きのこたけのこ戦争

ロッキン神経痛

きのこたけのこ戦争

きのこたけのこ戦争、その開戦から既に七年もの年月が経っていた。


 長期に渡る戦争で、たけのこ軍は疲弊の極みに達していた。歩兵には過労によって死ぬ者が続出し、精神を病んで、本来のたけのこらしい感情と理性を失う者も多かった。補給の無いまま伸び続ける前線。頭を吹っ飛ばされ、チョコレートを流しながら死んでいく戦友たち。占領地で笑顔で挨拶を交わしたきのこ族の親子が、すれ違った後で銃を取り出し、こちらの背後から発砲してくることもあった。


指揮系統の乱れた戦場で、目の前のきのこ族に引き金を引くだけの機械マシーンと化した彼らの目に、流れる涙は既になかった。限界は近い、誰もがそう感じているにも関わらず、誰にも止められない戦争は続く。



―――



 グリコ大陸の東に位置する島に、きのこ族とたけのこ族の国がある。古くは異なる二つの種族が、山と里に分かれて小さな集落を営んでいたものが、個数じんこうの増加で村となり町へと変わり、やがて周辺に勢力を拡大して二つの国となったものだ。国名を、きのこ国とたけのこ国と言う。この二つの国は平和協定こそ無いものの、国となって以来30年、互いに争うことなく均衡を保っていた。


しかし、いくら表面をコーティングしたところで、その建国の歴史は生チョコ臭い死と殺戮の色で彩られていることは隠しようがなかった。古い因縁を抱えたままの世代が国の上層部を占め、教育によって呪いにも近い感情を下の世代へと伝えるものだから、両国の国民の多くは、理由無く隣国の民族を憎み、事あるごとに互いを敵視していた。ゆえに、その歪な二国関係に決定的な亀裂が生じるのは時間の問題であったのかもしれない。


 ある時、きのこ国の若い兵士二個組ふたりぐみが、国境線を越えてたけのこ国に不法侵入を行った。彼らの名前は、未だに分かってはいない。分かっているのは、彼らが国境付近を歩いていた、たけのこ少女を拉致監禁し、暴行を加えた上に抵抗する少女を殺害したということだけである。その犯行現場となった廃工場には、たけのこ少女の必死の抵抗の跡が残されていた。至る所にこびりつくチョコレートが放つ、甘い臭いと少女のクッキーの粉が飛び散る凄まじい現場となっており、のちに現場調査を行った若い兵士達の多くはたまらず嘔吐したという。


その犯行は大胆にも、たけのこ軍基地のすぐ近辺で行われた為、すぐに巡回の兵士に発見されることとなった。しかし、既にたけのこ少女の殺害を終えていた二個のきのこ兵は、巡回のたけのこ兵士に発砲を行い、撃たれた兵士は死亡。その発砲音で駆け付けた大勢の兵達によって、二個のきのこ兵はその場で射殺されたのだった。


当然、たけのこ国はきのこ国に責任追及と謝罪を要求するも、なんときのこ国はこれを拒否。二個の兵士はきのこ国の者ではないとまで言い放った。挙げ句の果てに、この事件はたけのこ国側による捏造であると主張し出す始末。たけのこ国側は、きのこ国で生まれた者の特徴である、クラッカーの身体を持った犯人の遺体を証拠として提出するも、きのこ国は知らぬ存ぜぬを突き通し続けたものだから、たけのこ国中の怒りを買うこととなった。


この頃、次々に豊かなたけのこ国へとやってくる不法きのこ移民問題でたけのこ国内は敏感になっていた。そこに、この事件は火に油を注ぎ込んだ形となり、怒る民の声は日増しに大きく、毎日のように各所で行われた大規模なデモ活動は、やがて暴動に至るまでに加熱していった。


そこに機を見たのは、たけのこ国軍だった。軍部は、きのこ国に対して弱腰の対応を見せる政権打倒を掲げ、熱狂する国民達に強く後押しされる形で軍事クーデターを引き起こした。結果、事件からわずか半年でたけのこ国初の軍事政権が樹立。その半年後には、軍事政権はきのこ国に宣戦布告を行う運びとなる。これがチョコレートをチョコレートで洗う、きのこたけのこ戦争の始まりである。


