第21話 不安要素が示されないことは最大の不安要素である。
なぜ自分が得をするのか考えなさい。それは相手が得をするからです。 - 灰寺 牧乃 -
「というわけで、自慢の栄養食だぞぉー!」
最上と普通に食卓を囲む俺たち。できたばかりの国とはいえ国王と一緒に食事なんて恐れ多いことだ。
だが、松島の姉ということもありそこまで緊張はしない。
それに加えて。
「はしまだー?おなかすいたぁー。」
この出来の悪い最上である。本当に何にもしない。
ニートとは彼女のために作られた言葉のようだ。
これは最上とは別個体として区別したほうがよいのではないか?
「やっぱり普通の人間には受け入れがたいかなー?
こういう全く働かない人間というのは。」
「そりゃそうだろ。少しは最上を手伝ったりしないのか?」
「自分のことは自分でやる。私は最上であり、最上がすべてやってくれる。
・・・何か問題でも?」
風船から手を放したら空に飛んで行ってしまったが何が悪かったのかわからない子供のような顔である。
言われてみれば確かに、自分でやっていることには変わりがない。
働いている最上は、働いていない最上のコピーだからだ。
洗濯機に洗濯を任せるのと同じというわけか。
「虎鳴国の人間の余裕のなさ。顕著に表れてしまいお恥ずかしい限りです。」
「気にしてないよー。誰もが働かないとまともに成り立たない窮屈な国に住めば、
働いていない人間を受け入れられない狭い心になるのは当然。
どの世界でもよくあることー。」
安全が確保されたので灰寺も大蓮国に来ていた。
というより、松島が近くに灰寺のいないことにそろそろ限界を感じていたようで、
急に灰寺を引っ張ってきた。
「望、・・・栄養食ってこういう料理を指す言葉だったかな?」
で、呼んでもいないのに露之浦が来るという。
まあ、一人寂しくコンビニ弁当というのもかわいそうだから呼ぶつもりだったが。
それにこの栄養食。病院で食べるような質素なものではない。
料亭で食べるような懐石料理である。
「これ、松島が作ったのか?」
「お姉ちゃんの見様見真似で、ここまでできたよっ!」
男としては料理のできる女と結婚したいだろうが、
ここまで豪華な料理を出されると引いてしまうだろう。
・・・俺ももう少し料理ができるように頑張らないと。
少なくとも露之浦に任せるのは無理である。
「そーかなー?こういう料理を毎日食べたいっていう男のほうが多いと思うけどなー。」
「これ毎日作るの大変だろ・・・。」
「大変だって思わないし、できて当然だと思ってるよ。きっと。
男は顎で使える人間が何人いるかで自分の価値をアピールするからねー。
三ツ星レストランのシェフの一人や二人、自分の意思で自由に動かせないなんて
もってのほか。
バイトで働いている人間ならなおさら。」
何とも自分中心な話である。
コンビニ弁当を作ってるんじゃあないんだぞ?
努力しないで料理が上達するはずがない。
仮に料理が上手だとしても、毎日の朝食を用意するのにどれだけ時間がかかっているかわからないのだろうか。
きっと男という生き物は、のそのそと起きてどっしりと座り新聞を広げて催促するつもりだろう。
女を都合のいい道具と勘違いしている。
それを思うと結婚とはなんなのか考えてしまう。
「どうかな?牧乃は毎日食べたい?」
「たまにでいいですよ。お金が持ちませんから。」
灰寺らしい答え。
確かにこの食材をそろえるだけでも何万と掛かりそうである。
一方で世田谷はというと、
「私と結婚すればこんな豪華な食事が毎日!って、あまり興味ない?」
「当たり前だ。」
相変わらずである。もっともこの程度で心が揺らぐのであれば最上も世田谷に夢中になったりしないだろう。
とりあえず世田谷が自分の作った料理を食べていることに最上は満足しているように見える。
「あ、そうだ。烏帽子山の裏の海岸に不審な人間が流れ着いてるけどどうする?」
ニートの最上は唐突に言った。
烏帽子山は大蓮国の北側にある切り立った崖のような山である。
名前の通り山が烏帽子をかぶったような形をしている。
俺たちのいる場所からは遠いのだが、なぜ急にそんなことを。
「結構流れ着くんだよねー。国を捨てた人間。
やっぱりこの国が自由だからかな?」
「その割には人口が増えていないようだが?」
「だって役に立たないし。消しちゃっていいよね?」
役立たずは消す。当たり前だが、ここまで露骨にやる国があっただろうか。
なんだかんだで役立たずでもろくでなしでも生き残るのが普通である。
もちろん権力のある人間に限られるが。
やっぱり、最上に気に入られないと、ここでは生きていけないんだな、って。
「そうは言うけど難しい問題なんだよー?移民の受け入れって。
受け入れれば国としての印象はよくなるけど、犯罪者も紛れて入ってくる。
それが各方面から批判されるのも時間の問題。
受け入れなければ国としての印象は悪くなるし、各方面から批判される。
どっちも詰み。話題になったら終わり、ってこと。」
「人間の思考回路は、『使えるなら利用してやろう』ですからね。
どんな行動をとっても人間のいいようにつかわれるだけです。」
なるほど。トラブルを避けるには人間を排除するしかないのか。
大蓮国は本当の意味で自由な国である。
普通の人間は税金も法律もない国で勝手気ままに暮らそうとしてやってくるし、
犯罪者も隠れ家にしようとやってくる。
自由を追求するからこそ、勝手なことをする人間を受け入れれば国は荒れるのだ。
「というわけで捕まえました。今回のメインディッシュ。
グレタニア国の工作員ちゃんでーす!」
自宅警備員の最上が何もない空間に手を突っ込んだ。
ベチャッ!と汚いものが床に落ちる。
泥や海藻がこびりついているが小学生くらいの少女のようだ。
当然ながら何が起きたかわかっていないようである。
「あーやっぱり来たか。一応最上から話は聞いてたけど。」
「どういうことだ?」
「おいおい、まさか大蓮国を世界の誰もが認めたと思ってるんじゃあないだろうな?
