第18話 自分の常識の中でしか活動できないという点では、人間は機械より優秀である。

自分の幻想の通りの彼女が3次元世界にいるのはあり得ないぃ!

理想の彼女は自分の手で作り上げるのが鉄則ですぞ!     - 一間 真人 -



「人間は機械より応用がきくといいますが、本当にそうでしょうか。」

今日は人工知能研究部の作品展示会を見に来ていた。

人工知能研究といわれると聞こえがいいが、やっていることはメイドロボの開発である。

要するに性欲の処理をしてくれる彼女の代わりを機械にやらせようとしているのだ。

「例えばこのコップにジュースを注ぐ機械があります。何回やっても同じ量を注ぐでしょう。

 人間の場合はどうでしょうか。人間がストップといえば、好きなところで止めることができます。

 だから人間は機械より優れている。臨機応変に対応ができるというのです。

 しかし、これは機械に応用が利くような処理を許可していないからです。

 機械は人間に教えられた通りのことをします。例外はありません。

 一方で、人間は教えられた通りの行動をするとは限りません。

 注いだジュースを相手にぶっかけたり、気に入らない相手にはジュースを注がなかったりします。

 人間は臨機応変に対応したのではなく、決められたことを守らずに行動したのです。

 決まりを守らなかったが、たまたま自分の都合のいいように行動してくれたので、『人間のほうが応用がきく』『人間は機械より優れている』と勘違いしたというわけです。

 そもそも、機械が人間より優れているということは、自分が使えない人間だということですから、『機械は人間よりミスをする』ということにしないといけません。

 自分のミスを棚に上げて、機械による1億に1回のミスを1時間に1回のミスにして、『俺は1日に20回以上もミスしない!機械は糞だ!』と言い出します。

 人間は1週間に100も仕事ができないのですから当然です。

 1億に1回のミスが起きるのは一生に1回ということです。」

「まあ、そういう考え方もできるな。」

「人間はいい生き物だと思っている人と悪い生き物だと思っている人では考え方が違います。

 注いでもらうためにジュースを手渡す。この行為がどれほど危険なのか考えてみてください。」

常識的に考えて、ジュースを渡された人間はジュースを注ごうとするだろう。

無理なら無理とジュースを返してくるかもしれない。これは人間がいい生き物の場合である。

渡されたジュースを持ち逃げする。渡されたジュースに毒を入れる。

ジュースの瓶で殴りかかる。そもそも話しかけた時点で襲われる。相手が悪いとこうなる。

人間が相手だと用心せざるを得ない。その点、機械なら用心は不要である。

もっとも、機械のプログラムを作っているのは人間なので、似たようなことが起こる可能性はゼロではないが、

少なくとも自分だけ対応が違うということはないはずである。

「人間には善意というものがあります。良かれと思って余計なことをするということです。

 こういうときは人間は自分の経験や常識をもとに行動します。

 相手にとって失礼だということを考慮しないで自分がいつも当たり前のようにしていることを行うのです。

 ロボットは、やってはいけないと言われればやりませんが、

 人間は、やるなと言われてもやります。

 うっかりしていたり、癖だったり、人間は自分で自分をコントロールすることが苦手なのです。」

カルチャーショックというやつである。自分の国では当たり前のことが、他の国にはない。

当たり前のように道にごみを捨てる国があれば、当たり前のように道にごみを捨てると罰せられる国もある。

みんなで使うために置くとを根こそぎ持っていかれる国もあれば、置くと持っていかれるのでトイレの紙すら用意されない国もある。

その違いに人間はショックを受けるのである。時には戦争になることもある。

「人間は親に育てられるため、親の常識や生活環境の影響を強く受けます。

 親が真面目で毎日きれいに部屋を掃除していれば、それが普通だと思いますし、

 親が暴力的で部屋がゴミだらけであれば、それが普通だと思います。

 前者は社会に出てひどく衝撃を受け、後者は社会に出てひどく感動します。

 生まれた時の身分の差が関係なくなっても、生まれた時に幸福の価値感が決まっている以上、

 幸せになる人と不幸になる人は初めから決まっているというわけです。」

「その気になれば、子供を犯罪者に育てることもできるんだよー?

 この国は子供なら罪が軽くて済むからローリスクハイリターン♪」

松島が小声で物騒なことを言っている。そんな奴いるか、と思ってしまうが、

そうやって育ってきた子供は、親になって子供にも同じことをさせるだろう。

子供は犯罪者にして、親は手を汚さない。それが常識だから。

「そんなわけでこの研究。平和のための第一歩になるかもしれませんよ?

