第22話 人は自分のためになることしか教えない。すなわち、国は社会のためになることしか教えない。

何もしないのがいいトップ。なんでもやるトップは独裁者。だって、なんでもできちゃうから。  - 松下 最上(最中) -

 



「教育と洗脳の違いを考えたことはありますか?」

師匠は僕にそんなことを言った。

教育というのは学校で勉強をするということだ。

洗脳というのは、なんだろう。悪の組織がやるというイメージしかないけど。

教育と洗脳の違いを考えたのはこれが初めてだ。

教育はいいこと。洗脳は悪いこと。そんなところかな。

でも、お父さんの言う教育は暴力だ。

うーん。悪い教育もある。

違い。違い・・・?

「教育と洗脳の違いは、国にとって利益があるかどうかということだけです。

 同じことをしていても教育と言ったり洗脳と言ったりするのはそのためです。」

唸っていたら師匠が答えを出してくれた。

なるほど、それならわかる。

「なぜ国民全員に教育を受けさせるのか。一部の人間だけ賢ければ国は成り立つのに。

 それは、教育を行わない人間は、国以外の人間から洗脳される恐れがあるからです。

 人間の価値観は人それぞれ。国を守りたい人間がいれば、国を滅ぼしたい人間もいます。

 そもそも、世の中は一部の人間にしか有利になりません。

 その他大勢の人間が不満を持っているのは当たり前です。

 その他大勢が団結して国を倒さないように、あらかじめ教育をするのです。

 もちろん表向きは必要最低限の知識を身に着けること。

 国語、算数、理科、社会といった教科で得点をどれだけとれるかという誰が見てもわかりやすいものです。

 ですから、ほとんどが社会に出て役に立たないことばかりです。

 役に立つ時といえば、人間として自分がどれくらいの価値があるか、他人と比較するときです。

 この教科なら他人より上。この大学に合格した。他人の知らないことを知っている。

 人間が自信をもって役に立つと言えるのはその程度でしょう。

 しかし、一番重要なのは、道徳や社会のルールを学ぶことなのです。」

「でも、親や先生はテストの点のほうを重視したけど。」

「道徳や社会のルールは点数で評価できないからです。

 善悪の判断基準はそれぞれの人間の中にあります。

 どれだけ経験を重ねても裁判官がすべての人間を納得させる判断ができないのに、

 普通の人間が公平な判断を下せるはずがありません。

 それに、子供は『なぜ』が多い状態です。

 自分より下の立場の人間に自分の意見を指摘されるほど屈辱的なことはありません。

 『なぜ』と聞かれて、根拠がないものを子供に分からせる技量のある人間はそれほどいません。

 逆にこれ以外絶対に別の答えがないほうがお互いわかりやすいのです。

 りんごが2個と3個、あわせて5個。子供も『なぜ』とは言いにくいでしょう。

 『なぜ』と言う子供がいたとしても、学校は数の暴力を知る場です。

 加減を知らない賢い子供たちは、『なぜ』と言った子供を一方的に叩き潰すでしょう。」

なるほどなぁ。教育はわかりやすさが重視される。

ほとんどの人間は理論的に説明する能力がないからだ。

だから暴力や権力で解決しようとしてしまう。子供はそれを見て育つ。真似をする。

それを修正するのが学校における教育の在り方だ。

でも、先生も理論的に考えることができていないと思う。

きっと学校の教育をまともに受けてなかったんだろう。

もちろん勉強はできる。でも道徳はわからない。

点数で評価できないからだ。先生に気に入られていれば寝ていても二重丸が取れる。

「教育はそんなところだね。

 結局、無能な人間の教えでは無能な人間しか育たない。

 問題なのは無能な人間は自分が無能だとわからないことだよ。

 無能なのが普通だと教えられてきたからしょうがないけど。

 だからたまに、間引いてあげないと、人間はどんどんゴミになっちゃう。」

出てきたのは最上さん、の、どの最上さんだろう?

