古柴 コウ 著「リバース;リジェクト」
「私の事、好きですか?嫌いですか?」
僕はどうしようもないはにかみ顔で返事を返す。
「…好きだよ。」
その答えはフランにとっては予測済み、罠にかかった小動物を見るような小悪魔的目付きで申し訳なさそうに彼女は笑った。
「英語で言って…下さい。」
日本語の好き、という言葉の逃げ口をふさがれてしまった。
「…いつもの君らしく無いね。」
「イヤだなぁ。そういう時は『ワタシ英語分カリマセーん』って言うのが、ジャパニーズジョークなんですよ。」
くすくすと口元に手を当てて笑うフランは、それでも凛とした瞳をこちらに向ける。ちょっと強引でわがまま、でも素直じゃないぐらいが話をする時には楽でいい。でも少しでも僕が強く言うとすぐ泣き出すから始末が悪い。
「私のニュアンスはどちらかと言うとneedです、あいにぃーじゅー。「貴方が必要です。」やっぱり日本語でこれを真面目に言うのは恥ずかしいですね。」
自分の言葉に照れ隠しをする彼女はリズムを取りながら沈み行く太陽に近づいていく。
「私は、貴方なしでは、呼吸すら出来ない。考える事も言葉を選ぶ事も、夢を見る事すら縛られてしまう。」
祈りを願う少女のように純粋ながらも魅惑的な瞳で空を仰ぐ。
「それじゃあ、まるで呪いだよ。」
「えぇ、好物だわ。」
振り返る彼女は夕日を背に、いつもと変わらない意地悪そうな笑みで笑っているはずなのに、彼女の表情は影で見えない。
「…フラン。君の事はちゃんと思ってる、でも…」
その言葉をさえぎる為に、指先が口元に当てられる。
「お願い。そんな事、言わないで。」
幻想的な朱色に染められ頬の色が変わるのも分からない。息を吸うように自然と首に手が回される。こんなの抵抗出来るはずも無い。
「最後だと思ったら、これも許されますよね…?綜明様…。」
少し強引に引き寄せられる。地面に移る自分の影の重なりに思わず目を瞑る。
「フランっ、お願いだから…」
「ダ、メ…。」
彼女の真っ赤な唇がゆっくりと近づきながら、そっと、鋭い八重歯が
全身全霊で逃げようと力を入れても、腕がミシミシと言い逃れられない。
「フランーーっ!!僕はなぁっ!まだ死にたくないんだよぉぉっっ!!!このお転婆吸血鬼がっ!」
思い切り首を横に振り回しながら体裁も気にせず僕は全力で叫んだ。
「だめです。もうお腹減って死にそうなんだもん…良いですよね、綜明様。」
「いいわけあるかアホがっ!!ふざけんなっ!僕が下手に出たら調子に乗りやがってっ!!あぁぁつい女の子が泣いているのが可哀そうだとか思って安易に十字架外してやるんじゃなかった!!何だよテンプレかよ!やめろっあぁぁぁっ!!」
「もう遅いですーっ!いただきまーす!!」
人間の必死な抵抗なんて吸血鬼にはただの戯れ、チョークスリーパーが綺麗に決まっている首元に彼女の歯が忍び寄る。歓喜に満ちた溜息にいよいよ死を覚悟した
その時、
「へぇ…そうやって死ぬのが望みなら、私も止めないわ。」
冷淡な声が頭の後ろの方からトリガーを降ろす音と共に届いた。
「まっ、マリア…!!冗談ももう言えない…。素直に助けてくれ!!」
慌てて振り向き、首だけ伸ばし救援信号を全身全霊で送る。
全身白のオーバーオールにゴールドのピンヒールブーツ、艶めくブロンドのウェーブ髪、真っ青なマリンブルーの瞳を絶対零度の角度で突き刺しながら突然現れた派手女は、派手にため息を吐いて、これまた派手なバズーカ砲を取り出した。
「ちょっと待て、マリア。何持ってんだよ!」
「大丈夫、新作弾だから。そいつ、そのまま捕まえておいて。」
派手な女、マリアはフランを狙うそのままの角度で俺も射程圏内に入れた。