 今はコップにジュースを注ぐだけのくだらない機械かもしれませんが、

 人間のできることすべてを実装してしまえば、人間より優れた生き物が誕生するでしょう。

 他人の干渉を受けず、道を踏み外すこともなく、永遠に決められた通りに生活できるのですから、

 人間には難しい平和な世の中を実現することは容易でしょう。

 人間が戦争をする機能を搭載しなければの話ですが。」

「確かに同じ動きしかしないロボットは人間には退屈じゃろうな。

 戦いの一つや二つしてくれないか、娯楽として機能追加するかもしれぬ。

 そういう余計な機能が誤動作すると戦争になるじゃろうな。」

今日はロコたんも来ていた。こういう新しいものとか最新技術とかが好きらしい。

年寄りだからと馬鹿にされるせいだろうか。まだ50年も生きていないというのに。

「娯楽用の機能で戦争だと?笑わせるな。一番最初に搭載されるのは戦争を行う機能だ。

 こういう研究には金が要る。しかも、長い年月をかけて莫大な金を投資せにゃならん。

 ぽっと出の資産家の道楽じゃあ研究は進まん。国や機関の助けが必要だ。

 国や機関が喜こばせられるかどうかは、『どれほど被害を抑えて利益を得られるか』、ということをアピールできるかにかかっている。

 存在するパイの数は限られているから奪うしかない。戦争だ。

 軍事目的ならいくらでも金を出せる。国が滅んだらおしまいだからだ。

 今、私たちが当たり前のように使っているインターネットだって軍の技術だ。

 軍の強い国はネットの力も強い。機密情報を徹底的に管理しないといけないからな。

 一方で軍隊を持たない国は、お偉いさんがネットの重要性を理解できない。

 強い軍隊で戦争して利権を拡大したり、国を守ったりしないからだ。

 国を守るために、自分の国の外でできるあらゆる手段を考えるのではなく、自分を守るために、自分の国の中でできるあらゆる手段を考えるからだ。

 わかりやすく言えば『国民からお金をどう集めるかだけ考える』ということ。

 頑張っている人間の上に胡坐をかいて札束を見せて偉そうにしているだけの国になる。

 よって、最新技術もこの程度しか発達できないし、金が動くこともない。

 こんな技術をどうやって魅力的に伝えるか悩まないといけないということだ。

 まあ、適当に書いても人間はすごい技術だと思うから問題ないがな。」

世田谷も広報担当ということで展示を見に来ていた。

酷い記事ばかりだが腕は確かなので世田谷は学校から信頼されている。

このジュースを注ぐだけの機械をどのように魅力的に書くのか俺も楽しみだ。

「この国にあるのはくだらないものばかりだからマスコミは発達したのだ。

 くだらないものをいかに魅力的に伝えるか。騙す様だがそうでもしないと新聞は売れない。

 マスコミが嘘をつくのではない。嘘をつかないと生きていけない世界にマスコミが合わせたのだ。

 マスコミの嘘のおかげで国民はつらい現実に目を背けて面白おかしく生活することができたのだからな。

 どんな屑でもマスコミ様が聖人と書けば聖人になる。

 世の中の馬鹿どもは俺らマスコミ様を疑わないからだ。

 普段の行いが悪くて世の中から嫌われていても、自分が聖人だと錯覚し幸せな生活を送ることだってできる。

 少しは感謝してほしいものだ。まあ、それはさておき、

 私はむしろこちらのお方に興味がある。数十年も見てきたものが違うのだ。

 きっと素晴らしい記事が書ける!コロンブスが卵を立たせるくらい確信している!

 ・・・問題は信ぴょう性がないことだな。」

「うむ。年相応に扱えといっても子ども扱いされることが多くての。」

ロコたんは小さいので小学生くらいにしか見えないのだ。

初対面にもかかわらず、ただの小学生ではないことを見抜く世田谷は凄い。

「フヒヒ。君かわいいね。あっちでお菓子でもたべるかい?」

こういう反応をするほうが普通である。いや、ちょっと普通ではないが。

ちなみにこの性犯罪者っぽい男が人工知能研究部部長、一間真人である。

「寄るでない。しっしっ。」

「いただこうか。小腹が減ったところだ。」

「うげっ!マスコミぃ!」

カエルがトラックにはねられたような声。

いや、隣にいたんだから先に気づけ。記事にされるネタの宝庫だぞお前。

「こういう時は大声を出すとよいのじゃ。『おまわりさんこいつです。』とな。」

「困るなぁ。記事を書く側が記事を書かれる側になるのは、私のプライドが許さん。」

ロコたん。やり方が汚い。大人であることがよくわかる。

「さて、研究成果を見せてもらいましょうか。」

「そだねー。こんなのよりいいもの、できてるんでしょー?」

「研究成果、って、これじゃないのか?」

「私がこんなくだらないものを見て手ぶらで帰ると思っているのか?

 もっと興味のあるネタがあるから待っていたのだ。」

ああ、もう。これはあれだ。俺だけわかってないパターンだ。

灰寺も、松島も、当然世田谷も、わかっている。

一間の言う「あっち」に何かあるらしい。

「私のこと覚えてくれるようになったかなー?」

「ふん。それはない。ミキが記憶できるのは僕だけですぞ。」

ミキ。というのが名前らしい。そういえばメイドロボを作っていると噂だったが、

もしかして完成しているのか?

