第二幕は、かくも降りぬ

「お兄ちゃーん! 早よしーやー!」


「……お……おーう! ……すぐ行くー……!」


 玄関口では、昨日あった事なんか一切知らん神流かんなが、今日も元気に、可愛く! 俺を呼んでる。

 それに対して俺は、自分でもゾンビかっちゅー声を体の中から絞り出して漸く答えた。


 ―――まず言ーとくけど、俺はシスコン……あー、もーそれで良ーわ。


 兎に角、そんだけ可愛い神流が俺を呼んでる。

 俺はその声に答えようと、体の各部位にムチ打って最大稼働するように命じてるのに、この体は全くそれに答えてくれへん。


 昨夜の戦闘後すぐ、俺の体は凄まじい激痛に見舞われたんや……。


 ―――筋肉痛やけど……。


 そら、ちょっと考えたら解るわなー……。

 普通やったら出されへん様な力を、瞬間的に引き出したんや。

 それも強制的に。

 その反動ツケがあってもおかしないわ。


「もー! 遅いやんかー!」


 玄関先で漸く合流した俺に神流は、頬をプクーッと膨らませ、眉根を寄せて抗議してきた。

 まー、兄としてはそんな顔も可愛くて仕方ないけどな。


(そうやでー、タッちゃん! 遅刻したらどニャいすんの?)


 クルリと背中を向けた神流の足元から、ビャクの声が聞こえた。

 ビャクは猫の姿で、付いて来る気マンマンや。


「んな……!」


 普通に答えようとして、俺は慌てて口を閉じた。


「……ん? お兄ちゃん、どないしたん?」


 それを目敏めざとく聞き付けた神流が、首だけ此方に向けて聞いてきた。

 珍しく俺の行動を敏感に、いちいち丁寧に返してくる神流は、昨日俺の様子が変やったのを気にしてるんやろなー。


「なんでもないわ」


 だから俺は、殊更明るく答えたった。


(昨日の反動で、身体中バッキバキやねん! しゃーないやろ!)


 俺はビャクに、念話で答えた。

 今ビャクは、余程の力がないと見る事が出来ん状態や。

 当然神流にも見えへんし、声も聞こえへん。


(まー、あれだけ無茶な霊力の使い方したんニャから、当然ですニャー)


 そう言ってビャクはニヤリと笑う。

 何か言い返してやりたいけど、満身創痍やとそんな気力も湧かん。


 俺は体を引き摺るようにして、先を行く神流の後を追った。





「神流ちゃん、おはよう!」


「おはよう、利伽りか姉ちゃん!」


 美少女二人が朝から元気に挨拶を交わしてる風景は、傷付いた俺の体にじんわりと優しく染み込む。


「うーっす……」


「おはよう、タツ! ……って、あんた……朝から元気ないなー……」


 俺と利伽が普段通りのやり取りしてるのを見て、神流は小さく安堵してた。

 気ー使わして悪いなー……。


(おはよう……ございます……不知火……龍彦……)


 利伽に続いて念話でそう声を掛けてきたのは、利伽の肩に小さく停まってる真っ白で美しい小鳥や。

 話し方からも解る通り、これはよもぎが変化した姿や。

 




 ―――昨晩。


「蓬チン―――良いの―――? あんたやったら―――蓬莱山目指す事も―――出来るんやで―――?」


 ばあちゃんの薦めで、フリュークスに連れられた蓬はリューヒに面会した。

 ザッと蓬の体を調べたリューヒは (それでもかなり深い所まで知ったみたいやけど)、蓬にそう勧めてたんや。

 蓬莱山は仙人が目指す尊き御山で、その頂上には神仙と化した仙人が住まうらしい。

 誰にでもなれる訳やないみたいやけど、リューヒの話ぶりから蓬には素質があるみたいや。


「……リューヒ様……良いのです……。私には……この不知火龍彦に……借りが出来ました……。それに……ビャクにも……」


「ちょ、蓬ぃー! ウチの事呼び捨てるニャんて、良ー度胸してるニャー!」


 直ぐ様噛みついてたビャクやけど、どうにも本気やないみたいや。

 何より顔が赤らんで、照れてるんが一目瞭然やった。


「“借り”とは―――また俗な事を―――言いますね―――。もっとも―――それだけやない―――みたいですけどね―――」


 リューヒの言葉に、蓬が顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ニャー!? 蓬ぃー! アカン! アカンでー! タッちゃんはウチの許嫁やねんからニャー! だいたいあんた、まだ子供やろー!」


