後日譚 深夜ラジオのDJ

「変だと思ったんすよ。僕の脚本が微妙に書き換えられてたから。でも端貫木さんが気に食わなかったのかなって思って黙ってたんです」

憮然とした顔で脚本担当の安井が言う。ディレクターのおれはそれを苦笑しながら受け流した。

「いまさら文句言ってやるなよ。……端貫木もなんとか自分の職務を全うしようとしたんだから」

「ですかねえ? まあ、端貫木さんは口は悪いけど責任感は強い人でしたから……。でも本体が死にかけてたのに魂だけが局に来るなんてことがあるんすね。そっちのほうがずっとホラーでしたよ」

安井は気味悪そうな表情を浮かべて、腕の鳥肌をさすっている。

 一人暮らしの自宅アパートで恋人に刺されたうちの担当DJは、それから一週間、瀕死の状態で生き続けた。失血で徐々に顔色と意識が失われていく中、なぜか端貫木の霊魂だけが第四スタジオに日参したのだ。

「あいつの口癖は『頑張る』だったからな……。死ぬ間際まで働き続けないと本人の気が済まなかったのかもしれんよ」

おれは、最後の放送で『おれへの恩義』を口にした端貫木の心根を、ありがたく受け取っていた。自分の部下にしていたDJの殺傷事件は局でのおれの立場を危うくするのに充分の材料だったからだ。端貫木が、少なくとも表向きは正常に番組を進めてくれたことで、今回の件は不問に付された。続投役のDJもなんとかすぐに見つかり、番組に穴を開けることも避けられた。

 安井はまだ不服そうに、自分の書いた脚本をおれに突きつけながら、言う。

「にしても、端貫木さんは何がしたかったんでしょう。警察の話では、端貫木さんは最初は致命傷じゃなかったそうじゃないすか。こんなまどろっこしいことをするなら、自力でメンヘラ女から逃げたほうが早かったんじゃないですか?」

おれは安井に、

「お前、女に惚れたことないだろ」

とからかいながら、端貫木の心情を説明してやった。


 おれが思うに、端貫木は恋人に刺されたとき、生きることをいったん諦めたのではなかっただろうか。あいつは妙に厭世的なところのあるやつだった。おれに仲人を頼むほど信頼した恋人から裏切られたショックに、抵抗する気も失せたのではなかっただろうか。

 でも端貫木の心理とは裏腹に、あいつの生命力はしぶとく残り香を放っていた。端貫木自身が自覚しないままに幽霊となっておれたちの前に現れ、ラジオを通じて全国の人間に助けを求めたのだ。


「安井、お前はいつ気づいた?」

おれは、最後の放送まで端貫木の叫びに勘づくことのなかった自分を自嘲しながら、安井に聞いた。

「僕も同じっすよ。ただリスナーさんがけっこうな数気づいたんでね。それで念のためと思って端貫木さんのアパートに行ってみたんですよ」

安井は、自分だっておれと同じような鈍さだったくせに、どこか自慢げにそう誇った。

 安井の脚本を細かく作り変えていた端貫木。投稿内容に自分の境遇をリンクさせ、そこに思わせぶりな私見を挟むことで、暗にリスナーや俺たち関係者に救ってもらおうと画策した。

 特に、放送を聞いていたリスナーから多く寄せられたのは、端貫木自身がアドリブで付け加えた『あるコーナー』への疑念だった。投稿を読み終わったあとに毎回設けられていた、リスナーの感想を読み上げる、あの部分。

 そのリスナーの頭文字を全部つなげると、悲痛なメッセージが見えてくる。

 安井がまた、

「でもやっぱりまどろっこしいすよ。どうせならずばりと番組内で状況を説明しちゃえばよかったのに」

と愚痴る。それに対しておれはこう答えた。

「でも、あの番組は刺した端貫木の恋人も聞いていたかもしれないんだぜ。もし端貫木が番組内で助けを求めたりすれば、おれたちが駆けつける前に、彼女が端貫木にとどめを刺しにアパートに戻ったかもしれない」

「あ、そうか!」

安井はやっと合点が行ったように頷いた。

 端貫木の恋人は、端貫木が見つかったとき、アパートの周囲をうろついていたらしい。だから逆にいち早く警察に確保される羽目になった。

 自分が刺したはずの恋人の端貫木がラジオに出演している。けれどこれ自体は不思議なことでもない。リアルタイム放送ライブと銘打っていてもところどころに録画を使っている番組は多々あるからだ。


「おっかねえ」

と、今度は端貫木の彼女の情念に肩をすくめる安井。

「あの女、なんで、自分が刺した端貫木さんと結婚したいなんて、いまさら言えるんでしょうね」

「端貫木に甘えてるんだろ」

一言で答えたが、おれの頭の中にはいろんな考えが巡っている。

 端貫木がああいう『不幸の元』を引き寄せてしまうのは、端貫木の『優しさ』が引き起こす現象だ。けっして『不幸体質』が徒になっているわけじゃない。でも、では自分の損になる人間を合理的に切り捨てていくのが端貫木の幸福につながるのかと言えば、おれはそれは違うと思う。端貫木は、自身がああいう育ち方をしたから、他人の不幸をリアルに想像できてしまうんだ。その『不幸の共鳴』は、端貫木自身がどんなに無視しようと思っても、根っこの部分で彼から離れて行かないんだろう。だから端貫木は一生他人の痛みに振り回されて生きることになる。でもそれは端貫木の『長所』だ。おれはそれを変える必要はないと思う。

 そのあたりの機微を欠片も持っていそうにない安井が、腕を組み、頭の後ろに回して、天井を見上げながら、言った。

「いいんですかねえ、端貫木さん。この前、病院に見舞いに行ったら、彼女さんのこと許したい、なんて言ってたんすよ。また刺されても知らないですよお」

おれは思わず哄笑しながら、懲りないうちのDJにエールを送った。

「刺されたらまた助けてやりゃあいいじゃないか」

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深夜ラジオ 小春日和 @ko_harubi_yori

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