「何が大丈夫だ!」
「ちょっと綜明様っ!この女何なの!!」
「マリア!お前それマジでやる気だろっ!!やめろっ!あーーーっ!!」
口々の叫びを完全に無視して放たれた弾は一発必中、フランを巻き込み僕に当たった。
瞬間、埋め尽くされる、ニンニク臭。
げほげほと咳き込みながら倒れこむ人影が二つ、それが徐々に…
「ひぃぃっ…本当にバンパイアになった…。」
赤褐色の肌、長い耳、爪、そして鋭く伸びる八重歯。原型に戻ったヴァンパイアは噎せた顔でキッとマリアを睨んでいた。
「はぁ。世代が変わるとヴァンパイアの趣味趣向も質が落ちるものね。こんなボンクラの血を狙うだなんて。」
そうマリアは足元に転がる僕をつま先で転がした。ヴァンパイアにとって効果テキメンな匂いは人間にも良く効いた。
とにかく、とマリアはバズーカ砲を投げ捨て銀の弾丸を込めた白に金細工の御飾のようなコルトパイソンを持ち出し、ホルスターから十字架と聖水を引き抜いた。
「悪いけど、あと二千年ぐらい眠っていてもらわないと。私の代には不必要なの。」
「はんっ、たかが人間風情のアンタみたいな凶暴女に負けるわけないじゃない!綜明様は私のモノなんだから!」
「こいつがどうなろうと私は別に構わないわ。アンタが眠りに就いてくれるなら別にご自由にどうぞ。」
マリアはしんそこ興味がなさそうな白けた目で僕の方を見下ろした。
「ふっ…素直じゃ…ないんだな…マリア。俺のため、って言えよ。」
「ごめんね、帰ってきたばっかりで、日本語がまだよく分からないみたいなの。
だから私、本当の事しか言えないの。」
上品に微笑む彼女はさらに僕に向かってクリティカルを打ち込む。
「フランチェスカ・シュピネルティア。齢300程度の若いヴァンパイアじゃ、私になんか勝てないけど、どうする。おとなしく捕まってみる?」
フランは手で鼻を押さ立ち上がり剣を取り出し構えた。
「誰が…アンタみたいな凶暴女にっ…綜明様は渡さない!!」
勇ましく鋭い切っ先をマリアに向かって猪突猛進に繰り出す。
「言うセリフも、太刀筋も、馬鹿丸出しねぇ。」
ピリカの剣を紙一重でかわし銃弾を打ち込む。肩と太腿に被弾した銀の弾丸に痛々しい悲鳴が上がる。すかさず反撃するもスピードもテクニックもマリアとの差は歴然、瞬きする間もなくマリアに剣を捻り取られ、首元に突きつけられた。
「アーメン。最後に神の生まれ変わりに手を下される事をせめて喜びなさいね。」
不適な笑みを浮かべ完全に見下ろす角度で、マリアはにやり、と笑った。
「…マリア。お前悪役だそれは…。」
僕はヴァンパイアに魂ごと持っていかれそうになっている所をマリアに助けてもらったはずなのだが、この状況を見る限りどう考えてもマリアが悪すぎる。
「雑魚にかける暇なんて無いの。それとも何、アンタ一緒に魔界へ帰る?」
「一緒にって軽く言うけどな。それ死んで来いって言ってるのと同じだからな。」
「………。」
マリアの青い目が「そう、言ってるんだけど。」と会話してきた。
「クソっ…何でっ!こんな女にっ…!!私は…宗明様がっ…」
フランは大粒の涙で泣きはじめた。
「私がヴァンパイアだから、いけないのっ!!」
大声で泣くフランを目の前に困った僕にマリアは大げさなため息を吐く。
「馬鹿女ね。救えないわ。あんた、どうにかしてきなさいよあれ。」
「お前な…。」
仕方なく僕はそっとフランに近づきしゃがみこんだ。
「あのな、フラン。お前が俺の事を思ってくれてるのはすごく嬉しい。
でも、だからと言って殺されるわけにはいかないんだ。俺だって。」
「…だって、そうじゃないと…一緒にいられない…じゃないですか…。」
