第15話 正義の行動は、人間にとって害悪である。


誰かの真似をするんじゃあなくて、自分に合った生き方をするが一番だろう。

ぶちのめして黙らせる。それが俺の正義だ。  -砂館 望-




「正しいとは何でしょう。人間の行動で、正しいと言えることはあるのでしょうか。」

灰寺は明日の天気を空模様から見極めるような顔で言った。今日は市内の病院に露之浦のお見舞いに来ていた。

別に重病で担ぎ込まれたわけではない。

露之浦が今までに付き合ってきた男とのいざこざで病院送りにされただけだ。

俺が露之浦にべったりと付きまとわれる生活は、意外にも早く終わってしまったのである。

「望ちゃん、ダメだよー?ちゃんと彼女を守ってあげないと。」

「いや、俺は止めたんだぞ?」

もちろん俺が出ていけば全員ぶちのめすのは簡単だったのだが、露之浦が止めたのだ。

見た目によらず結構やるのかと思ったが、そんなことはなかった。

無抵抗のままボコボコにされて、体の骨の数が1.5倍になっただけだった。

流石にかわいそうだったので救急車を呼んで病院まで運んでもらったのである。

「俺に任せておけば怪我しなかったんだぞ?危うく死ぬところだったじゃないか。」

「大丈夫・・・。私には、望がいるから・・・。助かった。」

まあそうだが、なんか違う。

露之浦は、いつも通りの気味の悪い笑みを浮かべている。

薬でもキメているのか疑いたくなるような気味の悪い笑みである。

前よりは露之浦と一緒にいることが多くなったが、露之浦のことはまだよくわかっていない。

打たれ強いのかドMなのか、露之浦は不幸な目にあっているとき、よくこんな顔になっているのだが、

何とも理解しがたい。

「なあ、お前はどう思う?」

「それ聞いちゃうー?聞かないほうが良かったかもしれないよぉ?」

松島も松島で子供が悪巧みしているような笑顔である。

松島は何でも知っている。きっと、露之浦の気味の悪い笑みの理由も知っているはずだ。

だが、聞かないほうがよかったとはどういうことだろうか。

「私が教えるまでもないけどねー。」

松島がテレビを指さす。今はニュースの時間帯だ。

どんな意図で選ばれているかは知らないが、世の中の事件を毎日飽きもせず報道できるのはすごい。

「飲酒運転。無免許。この手の事故は無くなりませんね。

 人間は他人の行動から学ぶということをしないのでしょうか。」

ちょうど海から車が引き上げられているところだった。

無免許で飲酒運転をして壁に激突、海に転落して全員死亡というテンプレ通りの不幸な事故だ。

自業自得と言わざるを得ない。

こんな事故でも乗っていた車が悪いという人もいれば、

乗っていた人間を育てた親が悪いという人もいる。

何を悪とするかは人それぞれなのだ。

「因果応報・・・、だよ?」

露之浦は珍しくそんなことを言った。

海中から引き揚げられた車、よく見ればどこかで見たような気もする。

もしかして・・・。

「死んだのって、お前をこんなにしたあいつらなのか?」

「きっと、そう・・・。」

病院送りにされるほど酷い怪我である。よく格闘漫画で顔の形が変わることがあるが、

露之浦の顔も相当変わってしまった。

もっとも、包帯をしているので醜い顔を見なくて済むのは幸いかもしれないが・・・。

「確かにそーだね。エミエミの顔面をめちゃくちゃにして、手足の骨をばっきばきにして、

 あばらが全部折れるまで執拗に蹴っていた相手が、今回死んだ馬鹿者たちだよ。

 望がちゃんと止めないからエミエミはこんなことに・・・。」

「そうは言うけど、手出しするなといったのはこいつのほうだからな?」

何度も言うが、俺が止めに入れなかったのは露之浦のせいである。

これは言い訳ではない。

露之浦には何かある。俺の勘がそう告げていた。

実際、ボコボコにされていたのに何やら楽しそうだったのだ。

「・・・望は、悪くない。」

「そうですね。彼女を守るためとはいえ、望が少しでも手を出していれば、

 今頃刑務所の中でしょう。感情は法律の前では全くの無意味です。

 いかなる理由があろうとも、暴力は犯罪ですから。正義のための行動だとしても、例外はありません。

 法律で裁けない暴力が許されるのは、権力者だけです。」

意外でもないかもしれないが、灰寺は俺の側に立ってくれた。

松島は納得していないようだが、灰寺にそう言われてしまっては受け入れるしかない。

前に路上駐車の車がなければ普通に進めるのに・・・。

と、駐車違反をしているドライバーが楽しそうにしているのを睨みつつ来た道を引き返さないといけないドライバーのような顔をして黙っていた。

「逆に法律で裁けないのであれば、どんな手段を使ったとしても、正当化できます。

 人間の作ったものですから、穴はいくらでもあるというわけですね。

 何か不都合なことが起きた時のために、穴は用意されているといってもいいです。」

「超能力で殺したところで罪にならないってことだよー。」

まあ、そうだろうな。今の時代、魔法や超能力で人を殺したと言っても信じてもらえない。

言ったところで収容されるのは刑務所ではなく精神病院だろう。