お姉ちゃんから同じ人がたくさんいるってことは聞いたけど。

「あ、私は最中だよ。よろしくー。」

最中、ということは、お姉ちゃんのお姉さんのお母さん、って聞いた人だ。

一番危険だとか。

「大丈夫大丈夫、怖くないよー。」

危険には見えない。ちょっと天然入ってる優しそうなお姉さんだ。

抱いているのは子供だろうか。競泳水着のような服を着ている。

そして、手足がない。

「ああ、大丈夫。生やさなくていいよー。

 この子はこの姿が気に入っているからね。」

気に入っている?

手足がないと不便だと思うけど・・・。

「洗脳は終わったようですね。」

「まだまだ子供だからねー。

 割とすんなりと。」

洗脳するとこうなるのか。

・・・どうやって?

正直、このお姉さんが洗脳できるとは思えない。

「なるほどねー。鞭で叩いたり、裸で鎖につないだり、

 そういうのが洗脳だと思ってる?

 違うよ。」

一瞬目が怖くなった気がした。

危険、だと感じた。

「思想を変えるコツは、相手の心の支えを崩すことです。

自分がされて嫌なことをするのではなく、相手のしてほしくないことをする。

これが難しい。人間は自分を中心に考えることしかできませんからね。」

師匠が助け舟を出してくれた。

相手のしてほしくないことをする?

どう違うのだろう。

「なかなか難しいよねー。

 もうちょっとヒントを上げようか。

 次のうち洗脳はどれ!

 いち、牛肉を食べさせる。

 に、牛乳を飲ませる。

 さん、ソファを牛革にする。」

まったくわからない。牛乳にアレルギーでもあるのだろうか?

共通しているのは牛。

・・・牛が悪い?

正直羨ましい生活だ。

いや、自分の好みで考えちゃだめだ。

でも、なぜ牛?

「あ、小学校では宗教って習わないんだっけ?」

「子供に理解できるのは仏様を拝むことくらいだと思います。」

「ヒントになってなかったね。うーん。

 でも、本当にそれくらいしかしてないんだけどなー。」

よくわからないが牛ということがだめだったらしい。

なぜだろう。

牛に触れたことが原因で、この子は完璧に精神が崩壊してしまったんだ。

「信じるものが救われるのは足元だけだとよく言われますが、こういうこともあるのですね。」

「本来宗教は生活の知恵を伝えるためのものなの。

 強い日差しを避けるため布をかぶる。

 感染症を防ぐために死体を焼く。

 人間に与える食べ物を増やし、家畜に与える食べ物をなくすために食肉を禁止する。

 守らなければ命に係わること、だから昔の人は真剣に守ってきた。

 生活が豊かになってどうにでもなるようになると宗教を真剣に守る人は減ってきた。

 残ったのは金と権力。今の宗教団体なんて秘密結社と変わらないってこと。

 本来の姿は、人間の命を守る、そのための教え。

 だから、こういうふうになっちゃうわけ。」

真剣に宗教に取り組むと精神が崩壊するらしい。

「真剣に取り組むと、というより、目的を間違えると、ってところかな。

 これは絶対に守らないといけない!って考えになると人間は狂っちゃう。」

うーん。

「ええと。その・・・。

 教祖様助けてー?」

どうやら僕が理解できていないのを察したらしく、師匠に助けを求めた。

「・・・例えばですね、地震の時に机の下に隠れましょう。

 これはわかりますね?」

「はい、師匠。」

「では、今にも建物が崩れそうなとき、火事で部屋が燃えているとき、

 地震だからといって机の下に隠れ続けたらどうなりますか?」

「そんなこと、誰もしないと思うけど、死んじゃうよ?」

「そういうことです。なぜ机の下に隠れるか。もちろん自分の身を守るためです。

 自分の身を守るということを忘れて、教えられた通りに机の下に隠れていてはいけません。

 人間は信頼するものは嘘でも疑わない生き物です。

 一度教え方を間違えると、訂正するのは至難の業です。」

こういう説明は師匠のほうがわかりやすい。普段から人を諭す活動をしているから。

それはそれとして。

「その考えを改めたところで、

 なぜ、この子は犬みたいになったの?

