第20話 上を目指す人間は何もできない人間だ。


この病気が治ったら、私は生きて、いけない、と思う。     -糧飼 りく-



「見よ!これがわが軍隊なるぞ!」

『独占取材!大蓮国の最高軍事機密に迫る!』と、見出しにできそうな重要な情報を最上は公開している。

パッと来て顔を見て帰るだけではアレなので、国の中を案内してくれるらしい。

記事にできないとはいえ極秘情報はできる限り持って帰りたい世田谷としては願ってもない機会だ。

俺たちはそのついでで話を聞いている。

最上の話を聞いて、これで虎鳴国の警備隊がどうやって排除されたか分かった。

機械だ。最新鋭の軍事用の機械が国中に配備されているのである。

よくあるロボットからパッと見兵器に見えないものまで様々だった。

24時間365日その時が来るまでじっと待っているのだ。

警備隊は不用意に近づいて驚く声をあげる暇もなく殺されたのだろう。

人工知能研究部のメイドロボを見た時も驚いたが、これらはそれ以上である。

「こんな機械が誤作動を起こしたら大変だな。」

「大丈夫、私は未来予知できるから、どの機械がいつ暴走するかも正確にわかるよ!

 そう!私と組めば、新聞のネタに困らない!つーまーりー、」

「断る。」

いったい最上は世田谷のどこに惚れたのだろうか。

確かに世田谷はクール系のイケメンであり、記事にされて破滅したいというコアなファンもいる。

ただし、中身がアレなので内面までわかる最上には選ばれるはずがないのだが、

最上は世田谷との結婚のため精力的に活動している。妹と違いヤンデレではない。

未来が見えるからこそあらゆる行動に自信があふれているLOVE勢である。

「えー?私とツェンシェン、どっちがいいの?」

「あえて使うならツェンシェンだ。お前と比較すると危険度が違いすぎる。」

「わかった。ツェンシェンを消せば私を使ってくれるってことね!」

「だから危険だと言っているんだ!」

こちらの意思通りに予言だけする人間とこちらの意思を無視して何でもできる神、人間にとって安心して付き合えるのは前者である。

とはいえ、ツェンシェンと好き好んで付き合う奴はいない。

付き合って得をするのはどう考えても最上のほうだからだ。

だが、世田谷はよほど最上が嫌いらしい。

怪物と死闘を繰り広げている正義のヒーローのような顔をしている。

一方で最上は打ち上げ花火に火をつけて打ちあがるのを待っているような笑顔である。

「おおっと、そろそろ食事の準備をしなければ。」

「お姉ちゃん、私も手伝うよー?」

「よーし。あとは私が引き受けたー!」

最上が一人減った。

「料理は機械にやらせないのか?」

「料理は趣味だからねー。楽しいことは自分でやりたいじゃん?」

まあ、そうだろう。嫌なことは他人にやらせて自分は楽をするのが人間の基本的な行動パターンだ。

機械が発達したのも人間が楽をしようとした結果である。

その結果、人間が楽をできるようになったかは別の話だが。

「で、今日は噂の彼は来てないの?」

彼というのは、灰寺のことである。

松島が勝手に性転換させたことも既に知っているのだろう。

「いったん様子見してからにするらしい。姉がどんな人物かわからないから警戒していたんだ。」

「なるほどねー。うんうん。お姉ちゃんに彼氏を取られる展開。あると思います!」

どうだろうか。灰寺は騒がしい奴は嫌いなはずだが。

「それを言ったら理下も十分うるさいと思うけどなー?」

言われてみればそうである。

なぜ二人は付き合っているのだろうか。

まあ、半分強制ではあるのだろうが。

「それをやると理下怒るかなー?怒るだろうなー。」

「怒るかどうか予言してみたらいいんじゃないか?」

「それもそうだけどー。あんまり予言好きじゃないんだよね。私は。」

好きとか嫌いとかあるのか。

せっかく予言ができる能力があっても使わなければ意味がない。

「他の最上は結構使ってるんだけど、私は特別。

 結果がわかってたらギャンブルなんて面白くないでしょ。

 何が起こるかわからないハラハラ感、いいと思わない?」

ギャンブル依存症の廃人が自慢話をするような顔で最上は言った。

なんか同じ最上でもこいつは出来の悪い最上な気がしてきたぞ。

全部同じコピーだという話だったはずだが。

「生活や環境が違えば思想も変わってくるってことだよ。

 ゆるい国に住んでいれば性格も緩んでくるし、

 ひどい国に住んでいれば心も荒んでくる。

 いろいろなことをしていればいろいろなことができるようになるし、

 私みたいになぁーんにもやらないと何もできなくなる。」

「ん?最上はそれぞれの国でそれぞれが外交を担当しているような話じゃなかったか?」

「全員が馬鹿正直に従うと思った?」

あ、これはダメな最上だ。

「そりゃ最初は頑張らなきゃって思ったよー?