 実際、きっかけは何でも良かったのだろう。成長鈍化に喘いでいた、たけのこ国は新たな領土の必要性を常に感じており、同時に政府が不景気で鬱憤が溜まっている国民達の不満のはけ口を、因縁深いきのこ国へと向けようとするのは当然とも言えた。実際、戦争を支持する国民の数は開戦直前には全体の九割にまでのぼっていたのだ。またそれはたけのこ国民の、自国への自信の現れでもあり、実際当初は農業国として知られるきのこ国に、強大な軍事力を持つたけのこ国は圧勝するだろうという意見が大多数を占めていた。


しかし、いざ蓋を開けてみると、きのこ国に侵攻した兵たちは思わぬ障害に悩まされることとなった。


ある時、占領地で部隊が物資を補給する為きのこの村へ訪れると、村は村人自身によって丸ごと焼き払われ、既にもぬけの空と化していた。部隊がその次の村へ行くと、同じように村が焼けており、新たな補給物資もないまま先へ先へと進んでいく内、気づけば周囲には、きのこ国の民間菌みんかんじん達が、小さな子供から年寄りまで銃を手にし、ゲリラ兵として疲弊するたけのこ兵達へと襲いかかってくるのだった。このような事案がきのこ国各地で発生し、国民一丸となったなりふり構わぬ徹底抗戦の前に、たけのこ軍は想像以上の苦戦を強いられ、次第に戦況は先の見えない泥沼へと突入していった。


……そして開戦から七年が経った。


 苦戦を強いられつつも、たけのこ軍の前線は徐々にきのこ国の中心部へと食い込んでいた。そんなきのこ国の中心地、辺り一面がきのこ兵とたけのこ兵の流したチョコレートや、砲撃で飛び散ったクッキークラッカーの破片まみれの地獄の中にその前線基地はある。基地の周囲には、数多のたけのこ兵の犠牲によって作られた粗末な塹壕が張られている。そして、そんな塹壕の中に今、一人のたけのこ族の男が横たわっていた。


………さん‥‥だ……ですか‥‥


男の薄暗い視界が、ゆっくりと明るくなっていく。鼓膜が破れているのか、音の代わりに地面から伝わる振動が、頭の中で幾度も反響して気持ちが悪い。男の意識は、自分が生きているのか死んでいるのかも分からない暗闇の中から今、必死に這い上がろうとしていた。


「‥‥さん‥‥タケさん!大丈夫?大丈夫ですか!?」


ぼやけたピントが合い、生き残ったもう片方の鼓膜から男の名を呼ぶ声が聞こえる。ゆっくりとまばたきを繰り返し、男の視界が焦点を合わせると、そこには今にも泣き出しそうな女の顔が映った。


「ああ、まだ生きてる。生きてるよ、ノッコ。」


「良かった、本当に良かった……!」


なかなか目覚めない男に、よほど心配したのだろう。ノッコと呼ばれた若い女兵士は、そのまま男に抱きついた。


「こんな所でやめろって。隊のみんなが見てるだろ。」


胸元で泣く女を諭すようにタケが言うと、顔を上げたノッコの表情は少し曇っていた。


「伍長……もう、私達以外誰も残っていませんよ。」


その声色には、まだ意識のはっきりしていないタケに、言い聞かせるような優しさが込められている。


「……ああ……そう……だったな。」


はっと少し目を見開いた後、タケはうつむく。彼ら二個ふたりの所属していた特殊部隊は、三日前のきのこ国国家枢機院占領作戦の失敗により、その人員のほぼ全てを失っていた。銃弾と砲撃が飛び交う戦場で、たまたま部隊の後方にいたタケとノッコは、仲間達の飛び散るチョコレートとクッキー片を体中に浴びながらも必死の思いで後退し、たけのこ軍の最前線基地にまで辿り着いたのだった。


しかし、既にこの基地も死の臭いが充満しており、近いうちに地獄と化すのは見て明らかだった。まともに動きまわれる兵は、ほとんど残されておらず、円形に張り巡らされた壕の中には死にかけの負傷兵と、蟻共アリどもに身体をたかられている死体だらけ。そう、ここは前線基地としての機能を失い放棄されている。たけのこ軍の本隊は、既に後方基地への撤退を終えていたのだ。