 宗教から離れたら人間じゃないってこと?」

この犬みたいな少女は僕に興味を持ったみたいでさっきから犬みたいな声を出している。

はぐれた親を探す子犬みたいだ。

「うーん。これはちょっと予想外なんだけどねー。

 いや、わかっていたけどどうにも修正がきかなかったというか。」

やっぱりお姉ちゃんのお姉さんの話は分からない。

どうにも抽象的で話がうやむやになってるような。

政治家ってそういうものだけど。

「せ、政治家って・・・。

 あのね。大人には物事をはっきり言えない状況っていうのがあって。」

「なぜ?」

「ええと、その。ねぇ、教祖様?」

また師匠に頼る。

お姉さんがすごい人なのはわかるけど、ところどころ頼りないというか。

「先ほども言いましたが、間違ったことを教えると修正がきかないのが人間です。

 あれが駄目と言い切ってしまうと、人間はどんな時でも思考停止して駄目だと思ってしまいます。

 教えられたことが違うとわかると文句を言うのが人間です。

 だから大切なことははっきりと言えないのです。立場が上であれば。」

「そういうこと。ね?」

「・・・貴女は元々話すのが苦手というのもありますが。」

「だって何でもわかるんだもん。説明とかいらないししたことない。

 そういうのは最上にお願いしてるし・・・。」

大人はいろいろと大変らしい。

で、何の話をしていたんだっけ?

「そうそう、この子がどうして犬になっちゃったか。

 まずは宗教を取り上げて誤った知識を抜いてみたわけ。

 そうすればすんなりと再教育して洗脳できると思ったんだけど・・・。」

「いくら思想を変えることはできても、親が作った思想の土台は変わらないということです。」

親が作った・・・。この子の親は犬?

「あ、そうじゃなくて。親がいなかったっていう話。

 結局、拾われてから宗教と暗殺者になる教育しか受けてなかったから、

 普通の人間の生活がわからなくてこうなっちゃったってわけ。」

普通の生活がわからない?

「この子は親から甘えることを教えられていないので、普段よくみていた犬を参考にしたというだけですよ。

 人間は何でもできるように見えて、教えられていないことはできない生き物です。

 温故知新という言葉があるように、新しく考え付いたことは、今までの経験がもとになっているのです。

 何もかも新しいということはありえません。

 型破りは許されてもルール破りが許されないのが世の中です。

 土台は大切。いいですね?」

「そういうこと。

 もちろん。脳みそをいじって直接教え込むこともできる。

 ・・・できるよー?ほんとだよー?

