第12話 自由を求めるならば、二つのりょうしんを捨てることに生涯を捧げよ

自由に使ってくれと言われて、私が自由に使うと白い目で見られます。人間から与えられる自由なんてその程度ということです。   -灰寺 牧乃-



「無責任な人間は、自由を得た人間なのでしょうか。」

緊急集会の帰り、灰寺はそんなことを言った。

隣のクラスの山田が行方不明になったとかで、俺たちは急遽集められたのだ。

もちろん、何も情報は得られなかった。学校の生徒がほぼ全員集まっている中で、

『私が犯人です。』と、言い出す奴はいないだろう。

まあ、あとでこっそりというのが無難なところか。

ところでいなくなった山田だが、あまり評判は良くなかった。

この学校で彼ほど無責任な奴はいない。先生方も手を焼いていた。

いなくなってくれて逆に助かったことだろう。集まったみんなやる気がなかった。

「自由な奴だったよな。」

「自由には責任が付き物と言いますが、彼を見るとそうではありませんでしたね。」

ルール無視。校則無視。不良でも山田を止められる奴はいなかった。

問題を起こしても笑顔と反省してますの一言で切り抜ける。

何を言っても無駄なのでみんなあきらめていた。

「やっぱり責任を取らない奴が幸せに過ごせる世界なんだな。」

「そうですね。人間は問題が起きたとき責任を追求します。

 責任を取らない人間が問題を起こせば間違いなく怒り出すでしょう。」

「そんな人間、いなくなっても問題ないよね?」

ふてくされた顔の松島が灰寺にくっつきに来た。

大方山田探しのビラ配り役を押し付けられたのだろう。

生徒会って大変だな。

「こういう事件は警察に任せればいいのに。」

「殺人事件でもなければ警察は動かないぞ。プチ家出かもしれない。」

「自由すぎるよー!どこに行くかくらい書いておきなさいよー!」

急に旅に出たと考えてもおかしくない奴だったからな。山田。

もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれない。

「このようなことが頻繁に起きると、教祖として少し責任を感じますね。」

「なんだ?山田を救いたかったのか?」

「いいえ。自神管理教としては、自由は罪ではありません。

 誰にも管理されないことが自由であるなら、

 自由になるよう努力することは管理者として正しい行為だからです。」

なるほど、自神管理教の教えを守るならば、山田の行為は正しいとなるのである。

それによって、教祖の灰寺を含む俺たちはとても迷惑していた。

灰寺の新宗教は、灰寺にも俺たちにも害を与えるのである。

「でも山田は管理者じゃないよ?自分勝手に生きているだけ。

 だから、牧乃は悪くない。」

「そういうわけではないのです。山田でなくて犯人のほうです。

 やはりこの教えは、相手を選ぶべきだったのです。」

「ん?お前は犯人を知ってるのか?」

灰寺は結構後悔しているらしい。俺が一番怪しいと思っているのは松島なわけだが。

「管理者として、ときには不要な人間を排除する必要もあります。

 簡単に聞こえますが、実践はなかなか難しいです。

 管理者にも情というものがあります。情があると、正しい判断を下せなくなります。自由には責任が付いてまわるのは、情のためです。

 自由のためには、『りょうしん』を捨てなければなりません。

 自分の中にある情である良心と自分の外にある情である両親。この二つです。」

「良心はともかく、なんで両親なんだ?」

「犯人の説得に使われるのが親族、親であることが多いからです。

 管理者が忘れがちなのは知り合いの処理です。友達とか家族とか。

 何の関係のない人間を排除することは容易ですが、知り合いはそうはいきません。

 必ず情が邪魔をします。命乞いをされたら助けてしまうかもしれません。

 支配欲は管理者についてまわります。人間に支配されないように管理するという考えから、人間を管理して使ってやろうという考え方に代わるのです。」

管理するということは、支配するということである。

人間や神の自由を奪い、好きに使うことができる。それはいけないことだろうか。

自分が管理者になったら普通にやりそうである。

「人間は得になることしかしないので、管理されながらもなんとか得をしようとします。

 管理者は管理者で使っている人間に愛着がわいて、判断を誤るようになります。

 結果的に、支配欲に負けた管理者は、人間に管理されることになるのです。

 管理者は自分の都合で管理する対象を決めてはならないのです。」

