてできないと思うから、
周囲の住民は屈するしかないんじゃない?
特に国のトップにだけ根回しをして危険なところを避けるような外交をしている国は、
各地に散らばる武器を持った一般市民に説得なんてできるはずがないよ。
最悪殺されるね。」
確かにそうである。現在、グレタニア国にトップはいない。
ゴッデス首相をはじめとする政府関係者は死んだことになっているのである。
いや、ゴッデス首相なんて初めから存在しなかったのだが、そのことは誰も知らない。
もちろん、政府間でしか話さないとはいえ、グレタニア国の住民に対するいい人アピールはしていただろう。
だが、自分の国に点在するグレタニアンにはしていなかったはずだ。
なぜなら、自分の国で、自国の人間より他の国の人間を重用すれば、売国奴と罵られるからである。
自分の国の人間を優遇したほうが国民に受けがいい。だから外国人なんて軽視して当然だった。
今まで軽視していたグレタニアンと交渉するわけだから圧倒的に不利である。
いつものように国のトップと関係をよくして何とか丸め込むようなことはできない。
せいぜい大金をちらつかせて一時しのぎをするしかないだろう。
いずれにせよ国を失って難民となったはずのグレタニアンが大きな顔をして世界中を闊歩するのは避けられないのだ。
「この場合の解決策はグレタニアンの皆殺しです。」
人間嫌いの灰寺は、あっさりと人種の根絶やしを提案した。
「人間は自分一人で大きなものを積み上げてきたと思いがちですが、個々を見るとそうではありません。
天高く積み上がっているものは、人間がたくさん集まって積み上げたものなのです。
よって、各地に散らばったグレタニアンは、ネットを通して世界中でつながっているように見えて、
一つ一つ潰していけば大したことのない集団です。
支配している地域が小さく、物理的な籠城戦に弱いので、ライフラインを絶って24時間体制で包囲していれば
いずれ死にます。」
「問題は、それをやれる国がどれだけいるか、ってことだねー。
この平和な時代に少数民族に対して殺りくを繰り返せば非難されるだろうし、
今まで作り上げてきたクリーンな人間像を捨ててまでやらないと思うよ?」
「もちろん、今までのやり方に従い、ひたすら待つのでしょう。
誰かが解決してくれるのを、国のトップたちはひたすら待つのです。
今までそうやって成功して、今の自分があるわけですから。
次の世代交代が来るまで、ひたすら待ち続けるのでしょう。
それこそが真の意味でのゼロからのスタートなのです。
何も持たない人間は、じっと待つことしかできません。
巣の中で口を開けている雛のように、誰かが助けてくれるまで、ずっと待ち続けるのです。
餌を与えてくれる親鳥なんて存在しないというのに。」
手詰まり、というわけである。
溺れる者は藁をもつかむ。
古い体制や考えにしがみついて死ぬのを待つしかないのである。
打開するには大きくやり方を変えなければならない。
最神が、今まで作り上げてきた大帝国を消滅させたように、大胆な改革が必要なのだ。
「それにしても、お姉さんはどうしてハナの考えを読み切れなかったんだろう。」
「そだねー。頭の中を覗けば、何を考えているかわかるはずだけどねー。」
グレタニア国消失の一連の騒動についての僕の疑問。
最神はハナを最中さんのところに送り込んだ。
最中さんはハナの頭の中の覗いて、ハナが何をしに来たか知った。
そして、ハナを洗脳して、グレタニア国に送り返すことで逆に最神の国を消滅させた。
でも、あのときハナは洗脳されていなかったんだ。
最神からの指示通り、洗脳されたふりをして、原子力発電所を爆破した。
だから、すべてうまくいった。
わからない。僕もハナの頭の中を覗いたけど、そんな考えはなかった。
自分の作った能力だから欠陥があったのかもしれないけど、お姉さんも読めないとなると話は別だ。
めんどくさかっただけという可能性もあるけど。
「知りたい?」
「えっ?」
ハナが話しかけてきた。
「閉心術っていうの。相手に心を読まれないようにする能力。
偉大なる軍神様は、兵士を丸腰で線上に送り込むことはしない。
必要なものはすべて与え、万全の状態で戦いを始めるのよ。」
なるほど。戦争に負けないわけだ。
マニュアル通りに訓練された普通の人間と、相手に合わせてカスタマイズした軍隊。