 でも、それをやると人格が変わってしまい、元には戻らない。

 人間の手を加えた人間は、自分の意思を失ってしまう。

 あ、そうだ。ちょっとだっこしてみる?」

人のような犬を渡された。

抱いているのは手足のない人間だが、動きは犬そのものである。

こっちもおかしくなりそうだ。

これは人。これは人。

「やっぱりそっちのほうがしあわせそうね。うんうん。」

「よくわからないんだけど・・・。」

「心を読むのが一番早いと思うよー?」

最中さんはそんなことを言ってきた。

僕は何でも作れるが、人の心を読む能力は持っていない。

「だから作ればいいじゃない。ね?」

作る?能力を作る・・・。

そうか。別に一人が一つの能力しか持ってはいけないという決まりはない。

言われるままに心を読んでみた。

「(好き好き好き好き愛して愛して)」

僕はすごく愛されていた。

「ね?しあわせそうでしょ?」

「人の価値観は一定の基準による数値で表すことが難しいです。

 いくら自分が満たされていても他人に納得してもらうのは難しいでしょう。

 その点、お金という基準は優秀です。単純に多く持っていればいいのですから。

 自分が満たされていなくても他人には納得してもらえます。」

「共通認識って怖いよねー。

 だいたいが一部の共通なのに当たり前になってるんだもんねー。」

確かにちょっと考えが甘かったと思う。

手足がないと人は幸せになれないと。

今も理解はできないが、この子の幸せは事実である。

「ものを集める趣味というのがあります。

 特定のものが集まれば幸せ。

 これは非常に個人差が出ます。よって、一般的な幸福には程遠く、迫害しやすいのです。

 たとえば、電車の写真を集めることに幸せを感じる人は、一般的に気持ち悪いでしょう。

 そのうえ迷惑です。

 アイドルの写真を集めることに幸せを感じる人は、一般的に気持ち悪いでしょう。

 そのうえ迷惑です。

 しかし、働いてお金を集めることに幸せを感じる人は、一般的に認められます。

 働かない一文無しのほうが迷惑です。

 集めているものが一般的に認められるかどうか。これが重要です。」

「今は少しはマシになってきたけど、もーーーーーー少し認めてほしいねぇ。

 同性愛とか。」

師匠も男になったり女になったり大変だ。

・・・やるのは僕だけど。

「人間は社会的に認められることに喜びを感じる生き物です。

 もちろん社会に反した行動をする人もいます。

 人と違うことをするのは、人と違うということが社会的に認められることを望んでいるからです。」

「そういうものなのかな?」

「個人差はあります。どの程度社会に認められたがっているか。

 社会にはどれだけの人間が含まれているか。

 きわめて少人数の社会もあれば、不特定多数の巨大な社会もあります。

 社会とつながりを持たない人間はごくわずかです。

 必ず社会で認められようと行動します。」

確かに僕は能力でいいことをして、お姉ちゃんに褒められたいというのはある。

二人だけの社会で認められたいのかもしれない。

「男は社会的というより自己顕示欲が強いだけだと思うけどねー。

 彼女がいれば彼女の前では見栄を張るけど、いないと見栄を張らない。

 これは社会的じゃないよね?

 周りに迷惑かけてても気が付かない。彼女が認めてくれればそれでいいって思ってる。

 だいたい彼女は引いてる。顔は笑ってるけど心がこもってない。

 男はそれに気が付かない。自分に酔ってるから。」

「女は男よりも社会的です。よって、所属している社会の中でいかに上位にいるかで幸せを図ります。

 他人より良いものを着て、他人より良いものを食べて、他人より良いところに住む。

 それを社会的に認められて初めて幸せになるのです。

 認められなければどんなにいい暮らしをしていても幸せを感じることはできません。」

「結婚は服を選ぶように、いい素材、いいブランド、いい値段のものを選ぶんだよー。

 ボロ布を着ていたら社会的に負け組。

 相手がいないっていうことは原始人のように裸で歩いているようなものよ。恥ずかしいわ。

 逆に社会から認められていれば裸で歩いても大丈夫。

 冬に薄着で体を壊しても気にしない。

 だって、みんなが受け入れてくれるから。

 あ、私は冬は炬燵でみかんのほうがいいなー。」

うーん。結婚は漫画で読むような生易しいものではなさそうだ。

パンをくわえて走ってぶつかった相手を好きになることはない。あたりまえだけど。

顔がいい。家柄がいい。お金を持っている。そういう相手を探すのだ。

お姉ちゃんは師匠が好きだけど、そういうことだったのだろうか。

いや、師匠は特にいい服というわけではない。では、なぜ?