 でも、だんだん馬鹿馬鹿しくなっちゃって、

 こんなくだらない生き物のために頑張って何になるのかな?って。

 私が頑張ればみんなは頑張らない。だって、私に任せたほうが安全安心だもん。

 人間はどんどん衰退していった。私って必要?

 いないほうがいいんじゃない?」

確かにそうなる。全知全能の神がいれば、神を支配して楽をしようというのが人間である。

灰寺もその点について指摘している。

神になるのではなく管理者になれ、と。

神様は人間にいいように使われて終わるからだ。

にしても、ここまでやる気がない神は初めてだ。

「お前は向上心ってものがないのか?」

「向上心?上を目指すってこと?何のために?」

「いや、最上の中で明らかに劣ってるだろ。

 少しは何とかしようと思わないのか?」

「何とかしよう、って何を?

 これ以上はどうにもならないと思うけど。」

うん。駄目みたいだ。

「まあ、その手の話はするだけ無駄だと思うがね。」

世田谷が口をはさむ。

「他人と比べて優越感に浸りたくなるのは愚かな人間のすることだ。

 何もできない人間は心の拠り所として何か得意なことはないか探す。

 それが世の中の役に立つことなのか、くだらないことなのか、

 ということにかかわらず人よりちょっぴり優れていればそれで満足する。

 自分の中に人間としての価値を見つけることができるからだ。

 だから人間はランキングが好きだ。

 くだらないものを並べて順位付けをして、自分が上位にいることで優越感に浸れる。

 新聞のネタがないときに枠を埋めるのに最適だ。気軽に作れて外れがない。」

確かに自分がどれくらいの位置にいるのか知ると安心できるし、目標もできる。

上がいるなら上を目指す。それが人間だ。

最上のように万能な神はランキングなど必要ない。

比べるまでもなく一番だからだ。

だが、人間にとってこれは気持ちの悪い状態だ。

全員が同じく一番ということはあり得ない、難癖をつけて無理やり順位を決めてしまう。

不適切な方法でも一度順位ができてしまえば人間はそれで満足するのだ。

もちろん自分が上位にいることが前提だが。





「まあ、こんな感じで。」

「わー、すごいすごい!」

今日は初めて会ったお姉ちゃんと初めての共同作業!

ドキドキしながらも優しくリードされて理下は幸せの絶頂に達したのだ♪

「もうちょっとナレーション何とかならないの?」

「ならないよー?」

「・・・まあいいわ。これをりくにもっていかないとだから。」

「りく?」

「私の親友よ。」

なんと!お姉ちゃんにも友達がいた!

こんなテンションの狂った人間に付き合えるなんてきっと楽しい人間に違いない!

「ちょっ!ちょっ!そんな風に思ってたの?」

「たぶん、みんなそう思ってるんじゃない?

 少なくとも愛しの世田谷君はドン引きしてたけど・・・。」

「がーん!ショックだぁ!お姉ちゃん悲しくて理下の脳味噌こねくり回しそうだよー?」

「やーめーてー!」

お姉ちゃんなら面白半分でやりかねない。ちょっと怖い。

牧乃だけは!牧乃だけは守らないと・・・!

とかなんとかふざけている間にりくちゃんの部屋に到着したのだ!

部屋というより、病室?

さっぱりしていて面白みがない、というかベッドに寝てるし!?

「へーい!りく元気ぃ?今日も栄養食だぞー!」

「あ、もうそんな時間、なんだ。

 ・・・そちらは?」

おおっとぉ!ついにこっちを注目してきたぞっ!

さて、ここはお姉ちゃんの手前、大人しい妹を演じるか、

それともお姉ちゃんにあわせてテンションアゲアゲで行くか、

どっちかなー?ちらっ?

「これ、私の妹、以上。」

「それだけ!?」

しまった!つい乗せられて元気な妹の部分が出ちゃったぞっ☆

まあ、猫を被るのも疲れるし自然体でいこう。そうしよう。

「初めまして、理下です。」

「はじめまして。あら、これはなかなか、かわいい声を。」

んんっ?なんか様子がおっかしいぞぉー?

もうちょっと観察。黒髪のロング。髪の手入れはしっかりしている。

ところどころ包帯を巻いている。怪我をしている、ようには見えない。ファッション?