「ここも、持ちそうにありませんね」


さっきから、本来なら退路であるべき方向から申し訳程度の発砲音がしている。親切なきのこ共が、死にかけの敗残兵達に、と教えてくれているのだろう。既に基地は、陸の孤島と化していた。


「くそっ、本隊の連中は俺達を何だと思ってるんだ。枢機院は目の前だったんだぞ、あそこを押さえれば多くの兵士達が死ななくて済むっていうのに。」


きのこ国の要の一つである枢機院の占領作戦。この作戦は、戦局を大きく変える重要な一手であり、タケ達の所属する特殊部隊の重大任務でもあった。しかし、特殊部隊の潜入をバックアップすべき本隊の指揮官が、きのこ国の急襲を受けて、あろう事か敵陣深くで作戦行動中のタケ達を残して後方への撤退を始めたのだ。結果、細長く伸びて敵の胸元まで達しようとしていた前線は、特殊部隊の後方でぷっつりと途切れ、特殊部隊は敵陣のど真ん中で孤立。100個近くのエリート兵士達は、タケとノッコだけを残して全員がもの言わぬクッキーチョコに変わってしまった。


「すぐにここを出ましょう。きっとすぐに攻撃が始まります。」


「これ以上、どこへ逃げるっていうんだ……退路は既に塞がれているんだぞ。俺たちはもう、ここでおしまいさ。」


この前線基地にいるたけのこ兵達は、明日の今頃には全員残らず蟻の餌になっていることだろう。タケには死んだ仲間に会う覚悟はとっくに出来ていた。むしろ今日まで生き残ってしまった事が申し訳ないくらいの気持ちだった。


「何を言ってるんですか、まだ私たちの任務は終わってません!」


死ぬ前の一服と、ココアシガレットを口にくわえて火をつけたタケの横顔に、ぶつけるような強い口調でノッコが言った。


「100個以上いた隊員が皆、あの世に行っちまったんだぞ。」


そう言いながらココアの甘い煙をくゆらせ、タケは自虐的に笑う。


「そんなの全然伍長らしくないです。”死ぬまで諦めるんじゃない”って、いつも言ってくれたじゃないですか。」


タケを見つめるノッコの目は、真剣そのものだった。確かにタケは、伍長としての立場からノッコを含む部下達に”どんな苦境でも絶対に諦めるな”と言って聞かせていた。そんな俺の言葉を信じて、最後まで着いてきてくれた彼等は、誰一人諦めないままこの世を去っていった。


「しかし……」


タケの口からそれ以上の言葉は口から出てこなかった。これ以上は、何を言っても死んだ仲間への言い訳になってしまう。伍長として部下の楯となり最後まで戦うべきだったタケが、これ以上無様に甘えていいはずがなかった。


「ふ…ふふ……まだ、二人も残っているな」


タケが閉じかけた口を開いてそう言うと、ノッコは笑顔で頷いて、地面を指差した。その先には、彼女がここまで運んできたバックパックが置いてあった。べっとりとチョコが染み付いた、ボロボロのそれを見たタケは、ココアシガレットを踏みつぶし顔を上げた。そこにはもう、先程までの冷笑は浮かんでいなかった。


「俺と一緒に、死んでくれるか。」


「ええ、何度でも。」


 大きなバックパックをタケが背負い、その後ろをノッコがカバーする。塹壕は、所々砲撃を受けて大きく崩れており、敵から丸見えの箇所を通るたびに飛んでくる銃弾に、肝が冷える思いがした。前線基地の中央部には、まだ辛うじて動ける兵士達が、死を待つばかりの仲間の手当をしていた。その甘い死臭が立ち込めるテントを抜け、祈りながら兵器庫となっている区画へと向かう。


 それは、奇跡的にまだそこに残されていた。敵に見つからないよう地面が掘られ、幌の被せられた巨大な長方形を見つめ、タケは満足げな表情を見せる。


「まさかとは思ったが……菓子箱が残っているとはな。」


「ほら、諦めるなって製造主せいぞうしゅ様が言ってるんですよきっと!」


興奮した様子のノッコが幌を外すと、通称菓子箱と呼ばれている、緑色の巨大戦車がその姿を現した。タケがハッチに手をかけると、バリバリバリと独特の音を立て、空に向かってハッチが開いた。本隊の連中は、最新兵器を破壊もせず残していく程に混乱していたのだろうか。この最前線の中で、何故か無傷のままの31個乗りの巨大な図体を見ていると、ノッコが言ったように天にいるという製造主が味方をしてくれていると信じたくもなる。すると、ハッチが開いた音を聞きつけてか、菓子箱の前に立つタケとノッコに、後ろから声をかける者がいた。