「情に流されて例外を作ると、だんだんつじつまが合わなくなるよ。

 例外は管理者の自由を束縛するから当然ね。」

「しかし、ここまで徹底的にやられると、ちょっと自分の理論を曲げたくもなります。」

「曲げちゃダメだよ?」

やはり、灰寺と何か関係しているらしい。話を整理するとこうである。

自神管理教によると、管理者は情に従わず不要な人間を排除しなければならない。

誰かがこの教えを忠実に守って、人間を排除しているのである。

その結果、情に流されやすい灰寺は自分の周りの人間が次々と消えていくことにショックを受けることになった。

「そもそも自神管理教は自己解釈が重要ですから、私がいくら考えを改めたところで影響ありませんね。

 コタローは自分で自神管理教を解釈し、自分の意志で行動しているに過ぎないのですから。」

「誰だコタローって。」

「私が一番最初に自神管理教を布教した子です。」

「えええええ!?私より先に牧乃の教えを理解した人間がいるのー!?」

松島はかなりショックを受けていた。俺も驚いた。

いつからあったんだ自神管理教って。

「コタローは管理者として十分な能力を持ち合わせていたのです。私はそれを知りませんでした。

 私の教えを聞くと、すぐさまそれを実行に移したのです。」

「何をやったんだ?」

「りょうしんを消しました。二つともです。コタローにはそれができる能力があったのです。

 私はコタローをただの子供だと思っていました。ところがコタローは管理者になれる能力があったのです。」

暗殺でもできる能力があるのだろうか。それとも物理的に消す能力か。

「普通の人間から見たら神様のような能力です。コタローに願えばどんな願いも叶います。神様と違うのは、『能力をどう使うか』がコタロー自身の気まぐれということです。」

「あれ?もしかしてコタロー知ってる人なのかな?」

灰寺の信者で、松島も知っている!こんな身近に殺人鬼がいたとは・・・。

いや、殺人鬼というよりテロリストである。

「お前の自神管理教ってテロリスト生み出しやすいんじゃあないのか?」

「私の教えがテロリストを生んだ、というより、私の教えを実行した結果テロリストになってしまった。そのほうが正しいですね。

 民主主義において、多数決は絶対です。一人が考えを改めたところで、民主主義の世界は変えることができないのです。

 民主主義を破壊するには、どうしても暴力に頼らなければなりません。私の意見にのみ従えと言って、素直に従う人間はいません。自分の利益が剥奪されるからです。

 人間は協力が苦手ですが、利益を得るためなら損をしてでもも団結することができます。

 管理者は神や人間の意見を聞かずに、自らの考えで管理することが求められます。

 いわば、独裁者です。人間は独裁者を許しません。なぜなら、自分の利益が奪われる可能性があるからです。」

独裁者。独裁国家。民主主義の敵である。政治には疎いが、独裁は良くないということはわかる。

人間が、世界を自分の好き勝手にできる。俺たちの生活が壊される恐怖におびえながら生きていかなければならないということだ。

それは、許されることではない。

「やめたほうがいいんじゃあないか?自神管理教。」

「いいえ。独裁国家は、悪いことばかりではないのです。

 そもそも、民主主義は、王が他人の意見を取り入れたことから始まりました。

 王の持っていた権力を分散させることで、効率よく統治を行う。

 これが本来の民主主義です。多数決ですべてが決まっては正しい結果が得られません。多数決ですべてが決まると、票数を多く持てば常に勝利できます。

 これは民主主義と言えるのでしょうか。独裁者が独断で正しい道を決めた方がマシというものです。」

「だが、独裁者は認められないだろう。」

歴史でも習う。独裁国家は良くない。独裁者は戦争を起こして、国を崩壊させた。

これは一人が権力をもって、暴走したためである。

だから、民主主義がいい。実に理に適っている。民主主義は正しいのだ。

「いくら能力があっても一人に全部決められるなんて人間が許すはずがない。」

「そうですね。同じ人間なのに、一人だけ巨大な権力を持つようなことがあると、

 人間は文句を言います。そんな人間を抑え込むから独裁国家は悪ということになっています。

 しかし、一番の問題は、独裁者の後継者です。巨大な権力を渡す相手は慎重に選ばなければなりません。能力のない人間に権力を渡せば、それこそ人間の心配していた通りになります。独裁者は大いに悩むでしょう。『りょうしん』が正しい選択の邪魔をするのです。」