「理下は本来の恋愛を追及してるからねー。

 社会的である社会に反逆するいわばテロリスト。

 相手のステータスにとらわれず、直感で相手を選んで好きになる。

 それが理下。私の妹。」

反社会的であればテロリストと言えないこともないのかな。

生徒会という組織に属しているけど、社会的に認められてはいない。

むしろ女社会に仲間がいない。よく僕に愚痴を言う。

あいつらは愛を理解していない。

お金で愛は買えないというが、お金だけじゃ足りないという意味で言っている。

『お金で愛が買えるというと社会的に淘汰される』ことを避けたいだけだ。

愛はもっと直感的なものだ。

彼氏のどこがいいかなんてプレゼンして回る女なんてろくな人間じゃない。

愛について論理的に語って周りに認めてもらうことも将来を計算して相手を決めることも必要ないんだから。

そんなことを言う。

「昔は好きな人のそばにいればそれだけで幸せ。幸せとはそういうものでした。

 ですが、時代は変わって金というものができるとそれはよくないことになりました。

 世の中が良くなるためには経済が良くならないといけない。

 大量生産大量消費。より良いものでより良い生活を。

 愛の大きさはお金で測りましょう。と。

 お金のかからない女なんて経済的によくありません。

 男にお金を稼がせて、お金を多く使わせる。それが女に課せられる使命となったのです。

 もちろん女も抵抗はしましたが、残念ながら女は社会的な生き物なので、

 いくら自分の理想の生活をしても、他人に認められないのでは幸せを感じることができなかったのです。

 他人に認められる明るい家庭をつくるという、その理想と現実。

 ・・・理下はよくやっているほうです。」

「恋愛ってめんどくさいからね。」

見るからに相手のいなさそうな最中さんは言った。

「いないんじゃなくて、作りたくないの。

 男と女で価値観が違うのに両方に合わせないとダメなんだから。

 男は可愛いとか胸が大きいとか体で選ぶでしょ?

 女は相手のステータスが高いかどうかで選ぶわけ。

 いくらステータスが高くても可愛くなかったら女は結婚できないし、

 いくら体力があってイケメンでもステータスが低かったら男は結婚できない。

 両方に媚を売らないといけないなんて、・・・めんどくさーい!

 同性愛なら話は別だけど。」

やけに同性愛にこだわるなぁ。

「でも同性愛だと子供ができないのよねー。

 子供は愛の結晶っていうのが一般常識だし?

 女としては作って見せびらかしたいわけ。

 男は子供なんてどうでもいいからヤり捨てるわけ。

 なんなんだろうね。」

「いい大人が子育てもろくにできないの?」

「だって学校で教えてくれないでしょ?

 『どうすれば子供ができるか』は知ってるけど

 『どうすれば子供が正しく育つか』は知らない。

 そんな人間ばっか。

 子育ては親から学びましょう。子育ての失敗は親の責任。

 それが、国の、政府のやり方。」

「なぜ?」

「まずは子供を産んでくれないと困るから。

 育ちがどうであれ成長すれば働いてお金を稼ぐようになるでしょ?

 そうすれば税金取り放題じゃん。」

よくわからない。税金ってそんなに大事?

「あーうん。子供にはまだ早い話だね。」

「要するに、国を維持するために最低限必要なものを

 最低限のコストで用意したいのです。」

師匠が口をはさむ。

「人間は自分に利益のあることしか教えません。

 それは国という大きな組織であっても、やはりそうなります。

 権力で利益を合法的に追求する団体が政府なのです。

 利益、すなわちお金です。財源と呼んでいますが。

 利益を得るためには国民に働きかけなければいけません。

 結婚して家庭を持ち、子供を作るのはいいことなのだと。

 子供ができれば、親は自然とお金を使うでしょう。

 子供のためなら理不尽な要求にも応えるでしょう。

 なぜなら親は、子供が親に利益をもたらす存在であると確信しているからです。

 学校でそう教わったからです。」

「最近は例外も多いけどねー。

 お金をかけて子供を育てれば、

 老後の面倒を見てもらえるだなんて、そんな話。

 なんで信じるかなー?