「お、お待ち下さい!」


タケとノッコが振り返ると、頭に大怪我を負っているのだろう、包帯をぐるぐる巻きにした若い兵士がそこに立っていた。


「その戦車でどこへ行くつもりですか、既に周囲は数千のきのこ兵に包囲されております。」


言って、男は息を少し詰まらせる。


「今は……じっと耐え、援軍を待つべきではないでしょうか。」


「指揮官すら居ない、死人と怪我人だけのこの場所に、まだ助けが来ると思っているのか。」


「それは……」


若いたけのこの兵士はそれきり言葉を無くしたように立ち尽くしている。彼にもこの前線が、絶望的な現状であることは察しがついているのだろう。しかし自分たちが捨てられた事を認めたくないという気持ちが、この地獄に彼を縛りつけていたのだ。


「…………私も、ご一緒させてください!」


歯噛みするような顔の後、スッと決心を浮かべた顔つきになった男はそう言った。その力強い声に引きよせられるかのように、他の兵士達もぞろぞろとテントから顔を出す。彼等は皆、一度はたけのこ国の為に命を捧げる事を誓った兵士達だった。置き去りにされた戸惑いと絶望の中にあったが、このまま座して死を待つことを良しとする者はここにはいなかった。


満身創痍であるにも関わらず、燃えるような双眸を持った若い兵士を前に、タケの返事は決まっていた。しかし、その男はタケの返事をついに聞くことはなかった。皆が男を見ている目の前で、きのこ軍の銃弾が彼めがけて放たれたからである。


パンッ!


乾いた発砲音と共に若い男の体が弾け飛び、チョコとクッキー片がテントや地面にへばりついた。


思わず悲鳴をあげるノッコの頭を、タケが素早く抑えてしゃがみこむ。すると、ちょうど自分達の頭があった位置を銃弾が横切っていった。間一髪、しかしホッと息をつく暇もない。同じように伏せる兵士達に、今すぐ作戦に加わるよう命じた。いずれにせよ彼等には、玉砕覚悟で敵陣へと突っ込むか否かという道しか残されていなかった。


 結局、前線基地に残っていた兵士の内、比較的怪我の少ない兵士から、かろうじて動ける程度の兵士まで、生きている者のほぼ全てが集まって、総勢53個の決死隊が結成された。タケを含む31個の兵士が菓子箱に乗り込み、あぶれた兵の内、足に怪我を負った兵士は基地に残って援護射撃を行い、身体が無事な兵士は歩兵として菓子箱の周囲を進むこととなった。当然菓子箱の外を行く兵士は、誰より先に死んでいくだろう事は明白だ。しかし、彼らは既に自分たちの死ぬべき場所を見つけている。不平不満を口にする者は一個もなかった。


「大馬鹿者共が……!」


それはタケなりの最大の賛辞だった。伍長である彼は、生き残った兵の中では最も位の高く、かつ年長の兵士だ。ゆえにこの最後の作戦も、自然とタケが指揮を執ることとなる。前線を引き延ばした挙句、若い命を無駄に粗末にするたけのこ軍上層部のやり方には腹が立ったが、しかし今更文句を言っても仕方があるまい。こんなやり方をした上の奴らには、きっと俺に代わって製造主様が罰を下す。今考えるべきことは、これだけの怪我人の寄せ集めを使って最大限何が出来るかを考えることだ。憎い、きのこの兵共に、どうやって一泡吹かせてやるかということなのだ。もうすぐ死ぬであろうにも関わらず、タケの胸中には希望にも近い感情が溢れていた。死地にある兵士にとって、どう生き延びるかよりも、いかに死ぬべきかという事が至上の価値を持つことがある。それがまさに今だった。


こんな気持ちに今一度なれたのは、何よりノッコのおかげだった。部下でもあり、最愛の恋人でもある彼女。いつの間にか隣にいたノッコは、席にも座らずじっと立ったままこちらを見つめていた。


