7.悲劇と喜劇

 村中の人々は逃げ惑う。そして、剣を振り下ろす帝国兵。燃え広がる炎と血が辺境の村を彩る。そして月明かりは妖艶に照らし出す。広場の中央でガーナットは呆然とした表情で涙を流していた。その瞳には深い黒が満ちている。


「ガーナット!!逃げねーとやばいって!おい!」


ランディーの声さえ届いてはいなかった。

 なぜ父が死んだのか。なぜ殺されたのか。帝国兵が探している反逆者の名前はガーナット。自分と同じだった。なぜ。少年の胸には高鳴る鼓動と波紋が広がる。


「少年、悪く思うなあ。命令なんでね。」


マントの男の腕はガーナットの首元へと伸びていく。


「やめろよ!近くんじゃねえ!!人殺しがぁ!」


男に殴りかかるランディー。だが男にただの少年の拳な届くはずもなく吹き飛ばされる。


「どうやら親父を殺しちまったらしいからなあ。少年!親父のとこに連れてってやるよ。」


ランディーは気を失ったが、ガーナットはそれすらも、周りのことは何も見えていなかった。ガーナットは俯いたまま、地面には涙が落ちた。


 村人たちの叫び声が遠くで聞こえる。涙でぼやける視界。何かが込み上げてきて息が苦しい。胸は何かに押されるように圧迫される。奥歯はギリギリと音を立てている。全身の筋肉がこわばる。握られた拳には血が滴る。

 怒りか、悲しみか、絶望なのか、悲壮感なのか、何とも言い難い感情がガーナットの中に押し寄せる。


「殺してやる・・・」


言葉を発した後のガーナットに残ったのはふつふつと湧き上がる負の感情。そして殺意。


「なんだあ?」


男のにやけた顔は、ガーナットには酷く歪んで見えた。そしてその歪んだ顔はガーナットの感情を加速させた。


「お前を・・・!殺してやる!!」


「おもしれじゃあ、ねえか!少年!」


ガーナットは立ち上がり男に殴りかかる。平和な村で暮らしてきたガーナットにとって、喧嘩などランディー以外にはしたことがない。ましてや本物の殺意を人にむけたことも。力一杯拳を振り上げた。そしてのそ拳を男に頰をめがけて振り下ろした。だが、男は避けようともしない。


「少年、こんなんじゃ人は殺せねえよ。」


男はガーナットの首を締め上げる。デリーと同じように。ガーナットの涙は止まらず男の腕まで流れ落ちる。


「ち、ちくしょう・・!何で親父が!この村が!」


男の腕を必死に掴むが腕はびくともしない。


「がっ・・・あっ!」


息ができない。また絶望感がガーナットを襲う。ガーナットはこの感情を知っている。母マリーの時と

同じだった。


「なんでっ・・・」


「いい顔だあ!憎しみと憎悪に満ちてる。がきにしちゃあ、けっこうな殺意だ!だが足りねえ!そんなじゃあ、おれを殺せない。」


「哀れな少年、せめて名前は教えようじゃあないか。おれの名はキッド。あの世で思い出せ。」


ガーナットの目はもう半分も開いていない。体がガクガクと震えている。だがその左手はキッドの腕を掴み、右手はその歪んだ笑みに向かって伸ばされている。


「なんっで、、殺した、、」


「必死だなあ。もう一つ教えてやるよ。」


「命はなあ、平等じゃあないんだよ。」


その言葉と同時に一気にキッドはその手でガーナットの首を締め上げた。朦朧とする意識の中、ガーナットは自分自信に対する無力感を感じていた。

 

 何もない虚無な空間、あの夢の時と同じだった。ただ違うのはガーナットはデリーも失ったということだった。

「母さんが死んだ時も・・・!親父が殺された時・・・!何で僕は何もできない!仇討ちすらっ!なんで!なんでっ!僕は何もできない!!こんなにも悲しいのに!怒ってるのに!せめて・・・、この男を・・・」


[苦しいか?ガーナットよ。私がここへお前を呼んだのだ。]


マーガスかと思われた声とは違った声だった。もはやガーナットにはただの幻聴に聞こえた。


「苦しいよ。辛いし悲しい・・・。僕はもう一人だ。だけどきっともう死ぬ。何もできなかった。もう一人ですらない。死ぬんだ。」


[ここで諦めるのか?死ぬその直前まで諦めるな。ガーナットよ。お前は誇りあるデリーとマリーの息子だろう?]