うぅ、とフランは涙目で僕の方を見る。その可憐な泣き顔に一瞬言葉が詰まるが僕は頑張ってその先を進める。
「…そうだね。でも、君程の魔力があればこっちにちょくちょく遊びにくる事も出来るだろう?そしたら遊んであげるから、それで許してくれ。悪いけど、一緒には行けない。」
「…綜明さまぁ………。」
そう、フランは泣き顔のまま僕に飛びつき泣き始め――――
「―――そんなの、我慢出来ません…!」
瞬間、首に痛みと分からぬ程の激痛が走る。
「ッ…フラン!!!」
舌なめずりをする彼女から逃げようとした瞬間、素早く抱きかかえられ、フランが中へと浮く。
「そんなに簡単に諦められませんよ、ざまぁみろ凶暴女!」
僕が頚動脈からだくだく血を流していても、腕を組んだままの姿勢で僕らをのんびりと見上げるマリアは、無機質にこう言った。
「…馬鹿ね。」
「何をっ!!!!―――――」
その瞬間、ぐらり、とフランが傾き浮力を失った。
「あ゛――――っ!!ちょっフラッ!!」
瞬間、顔面から地面に叩き付けられる、
「うぐっ…くっそ痛っ!!!」
「…はにゃ…?」
うっすらと赤みを帯びた頬を蕩けさせながら、フランは地面にへなへなと倒れこんでいた。
「…綜明の血は、元々を辿れば京の都屈指の退魔士、安部の清明にまでたどり着く。綜明はその中でも順当な本家で、丁度二千年の節目の子だから血を正当に受け継いでいる。
陰陽道のルーツである血は、式神や使い魔を使役出来た程、妖怪に近い物。
そんな人間の血は濃度の高い酒か醤油みたいな物だもの。飲めば酔うわよ。文字通り死ぬ程吸ったら死ぬわよ。」
「マリアっ…。…そんな…解説…してねぇで…助けてくれ…。」
ふるふると震え必死に血の噴き出ている首を手で抑えながら、意識が途切れる一瞬、僕はツッコミをし終えて気絶した。
「…お前…もう近寄るな…」
「本当にすいませんでした…。もう、綜明様は狙いません。あんな血飲めるのは、うちの祖父ぐらいですわ。」
くすくす、と笑う人間の姿に変化しているフランは楽しそうにベッド脇でフルーツを剥いている。
「もっと他の人間で、修行を積んでまた来ます!」
「…いや、駄目だから。そういう事言ってるとダンボール詰めにしてヨーロッパに送り返すよ。」
「冗談ですって…。だって私―――」
その時、廊下を派手なハイヒール音が近づいてきた。
「ソウメイ、あんたまだこんな所に―――」
「―――マリア様っ!!」
瞬間、フランはマリアめがけて飛び出した。
「待ちなさい。」
す、と手のひらをフランに向かって突き出し、ピリカを静止する。
マリアは静かに僕のベッドサイドテーブルに事務用の書類をどさ、っと置き腕を組んだ。
「…な、何だよ…見舞いの一つもないのか…。」
見舞いに来ると思っていなかったマリアの来訪に少し戸惑いながら皮肉を言ってみる、黙って僕を見下ろした後、彼女は茶色いテディベアを手渡してきた。
「あと、これ。あげる。」
「…あ、ありがとう。」
まったく予想しなかった展開に、少しだけ僕はちょっと硬直してしまう。
その後ろから、フランが甘えた声を出してマリアに擦り寄っている。
「おい…マリア…何だそれ…」
「だって…どんな状況も、あんなに冷静でいられる、マリアさまにゾッコンで…。あんなに強くて本当に素敵で、カッコ良くて気高くてクールで…もう…私の運命の人はマリア様です!!」
「ピリカ、今日もちゃんと人間ではない他の物を食べた?」
「はい!私マリアお姉さまと約束してから、一度ももう人間食べていません!」
僕はそのまま、しばらく硬直したまま我を失っていた。
「…やっぱり、妖怪も幽霊も、モンスターも、嫌いだ。」
僕、安部綜明は、かの有名な安部の清明の血筋の本家であるにも関わらず、筋金入りの怖がりである。