タケはエンジンに火をつける。ブロロロロと豪快な音を立てて巨大な菓子箱は動き出した。


「逃げていった本隊の臆病もんには、地獄で文句を言ってやろうぞ。」


タケの言葉に30個の男達の笑い声が響く。それはどこまでも快活な笑いで、これから死にに行く者の笑い声とは到底思えない。やがて、大量の煙幕が張られ、白いもやがかかった前線基地から、機械仕掛けの化け物が姿を現した。きのこ軍の前に唐突に姿を現した巨大な菓子箱は、塹壕を飛び越え、慌てるきのこ軍の豆鉄砲を弾き飛ばしながら、タケノコ式ディーゼルの唸りを上げて前進していく。


目指すは後方の退路ではない。既に道が閉ざされているならば前進あるのみだ。砲撃の弾すら弾き返すこの戦車で敵の中へ突っ込み、前線を突き抜けて枢機院に一発食らわせてやる。それがタケが自身に用意した最後の花道だった。きのこ軍も、まさか前方へ、しかも戦車が攻めてくるとは思っていなかっただろう。慌てて張られるバリケードを、そのまま巨大なキャタピラで踏み潰す。逃げ遅れたきのこ兵も一緒に轢き潰したようだが、分厚い菓子箱の装甲越しには悲鳴も聞こえない。


菓子箱の外では歩兵達も死に物狂いで戦っていた。弾が尽きれば駆け寄って銃剣を突き出し、剣が折れれば自身の生地が剥き出しになる程の勢いで、敵兵を殴りつけた。窮鼠猫を噛むなどと言った陳腐な言葉で表すことの出来ない、彼等の鬼気迫る姿は、圧倒的優位にあるはずのきのこ兵達に、得体の知れぬ恐怖を刻みこんだ。


「前方きのこ式菓子箱 砲手鉄鋼 撃て!」


車内では、砲手を務めてくれている若い兵士達の声がしていた。身体はヒビだらけで、きっと痛みで声を出すのも苦しいだろうに、よくやってくれている。彼の響く声と共に、前方に砲弾が真っ直ぐ飛んでいき――


「命中!」


きのこ軍の戦車の横っ腹に命中した。轟音と共に、黄色い長方形の戦車が空中へと高く浮き上がる。中身はミキサーにかけられたようになっていることだろう。彼等個人に恨みはないが、互いに戦争をしているのだ。許してくれとは言わない、また地獄で心ゆくまで殺しあえばよいのだから。


ガクンッ


敵戦車の撃破に沸く車内に、突然衝撃が響いた。同時に、前のめりになるように大きくバランスを崩したまま動かなくなる菓子箱。まるで地震に合ったかのような衝撃と爆発音。


菓子箱は対戦車地雷を踏んだのだ。


履帯の切れたキャタピラが空回る音が聞こえている。地雷で大穴が空いて、そこに潜り込む形になってしまったのだろう。斜めに傾いた車内で、何も言わずに男達が次々と立ち上がった。


「外へ出るぞ、一人でも多く道連れにしろ!」


タケの声に呼応して、おう!と30個のタケノコ兵達の声がする。バリバリバリとハッチを開くと、空からの光が差し込んできて目に眩しい。間近で聞こえる激しい銃撃音の中に、そのまま死に損ないの敗残兵達は駆け出していった。それぞれの死に場所へと向かっていく後ろ姿はどこまでも勇ましい。ついに彼らに死ぬべき時が来たのだ。


最後に車内に一人残ったタケは、チョコまみれのバックパックから手投げ弾と銃剣を引きずり出した。そして、明るい外の世界へ出る前に、暗い車内に目をやると――


「では、いってくる」


穏やかな笑顔を浮かべ、暗がりに向かって一言声をかけた。


「待ってるね」


ノッコの明るい声が、返ってきたような気がした。車内に残されているのは、彼女のチョコが乾いてこびりついたバックパックが一つだけ。どこで死ぬとしても、ノッコともう一度会えるなら、もう何も怖くなどなかった。


「総員、突撃――!!」


死に物狂いの死者達が、最後の雄叫びを上げて空の下へと躍り出た。目の前に広がるのは千の敵兵、もはや行くも帰るもない地獄。進め進め、たけのこ族の最後の意地を、頭でっかちのきのこ共に叩きつけてやるのだ――。

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