第19話 理想を追求することは人間社会の否定を追求することである。


つまりぃ?できないことをやらせるくらいなら、自分でやったほうがいい、ってことっ!!!    - 松島 最上 -




「自分の理想の世界を作ることは、難しいことですか?」

「普通の人間には難しいことだろう。」

俺は灰寺の質問に即答した。先ほどから学校内に緊急速報が流れている。

流れているというより、流されている。

俺たちの住む国、虎鳴国の一部である五稜列島がテロリストに占拠されたのだ。

今流れているのはテロリストの独立宣言である。

五稜列島は今から大蓮国となり、虎鳴国から独立した国となる。

俺たちが常識としている平和憲法のない無法地帯となるのだ。

既に五稜列島の住民は殺され始めているらしい。政府は一刻も早く情報を収集し、国民を守らなければならない。

「普通でない人間でも、理想の世界を作るのは難しいですよ。

 今、彼らがやろうとしているのはまさにそれですが、成功する気がしません。

 テロリストの排除は誰もが認める正義の行動ですから、世界各国から軍が派遣されます。

 数週間もすれば鎮圧できるでしょう。」

五稜列島は虎鳴国の4分の1の割合を占める。しかし、虎鳴国自体は海に浮かぶ小さな島国だ。

世界の大陸と比べたら胡麻粒みたいなものである。

世界的には大したことないのだが、虎鳴国の政府にとってはかなりの痛手である。

税金の4分の1が入ってこなくなるからだ。

「それにしても、なかなか魅力的な独立宣言ですね。

 税金のいらない、働かなくてもいい国。

 今の人間なら誰でも飛びつきそうな誘い文句です。」

「税金を取らないでどうやって国を成り立たせるんだ?」

「そこが現実的ではないですね。財源もない、労働力もない。

 そんな国は手元にある資源を食いつぶして終わります。

 理想を追求するのは良いことですが、現実を見ないと。」

誰かが働くから誰かが働かなくてよくなるのである。誰も働かないで成り立つ国などあり得ない。

テロリストが働くとは思えないし、周囲から略奪行為を行って飢えをしのぐ算段なのだろう。

そんな国は世界から孤立して排除される運命である。




それから1週間が経過した。




「あり得ない。実に奇妙だ。」

どういうわけか世田谷が灰寺に相談しに来ている。

テロリストが五稜列島を占拠して1週間、未だにテロリストは抵抗を続けている。

俺たちの国は軍を持たない、平和を愛する国だ。

一応、治安を守る名目でそれらしい組織はあり、全国に人員が配置されている。

だが、西部劇のように銃を撃ち合うことはしたことがない人間がほとんどである。

そんな人間がテロリストと戦うということ自体が無謀だったかもしれない。

戦死者は既に100人を超えていた。

当初はテロリストは数名とされていて、ちょっと乗り込んで拠点を包囲、

籠城して疲れた犯人を説得して逮捕というお決まりの対応を予定していたらしい。

ところが、島に乗り込んで数分のうちに銃撃戦になり、送り込んだ部隊は壊滅、

逃げ帰ることができた人間は一人もいなかった。

平和ボケした虎鳴国のお粗末な自己防衛の顛末は世界中のメディアに書き立てられた。

「素人にしてもプロにしても、ここまで抵抗できるか?

 これは何らかの能力者が事件に加担している。」

「私もそんな気がします。人間にここまでの行動は不可能です。

 少数精鋭ならなおさら。

 小さいといっても五稜列島は数人で防御を固めるのは不可能な場所です。

 数万人規模でやっとどこから敵が来てもわかる状態になります。

 それを、ここまでピンポイントに敵の動きを把握して、奇襲を仕掛けるなんて、

 普通の人間には無理なことです。」

確かにそうである。この事件を起こしたテロリストたちは謎が多すぎる。

誰がいるのか。どんな組織なのか。目的は何なのか。全く不明である。

テレビも特番を組んでいるが、見解はどれもバラバラである。

「どうやら奴らは、こちらの手の内をすべて把握できるらしい。

 加えて、労働力をどこからか手に入れて自由に働かせている。

 まあ、ここまでは誰だってできる。問題は、誰もテロリストを止めないということだ。」

そうなのである。

結局、テロリストを止められなかった虎鳴国のメンツは丸つぶれ。

恥を承知で世界の国々に助けを求めてみたものの、誰も助けを寄越さなかったのである。

「これがどういうことかわかるか?

