第14話 継続が必要な努力は身を滅ぼす。
こんな顔でも、お金さえ用意できれば、人は寄ってくる・・・。用意できれば、だけど・・・。 -露之浦 恵海-
「お金はあるけど顔が悪い人。お金がないけど顔がいい人。貴方はどちらを選びますか?」
灰寺は、トランプタワーを積み上げるときに見せる真剣な顔でそう言った。
世の中ね顔かお金なのよ、という回文がある。相手を好みで選ぶか、財布で選ぶか、
人間の恋愛なんてそんなものということなのだろう。
灰寺がこんなことを言うのはほかでもない。俺のことを思ってのことである。
最近、俺に付きまとってくる女がいる。前にも言ったが俺はレズではない。はっきり言って迷惑なのである。
だが、相手はなかなか諦めてくれないのだ。
ちなみに、その女、どちらのタイプかと言われればお金のほうである。顔は醜い。
男にATM代わりに使われては捨てられてを繰り返しているメンヘラ女である。
「名前は、露之浦恵海だよー。」
松島が補足した。そんな名前だったのか。
「これには正解があります。選ぶなら前者です。今の時代、お金さえあれば顔なんて好きに変えられます。
・・・それを受け入れられるかどうかは話が別ですが。」
「おいおい。俺にあいつと付き合えというのか?」
「もう、そうするしかないと思います。彼女が貴方に向ける愛はかなり重いです。
話が拗れると貴方が初めに考えていたヤンデレになる可能性があります。」
俺が最初に考えていたヤンデレは、松島のような完璧人間ではない。
気に入らないことがあると包丁を突き付けて殺そうとしてくる危ない奴である。
「一般的なイメージのヤンデレと真の意味のヤンデレはどう区別しよっか?」
「ただの精神異常者の気もしますが、彼女の名誉を尊重して旧ヤンデレとでも呼びましょうか。」
極めてどうでもいい。
「遡ること2週間と17時間と23分、御人好しの望ちゃんがエミエミに100円渡したのが運の尽き。
望ちゃんは一生エミエミに付き合う人生を送らないといけなくなってしまいましたとさ。めでたしめでたしぃ。」
めでたくない。
「たったの100円なんだけどねー。エミエミは今まで相手にお金を渡すことはあっても、
相手からお金をもらうことはなかったから、一発で恋に落ちちゃったんだよぉ?」
「彼女にとってはお金を与えることが愛なのです。
お金を与えられたということは、愛の告白と受け止められても不思議ではありません。」
「100円彼女だね!」
随分安い彼女である。風俗店なら破格の安さだろうが、全然嬉しくない。
手に入れた賞金にかかる税金くらい嬉しくない。
いや、そもそも彼女なんか欲しくないのだが・・・。
俺は女だ。
「噂をすれば、ですね。」
「ほらほら彼女が来ちゃったよー?最大限の愛をこめて迎えてあげないと。ねっ?」
今日も露之浦がやってきた。ぼさぼさの黒髪。清潔感のない服装。不気味な笑顔。
女、というより妖怪みたいである。身長は160前後で胸は並くらいあるのだが、
どうにも女らしさが感じられない。俺が言うのもなんだが・・・。
大金を渡されないと付き合う気にはならないだろう。
いや、大金を渡されても嫌な人は嫌だと思う。
「えへ・・・、へへへ・・・。来ちゃった。」
幼女とか松島とか一般的な可愛い系の女の子がやれば確実にかわいいだろう。
露之浦がやると、夜道で背後からすり寄ってくる妖怪にしか見えない。かなり気持ち悪い。
「隣・・・いいよね?」
よくない。
「よいしょ・・・と。」
こちらの返事を待たずに隣に座る。いつものことだが体臭がきつい。
ちゃんと風呂に入っているのだろうか。
「エミエミ幸せそうだねー。」
「望のほうはあんまりのようですが・・・。時間の問題でしょう。」
別れるのも時間の問題である。
「ねーねー。エミエミは整形とか興味ある?」
「整形・・・?」
「望ちゃんのタイプの顔にしてみたらどうかなーって?」
なんてことを聞くんだ・・・。
確かに顔が違えば考えも変わるかもしれない。
しかし、中身はそのままだ。とても好きになるとは思えない。
「望が望むなら・・・がんばる。」
「いや、いい!そのままでいい!」
ダジャレか!
確かに今の時代、整形で何とかならないこともない。
だがそれは金が十分にあればの話である。
貧乏人は最新技術の恩恵を受けられず、一生生まれたままの顔で過ごすしかないのだ。
「賢明な判断です。人間には『老い』というものがあります。
肉体の衰える人間がいくら整形したところで時間が経てば次々と問題ができるでしょう。
もちろん、その都度整形し直せば問題ありません。ですが、その都度費用が必要です。
そのうえ、人間のやることですから、失敗する可能性もあります。
美を追求する社会的弱者から金を巻き上げるため、進んで失敗するかもしれません。
努力というものは、無理なく続けられるかどうかが重要です。
精一杯努力しないと成功しないことを一生続けるようなことをすれば、必ず破綻します。
なけなしの資財を次々と手放さないと維持できない美しさは捨てたほうが身のためです。」
「化粧も同じだよー?常に顔を偽らないと生きていけない体になるのは、嫌だよねー?」
自分からけしかけておいてこれである。
生まれつき美少女な松島には関係ない話だと思うが、
地球に生きるほぼすべての人間には大きな問題である。
社会に出た女性にとって、化粧という行為は、人前に出る時のマナーである。
いくら美しいからと言っても、社会に出て化粧をしていなければ世の中から追放されてしまうだろう。
美しいということは、人間にとって文字通り罪なのである。
「ちなみに私は牧乃の好みに合わせて整形済みだよっ!」
「理下は、すごいね・・・。私は、無理。」
ヤンデレ恐るべし。最初に会った時から顔が変わった様子はなかったが、
出会う前から変えていたのだろうか?
