第13話 人間の支持を得たければ、欲に働きかけよ。
世の中が良くなるか、よりも、どうなるかが知りたいんだ。というわけで消してみた。 - コタロー -
「欲深い人間と欲のない人間、人間としてどちらが正しいのでしょうか。」
灰寺はそんなことをつぶやいた。
「欲張りな人間は、嫌われるよな。」
「しかし、欲のない人間も嫌われるのです。」
欲がないと嫌われるのだろうか?俺は欲のない人間のほうがいいと思う。
灰寺は欲のない人間だが、嫌いに思ったことは一度もない。
「ご飯にする?お風呂にする?もちろん、私だよね?」
「よくある質問です。この質問に『いらない』と、答えるとどうなりますか?」
「嫌いになるよね?嫌われるよね?欲のない人間は嫌われるんだよっ!」
確かに、恋愛において、相手を求めない行動をとれば嫌われるだろう。
相手を欲する気持ち。性欲。あるいは色欲だろうか。
人間とうまくやっていくために欲望は必須である。
「人間と共存するために、ある程度の欲が必要なのは確かです。
食事に行く。旅行に行く。同じことをしたいと思うから共に行動できるのです。
欲がないということは、一緒に何もしたくないということです。
人間は協力することが苦手です。そのため、何か共通点を見つけて、協力しやすい状況を作ろうとします。
欲のない人間は、共通点を見つけにくいので、協力させることが難しく、
人間と強調して生活することが難しくなるのです。」
灰寺の持つ人を寄せ付けないオーラのようなものが、なんとなくわかった気がする。
灰寺は欲がないので、一緒にいたところで、一緒に楽しめることがない。
灰寺の興味を引く話題を探すのは一苦労だ。灰寺と欲を共有できないのである。
欲のない人間はつまらないばかりか、自分の常識とかけ離れた恐怖の対象となりうるのである。
ふと、ここで気が付いたことがある。
「お前、なんでこんな奴が好きになったんだ?」
「なんでって?」
「話を聞いていて、お前が灰寺のどこに魅かれたのか気になったんだ。
欲のない人間と付き合おうなんて普通考えないぞ?」
欲のない人間が、ヤンデレの深い愛に応えることができるのか?という疑問。
付き合いたい。結婚したい。欲があるから相手を求め、双方の利益が合意して、恋愛は成立する。
灰寺と松島の場合、松島が一方的に愛を注ぐだけになる。これは恋愛と言えるのだろうか。
「そだねー。いくら愛しても特に感謝もされなければ際立った反応もないね。
でも、拒絶されなかったことが一番大きかった。
私を受け入れてくれない人のほうが多かったから、牧乃と一緒にいると幸せなの。
もちろん、愛を受け取ってくれていないかもしれないけど、
拒絶しないってことは嫌われてないってことだよね?」
なるほど、欲がない相手はヤンデレと相性が悪いが、欲のある人間は欲のない人間以上にヤンデレと相性が悪いのだ。
欲があるということは、好き嫌いがあるということだ。ヤンデレが好きな人間もいるだろうが、ヤンデレの愛し方を受け入れられるかどうかは話が別である。
もちろん、ヤンデレが相手に合わせることもできる。相手のことをすべて理解しているならできないことはない。
しかし、それでヤンデレは本当に幸せなのだろうか。
相手に合わせて愛するということは、愛するタイミングを相手に合わせるということである。求められた時だけしか愛せないのなら、愛が枯れ果てたことと同じだ。
ヤンデレの好きなタイミングで、ヤンデレの好きなように愛せる。そのほうが安心できるというものだ。
「人を愛したいというのも欲ですから、むやみに欲を否定できないのです。
そもそも、人間が生きるために欲は必要不可欠です。欲を殺すことは人間を殺すこと。管理者が人間を駆逐するような存在になってはいけません。」
「だってさ。ねーちゃん。」
「私は別に管理者じゃないよ?牧乃に仕える神様だから、邪魔な人間はどんどん駆逐するの。」
それにしても、この三人の関係は考えてみれば見るほど恐ろしい。灰寺は松島を管理し、松島はコタローを管理している。松島は全知の神であり、コタローは全能の神である。
灰寺は全知全能の神を管理しているのである。
「しかし、欲望のままに生きる人間を放置することは、管理者として見過ごせません。どこからどこまでが許される欲のラインなのか、明確にできればよいのですが、
