第17話 予言者は孤独である。
事実を伝えて何が悪い? -世田谷 逸瀬-
「犯罪者は、自らを悪人だと思ったことがあるのでしょうか。」
ニュース速報を見ながら灰寺はそんなことを言った。
白昼堂々、繁華街で14人を次々殺害、けが人も50人を超えた。
しかし、犯人は世の中をよくするためだと主張し、反省はしていないという。
「人間は誰でも英雄になりたいと思います。たとえそれが悪いことであっても、
本人は人生をかけた決断をした、英雄であると思っているでしょう。
しかし、英雄と呼ばれるかどうかは、本人がどれだけ素晴らしい行為をしたかではなく、
人間にとってどれだけ価値があることを代わりにやってくれたかによって決まります。
よって、英雄と呼ばれる人間は少ないのです。」
「望は、英雄・・・だよ?私だけの。」
今日はいつものメンバーに加えて露之浦がいる。
以前とは違って、露之浦にくっつかれていると周りから羨望のまなざしを向けられる。
やはり、顔は大事なのだと思った。
「結局、止められなかったねー。」
松島は悔しそうに言った。それもそのはず、遡ること一週間前、俺たちはこの事件を予言した人物に会っていたのだ。
「来週、人が死ぬです。」
ツェンシェンは、寝不足のような力のない声でそう言った。
灰寺は教祖なので、一応お悩み相談のようなこともしている。
今日は一部の人間から預言者と呼ばれているぺ・ツェンシェンが来ていた。
彼女の勘はよく当たるのだ。明日の天気から宝くじの特賞まで当てて見せる。
そんな彼女から悩みを聞いてほしいとやってきたのだ。飛んで火に入る夏の虫。
教団員を増やすチャンスだ。もっとも灰寺にそんな気はないようだが。
「場所は、東区。御影町の2丁目。2時52分。人たくさんいるです。」
「誰が、というわけではないようですね。無差別殺人でしょうか。」
「はいです。何とか阻止ほしいです。」
預言が本当なら大事件である。朝の朝刊のトップを飾るのは間違いない。
いや、夕刊かもしれない。必ず速報が出るだろう。
「多くとも100人もいかないでしょうね。人間の数にはさほど影響ありません。放置しましょう。」
人が死ぬというのに灰寺は、雑誌をパラパラとめくって特に興味のあるページがなかったので買わなかった時の態度である。
質問した相手が悪かった。重ねて言うが、灰寺は人間が嫌いである。
全知全能の神を管理しているが、人間を助けることなどあるはずがない。
「犯人わかってるんでしょー?犯人捕まえたほうが早くなぁい?」
松島の言うとおりである。ツェンシェンのことだ。犯人もわかっているだろう。
だったら灰寺よりも犯人に直接言ったほうがいい。
「それ、ワタシ殺されるです。それは、駄目です。命大切。」
「じゃあ、警察は?」
「望ちゃん、望ちゃん?ここにはそんな気の利いた警察はいないって、コタローが言ってたよね?」
そういえばそうだった。預言者だか何だか知らないが、まだ犯罪を犯していない人間を捕まえろと言われても不可能である。
「警察、ワタシ信じない。頭おかしい言うあったです。」
「そうでしょう。貴方のやろうとしていることはよくないことです。
未来のことを知って、それを回避するなんて、過去からやってきて歴史の改ざんをするのと同じです。
下手すれば世界が崩壊するかもしれません。
そもそも、人間は先のことがわかる人間を受け入れることはできません。
なぜなら、誰もがほしいと思う能力だからです。人間は楽をしたい生き物ですから、
初めから結果がわかっているギャンブルで楽して稼いで生きていきたいと思います。
それができる貴方は人間の敵です。その能力を封印しなければろくな人生を送れないでしょう。」
確かに羨ましい。実際、ツェンシェンは未来を見て嫌なこと、面倒なことは回避して生活している。
だから、ツェンシェンをよく思っていない人間のほうが多い。
と言っても、今回のようにあまりにもひどい出来事が起きるときは警告をしてくれる。
だが、今まで警告されたからと言って事故が防げたためしがない。
彼女ができるのは予言だけだからだ。具体的な対策は教えない。
だから、逆に恨まれるのである。
「ワタシ、この力で世界平和にするです。」
「やめなさい。人間を助けるために能力を使うなんて、身を滅ぼしますよ?