「理下は整形というより成長の停止ですが・・・、まあいいでしょう。
停止したということは、今度一切変更されないということです。」
常々ちっちゃいとか子供っぽいとか思っていたが、成長を止めていたのか・・・。
そういえば、何でもできる神様を手にしていたな。
・・・次は何をやるつもりだ?
「人間は自分の力で解決できないことがあると努力で何とかしようとします。
もちろん、一時的な頑張りで解決できるのならば、それもいいでしょう。
しかし、頑張り続けているうちに、常に努力しないと解決しない状況に追い込まれていることが多いです。
努力や頑張りは人間に称賛される行為ですが、生命を維持するためには向いていないのです。」
「死ぬかもしれないことを奨励するのか?」
「人間が喜ぶ行為は、自分が楽をできる行為です。
誰かが身を犠牲にして努力すれば、自分は楽して長生きできるのですから当然です。
努力は相手や状況を選ぶべきです。努力を買われ、人間に利用されれば最後、身を滅ぼします。」
俺たちが幸せに暮らすことができるのも、裏で頑張っている人間のおかげである。
社会に出て頑張る側の人間になるのか、ただ幸せに暮らすだけの人間になるのか、それはわからない。
だが、利用されるだけの人間は嫌だ。
「私、幸せになりたい・・・。」
露之浦が呟いた。そういえば居たなこいつ。
「でも、無理だった・・・。頑張っても、無理。続かない・・・。」
「エミエミはお金で何とかしようとするから続かないんだよー?」
「お金がないと・・・、みんな近づかない。」
そりゃそうだ。化け物の傍にいたいと思う人間はいない。
やはり近くには、まともな、人間を置いておきたい。
人間のいうところの『まとも』というのは、かっこいい、かわいい、使えるなどの意味である。
決して普通の平凡のマシな人間という意味ではない。社畜はまともな人間である。
人間はまともな人間を欲しがっているのだ。
そういう意味で露之浦は不合格だ。かわいくないし、すぐに使えなくなってしまう。
まともな人間なんてそんなにいない。
「相手に振り向いてもらう努力ほど虚しいものはありません。
人間が相手を好きになるポイントはいろいろあります。
かっこいい。頭がいい。背が高い。筋肉が立派。財産が豊富にある。
人間は他人に好かれるため、人に好かれるポイントを努力して作ります。
努力の結果、人に好かれて結婚までたどり着くことができる人間がほとんどです。
そうやって人間は繁殖してきたのですから。」
「なんだよ。努力っていいことじゃないか。
努力したから結婚できたんだろう?」
「努力して手に入れたものを相手が好きになった。これが問題なのです。
相手が自分を好きでいてくれるためには、努力して手に入れたものを維持しないといけません。
かっこいい。頭がいい。背が高い。筋肉が立派。財産が豊富にある。
これを維持するため24時間365日努力を続けるのです。
当然、限界が来ます。努力して手に入れたものは脆くも崩れ去ります。
相手が好きだったものが崩れたとき、愛は醒めます。愛していた対象がなくなったのだから当然です。
これが離婚の正体です。
顔より性格、中身が大事という人がいますが、中身を具体的にするとそういうことになります。
相手の中に愛していた対象がなくなったから、『中身が悪い、駄目だった』と、ろくに考えもせずに口々に言うことになるのです。
相手といつまでも一緒にいたいのなら、相手が自分の何を気に入っているのか知っておく必要があります。」
愛の賞味期限という言葉がある。愛の賞味期限は人それぞれだが、大体3年くらいである。
相手に気に入られる努力は3年が限界ということなのだろう。
何の努力もしないで結婚した人間は、離婚なんてしない。努力した人間ほど離婚するのである。
逆のような気がするが、これは当然である。真実の愛を手に入れるのに、努力は必要ないのだ。
努力して作り上げた愛は、プラネタリウムでスクリーンに照らし出された星ような偽物の愛だ。
綺麗だ、美しい、感動した、と言われるのは最初の間だけ。
上映が終わって真っ白なスクリーンを見てしまうと、やっぱり偽物より自然の物がいいな、という気分になる。
これは当たり前のことである。
だが、人間は素晴らしいものを自ら作ろうとしてしまう。素晴らしいものを作るため全力で突っ走る。
ひたすら走り続ければどうなるか、考えることはできても理解できない人間がいるのである。
きっと、頑張れば何とかなると思っているのだろう。
「死ぬ気で頑張るっていう人は多いけど、死んだらどうなるか考えてない人がほとんどだよねー。」
まあ、そういうことだ。
「ねぇエミエミ。今度の愛は大丈夫?」
「大丈夫、と思う・・・。今度こそ。 この愛は、求めない愛・・・。
私は、与えない。望も、与えない。」
なんか妙な事を言い出したぞ・・・。
「ふむ。それならは大丈夫でしょう。
少なくとも必死に貯めたお金をすべて巻き上げられて終わるようなことはありませんから。」
「愛するって相手に依存することだけど、依存しないってことだよね?
私には理解できないかなー。」
松島の愛は、灰寺に依存する愛である。灰寺に精一杯愛をぶつけて、拒絶されないことで成立する。
露之浦は、俺に依存しない愛らしい。露之浦は何もしないし、俺も何もしない。
ただ傍にいるだけ、という愛。これは愛なのか?
「望・・・。隣、いいよね?・・・私、いても。」
拒絶する気にはならなかった。
こうして俺は、顔も金も全然駄目な露之浦と付き合うことになったのである。
俺は女なのだが・・・。
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