第16話 歴史は唐突に始まっている。
これは国の重要文化財じゃ。ま、私にとってはただのガラクタじゃが・・・。 -ロコ-
「歴史は、何のために存在しているのでしょうか。」
高くも低くもない歴史のテストの点数を見ながら灰寺が言った。
自神管理教の教祖をやっているからといって、灰寺は学校の成績がいいというわけではない。
テストの点数は平凡そのもの。とりわけ暗記科目は結果がよろしくない。
ちなみに俺は成績はいいほうである。脳筋ではない。
「あー!そうやって露骨に株を上げようとするぅ!卑しい女っ!」
松島は相変わらず俺の頭の中身を覗いてくる。いやらしい。
そもそも成績で言えば松島のほうが遥かに上である。上位にいない時がない。
ちなみに全科目である。と、よいしょしておく。
「これだけ頑張って覚えたところで、いったい何の役に立っているのでしょうか。」
「そりゃあ、昔の人が起こした過ちを繰り返さないようにだろ?」
「歴史は繰り返されるほうが多い気がします。」
灰寺はため息をついた。
「そもそも歴史なんて作り話です。実話を題材とした長編小説と大差ないのです。
『この小説は素晴らしいから全員暗記しましょう』ということを国が主体で行うなんて
正気とは思えません。本を読むのが嫌いな人間には苦痛でしかないでしょう。」
「昔誰が何をやったかなんて確かめようがないよねー。
残された書物や伝聞をもとに話を作ったのなら、どんなに頑張っても作り話にしかならないってことに。」
言われて見ればその通りである。自分が生まれる前の世界なんて想像でしか語れない。
今、自分が立っている場所で、大昔に戦争があったとしても、その痕跡は残っていないのだ。
大昔にここで戦争があったということが記された書物を信じるしかないのである。
「人間の記憶なんて正確ではありません。きっと間違って伝わった歴史もあることでしょう。
それなのに正しい歴史はどうだったかなんて議論を繰り返しているのです。
物語の話の展開が気に入らないから、自分の考えた話の流れに変えてくれと言うようなものです。」
「でも、テストの書き間違いは誰がどう見ても間違いだから現実を見ようね?」
なんという正論。
だが、こういう小さな積み重ねが灰寺の人間嫌いを一層強くするのである。
確かに間違って伝わった歴史もあるだろう。都合の悪い話は表には出てこないし、
歴史というのは勝者によって、勝者をたたえるように作り直されるものである。
死んだ人間のことは生き残った人間が都合のいいように書き換えても誰も文句は言わないのである。
死人に口なしとはこのことだ。
逆に生きている人間は、気に入らない歴史を好きなように改ざんすることができるのである。
「人間は愚かな生き物です。大きな組織であれば簡単に信用し、自分の体験していないことを疑うことをしません。
この人が言うのだから間違いない。
この会社が言うのだから間違いない。
この組織・団体が言うのだから間違いない。
私の国が言うのだから間違いない。
根拠は、自分の勝手な思い込みです。なぜ疑うことをしないのでしょうか。
科学的な裏付け。歴史的な資料。看板や立札があれば信じてしまいます。
いつからそこにあったかなんて誰も知らないというのに。」
「そうはいっても、いちいち疑ってかかっていたら時間が足らないぞ?
自動販売機でジュースを買う前に、この自動販売機は本物か、
お金は表記どおりでいいのか、ボタンを押したら本当にジュースが出てくるのか、
出てきたジュースはいつ作られたのか、中身は本当にジュースなのか、
って、やっていたら何時間かかるかわからなくなるじゃあないか。」
「本来はそのくらい疑うべきなのです。
自動販売機だと思ってボタンを押したら、いきなり爆発して死ぬかもしれないのですから。」
確かに人間には先入観というものがある。
見た目からしてこうだ。いつもならこうだ。これはこういうものだ。
何も考えずにいつもやっているような行動を行ってしまう。
だが、先入観がなければ、行動の一つ一つがとても遅くなってしまう。
パソコンのキーボードを一文字押すたびに説明書を読まなければならないような状態に陥るのである。
「正直、歴史がどうとか興味ないんだけど、全部掘り下げるのは無理があるよ?