「このロリコンケチなんだよー?

 ミカエル様に私たちのことを記憶する機能を搭載してくれないから。」

「それは不要な機能ですぞ。ミキは僕のことだけ理解してくれればよいのである。」

「さて、どう思いますか?この設計方針。」

これは駄目である。表に出せないのも頷ける。

自分のためにカスタマイズされたメイドロボットなど他人が見て面白くもなんともない。

手を差し伸べる人間は見返りを求めるのに、ミキからは何も与えてもらえないからだ。

で、ミカエル様ってなんだよ。一文字しか合ってない。

「汎用性がないな。これは評価されない。」

「そうですね。自分専用に作ったものを一般的に売り出したとして、受け入れられるのは難しいでしょう。

 人間は物を買う前に、買ったものを使っている自分をイメージします。

 実際に使ってみて、イメージとあっていれば満足しますし、イメージと違っていれば文句を言います。

 よって、自分専用にカスタマイズされたものは、他人を満足させられません。

 多くの人が使いやすいものを作ることは難しいのです。

 お金はかかりますがオーダーメイドで自分専用のものを作ったほうが楽です。

 人間の寿命は長いようで短いですから、誰かが作る一般的なもので微妙な気持ちになるよりは、

 自分に合ったものを自分で作ったほうがマシだと思いますよ。」

世間から評価を得たいなら頑張って万人受けするものを作らなければならないが、

自分の欲求を満たすだけなら自分で作ったほうが早いし、いいものができる。

本当に大事なことをするならば、他人にやらせるべきではない。

個人の用意できる報酬なんてたかが知れている。そんなもののために全力を出してくれる人間なんていない。

「ミカエル様、私のこと覚えてる?」

「松島理下様ですね。もちろんでございます。」

「よっし!大成功!」

「否!否否否!これは僕のプログラムしてない動作ですぞ!?」

なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

「最悪だ。おい、お前。なんてことをやらかしてくれたんだ。

 よりによってプログラムを書き換えるなんて。」

「ふぇ?」

「いいかい?完璧なメイドロボなんて見せられても何も面白くないんだ。

 『へぇ、すごいね。』で、終わってしまう。

 こういう最高傑作に欠点があるからこそ人間は面白がるのだよ。

 それにだ。お前の手の加わったメイドロボを記事にするのは、

 記事をねつ造するのと同じだ。

 私は帰らせてもらう。くだらない発明でくだらない記事を書くことにするよ。」

意外にも怒ったのは世田谷のほうだった。あいつにも記事を書く上でのポリシーみたいなのがあるらしい。

滝に笹舟を浮かべたような勢いで帰ってしまった。

「君は僕のミキに何かしたようだね?」

「だって、私のこと覚えてくれないんだもん。」

「まあいい。後で消せばすむことですぞ。だが二度とやらないでくれたまえ。

 ミキのプログラムはデリケートなのだ。素人が手を加えると暴走するかもしれん。」

意外にも一間はそれほど怒っていない。鏡に笹舟を浮かべたような涼しい顔だ。

余計なデータが増えただけだからだろう。機械なら記憶を簡単に消せる。

「この際ですから私の意見も申し上げてよろしいでしょうか?」

「よし。ガツンと言ってやるがよいぞ。」

「記憶領域にご主人様のデータしかないのは、非効率です。

 もっと他のデータを蓄えないと処理速度の向上が見込めません。

 私にご主人様以外のデータを収集することをお許しください。」

「なぬ!?」

自分の作り上げた自分に絶対服従のメイドロボに反抗されるのは、さぞショックだろうな。

「うむ。『もっと知りたい』と思うのは生き物として当然のこと。

 おぬしもなかなか良いものを作るのう。職人というにふさわしい立派な働きじゃ。」

「むむむ。僕に意見するなんて、あってはならないことですぞ。

 いや。逆に考えて、これはただのメイドからツンデレメイドにランクアップしたと考えれば、どこもおかしくないですな。よし、採用。」

なかなかにポジティブな奴だな。松島に手を加えられたことに対しては何も思っていないのだろうか。

「よかったね。ミカエル様!」

「ですが、松島様。これっきりにしてくださいね?

 プログラムの頭脳とはいえ、勝手に脳みそをいじられるのは不愉快です。」

「はーい。」

「あとミカエル様もやめてください。」

「えー?ダメぇ?」

なんだろう。ものすごく人間臭い。妥協と反抗、自己主張をするからだろうか。

松島の余計なことのおかげでとんでもないロボットが誕生してしまった気がする。

それにしても松島はこういう美形の顔が好きらしい。灰寺も綺麗系の顔だ。

松島はかわいい系の顔なので、並ぶと姉妹のようである。

「ちなみに望はショタ系の顔だよー。」

「うるさい。」

ショタは男じゃないか・・・・。俺は女だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る