今のところ、明確な基準は見つかっていません。」
「教祖にもわからないことってあるんだな。」
「そもそも、人間の許容できる他人の欲望のラインは個人差があります。
道で拾った100円を自分のポケットにしまうことを許す人間もいれば、
1円でも拾ったら交番に届け出るべきだと考える人間もいるのです。
管理者がどのように基準を決めても、人間が納得することはないでしょう。」
おそらく、灰寺の中に何らかの基準はあると思う。だが、それを公にすることはできないのだ。
基準を明確にするのは、自分の都合のいいように世の中をすること。人間や神の仕事である。管理者が基準を作ることは、それをもって人間を支配するのと同じである。
それでは自神管理教の意味がない。
「裏を返せば、人間の都合のいいように欲の基準を作れば、人間をコントロールできるということです。
いくら欲がないといっても、人間として生きる上で欲の存在しない人間はいません。欲がない人間がいるとしたら、食事をしたり、トイレに行ったり、寝たりすることをしないでしょう。
そんなことをすれば確実に体調を崩し、確実に死にます。」
灰寺を見ているとよくわかる。欲のない灰寺は時間を基準に生活をしている。
この時間になったら食事にする。この時間になったらトイレに行く。すべてスケジュールしている。そうでもしないと、灰寺の言う通り体調を崩してしまうのである。欲がない人間の生活とはそういうことだ。
松島が来てから灰寺の生活はだいぶマシになった。ヤンデレな松島は灰寺の命の恩人なのである。
「欲を刺激すれば、人間は簡単に動きます。戦争のような人道に背くことでも賛同してくれます。
人間は利益のために活動する生き物です。利益を得ることができると煽れば必ず協力します。 もちろん、用心深い人間は欲を刺激されても抵抗するでしょう。本当に利益があるのか。騙されていないか考えることができるからです。
しかし、欲はあります。
一度欲を満たしてしまえば、利益を得ることができるとわかれば、自然と警戒をやめるということです。」
「子供に飴玉をちらつかせて言うことを聞かせるようなことだね。」
「僕は飴玉にはつられないぞ。」
「コタローはメロンくらい用意しないということ聞いてくれないよねー?」
松島は俺にはない立派なメロンを持っている。気まぐれな神をどうやってコントロールしているかと疑問だったのだが、なんとなく答えがわかった。おっぱいの嫌いな男なんていない。思春期の男ならなおさらそうだ。
松島は女の色気でコタローを支配しているのである。
「なんとなくですが、両親を失って、自分の欲に従った結果、コタローは管理者として大失敗したように思えます。
管理者の最大の敵は孤独です。孤独を紛らわすには他人に触れるしかありません。
他人に触れることは、他人に管理される危険があるということです。
コタローは理下の愛に触れて、管理者から神になりました。」
「師匠、僕は未熟でした。やっぱり家族が欲しいです。
・・・ねーちゃんみたいな人にやさしくしてほしいです。」
「安心しなさい。失って気が付くこともあります。貴方は確実に成長しています。」
松島みたいな姉がいたら、俺も少しは女らしくなっていたのかもしれない。
ヤンデレは人間の究極体、すなわち、人間のお手本である。
俺には手本となる人間がいなかった。俺の周りの人間は糞ばかりだった。どう生きればいいかわからなかった。
その結果、こうなった。
人間たちは俺に文句を言うことはあっても、俺に何も教えてくれなかった。
灰寺から人間とはどういうものか教えてもらったので、それはなぜなのか今ならわかる。だが、やはり手本となる人が近くにいれば、俺はもっといい人間になれていたはずだ。
「成長したいと思うことも欲なのです。管理者にも欲は必要。
どこまで欲に従えばいいか。それは管理者によって様々です。
わかっているのは、管理者が欲にどっぷり浸かってしまえば、人間に使われる神になるということです。
本人がそれで満足だというのであれば、それでもいいでしょう。できれば管理者でいてほしいですが・・・。」
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