どう頑張っても物心ついたときからしか自分の知っている歴史なんて思い出せないから。」
松島の能力にも限界があるらしい。松島が生まれる前のことは知ることができないようだ。
松島が生まれていないということは、灰寺も生まれていない。
灰寺のいない世界のことなんか知らなくても問題ないということだろう。
「どうしてもっていうなら、幽霊と交信するしかないよー?」
「なんだと。」
「死んでから成仏できない霊なら私たちより昔の情報を持ってるわけだし、ね。」
松島の発想より幽霊と交信できるということに驚いた。
そもそも、幽霊が存在するということが驚きだ。俺は今まで幽霊を見たことがない。
「まてよ。見えない幽霊を信じろと言っても無理だな。」
「見えれば信じるの?」
「できるのか?」
「やらせようと思えばできないこともないけど、ロコたんがなんていうかなー。」
ロコたん、というらしい。松島は人に変なニックネームをつける癖があるので本名はわからないが。
「いやいや、本人がロコっていうからロコなんだよっ!」
ロコ、というらしい。
放課後、例によってコタローを呼び出して俺たちにもロコたんとやらを見えるようにしてもらうことにした。
「大昔の幽霊か。ババアなんじゃないの?」
「昔はババアになるまで生きられる人間なんて稀なんだよー?
容姿は私と同じくらいの年でストップ。精神的には結構な大人だけど、ね。」
年を取り続けると人間の姿はどうなってしまうのだろう。
細胞がどんどん減って、骨だけになりそうではあるが。
とりあえずそんな事態にはならないようなので安心したようながっかりしたような複雑な心境だった。
「流石に緊張するなあ。幽霊を実体化するなんて初めてだ。」
コタローはコタローで楽しそうである。まるで初めて買ってもらったジグソーパズルを手にした子供だ。
子供は気楽でいいよな・・・。
「じゃじゃーん!というわけでロコたんだよー!みんな仲良くしてあげてねー?」
「相変わらずうるさいやつじゃのぅ。」
いつの間にかロコたんとかいう幽霊が目に前にいた。
なるほど確かに俺たちと変わらない姿をしている。もちろん、服装は教科書に載っていそうな古いものだが、
コタローの言うようなババアではなかった。
「身長は私より小さいけど、私よりはるかに先輩なんだよー?
でもー、かわいい、っていうより美人さんだよっ!格好からわかるように儀式をする人で、
たまに化粧したり、変な呪文唱えたり、飛び跳ねたりするからちょっと怖い。よ。ちらっ。
さあ、この世の始まりを教えてくーださーいなっ!」
「教えるも何もおぬしはすでに知っておるじゃろうに・・・。まぁ、よいわ。」
いいのか。
「数十年くらい前に話をするだけじゃて。」
「数十年?」
「うむ。歴史としては数万年、数億年まで作られているようじゃが、実際は数十年しかたっておらん。」
どういうことだ?教科書の歴史より実際の歴史のほうが短いなんて、そんなはずが。
「人間は自分の記憶を疑わないものです。過去に自分が体験したことがあるなら、
それは自分だけの大切な思い出だと信じてしまうのです。
そもそも、歴史上の出来事には不可解なものが多すぎます。事実は小説より奇なりといいますが、
実際起きないようなことが歴史になっています。
過程はまったく記されていないのに結論だけしっかり記されているのです。
要するに、人間が突然現れていることが事実なのに、いつから人間がいるのかをでっちあげないと気が済まないということです。」
「急に記憶を書き換えても、それらしい思い出が断片的に頭に残っていれば、
ちょっと話が合わなくても疑われることなんてないんだよー?
だって、昔の記憶なんて細かい部分は忘れてもおかしくないから、ねっ?」
松島は恐ろしいことを言い出した。人間の記憶なんて簡単にすり替えられるというのだ。
確かに、過去の出来事は次第に頭から消えていく。
だが、いくら昔の出来事だからといって簡単に書き換えられることができるだろうか。
例えば、目が覚めたら急に誰かのことを好きになって、ストーカーを始めたりするのだ。
一応、俺にも露之浦という彼女がいるが、急に好きになったわけではない。
前から露之浦のことが気になっていたのは確かだし、徐々にお互いの距離を詰めて・・・。
「ねっ?」
「理下、たまに貴方のことが信じられなくなりますが、信じてよいのでしょうね?」
「人間は信じぬほうがよいぞ?私の個人的意見じゃがな。」
何やら松島と灰寺がこそこそしているが気にしないことにした。
そんなことより、だ。
「呼び出したはいいけど後は何やんの?」
コタローの言うとおりだ。
そういうことである。今回、特に長話するような用事などない。
知らない街で道を尋ねるように、この世界はいつから存在しているかを聞きたかっただけなのだ。
「まさか、思い付きで私を呼び出したわけではあるまいの?」
「そのまさかだけど・・・。だめ?」
「正座じゃ。」
「だめかー。」
大人しく正座をする松島。どうやらいつものことのようである。
「ほれ、そこの坊主も座れ。」
「えー!」
「阿呆を手伝った罰じゃ。」
コタローも正座。まあ、当然か。
「ついでじゃ。おぬしたちも座れ。」
ですよねー。そんな気はしていた。
というわけでロコたんによる大説教会が始まったのだった。何しに来たんだ俺ら・・・。
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