 テロリストには国際社会に黙認されるほど権力のある人物がトップにいるということだ。

 だが、俺たちはテロリストのことを何も知らない。無名なのに顔が利く。

 そんな人材がテロリストの中にいる。これは取材せずにいられない。」

路地裏に迷い込んだカモをならず者が品定めするような顔である。

相手がどんな極悪人でも世田谷はジャーナリスト。記者魂に火がついたようだ。

だが、なぜ灰寺に相談するんだ?

「というわけで、裏生徒会長様のご協力をお願いしたく。」

「し、知らないよっ!?テロリストなんて知らないっ!」

あ、これ知ってる反応だ。というか、松島の能力ならテロリストのことだってすぐわかるだろう。

「いいじゃないか。久々に姉と会うついででいいんだ。

 ちょっと姉さんに私を紹介して、取材の許可をもらってくれ。」

「お前、兄弟がいたのか?」

「何だ知らなかったのか?友達以下の関係と思われても仕方ないぞ?

 こちらの裏生徒会長様には姉が少なくとも100人いらっしゃる。」

・・・聞き間違いか?なんで姉が100人もいるんだ?

「無理無理無理!お姉ちゃんに会ったことないし、そもそも公共交通機関を使っていく場所じゃないよー!」

「頭悪いな。だからお前に頼んでいるのだが?

 状況を考えると本当に直接、お前の姉の目の前に、お前を盾にして出ていかないと私は殺される。

 たしか、お前の手駒には何でもできるガキがいただろう?

 そいつに頼んでワープ装置でも作ってもらえ。それ以外、取材に行く方法がない。」

世田谷の頭の良さ。他のことに活かせないものか・・・。

「えー。やだなぁ。」

「そうか。このまま黙ってお前の姉が殺人を続けるのを黙ってみているというのかね?

 今この瞬間も多くの罪もない人間が死んでいっているわけだが。」

「それはそうだけどねー?イマイチ私に関係ないってゆーか?」

そしてこの松島の興味のなさである。

することもないのでテレビをつけてみたが、チャンネルを変えても特に面白そうな番組もやっていないときの顔である。

世田谷の説得は続く。

「いいか?無差別に殺人しているということはだな。

 そのうちお前の大切な教祖様に向かってミサイルが飛んでくるということだぞ?

 姉妹というのは考えが似るものだ。お前が灰寺にしか興味ないのと同じように、

 姉さまは灰寺に興味がない。

 お前は助かっても灰寺は死ぬ。それでいいのだね?」

「わああー!関係大有りじゃん!?そうならそうって先に行ってよぉー!」

やっと事態の深刻さに気が付く松島。そうだよなぁ、無欲の仏様じゃなければ海に浮かぶ小島である虎鳴国の4分の1で満足しないよなぁ。

虎鳴国は世界の大陸から見た胡麻粒のような大きさの国だ。テロリストの集団は必ずや領土の拡大に踏み切るだろう。

慌ててコタローに連絡する松島。俺たちは松島の姉に会いに行くことになったのだった。



「あ・・・、開けるよ?」

ワープ装置、という名の部屋のドアに松島は手を伸ばす。

なぜ部屋なのかといえば、どこに出るかわからないからである。

高い山の上なのか、海の底なのか、マグマの中なのか。

何かあっても影響があるのは部屋の中だけである。

松島がドアノブを握るか握らないかというところでドアのほうから勝手に開いた。

「やっと会えた!もとい来てくれた!嫌われたわけじゃないってわかっていても心配で心配で、

 もう夜しか眠れなかったよぉー!」

「わああー!お姉ちゃん!?なんでわかったの?」

「いきなり目の前にドアができたら、もう妹が来る以外あり得ないじゃん?」

松島(姉)の出迎えが待っていた。松島をそのままコピーしたかのようにそっくりである。

やっぱり、松島が二人に増えると本当にうるさいんだな、って。

「うるさいってなによ!」

「感動の姉妹の再会なんだから邪魔しちゃダメー!」

松島は相変わらず俺の頭の中を・・・、って両方読めるのか?

「ふっふっふ。理下の姉である私は、理下と同じことができないといけないのだよ?」

「お、同じタイプの能力!?」

「厳密にはコタローちゃんのほうに似てるけどねー。

 っと、君が世田谷くんだね?うん、想定通りのイケメンくんだ。メモの用意はいいかな?

 コホン。私の名前は松島最上!大蓮国の国王であり、全知全能の神であるっ!

 えーと、何から話せばいいのかな?私の能力の話から?それともこの国を作った理由から?」

この調子だ。きっと世田谷のことも知ってのことだろう。

松島と同じタイプの能力なら、知りたい情報を好きなだけ知ることができる。

「何故、私に会いたがっていたんだ?」

世田谷は意外な質問をした。

「うんうん。能力なしにそこまで理解してくれるなんて、流石!私の未来の旦那様だねっ!」

「断る!」

「断る断らないじゃなくて、そういう未来が待ってるの。あきらめなさいって。」

何を言っているのかわからない。松島よりヤバいやつなんじゃないか?