当然、大蓮国をよく思っていない国だってある。
グレタニア国は虎鳴国をよく思っていない。
虎鳴国から独立した大蓮国も同じだ。
あわよくば大蓮国を何とかして手に入れたいと思っているはずだ。」
特に能力を持っていないのに世田谷は情報通である。さすがジャーナリストだ。
たしかに虎鳴国の人間がそうだったように、最上をテロリストとみなすこともできる。
軍隊を派遣して大蓮国を制圧して自分の領土にしてしまうこともできるのだ。
もちろん世界から批判はされるだろうが、そんなことお構いなしなのがグレタニア国である。
「まずはお話を聞いてみようかなー?
君は誰で、どこから来て、何が目的?かなっ?」
「・・・。」
黙秘である。俺たちの顔をちらちらと見ながら様子をうかがっている。
というか、言葉が通じてないんじゃあないか?
「グレタニアの言葉で話さないと通じないと思うが。」
「お前、敵の言葉もわからずスパイとして来る馬鹿がいると思うか?
こちらの言葉はわかっている。話せないふりをしているだけだ。」
「うん!やっぱり君は私の夫にふさわしい!結婚しよっ!」
「うるさい。」
最上は相変わらずである。
しかし、黙秘されていては俺たちは何をしに来たかわからない。
だがそれは『俺たちは』の話で。
「そーだよねー。本当はグレタニア国から逃げてきました。
助けてくださいって、そういう話の流れでもぐりこむ予定だったんだよねー?
でも残念。
自分が被害者だっていう人間は信用しないようにしてるから。」
「そうですね。自分に非があることを悟られないようにする人間はろくな人間ではありません。
ここがすごい。ここがお得。ここが素晴らしい。
人間は美しい言葉につられますが、裏を返せば言っていないことは醜いのです。
不都合な事実を消すには、それを上回る都合のいい事実を前に出すしかありません。
逆に考えて、危ないかどうかわからないのに専門家を引っ張り出して危ないと言い続けているものは安全です。
本当に危険なものは別にあります。
または、危険だと思われるものが世の中に広まると、損をする人間がいるということです。
利益のためであれば、人間は平気で嘘をつきます。」
ばれなければいい。人間を相手にする人間の考えそうなことである。
しかし、ここに集まっているのは、ほとんどが神である。
最上は、松島もだが、別に話なんか聞かなくても欲しい情報は既に手に入っているのである。
これは余興だ。
要するに、命がけで海を渡ってきて、国の命運を分ける重要な使命を持った、
グレタニア国の工作員をおもちゃにしているだけなのだ。
「とりあえずこの危ないものはポイしとくねー?」
また自宅警備員の最上が何もないところから黒っぽい物体を取り出す。
「!?」
「なんだそれ?」
「見ればわかるだろ。爆弾だ。」
「人間爆弾、ですか。自分の利益ためなら命さえ捨てる人間にはあきれるばかりです。
人の役に立ちたい。英雄になりたい。それとも人の迷惑になりたくないでしょうか。
そんなくだらない理由で平気で身を削って命を落として満足する人間が多すぎます。
まあ、本人は満足しているのでしょうが、傍から見ると馬鹿なだけです。」
どうやら最上を暗殺しに来たようである。
なにしろ最上が二人もいるのだ。どちらがターゲットの最上か探っていたらしい。
どっちも本人であり、両方潰したとしても別の最上が来るだけの話なのだが。
この工作員はさっさと自爆していたら満足して死ぬことができただろう。後始末は他人に任せて。
「・・・っ!」
追い詰められた工作員は銃を取り出した。が、その程度なら問題ない。
俺は拳圧で銃を叩き落とした。
平和すぎて俺の能力は特に活用されないのだが、久しぶりに役に立った。
「望、かっこいい・・・!」
「そういえば望も神だったねー。あんまり能力使ってるとこ見ないから忘れてた。」
松島は驚きもしない。
勝てないと分かったのか工作員は逃げ出した。
「小さい子は元気でいいねー。」
「感心している場合か。」
のんきしている国王の最上に世田谷が突っ込みを入れる。
「そーだよ!おもちゃが逃げちゃう!このっ!」
よくわからない空間転移術で工作員が引き戻される。
ただの最上は海岸から人間を無理矢理連れてくることができるのだから、どこへ逃げても無駄なのだ。
だが、引き戻した工作員は手にナイフを持っていた。
しまった!間に合わない!