 彼女の態度に何かを感じ取ったんか、今度は割りと本気でビャクが蓬に食って掛かってた。


「……この世界において……存在した時間を……問題と言うなら……私は120年近く……活動しています……。何も……問題ないかと……」


「ひ……ヒャク!?」


 自分よりと知って、その事に文句が言えなくなったビャクは閉口してしまった。


「……不知火……龍彦が……拒絶すれば……それも……仕方ありませんが……叶うなら……今少し……傍に置いて……貰えないでしょうか……?」


 見た目は幼くても、俺より遥かに長く生きてる蓬にこうも懇願されたら断りようがない。


「蓬の気が済むまで、ここにおったらえーねん。俺は構わんでー」


「ちょっ! タッちゃーん……」


 俺の返答にビャクは泣きそうな声を出し、反対に蓬は今までにないくらい満面の笑みを湛えとった。


 その後、気を失ってた利伽も目を覚まして、身体に問題がないことをばあちゃんに確認してもらった。

 勝人の方は……色々と複雑になりそうや。

 黒鬼の精神支配が強かったのと……家族は全員……。

 竜洞会の方で事後処理をしてくれららしいけど、勝人は転校になるみたいやった……。





 蓬がこの世界に留まる事は決まったけど、流石に化身を二人も手元に置いとけん。

 この二人がガチで喧嘩でもしたら、ばあちゃん以外に止められへんしな……。


 っちゅーわけで、蓬は利伽の所に身を置く事になった。

 当初は不満気やった蓬やけど、ビャクよりは随分と物分かりが良え。

 もっともビャクの「さっきの“借り”はここで返して貰うニャー」の一言で、蓬は引かざるを得んかってんけどな。


 とりあえず周囲が落ち着いたのは良ーこっちゃ。

 久々に清々しい朝を迎えたと思えた……全身筋肉痛やけどな……。


「……あんな……タツ……」


 と思ったら、利伽が俺にはすり寄ってきて小声で話しかけてきた。

 

「……あの……見合いの話やねんけどな……」


 ……そーやった……忘れてたわ……。


 そもそもの発端と言って良い案件が、まだドスンと鎮座しとったんや……。


「お……おう……」


「……あんな……見合いに行くの……付いて来て欲しいねん……」


 ―――はぁ!?


 そらーめっちゃ気になるし、本音を言えば邪魔したいし阻止したい!

 けど、それはもう決まった事やろーし、利伽も承諾した筈や。

 言葉に詰まる俺に、利伽は話を続けた。


「そ……それに、私も見合いなんて、こんなん初めてやし、どうして良いか解らんし……ちょっと不安やし……」


 弱気な利伽は、普段にも増して可愛く見えた。

 正直、二つ返事で了承しかけた。


「……い、いや、ちょーまてや! そんなん俺等で決めて良ーんか!?」


みそぎおばあちゃんは良ーって! ……な!? タツ、頼むわ!」


 俺に向かって両手を合わせ、拝むようなポーズまで取られたら、俺に断るなんて出来ん。


「……わかった……付いて行くわ」


「ほんま!? タツ、ありがとう!」


 顔を上気させた笑顔の利伽は、ほんまに破壊力バツグンやな……。

 しかし……ばあちゃん……。

 一体何を考えとるんや?

 

 喜んではしゃぎ出す利伽。


 突然の変わり様に、目を白黒とさせる神流。


 真夏……はおったんか……こいつの反応はよー解らんな。


 仏頂面のビャクに、微笑んでいる様な蓬。


 まだまだ俺達の周囲で巻き起こる騒動には、終わりが見えんかった。






「しかしな―――あんさんも思いきった事しはりますな―――」


 社殿の奥。

 道場に使われている板間の広間。

 その中央に姿勢正しく正座をする不知火 禊は、まるで独り言のように呟いた。


 別に声を出さずとも相手には聞こえる筈。

 それが念話と言うものだ。

 しかし禊は、あえて声を出して呟いていた。


「なに……此方も戯れや酔狂で、こんな事を貴女に頼んでいるのではない。我らには必要な事なのだ。良幸にもな……」


 禊の言葉に返答したのは、重々しい威圧感のある声だった。


「それにしても―――……ただ合力するだけやのーて―――八代の娘と見合いとはな―――……遣り過ぎちゃいますか―――?」


 禊はそう言うと、小さく溜め息をついた。


「これからは若い者の時代だ。彼等の選択をこの目で確かめたいのだよ。それに……」


 声の主は、心底楽しそうに話している。

 まるでいつもの禊そのままに。


「不知火か八代の血筋を得る事が出来るなら、浅間としても願ったりなんだがな」


 そう言って男の声は、恰幅良く大声で笑った。

 その声に禊は、再び大きく、深く溜め息をついたのだった。

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コネクト!―地脈に纏わるエトセトラ― 綾部 響 @Kyousan

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