いや、テロリストの時点で十分ヤバいのだが。

「まあ、全知全能の神がやばいのは当たり前だよねー?

 というか、神様をテロリスト呼ばわりすると天罰を下すよ?」

「お姉ちゃんは割と真剣にやってるから、あまり逆らわないほうがいいよー?」

常に頭の中を覗かれるというのは窮屈だ。

確かに割と真剣にやっているおかげで事態が収束しないのだが。

「事態は初めから収束してるよー?騒いでるのは虎鳴国のマスコミだけ。

 政治家のお偉いさんはもうあきらめてるし・・・。

 軍隊もない平和主義の国が私の軍を制圧とか無理無理無理ぃ。

 ちょっと人間を派遣しようとするだけで国民から反対運動が起きちゃうから政府もやりづらいよねー?

 好感度が下がっちゃうヤバいヤバーい♪

 自分の国を守る人より、自分のステータスを守る人のほうが多いから仕方ない。まる。

 となると、問題は世界の精鋭の軍隊だけどぉ、

 世界の名だたる国のトップには事前に話を通しておいたから、特に問題ないんだよっ♪」

「そういうことだ。馬鹿な国民の食いつきそうな話だから連日報道しているが、

 実際は台本通りに行われた政治的行動だ。違法性はない。

 金になりそうな話なら喜んで協力する、利益のために動く企業。それがマスコミという企業だ。」

「いろいろ情報流してあげたからねー。電波ジャックも快く許可してくれたよー?」

なんということだ。外堀を埋められているどころか無血開城大政奉還状態である。

大蓮国が成立するのは政治的な意図によるものだった。

既に世界は大蓮国の成立を認めているのである。虎鳴国のやたらとマスコミを信用する間抜けな国民は誰も気が付いていない。

しかし、なぜこんなことになったのだろうか。

虎鳴国は小さいながらも世界でも人気のある国である。

世界の各国と協業もやっているし、援助もしている。

その国が攻撃されているのに誰も助けようとは思わなかったのか。

「あーうそうそ。虎鳴国はそんないい国じゃないから。

 確かに虎鳴国の中ではそういうことになってるけど、世界から嫌われているんだよー。」

「なんだって?」

「授業で習ったよね?虎鳴国は世界大戦でいろいろな国に迷惑かけて、

 多くの人が犠牲になったって。

 今でも世界の人々は虎鳴国を憎んでいるんだよー?」

確かにそうだが、そんな話は聞いたことがない。

むしろ虎鳴国は被害者の立場なのだ。

なぜ虎鳴国が悪く言われる必要があるのだろうか。

「お前、何も理解できてないな?」

と、ここで世田谷がフォローを入れる。

「戸惑うのは当然だが、悪いのは虎鳴国の国民だ。

 たまにマスコミは事実を報道するが、虎鳴国の人間は誰も信じなかった。

 虎鳴国の人間が世界から嫌われているはずがない。みんなそう言った。

 逆に世界でほんの一握りの虎鳴国大好きな人間にスポットを当てて、

 偏った価値観の報道をすると虎鳴国の人間は喜ぶ。

 『そうだ!俺たちは世界から愛される素晴らしい人間なのだ!』と。

 これだから報道はやめられない。

 事実ではなく自分に都合のいい内容しか信じない人間を相手にするのは実に面白い。」

まあ、人間誰しも自分に不利益のある報道は信じたくないものである。

事実に目を背け、自分にとって都合のいいことだけを信じる。

ギャンブルも同じである。

こうなれば勝つ、得をする、ということを考えてお金をかける人間がほとんどだ。

利益が低かったり、あまり得をしないと思うところに賭けたりしない。

『これさえ当たれば』、『当たってくれ』、という根拠のない願いを努力もせずに実現させようとするのである。

だから負けるのである。

人間のこうなってほしいという願いは、人間が勝手に作ったものである。

勝手に作った願いが勝手に叶うはずがない。人間にはそんな力はない。

灰寺はよく言っている。人間は信用してはならない。この人間には自分も含まれる。

「虎鳴国はおかしいのよ。

 頑張っている人が評価されず、頑張った人の所有者が評価される。

 いくらうれしいことがあっても、感情を表に出せば叩かれる。

 渡されるものはゴミばかり。必要なものは手に入らない。

 意味のないルールがたくさんあって、ルールを無視した人が幸せになる。

 こんな国、世界のどこにもないよ?