 年金だってまともに返ってこないのに。」

親が子供に殺されるなんてよくある話である。

僕だってそうだ。

自分の幸せしか考えない親を、幸せにする子供がいるだろうか。

たとえ法律に触れることであっても、子供には拒否する権利がある。

「学校は子供の作り方を教えてくれますが、幸せな家庭の作り方は教えてくれません。

 国に金さえ払ってくれれば、国民が幸せかどうかは問題ではないからです。

 だから何が幸せか、どうすれば幸せになるか。

 自分で考えるしかありません。

 教えてくれる人がいなければ、自分で想像するしかないのです。

 これほどまでに非効率なことがあるでしょうか。」

「非効率だと出費も増える。国としてはウィンウィンだねー。」

「例えば、動物が好きという話を聞いて、すぐに動物との交尾を連想する人がいます。

 最高の愛し方が交尾以外思いつかないからです。

 なぜなら、愛し合って子どもを作る、それが国から教わった唯一の方法だからです。

 愛を示すには、子供を作らなければならない。

 たとえ相手が動物だとしても、それ以外の方法は愛情表現だと認めない。考えられない。

 きっと人間相手でも同じことをするでしょう。相手の意思を無視して。

 交尾をしたから愛を伝えることができた。そして子供ができた。幸せな家庭だ。と。

 そんなはずがありません。

 学校で教えられることは、双方の合意がとれている前提なのです。

 前提を忘れて同じことをしても意味がないということがわかるでしょう。」

こんなやり方でよく国が、人間が繁栄できたな、と不思議に思った。

「昔は、家族や親族のつながりがしっかりしてたし、数も多かった。

 今は親元を離れて一人暮らし。仕事が忙しくて帰れない。

 でも、彼女に子供ができちゃった。

 子育てなんてできないから放置。誰か代わりに見といてよ。

 そういう家庭が増えた。人間の寿命を考えれば最近の話。

 どこで見分けるか。

 人口が増えているかどうか。子供が減っているかどうか。

 次の世代のことを考えなくなれば、自分のために生きて、子孫を増やそうなんて思わない。

 私は死なないからどうでもいいんだけどねー。」

少子高齢化という状況で、人間の衰退もゆっくりになっていると理解した。

でも、どんなにひどい家庭でも、幸せになりたいという願いは同じだと思う。

みんな幸せになろうとするはずだ。

なぜこうなってしまったのだろう。

どうして幸せになれる人とそうでない人ができてしまうのか。

国はなぜ幸せに生きる方法を教えてくれないのか。

「国が教えるから幸せになれないんじゃないの?

 国にお金を収めてください。それが人間の幸せです。

 はいそうですか。で、終わると思う?

