怪獣探偵 渡辺 〜鬼捨島の惨劇〜

さいとし

第1話 鬼捨島の惨劇

「先生、またやっちゃいましたね」


「誤解されるようなことを言うな、大林君。まるで、私がこの惨状を作り上げた張本人かのようではないか。まぁ、」


 探偵は周囲の廃墟を見渡しながら言った。


「私と君以外は誰も生き残っちゃいないし、誤解されようもないがね」


 怪獣探偵渡辺とその助手がいるのは、本州から船で10時間という距離にある、その名も不気味な「鬼捨島」。江戸中期より100年以上にわたり流刑地として使用され、維新後は廻船と密貿易で財を成した謎多き一族に買い取られた絶海の孤島である。戦中は海軍に徴用され、迷宮の如き防空壕が島中に張り巡らされている。その内部には、口に出すも憚られる手段で集められた財宝が隠されているとも、海軍が行った非人道的な実験の設備が残されているとも。


 探偵は、島の洋館で立て続けに起きた不可能殺人の謎を解き明かすべく、鬼捨島に降り立ったのだった。長きにわたるねじくれた因果に支配されたこの島は、探偵にとって推理を披露する素晴らしい舞台であった。

 つい、昨日の晩までは。


 今や鬼捨島は、火山の噴火か大空襲にでもあったかのような有様であった。「首吊森」と呼ばれ、密かに刑から逃れた囚人が隠れ住んだとされる深い森は、巨大な足で踏み荒らされて更地と化している。拷問部屋、座敷牢、その他もろもろの血塗られた仕掛けに満ちていた島中央の洋館は、怪光線の直撃を受けて文字通りの木っ端微塵となってしまった。


全ては島に上陸した巨大怪獣の仕業であった。


「先生」


「なんだね、大林君」


「なんで、あの怪獣は先生の旅行先に必ず現れるんですかね」


 探偵は無言のまま、埃だらけの着物の懐から細巻を取り出し、同じく取り出した燐寸で火をつけた。


「いつもいつも、先生が旅先で事件に巻き込まれ、推理を披露しようとするのを見計らったかのように現れて、遺族も容疑者もまとめてぺちゃんこにする、あの怪獣。あれ、なんなんすか。実際のところ」


 探偵は細巻をふかぶかと吸い込み、空を仰いで煙を吐き出した。もし、あの怪獣の真似なんだとしたら不謹慎だなぁ、と思いながら、助手は探偵の言葉を待った。


「あれは天罰だ」


「はあ」


「人の身に余る呪詛を溜め込み、犯罪に手を染めた法で裁けぬ人々を、天が裁いているのだ」


「でも、ぺちゃんこになった人の中には、明らかにただの一般人だった人もいましたよね」


「探り当てることは時間がなくてできなかったが、彼らも罪を犯していたのだろう」


「そりゃ、無茶ですよ」


 急に探偵は振り向いた。その目の異様な輝きに、助手は思わず気圧された。


「なら、君は事件と怪獣はなんの関係もないと考えているのか?」


「そりゃまあ」


「怪獣が事件の現場に現れているのではなく、私が怪獣の行き先にうっかり足を運んでいるのだと」


「はあ」


「そんなことは認められん」


「いや、認める認めないではなくて」


「私が事件を推理し、その解決を怪獣に邪魔されているのだ。私も君も、怪獣の現れる場所にうっかり居合わせ、足元を無様に逃げ回っている卑小な存在ではない。そうであってはならない」


「…」


「私は怪獣映画のモブではなく、サスペンスの登場人物でいたい。君もそうだろう。潰された容疑者や遺族たちもそうだったはずだ」


「うーん、それは」


「人間は大自然の一部になんぞなりたくはないのだ、本当は。人間は人間の狭量な物語の一部でいたいものなのだ」


「そうかもですね」


 探偵は端を噛み潰した細巻をポイ捨てした。


「ま、死んじまってはなんにもならんがね。南無阿弥陀仏」


 そう言って廃墟に向けて手を合わせた。


「ところで、どうやって帰るつもりです?港の船も全部沈んでますが」


「あれだ、しばらくしたら怪獣研究所とやらの調査班がいつものように現れるから、そいつらに拾って貰えばいい。それまでは、廃墟で缶詰でも探して飢えを凌ごう」


「そうっすね」


「ところで大林君」


「なんですか」


「そろそろ事務所を東京から移転させることを本気で考えようと思うんだが」


「首都直撃はマズイっすもんね 」

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