最上の首にナイフが刺さった。
「おー。えらいえらい。よく訓練されてるねー。」
「!?」
最上は無傷である。
首に刺さったのではなく、ナイフが曲がって刺さったように見えたのだ。
通常、ナイフは金属でできている。
だが、工作員の持っていたナイフは粘土でできていた!
いや、粘土に替えられたのだ。最上は何でもできる。
たとえどんなに出来が悪くてニートだったとしても。
「さっきからひどくない!?いくら区別したいからって出来が悪いとかニートとか。」
「そーだよ!お姉ちゃんを悪く言っちゃダメー!」
最上と松島から叱られてしまった。
「それに私には最中っていうニックネームがあるんだから。」
なんだニックネームがあるのか。
絶対他の最上からも区別されてると思った。
最上。最中。理下。
上中下である。
「さてと、女王様にして神である私にナイフを突き立てるなんて、
ちょっとお仕置きが必要だよね?
今、誰かさんのおかげで、すっっっっっっっっごぉーーく、機嫌が悪いし。」
最中の顔は、初めての生まれた孫を見る顔から、育て方を間違って凶悪犯罪者になった孫を見る顔に変わっていた。
床に崩れ落ちる工作員。それもそのはず。
急に足が消えたのだ。
慌てて起き上がろうとするが起き上がれない。
手もなくなっていた。
「あーあ。もなちゃん怒らせちゃった。」
最上はあきれ顔である。
持てない荷物を頑張って持とうとして結局持てずに唸っている子供を見るような顔でこっちを見てきた。
「これ、俺が悪いのか?」
「事実を突きつけられるのは耐え難いことですからね。
・・・勝手に頭の中を覗いた結果ではありますが。」
「プロトタイプが量産型に劣るなんてよくあることだから、
って、本人は言ってたけどねー。
やっぱりショックだったのかも。」
最上にもプロトタイプとかあるのか。
灰寺に言われた通り、確かに後からできたものの方が性能が良いのが普通である。
人間の場合、例外が山ほどあるが。
「まだわからないのか。要するに最中がオリジナル。
つまりすべての最上のコピー元だってことだ。
おかしいと思わなかったのか?最上に命令できるということは、
最上より上の立場だと察しろ。」
「つまり、これが正真正銘本物のお姉ちゃん?」
これが、本当の松島最上。
床に転がったダルマ状態の工作員を踏んづけて悦に浸っているこいつが本体。
泥だけでなく血も飛び散っているがお構いなし。
このままペラペラになるまで踏み続けるつもりだろうか。
「(うそだうそだうそだうそだうそだうそだおねえちゃんはこんなことしないこんなことしないこんなことしない)」
「(理下、落ち着いて。)」
「やめ・・・て・・・・。」
やっと工作員が言葉を発した。
「へぇーーーー?ペットの分際で、この私に意見するの?
まだ、立場が分かってないようね。」
「ペットぉ?」
「これ、飼うことにするわ。一人で家にいても暇だし。
・・・大きな声で言えないけど、私ってかわいい女の子が好きなのよ。」
正真正銘の松島の姉である。
松島も松島で納得したような顔をしている。
一方で最上は困ったような顔。
なんで自分の周りには変な奴しかいないんだろう、と思っていそうだ。
気持ちはわかるが、お前も人のことは言えないぞ。
「ここにいるとたまに異性を好きになることが間違いなんじゃないかって思う時があるわ・・・。」
「安心しろ。どうやらお前はオリジナルと違う思考回路を持ったようだが、
別に異性を好きになることも間違いじゃあない。お前は間違ってはいない。」
「じゃあ結婚」
「黙れ。」
どっちがまともなのかわからない。
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