 人間が教えることは自分が幸せになる方法。

 すなわち、国が教えることは国が幸せになる方法。」

納得した。

「どうすれば幸せに生きられるか。

 そういう個人的なことは親から子へ受け継がれます。

 だから幸せの形は多種多様となるのです。

 受け継がれなかった場合は自分で探すしかありません。

 その結果、お金を集めれば自分の好きなことができるということがわかり、

 お金がたくさんあると幸せという考えに行き着く人がほとんどでしょうね。

 お金が十分にあると時間を求めるようになりますけど、結局、お金を使って時間を節約することになります。

 たまに凶悪犯がニュースで取り上げられて、

 どういう育て方をしたらそうなるのか首をかしげる人もいますが、不思議なことではありません。

 何も教えられずに育ったからそうなるのです。

 他人を傷つけることでしか幸せを感じない、そう思う人だって出てくるでしょう。

 たとえそれがゆがんだ幸せになったとしても、国はどうでもよいのです。

 個人の幸せを援助してもお金になりませんから。」

お金があれば幸せ。

確かに高い買い物をしている人間はみんな笑顔だ。

お金さえあれば好きなことができる。

「お薬も買える。」

最中さんはタバコを吸うような動きをして得意げな顔で言った。

・・・それは、どうなのだろうか。

「お薬使えば幸せになれるよー?」

「幸せを求めた金持ちは、最終的に薬にたどり着くのです。

 薬は金さえ出せば何も悩むことなく幸せになれるのですから。

 他人の目を気にせず幸せになれる唯一の方法です。」

「お金があれば幸せに見えるのに、なぜ、他人の目が気になるの?」

「幸せかどうか、これも他人から見てどうか、という話になると、

 『もしかすると自分は幸せではないかもしれない。』

 そういう結論になることもあります。

 薬は思考を狂わせるので、もはや他人の目なんて気になりません。

 金持ちほど他人に注目され、他人の目が気になります。

 他人に否定されると幸せなんて簡単に吹き飛んでしまいます。

 ですから、薬に頼るのです。

 社会から自分の精神を隔離し、一方的に与えられる快楽によって、幸せに浸りたくなるのです。」

人間社会で生きるって大変なことなんだな。

最上さんは大蓮国を作るために元から住んでいた人間を皆殺しにしたけど、

それは正しかったのかもしれない。

いくら国のトップといえど、国民全員から生き方を否定されたら死にたくなるだろう。

薬に頼らなかっただけすごいと思う。

薬なんていくらでも作れるのに、楽に幸せになれる方法はとらなかった。

「とはいえ間違った教育は間違った結果を生むものです。

 幸せになるためにはお金が必要。

 お金を得るためには働くことが必要。

 働くことが幸せに直結するということは、他人に恋愛感情を持つことが幸せに直結しなくなります。

 働かない人間はお金を生まない、不要な存在だからです。

 結婚相手が働かなくなる不安。

 子供という養うだけの存在が増える不安。

 この不安を解消する教育が行われていないのですから、子供が少なくなるのは当然です。

 子供が減れば労働力も減ります。

 そもそも安い賃金で労働力を確保することで利益を上げてきたのですから、

 子供が減ることなんてどうでもいいというのが会社の意見です。

 国境を越えれば安い労働力がたくさん手に入ります。

 困るのは税金の欲しい政府です。

 慌てて子供を増やそうとしますがうまくいきません。

 お金を稼ぐことを第一にするように教育してきたのですから当然です。

 しかし、国の教育をまともに受けなかった人間は子供を作ります。

 これが続けばどうなるかわかりますね?」

「だめな人間だけが増える・・・。」

「そういうことです。

 人間には寿命があります。自分が生きている時の事だけを考えてしまいがちです。

 しかし、自分を支えてくれるのは、前の世代ではなく、次の世代です。

 教育を間違えた人間は悲惨な老後を迎えるでしょう。

 教育を間違えた国は悲惨な結末を迎えます。

 そして、国民は道連れです。

 『受け身』という言葉を知っていますか?

 今は定着していますが、自分から行動するのではなく、他人にいろいろしてもらって動く状態のことです。

 これは悪いことだと言う人が増えました。

 おそらく、そのあたりから国は死んでいます。

 それはなぜなのか。わかりますか?」

どういうことだろう。

自分で考えて行動するのは、悪いことではない。当たり前のことだ。

みんなが自分から行動すれば、国は悪くはならない。

国が死んで初めて自覚するということだろうか。

「逆を考えればいいんだよね?話の流れからして。

 人間は自分のためになることしかしない。つーまーりぃー?」

つまり?どういうこと?

自分のためになるから受け身にならないほうがいい?

「国として何もできないから個人の働きに期待しているということです。」

師匠が答えを出してくれた。

「でも、教育が間違ってるからそうなっちゃうのは当然だよねー?

 学校でやる勉強は、常に受け身!

 大人に教えられたとおりにやることが、一番正しい!

 で、社会に出たら、いきなり大人がそれを否定する!

 受け身はだめだー!ってね?

 あれー?大人たちは何を言っているのかなー?」

「憎まれっ子世に憚る、ということです。

 学校で先生の教えを守らず好き勝手やっているほうが、

 社会に出てから受け身になりにくいのですから。」

あ、そうか。

「先の世代の大人たちが、教育という制度を始めて、受け身になる姿勢を定着させました。

 そのほうが自分たちの主張が通りやすいからです。

 上意下達。自分の理想が容易に実現できる世界を作りました。

 受け身になる姿勢が定着した大人が、偉大な先代のやり方に従いました。

 はじめはうまくいくでしょう。

 しかし、時代は変わると、今までの古いやり方が通用しなくなります。

 どうするればいいかと考えたとき、誰かに助けてもらおうとします。

 先代がいれば助けてもらえますが、人間には寿命がありますから死んでいます。

 となると、次の世代に望みを託すしかありません。上意下達です。

 しかし、次の世代は、同じく受け身になる姿勢が定着した人たちです。

 もうわかりますね?