「やったよ!最後まで力を振り絞ってっ!戦った!でももうダメなんだよ!僕には何もできなかった!僕が飛び出していれば親父は死ななかったかもしれない・・・。だけど、できなかったんだよ!もう終わりなんだよ!」


泣きじゃくる子供のように叫ぶガーナット。少年の感情は止まらない。


[そうだ。お前の父はもう死んだ。お前は何もできなかった。だが!お前にはまだやれることがある。まだだ。お前にはまだ使命がある。]


「なんなんだよ!誰なんだよあんたは!もうやめてくれよ!戻ったって苦しいだけだし、もう死ぬんだよ!」


[ならば!村はどうする!お前には親友がいたのだろう?それすらもここへ捨てていくというのか!心さえも!」


ガーナットは頰を叩かれたように、はっとした。


「親友・・・、ランディー、、ケンドル、、僕の友達だ。テンダールット、、僕の故郷だ、、。」


[彼はお前のために身を呈して男に立ち向かった。デリーはお前を思って戦ったのだ!父の想いを、母の愛をここへ捨てていくのか?ガーナット!」


「いやだ、、親父と母さんのことは忘れないし、捨てていかない。ランディーのことだって同じだ!僕はまだ死んでない、なら!何かできるはずだ!」


ガーナットは涙をぬぐい、立ち上がった。


「僕は戻るよ。死ぬと時は確かに死ぬ。だけどまだなんだ。僕は死ぬ覚悟なんてないし、しようとも思わない。怖いし、苦しいだろうけど、、、最後まで諦めない。」


[よかろう。ガーナットよ、波を与えよう。足掻いて見せよ。そして使命を果たせ。]


「まって、波って?それに使命ってなんなん、、」


ガーナットは疑問を抱いたがその瞬間に、青白い光がその世界を包んだ。


すでにぶら下がっていたガーナットの腕が再び、キッドの腕を掴み締め上げる。その手には光が宿っている。


「なんだあ、少年。お前も魔法がつかえるのかあ?親父に教わったか!」


「やれるとこをやるんだ!想いを忘れないために!」


ガーナットの顔は別人のようにたくましくなっていた。その瞳はまっすぐとキッドを見据える。

 発光するガーナットの体を見て、キッドの顔からは笑みが消えていく。そして手を離し距離を置こうとした瞬間にガーナットから青白い光の波紋が広がる。


「な、波だとぉぉぉ?!こんなガキがっ!」


波紋を受けてキッドは吹き飛ばされる。すでに村は帝国へに蹂躙され一面に炎が広がっている。ガーナットはその場に両足をしっかりと地面につけたっている。ガーナットは周りには青白い光をまとっている。吹き飛ばされるキッドを見て帝国の師団は一斉にガーナットに斬りかかる。


「この村からぁ、出て、いけええ!」


再び波紋がガーナットから発せられる。兵士たちは次々と飛ばされていく。


「少年、、波が使えるとは驚きだあ。体の中がぐちゃぐちゃだよ。」


キッドはよろめきながら立ち上がり、血を吹き出した。だが倒れることはなく、一歩また一歩とガーナットに向かってくる。

 ガーナットの足はもう動かなかった。自分が何をしたのかは分からなかったが、その「力」をつかいはたしたことだけはわかった。言葉を発することもできない。やがてガーナットがまとっていた光は薄くなっていった。そしてキッドが腕をガーナットの顔に向かって伸ばし、その掌がガーナットの視界を覆いかけた瞬間ガーナットは気を失った。

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ガーナット ~継がれた証~ 高城ゆう @yuu401

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