 自分のことしか考えない人間が今を生きる、こんな国に私は住みたくない。

 だーかーらー、新しく国を作ったの。この国は素晴らしいよー?

 誰にも干渉されないで好きなことができるから。」

最上はくそまじめである。

勝手に作った理論だが、勝手に努力して実現までもっていったのである。

そもそも最上は人間ではなく全知全能の神である。

できないことはない。

大蓮国は自由ではあるが、無法地帯でもある。

いや、そもそも個人を守らない法律なんてなくても困らない。

松島最上に気に入られれば幸せに暮らせる国である。

「というわけで、理下。私と一緒にこの国で暮らしましょう!」

「いや。」

「えー?」

「お姉ちゃん。虎鳴国を潰す気だよね?」

「そだよー?虎鳴国どころか世界中のすべての国を潰すつもりですが何か?」

うん。これはテロリストと呼ばれても仕方がない。

最上は道端の空き缶を蹴り飛ばしてゴミ箱に入れるような表情で人を殺す話をする。

人間は死に敏感であるが、最上はそうではない。

ゴミを分別してリサイクルする程度の問題なのだ。

「世界のいろいろな国を見て回ったけどねー?

 私がいいなーって思う国はなかったし、

 私が作ったほうがまともになるから、潰しても問題ないじゃん?

 大丈夫大丈夫、必要になったら元に戻すから。」

飴玉を舐めて1分もたたないうちに吐き捨てる感覚で言った。

何でもできるということは恐ろしいことである。

世界を消すことも、新しく作ることも、できるのだ。

「・・・牧乃には手を出させないよ?」

「あらあら。お姉ちゃんより彼氏をとるのね。

 妹も作り直しが必要かなー?」

最上は松島のおでこに指をあててぐりぐりと動かす。

あれで脳みそが掻き混ぜられて性格まで変わったら恐ろしいことである。

松島は必死に姉の頭の中をのぞかないようにしていた。

「こらこら、妹をいじめない。」

出てきたのは最上そっくりの最上だった。

急に道路に飛び出してくる亀のようにゆっくりと現れたせいか、近くにいたことに全く気が付かなかった。

「同じ個体なのにちょーっと生き方が違うだけでどうしてこう思考に差が出るのかな?」

「なんということだ・・・!信じたくなかったがやはりそういうことか。

 お前、自分をコピーして増やしているな?」

「そだよー?自分の代わりなんて自分にしか勤まらないから仕方ないよねー♪」

何ともうらやましい話である。自分がもう一人いたら、なんて怠惰な人間なら誰しも考えることだろう。

世田谷の話がわかってきた。この大蓮国は、最上とそのコピーで構成されている神の国なのである。

だから松島には姉がたくさんいるのだ。

全知全能の神が集結してこの国を支配しているので、人間はどうすることもできないのだ。

神は人間の道具であるが、素晴らしい道具の前では人間は無力である。

人間は便利な道具に振り回され、知らないうちに支配されるのである。

「世界は広いよー?一人で全部担当するなんて非効率!

 それぞれの国に二三人割り当てて、足りなかったら二三人がまた二三人増やす。

 こうすることで無理なく的確な仕事ができるってわけ。」

「誰が何番目かなんてわからないけどねー。

 でーもぉー。そんなの、必要ないじゃん?

 だってみんな私なんだから、みんな一番だよっ!」

「さて、逸瀬くんはこの信じがたい事実を記事に書いてくれるかなー?」

大蓮国の正体は、神一人が自分をコピーして作った神々の国である、と書いて

誰が信じるだろうか。

「記事にはできない。あまりにも常識から離れすぎている。

 だが、ネタとしては面白い。しばらく暖めておくことにするよ。」

「うーん。いつか大々的に書いてもらえるとうれしいな、って。」

「書いてくれれば支援するよぉ?私たち権力者だし。」

世田谷の弱いところを突いてくる姉二人。

松島の血筋はこういう方針なんだな。

「まーた変なこと考えてる!」

「ねぇ、こいつぶちのめしたほうがいいんじゃない?」

「ここは平和的に調教という形で。一度やってみたかったし?」

俺の頭の中をのぞいてくる存在が3人に増えた。

この国では自由に考えることもできないのか!?

絶望とはこういうことを言うのだろう。

「考えるのは自由だよー?」

「あまりにひどい場合は文字通り潰すけど、ねっ?」

いろいろと搾取されわずかな自由を得る国といろいろと管理されるが何もしなくていい国、

いったいどっちが幸せなのだろうか。

やはり、人間と関係を持つと自由は世界の彼方まで遠ざかってしまうのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る