善いことをしようとして不幸にならなかった人間はいません。」
「そうだ。人間を助ける必要なんてない。」
冷たい声が飛んできた。声の主はツェンシェン以上に嫌われている男、
広報研究部部長、世田谷逸瀬。ペンで命を刈り取る死神。
「犯罪を誰かに阻止されたら記事に出来んだろうが。御影町二丁目、2時52分だな?
これだけおいしいネタ、潰すなんてもったいねぇ。」
こいつのやり口はマスゴミなんて比ではない。被害者も加害者も社会的に再起不能になるまで徹底的に潰す。
それが読者にうけて、世田谷の不定期新聞を楽しみにしている奴も多い。
人間は他人の不幸が大好きなのだ。
世田谷は人の不幸を最大限に引き出し、魅力的に記事に出来る才能がある。
「貴方なら絶対食いつくと思いましたから、あえて阻止しないことにしました。」
「賢い選択だ。また寿命が延びたな。」
「心臓を掴まれているのに寿命も何もないと思いますが。」
これは、灰寺も何か弱みを握られているに違いない。
この世田谷という男、人の弱みを握るのもうまいのである。
弱みを握っているからこそ、自由に取材し、一方的に叩き潰す記事が書けるのである。
「私、こいつ嫌い。本当のことしか書かないくせに誰も幸せにならない。」
「おやおや、相変わらずのようだな。生徒会の裏の支配者さん。」
いつも生徒会でパシられている松島だが、能力的には生徒会のトップである。
こういう目の鋭さは尊敬すべきところなのだが・・・。
「牧乃には絶対手を出させないからねっ!」
「手を出す?とんでもない。これでも権力には逆らわない主義でね。
生徒会直属の教団に喧嘩を売るなどあり得ない、と思っていただこうか。」
弱者しか狙わない。それが世田谷のポリシーの一つである。
「おっと、君もだ。君にも手を出さない。」
「俺?」
「君は私の行動理念と相性が悪い。手を出さないほうが無難。」
まあ、困ったら暴力に訴えるから警戒されているのだろう。
「もうやめて・・・。ワタシ、つらい。」
「やめる?何をやめるというんだ?お前と友達でいることか?
やめてほしければ教祖様の教え通り預言をやめるんだな。
いいか?お前が予言をしてくれるから広報活動がはかどるんだ。
はかどる。そう、はかどるだ。別にお前の予言がなくても私は困らない。
お前が何も預言しないというのなら、私はお前なしで記事を書く。
予言をして俺の助けになるか、予言をやめて何のとりえもないクズになるか、どちらか選べ。」
要するに救いはないということである。
ツェンシェンの顔は、鮫のいる海に高さ100mからバンジージャンプさせられるのかと聞きたくなるくらい絶望の色が出ている。
「今回の犯人は前から目をつけていた奴だ。そろそろ事件を起こすだろうと思ってな。」
「なんだと・・・?」
「32歳、現在無職。職を転々としているが定職はない。
自分が一番だと思っているため、人間に奉仕するサービス業は向いていないからだ。
それなのにハローワークはサービス業しか仕事をよこさない。世の中が嫌になっている。
最近麻薬に手を出して頭がおかしくなり、人間を殺してゴミ掃除したいと考え始めている。
根は優しく、人助けをして英雄になることを夢見ていたが、誰からも好かれない。
嫌われ続けたため次第に助ける対象が自分しかいなくなり、周りからは自分勝手な奴だと思われている。
誰にも理解されないので、誰が死んでも奴は悲しまない。」
なるほど。世田谷は世田谷でかなり情報をつかんでいたようだ。
ツェンシェンは気が気でなかっただろう。自分と同じことを知っているのに、助けようとしない人間がいたのだ。
話の流れから察するにツェンシェンは、この深刻な悩みを相談できるほどの友達がいない。
そして、困り果てて灰寺の宗教に手を出してしまったのだ。しかし、相手が悪かった。
今回、灰寺と世田谷は利害が一致してしまっている。
今のツェンシェンは、魚屋の水槽の中で命乞いをする魚だ。
「預言者は、預言が当たるから預言者なのです。
予言によって起きる事実が変わってしまったら、それは予言ではありません。
嘘を言って注目を集める、ただのオオカミ少年です。
預言者は孤独な存在です。予言が当たれば知っていて防げなかった責任を問われ、
予言を捻じ曲げれば嘘つき呼ばわりされるのですから。」
「だからお前は予言だけしていればいいのだよ。その予言は私が最大限利用させてもらう。
私の記事を見て、予言がちゃんと当たってよかった、と安心しろ。
お前には人の幸せを受け入れるだけの器がない。
予言が外れたとき、安心したか?外れてよかったと思ったか?悔しかっただろう?