妖怪も幽霊も、モンスターも、出来れば、関わりあいたくない。
晴明は死ぬ間際に己は二千年後に舞い戻る、とこの世を去ったと言われている。それから早二千年。それが僕にあたる。が、僕がこの世で一番嫌いなもの、幽霊や物の怪の類いだ。徐霊は愚か、存在を認める事すらしたくない。
「いつまでも馬鹿な事言ってないで、私とコンビを組んでいる以上、私の穢れ無き名前に泥を塗る事は許されないわよ。」
「そういうお前だって、聖母という言葉と縁遠いだろマリア!」
マリア・藤原・シンクレア、自他ともに聖母マリアの生まれ変わりとしか言いようがない、と絶対奇跡を起こす、世界有数の大富豪、ドナルド・シンクレアの唯一の孫娘である。
エクソシストからヒーリング、NASAとの共同研究による対超自然現象研究の第一人者という側面と、米軍の特殊訓練を最年少でクリアした特殊軍人、という人間では一つしか持てない肩書きを人間では無いから持てている、怪物女である。
そして、何の巡り合わせなのか、二人は生まれた時からの幼馴染みである。
「それに。私がただアンタの見舞い来たとでも思ってるの?」
その言葉に、息を呑む。
「まさか…」
「この病院、数年前に悪徳医師による違法な臓器売買の為の、殺人事件があったの。」
そう、うつむき加減に語るマリアの背後の電気が、ひとつ。消える。
「…お願いだ…っ……や、やめてくれ………」
「その時に無理やり殺された患者に呪い殺され、悪徳医師は見るも無残で大変不可思議な死を遂げたの。それ以来、」
マリアは胸元横のホルスターから銃を抜き取り弾丸をもったいぶるように詰める。
「その悪徳医師は、悪霊となってこの院に取り付き、今も彷徨い殺人を続けている。」
僕は大嫌いな怖い話をマリアの淡々とした語り口で語られ、震えが止まらなくなっていた。助けを求めるように必死に先程もらったテディベアを握りしめてしまっている。
「まっ…マリア……!いや…嫌だっ…やめてくれ…!!」
向こう側を向いていたマリアは、ふと、僕の方を見下ろし
「その時、悪徳医師が次に臓器売買する予定だった子は、茶色いテディベアを抱えた、男の子だったの。」
その瞬間、血の気が引いた俺がマリアの奥に見たものは。
「だから今でも、その子を探し回って。天井を這いずり回っているそうよ。」
にたり、と笑う。
マリアと医者の霊の顔が目に入った瞬間、僕は自分の断末魔を聞いた。
出来れば、というのを訂正しよう。
今後一切、妖怪もお化けもモンスターも、絶対に関わりたくない。
モンスターみたいな、聖母マリアともだ…!
<リバース;リジェクト ~聖母も吸血鬼もお断り! より抜粋。>
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■引用詳細
古柴 コウ 著「リバース;リジェクト」より抜粋。
二〇〇八年五月拾九日 - 短編作成
■古柴 コウ(こしば こう)
漫画雑誌「モナド」で連載中の作画"朽木 公志(くちき こうし)"による連載漫画「創世リライト」の原作者。ゲーム「レミニス(発売元:N-star)」の原案・シナリオ作成やアニメ「フラグメント-不可逆のカリキュレーション-」の脚本を務めるなどその活動の幅は広い。中でも異能・霊能モチーフの作品が多い。本原稿は連載前に用意されたプロットの改訂版。しばらく短編が続いていたがようやく連載が決まり編集者「故 羊太郎」担当の元、現在本執筆が進められている。
某書物のある壱頁より抜粋。 益田 彩人 @fuganeugier
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