「顔面がめちゃくちゃになってー、手足の骨もばっきばきでー、

 あばらが全部折れてー、海に完全に沈むまでの30分間もがき苦しんだとしてもぉ、

 罪にならないんだよっ!」

・・・少し嫌な予感がした。露之浦の顔を見る。

いつもの気持ち悪い笑顔である。だが、どこかドス黒い。

占い師が『これから悪いことが起きますよ』と自信たっぷりに言うときのような顔だ。

「私には、望がいたから・・・・、助かった。

 あの人たちは、・・・望がいなかったから、死んだ。

 ただ、それだけ。・・・望は、悪くない。」

「使い勝手は悪いですが、個人に対してこれほど凶悪な能力はないと思いますよ。

 今回は複数の相手に対して使いましたが・・・。

 因果応報。受けたものを相手に返す。それだけでも難しいことです。

 意図せず右腕を失った人と、なるべくして右腕を失った人、失うものは同じでも平等ではありません。

 彼女は自ら失ったものに感情を上乗せして相手に返せます。

 彼女を不幸にする人間は、不幸になる運命なのです。」

法律で人を裁いたところで、被害者が満足することはない。

すべての犯罪を一般化した穴だらけの法律では、それぞれに合った最適な裁き方ができないからである。

だが、露之浦にはできる。

自分の受けた被害に合わせて最も効果的な報復を行うことができるのだ。

「望、彼女のことをしっかり管理しなさい。

 彼女の能力は、その気になれば世界を滅ぼすことができるほど強力です。

 負の感情が強まれば、自分の受けた被害を超えて影響を及ぼすこともできます。

 世界が彼女を排除しようとすれば、先に排除されるのは世界のほうです。

 人間のくだらない正義では、彼女を止めることはできません。」

「責任重大だよぉ?」

なんとなく灰寺が俺と露之浦をくっつけようとしていたのが分かった。

露之浦は呪った相手を破滅させる能力を持っているのだ。

相手に対する恨みが強ければ強いほど、相手は酷い死に方で一生を終えることになるだろう。

露之浦はメンヘラだから相手に依存しているのではない。

相手に依存することで、裏切られた時の恨みを強くするために依存するのだ。

おそらく、露之浦を見捨てていたら、俺は世界から見捨てられることになっていただろう。

俺が露之浦に冷たくすれば、すべて自分に返ってくる。露之浦の感情が上乗せされて返ってくるのだ。

露之浦とくっつく以外、助かる方法がなかったのだ。

そもそも露之浦のこの容姿、性格でいじめグループが寄ってこないという時点で気が付くべきだった。

因果応報。露之浦をいじめた人間は、すべて破滅したのだ。

「正義とは、自らの理想を他人に押し付けること。

 悪とは、他人の理想を自らに押し付けられること。

 正義の反対は、別の正義だという人もいますが、結局のところ自分の理想に近ければ正義、

 そうでなければ悪なのです。人間は自分中心に考える生き物ですからね。

 人間が行う正義は、自分勝手な行動ということです。

 正義が支持されるのは、同じ理想を持つ人がいるからです。」

「自分が犠牲になっても悪い人をやっつけるのが理想なら、自爆テロでも正義になるんだよ。

 自分だけが助かりたい人からすれば、テロは完全な悪だけどねー。」

「正義の名のもとに、世の中をよくしようと活動したところで、

 人間に共通の理想が存在しない以上、争いは起こります。

 人間の正義は、世界をバラバラにするのです。」

自己犠牲の精神は理解しがたいものである。はっきり言ってやられ損だ。

犠牲になった人間を笑い、幸せな人生を送るのが人間である。

世のため人のために犠牲になるのは馬鹿げている。そこまでして自分の正義を押し通して何になるのか。

死体に鞭打っても仕方がないのだが、その死に方は間違っていると伝えることはできないのだろうか。

「・・・いつもなら、もっと、やれた。

 今回は、30分が・・・・、精、一杯・・・。

 望がいたから・・・、いつもより、幸せだった・・・から、だよ?」

・・・俺がいなかったらあいつらどうなっていたんだ?

「エミエミは復讐のためなら際限なく自滅できる子だから・・・、ちゃんと見てないとだめだよぉ?」

「呪っていれば、幸せ。・・・エヘヘ。」

厄介な彼女をあてがわれたものである。とはいえ、この怪我では数か月は病院に監禁状態だろう。

この不幸を呼ぶ妖怪をどう管理するか、病院から這い出てくるまでに考えておかねばならない。


そう思っていた。








が、甘かった。














数日後、露之浦は退院して俺の元へ戻ってきたのだ。

見違えるほど美人になって。

コタローの存在をすっかり忘れていた。露之浦の怪我を一瞬で直しただけでなく、

俺の好みの顔に整形してよこしてきたのだ。

「・・・私、きれい?」

そんなことをいって襲ってくる都市伝説があったが、もう露之浦は妖怪ではない。

内気でかわいい女の子である。変なにおいもしない。

露之浦は俺の理想の彼女となって戻ってきたのある。





だが、俺は女だ。

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