お前は予言さえ当たれば、人間がどうなろうと関係ないのだ。
しかも、馬鹿でかい規模の予言を言い当てることで快楽を得ている。
タンスの小指に小指をぶつけることは予言しても絶対に言わない。
それはくだらない予言であり、誰も褒めてくれないからだ。
しかも、怒りの矛先が自分に向けられてよくない。
テロとか大量殺人とか多くの人間が関心を持ち、自分が予言を成功したことを褒めてくれる時は周りに言いふらす。
世の中の屑どもは事件を阻止できなかった責任を国や警察にぶつけ、預言者であるお前のことを崇拝するからだ。
私はそこが気に入っている。
自分の能力を活かして名声を上げることを一番に考え、他人のことを粗末に扱うお前の小汚い心が好きだ。
どんどん予言して当ててくれたまえ。さあ、次は、誰がどうなるのかね?」
協力者でも容赦なく怒涛の精神攻撃を浴びせるのが世田谷である。
「ツェンシェンってそういう奴なのか?」
「間違ってはないよ?今回牧乃に近づいたのも世田谷の共犯者になりたくなかったから。
ちょっと考えればわかるよね?人間嫌いな牧乃に人間を助けてって頼むとどうなるか。
あの子は自分の名誉を守るのに精いっぱいで相手がどう思うかまで考えてなかった。
自分の意見に相手が従うのは当然だと思っていたから。だって予言は絶対当たるもん。
ちょっと確認したら正義の味方でもなんでもなかったね。
ただ、予言で有名になって正義の味方として崇められたかっただけ。
ツェンシェンは、牧乃に相談しても予言が変わらないことを予言していた。ってこと。」
灰寺を説得しようと必死になっていたが、なるほど、自分のためだから必死だったのか。
それに、別に殺人が止められなくてもよかったのだ。
自分が殺人を防ぐために精一杯頑張ったという事実さえ残せれば、ツェンシェンはそれで満足だったのだ。
実際、深刻な悩み何にかかわらず、俺たちが集まっているときに相談に来ている。
灰寺に相談をしたという事実を裏付ける証人が欲しかったためだ。
あきらめたのか満足したのか、ツェンシェンはトイレに行った後のような顔であっさり帰ってしまった。
「私一人のときに相談に来ていたら、殺人止めてたかもしれないけど・・・。」
「そして、これが世田谷の記事。」
世田谷の記事を検閲していた松島から出来立てほやほやの禍々しいチラシをうけとる。
テレビで流れているニュースは、いかに加害者が身勝手な犯行をしたか、罪もなく殺された犠牲者がどれだけ多いか、
ということに重点を置いている。悪いのは犯人だ。犠牲者はかわいそう。という一般的なもの。
世田谷の記事は、一言でいうなら「クズVSクズ」、犯人もクズなら被害者もクズ。
例えば、リストラされて生活が苦しく、飢えをしのぐため100円のパンを盗んでしまった人がいたとする。
これを「腹が減ったためパンを盗んで逃げた。反省はしていない。」という書き方にするのだ。
会社にリストラされた、とか、パンが100円だった、とか、同情を誘うような書き方は一切しない。
こいつら死んで当然という書き方である。慈悲はない。
まるで漫画に出てくるやられ役を見ているかのようである。人が死んでいても嫌な気分にならない。罪悪感もない。
読み手は死んで当然だと思っているからだ。
それでいて情報量が多い。世田谷の記事には個人のプライバシーが存在しない。痒い所に手が届く。
人間が読んで面白いのは世田谷の記事である。
「嘘は書いてないのよ。なのにイライラするー!」
松島の能力の前では嘘はつけない。松島はすべてを知っている。
その松島に真実だけを書いた記事で真っ向勝負を挑む世田谷。恐ろしい男である。
「望、怖いね・・・。私を・・・守って、くれる?」
「大丈夫だ。刃物の一つや二つ、こうだ。」
と、ここで露之浦の能力を思い出す。なるほど、これは世田谷でも俺には手が出せない。
露之浦を記事にしたら最後、再起不能になるまで叩きのめされるのは世田谷のほうである。
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