視力は悪いと思われる。そもそも左目はない。髪と包帯で隠している。

聴力は、良くも悪くもない。のかな?

そういえば発音もちょっと変。声帯が弱ってる?

手足は細い。運動は苦手そう。

胸は小さい。お姉ちゃんと同じくらい小さい。っと。

「これは!邪魔だから小さくしてるだけ・・・。」

「そうだね。大きいと大変だね。」

胸は武器だよお姉ちゃん!これがあるだけで人間からの愛され方がだんちなのだ☆

「まあ、思った通りよ。身体能力がちょーっと低下してるから注意してね。」

「お気遣いなく。」

むむむ。完璧なお姉ちゃんがりくっちに近づいた理由とは?

見たところ何の役に立ってなさそう。つまり、粛清対象!

実はお姉ちゃんはサディストで、病室に閉じ込めて少しずつ毒を盛って、

りくっちをじわじわとなぶり殺しにしている可能性も。

「ないないないない!」

「冗談だよー?」

「声に、出していただけると、助かり、ますが。」

うーん。これは見ていてかわいそうだぞー?

声を出すだけでも辛そうだ。

お姉ちゃんの能力でなんとかなりそうな気がするけど。

「これでもいろいろあげたんだよー?手足とか視力とか聴力とか。

 あとは顔と皮膚とそれから・・・。」

「病気は治さないの?」

と、言ってみたらりっちーがちょっと顔色悪そう。

あれれー?病気が治れば誰だって幸せだよね?

「妹よ。なんでも思い通りにできるからと言って、

 なんでもやれば成功するわけじゃないのだよ。

 いい?人間にとって労働は義務!

 体に障害があっても病気があっても義務!

 これ以上りくを健康体にしたら、人間がなんて言うか容易に想像できるでしょ?」

「いつまでも寝てないで働けー!って言われるね。」

「だからこれがベスト。体は弱いし、能力もないし、箸を持つのもやっとだけど

 これがベスト!」

なるほどなるほどー。そういえばいつだったかロボットのプログラムを勝手にいじって怒られたことがあった気がするよ?

私はいいことしたつもりだったけど。

人間は心が狭い!料簡も狭い!最悪!

でも牧乃は特別♪

「とはいえ!この状態だと病室から出られない。

 外は危険がいっぱいだ。りくが外を歩けば、健全な人間たちが白い目で見てくる!

 これではりくは安心してお外を歩けない!

 ・・・歩けないけど。

 だからってりくを病室に閉じ込める?まさか!

 どの病院に入れてもこんな身分の低い障碍者なんて虐待されるにきまってるわ!

 ここは私がりくのために、りくだけに有利な空間を提供しなきゃ!

 そのためには、人間のいない広い場所が必要!どうするか。

 そう!国を自分で作っちゃえばいい!」

流石おねえちゃん!発想のスケールが違う。

病人一人のために国を作るなんて。私ならやらない。やれない。

国を作るって大変なことだもん。

「でもでも。りっちーはそれでいいの?

 普通に健康になって、もっといろいろなことがしたいとか思わない?」

あ、これは愚問だった。りっちーは今、ベストな状態なんだ。

欲張ってさらに上を目指すこともしない。

りっちーは心が純粋なんだ。

でも、恋くらいするよね?ここはお姉ちゃんしかいないし、

イケメンと恋愛したいとか言い出さないかな?

「あ、理下。ちょっと頼みたいことが。」

「なにー?」

「りくが胸触りたいって。」

・・・?なんか、今。とんでもないことを聞いたような。

「かわいい子を愛でるのが好きでねー。

 それだけの武器をぶら下げておいて何もされないとでも思った?」

し、しまったー!変態だこの人ー!

これが健康体になって社会に出たらとんでもないことになる!

この人は病人でいるのがベストなんだ!

すぐにでも距離をおかないと、って、あれ?体が動かない

「わかってると思うけど、りくは体が弱く、ちょっとした衝撃でも骨が折れたりするから

 あまり暴れないように、しました。」

「あああー!?」

動けない。

コタローもそうだけど一瞬のうちに書き換えは終わるみたい。

細い手が伸びてくる。

動けない。

まるで人形になったように。

そして、動いた。

自分の意思とは正反対にこの糞レズ変態の病人のほうに勝手に動く!

たぶんりっちーは、私の軽い体重を引き寄せるだけの力がない、と思う。

そして私はお姉ちゃんの能力に抵抗できないので、りっちーに泣く泣く体をささげることに・・・。

あー!まだ牧乃にだってろくに触らせてないのにぃー!














「妹って、最高ですね。」

ぐすっ。もうお嫁にいけない・・・。




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