 教育が失敗すると、国は終わります。」

そうか。自分で何もしない人たちだから、誰かに助けてもらわないといけないから、

他人が受け身であることに怒っているんだ。

「とはいえ、自分たちも受け身の姿勢で育ってきたので、矛盾は感じています。

 それでもごまかしごまかし進んできたのです。

 結果、次の世代は受け身に加えて、ごまかすことを覚えました。

 都合の悪いことは表に出さないようにして、あたかも素晴らしいものであるように振る舞う。

 次の世代の人たちは、騙すことが当たり前の社会を受け継ぎます。」

「ひどい話だよねー。自分の蒔いた種だけど。

 騙されてひどい会社に入ったり、騙されてお金を巻き上げられたり、

 そういうことが当たり前になるようにしちゃったんだからしょうがないよねー。」

「因果応報です。次の世代をより良いものにしようとすればそうはなりません。

 今さえよければいいという考えでは国はよくなりません。

 そうですね。マスコミを見ればわかるでしょう。

 今の世代は、情報によって世の中がコントロールできることを学んでいます。

 ゆえに、何のための情報を流しているかを考えれば、自分さえよければいいという国になっていることがよくわかります。

 なぜ数ある詐欺の中で高齢者を狙った詐欺がよく取り上げられるか。老後の自分の資産が盗られないようにするためです。

 なぜいじめがいけないか。老後に自分の面倒を見てくれる子供が自殺しないようにするためです。

 なぜ無理をして頑張っている人を称賛し、守ろうとするのか。老後に自分のために頑張ってくれる人を増やすためです。

 人間のすべての行動は、自分の利益につながる行動です。」

「そろそろ情報でコントロールできない世代ができるんじゃないの?

 となるとー、自分で考えて行動する人間がたくさんになる!

 やったね!大成功!

 自分の身を一番に考えて好き勝手やって他人の迷惑をものともしない、

 自分に都合の悪いことはなかったことにするか他人の責任にして回避する、

 これだけやることは酷いのに語られる人物像は素晴らしいことしかないっていう、完璧超人の誕生だぁ!

 これからの未来は完璧超人たちが担ってくれるぞぉー!

 ばんざーい!ばんざーい!」

これは酷い。これ以上悪くなるにはどうすればいいか。全く想像がつかない。

受け身になった人間は、悪い部分を正しく受け継ぎ、進歩させている。

自分の住んでいる虎鳴国はどうなのか。急に心配になってきた。

抱いていた少女も不安そうに鳴き始めた。

「そういえばその子。名前をつけてあげないとね。

 コードネームはあるけど、なんか家畜みたいだし。

 でも、考えるのがめんどくさいので放置してました。

 だから君に任せよう。そうしよう。」

「僕が決めるの?」

少女がこっちを見ている。

「(決めて。)」

「うーん。ありきたりだけど、ハナとか?」

最中さんが、ニヤリと笑った。

なぜか背筋が凍った。

今まで数十年以上親しかった人がいつの間にか死神になって後ろに立っていた。そんな衝撃が。

「よし、名前を付けたね。

 今日からハナは君のものだ!」

「えっ?」

なんてことだ!名前を付けただけでハナは僕の所有物になってしまった・・・。

「(よろしくね。)」

「君はまだ若いから。いろいろと人生経験を積まないといけない。

 まずは人間を育てる難しさを学んでもらおう。

 なんたって君は私と同じ、何でもできる能力を持っている。

 王の資格がある。

 愚かな王になってはいけない。だから私が教育する。

 でもその前に。」

いきなりハナの手足が生えた。

「ハナ、最後の仕事だよ。

 教えた通りにがんばってきなさい。

 終わったらコタローのところへ帰ってくるんだよー。」

急に空間が裂けて穴ができた。

「(行ってきます。ご主人様。名前をくれてありがとう。)」

ハナは消えた。

「ずいぶんとスパルタ教育ですね。

 コタローがひねくれてしまわないか心配です。」

「大丈夫。どうなるかはわかっているから。

 絶対うまくいく。

 洗脳は正しく行われました。」

このとき、僕は師匠たちが何を言っているのかわからなかった。














数日後、ハナの故郷であるグレタニア国は、

地上から姿を消した。


原因は、原子力発電所の同時爆発。

何者かが爆薬を設置し、同時に吹き飛ばしたらしい。

僕は大蓮国から帰ってから、ハナがグレタニア国の工作員であることを知った。

最中さんの言う洗脳の意味が分かった。

最上さんを殺しに来たハナを洗脳して、大蓮国の工作員に変えて送り返したんだ。





そして、ハナは散った。
























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