人間には寿命がある。トップの座はいずれ渡さなければならない。

民主主義でなければ、世襲制になるだろう。親から子へ、子から孫へ。

もし、絶対的な権力を他人に渡せば、一族郎党皆殺しにされかねない。

独裁者にも情がある。泣いて馬謖を斬るようなことを選択できるだろうか。

「権力は人間なら誰でも欲しいと思います。権力者と血のつながりがなくても、

 権力を手に入れることができる世界を人間は望みました。

 だから、独裁国家は選ばれなかったのです。

 すぐにでも世の中を正せる独裁国家が受け入れられず、

 人間の代表者だけに都合のいい世の中が約束された民主主義国家が受け入れられました。」

国のトップは無理でも、国民の代表者にならなれる可能性はある。

手に入らない絶対的な権力より、権限は小さくても平民より大きな権力が手に入る

民主主義を人間が選ぶのは当然だろう。

「話が逸れましたが、自神管理教はテロリズムを助長するものではありません。

 権力者をコントロールして世の中を正すためのものです。

 ただし、自信管理教をどう解釈するか、それは人間の自由です。

 曲解することが前提なので、自信管理教を自分なりに解釈した結果、

 権力者をコントロールするためにテロを起こす人もいるだけなのです。」

「そうだよ!牧乃は悪くないよ!それに、・・・今のところ大きな問題になってないよね?」

松島は、お使いで頼まれた卵を全部割ってしまった子供のような顔で言った。割ったのは地球の重力だ。私に頼んだお前が悪い。怒るなら自分でやれ。そんな子供の顔。

確かに、山田は消えたが、俺たちは困っていない。

山田には悪いが、むしろ助かったのだ。

「管理者は、自分の都合のいいように神を支配してはならないのです。

 民主主義はどうしても自分の都合のいいように話が進みがちです。

 人間のやりたいように話を進めないといけないのが民主主義だからです。

 管理者にとって、人間の都合なんてどうでもいいのです。ただ単に世の中をよくするにはどうすればいいか。それだけを考えて行動するのです。」

「殺人は駄目だと思うけどな。逮捕されるぞ?」

「それはないね。まだ行方不明だから警察は動かないぞ。」

さっきから視線を感じると思ったら、子供が窓から俺たちをのぞき込んでいた。

中学生、いや小学生か?どこにでもいそうな普通の男の子である。

「この地域に熱心な正義の警察官はいなかった。正義より自分の生活を優先しているぞ。張り込みをして駐車違反は取り締まれても、迷子の犬を探すことはしないぜ。」

「噂をすれば、ですね。この子が私の一番弟子のコタローです。」

「あー!神様じゃん!どこに行ってたのよ?」

こいつが、コタロー?これが、テロリスト?

いたずらが好きそうな子供にしか見えないが・・・。

「師匠が新しい神候補を見つけたっていうから来てみれば、大したことなさそうだね。」

「そうですね。大したことはありません。素質はあると思いますが。」

「いや、これ以上は成長しないね。アイドルのねーちゃんには絶対負ける。」

俺の胸を見て遠慮なしにそんなことを言う。これだからガキは嫌いだ。

それにしてもアイドルのねーちゃんとは、もしかして。

「コタロー!消してほしい人間がいるんだけど。」

「また!?これだからねーちゃんは苦手なんだよなー。」

「いいじゃーん。減るもんじゃないでしょ?」

やっぱり松島のことか!殺せば人の数が減るのだが・・・。

というか、松島はコタロー使って気に入らない人間消してたのか。さすがヤンデレだ。

というか、自分の手は汚さないタイプなんだな。

「師匠なんとかしてくれない?」

「ふむ、流石に相性が悪いのですか。」

「牧乃は私の味方だよね?裏切ったり、しないよねぇ?」

「理下、コタローに何を頼んだか話してくれますか?それから判断します。」

「別にー?私と牧乃の間に入り込む邪魔者を消して、牧野を男にしたくらいだよー?」

さらっと凄いこと言ったぞ。牧乃は、男だったのか!?

「やはり理下の仕業でしたか。次はやる前に一言断ってくださいね。」

「はーい。」

何なんだこいつら・・・。あまりにも勝手すぎる。あまりにも自由すぎる。

灰寺はそれでいいのか?というか、灰寺にはついているのか?男のあれが・・・。

「それにしても、やはり『りょうしん』が無くなると人間は欲に従う他ないみたいですね。欲とどう向き合うかも教えを説けるように考えておかなければ・・・。」

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