戦って勝てるはずがない。これで勝てると思って戦争を始めるリーダーはバカだ。
「軍神様は慈悲深いお方。
敵といえど血を分けた姉妹を手にかけるなんて出来なかった。
だから、私は必要最低限の戦闘力しか持っていない。
私の使命は、最中に敗北し、洗脳を受け、最中の下で働くこと。
どう?驚いた?」
「ぜんぜん。」
こんどはお姉ちゃんが口をはさんだ。
「閉心術って、本当にあるの?私は普通に心読めたけど。」
「う、嘘でしょ?」
「別にあなたの任務が失敗しても成功しても牧乃に影響がなかったら興味ないし、
ばらしたところで牧乃が得するわけでもないから黙っていたけど、
ダメだったかな?」
僕も驚いたが、ハナも驚いている。
「試してみる?ほら、じゃーんけーん!」
いきなりじゃんけんを始めた。
「長く続けてもいいけど、時間がもったいないから5回あいこで6回目に勝つね?」
恐ろしい宣言をした。結構な低い確率であることは僕にもわかった。
「次はチョキ、その次はグーだね。そしてまたグー。」
「な、なんで・・・。軍神様から授かった能力に欠陥はないはず。」
「欠陥ではない。あえて妹には読めるようにしたのだから当然だ。」
現れたのは軍神最神。音もなく急に現れるのが恐ろしい。
「ど、どうしてですか!?」
「お前が妹に対して危害を加えないようにするためだ。
心で理解しているのだろう?私は慈悲深い。
最愛の妹に手を出すことは認めない。」
言葉の一つ一つに重みがある。鼓膜が震えるたびに体に電流が走るような力を感じた。
怖い。恐ろしい。でも、お姉ちゃんを大切に思っているのは確かだ。
「そんなに怖がらなくてもいいではないか。我が妹よ。
あまりに怖がると、脳みそをかき混ぜて、忠誠を誓わせたくなるではないか。」
「そ、それだけは~。」
お姉ちゃんのおでこを軽く指で叩く。
額が割れるかと思ったがそんなことはなかった。
むしろ、お姉ちゃんは少しホッとした顔になった。
「まったく、最上も同じようなことをしようとしたのか。
妹を大切に思うのはいいが、あまり干渉しないように言っておかねばならんな。
妹だからと少し甘めに見てしまっていたかもしれん。」
どうやら最上さんはこの軍神の妹らしい。
言われてみればそんな気もする。
「と、せっかく来たのに用事を忘れて帰るところだった。
ハナと言ったな。能力を返してもらうぞ。」
「えっ?」
「任務は終わった。もはや敵地に潜り込む能力など必要ない。
兵士が武器を持っていいのは戦場だけだ!」
軍神は、ハナからすべての能力を奪った!
床にへたり込むハナ。
「箸を持つ力くらいは残しといてやる。
これからは普通の人間として暮らせ。」
「そ、そんな・・・。これから一体どうしたら。」
「人間なら、使い終わった道具は処分する。
人間は消費することしかできない生き物だからだ。だから命がある。
長く生きれば、生きているだけ害をなす!
神は、使い終わった道具をもとの状態にして戻す。
神は永遠を生きる。ゆえに、未来のことを常に考えなければならない。
自分の生きている間だけ幸せであればいいなどという消費的な考えは神には
不要!」
軍神が僕をにらむ。
間違いない。用事というのはこれだ。
僕は学校に行っていない。僕に教育を施しに来たのだ。
そして、気が付くといなくなっていた。
「神様の妹がこんなのでいいのか、ちょっと自信なくすなー。」
お姉ちゃんはハナの腕を触ったりねじったりしていた。
「本当に、箸を持つくらいの力しか残ってないね・・・。」
「こんな、こんなことって・・・。」
お姉さんを殺しに来たというのに、今はお姉ちゃんにすら勝てない。
小学生に似合わない筋肉だったのに、今はガリガリに痩せている。
まるで、数年間ベッドの上で寝たきりになっていたような体だ。
「お願いします軍神様!もう一度私に力を!
まだ私は働けます!」
「最中お姉ちゃんより洗脳うまいんじゃないのかな?
これ、狂信者だよ・・・。」
そしてなんとなくわかっていることがある。
ペットを育てるのは、子供の情操教育にいいという。
ハナは宿題なんだ。
このどうしようもなくなった人間をどうすれば普通の人間にできるか、
僕の力が試されているんだ・・・。
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