第5話 オノモルド博士
カルティストの城門には、何故だか入国審査官が見当たらなかった。
通行許可証も無く、不審人物として捕まる訳にはいかなかったので
詰め所にも寄ってみたが 人はまったくいない。不気味なくらい静かであった。
しばらくうろうろと門の前で迷っていたノノルだったが、小さく溜息をつくと
カルティストの城門をくぐることに決める。
不法入国であるが、ここは仕方ない。
「まず、ココラに会おう。今の状況を説明してもらった後、
ウォルデラに連絡。いい?」
「オッケー。分かった。」
「分かりまし……ごほん 分かった。」
城門を抜け、小道を歩きながらカルティストの中心地へ向かう。
なるべく顔を伏せ、トールとラウルの間に挟まれるようにしてノノルは歩いた。
服装も怪しまれるといけないので、荷物の中に入れておいた
こげ茶色のマントを羽織っている。
カルティストは 中央のカルティスト城を囲むようにして東西南北と住宅地、
商業地が広がる豊かな国だ。南門から入国したノノルたちは、必然的に城を
正面に見据え 歩を進めることになる。遠くに見えるカルティスト城は
一見何事も変わっていないように見えた。
あそこにココラはいるのだろうか。
ノノルは城に視線を向ける。早くココラに会いたい。
隣で不自然に見えないよう気を配りつつも 油断なく周囲を
観察していたラウルが ノノルにそっと囁いた。
「カルティストの様子、やっぱり変だな。」
「…うん。」
神妙な顔をして頷くノノルに トールも声をひそめる。
「以前はあんなにも活気があったカルティストだが 今はその影もない。
それに 先ほどから思っていたが…街を歩いているのは女性ばかりだ。」
「えっ。」
驚いて周りを見渡してみると、果たしてトールの言う通りだった。
街を やつれた顔をして歩いているのは女性ばかり。
通り過ぎた宿屋や 雑貨屋や 家なども、中にいるのは すべて女性だった。
子供もいる。
「どうして…男の人はどこにいるんだろう。」
「革命軍が優勢だとしても、武器を持った男たちが警戒してておかしくない
はずなんだがな。王国兵すら見当たらない…。城門に警備がいなかったこと
といい、妙なことが多すぎる。」
「はぁー…ほんと、何なんだろうな。さっぱりだぜ。
早くココラに会って全部聞くぞ。城にいるんだろ?」
三人の歩いている道の先、橋を越えたところには カルティスト城の門が
荘厳な出で立ちでそびえ立っている。
またしても門番の姿は見られないが、正体を明かさずしての城への入城は
さすがに不可能だろう。さてどうしようか、と ノノルが考えを巡らせた
時だった。
「おい!お前らなにをしている!」
突然、怒鳴り声が後ろから聞こえた。
それと同時に ノノルの肩が強い力で引かれる。
「男は招集がかかってるはずだぞ!女、子供はゴンドの酒場だ!急げ!」
ノノルの肩を掴んでいるのは いかつい顔をした大柄の男であった。
腰に太い剣を差している。すぐさまトールは腰の剣に手を乗せて向き直り、
ラウルはその男へとずいっと歩み寄った。
「おい、おっさん。怪我したくねーなら
ノノルから手離して とっととどっか行けよな。」
「へい……ご、ごほん。ノノルを離せ。」
トールとラウルの迫力のある威圧に 一瞬男は顔を歪めた。
蛇に睨まれた蛙のような 言い知れぬ恐怖がこみ上げてきたからだ。
(なんだこいつらの迫力は…。いや、落ち着け。たかがみすぼらしい格好をした
旅人の少年と青年だ。何を恐れることがある。しっかりしろ。)
しかしすぐさま気を取り直すと、道を歩いていた女を呼び寄せ
ノノルの肩を押して乱雑に預けた。そして大きな声ですごむ。
「おい!こいつも連れてさっさと行け!どこに行くか、分かってるはずだ!」
女は怯えた目で男を見ると、ノノルの腕を掴んで足早に去って行った。
ノノルは腕を離してもらおうと女に頼んでいたが、どうも聞き入れて
もらえないようだ。どんどんと姿が遠ざかっていく。
「おい、ノノル!」
ラウルがすぐさま追いかけようとしたが、目の前の男が剣を抜いて
自分に向けてきたので足を止めた。
「お前らは別だ。すぐに召集場所へと向かえ。首を切られたくないならな。」
脅すように、ラウルの鼻先で剣を回す男。
ラウルは冷ややかな瞳で男を一瞥する。
そして次の瞬間―――
「なっ……!?」
男のかざしていた剣は ラウルの鋭い蹴りによって上へと弾き飛ばされた。
それを目で追う暇も無く男の首 数ミリの場所にナイフが突きつけられる。
「どけっつってんだろ。」
低く、冷たい声。男は狼狽して ラウルから視線を外した。
額には汗が大量ににじみ出ている。
「おい、お前たち そこで何やってる?」
そんな緊迫した空気の中、よく通る声が辺りに響いた。トールが後ろを
振り向くと 馬に乗り紅蓮の衣を右肩から下げた、黒い髭が印象的な男が
面白そうに三人へと近付いてくるところだった。
「た、隊長……。」
ラウルにナイフを向けられていた男が、目だけを動かして 髭の男に助けを
求める。馬からのっそりと下りた髭の男は ラウルとトールに微笑みかけた。
「おう、なんだ 情けねぇなぁ。すまんな、兄ちゃんたち。
そいつぁ俺の隊のヤツでなぁ。何があったか知んねぇが、開放してくれるか。
話は聞くからよ。」
ノノルの姿はもはや見えなかったので、追跡を諦めたラウルは 髭の男に
言われるがまま 大人しくナイフを鞘に収めた。それを慣れた手つきで
袖の中へとしまい、両手を広げて後ろへと下がって男を開放する。開放された
男は腰を抜かしたように どさっと地面へ座り込んだ。流れ落ちた冷や汗が
ぱたぱたと散っていく。
「悪ぃな。お前さんは 話が分かるよヤツだ。
…俺の名前は ジンハート・ギロバーユ。カルティスト王国軍直属の
『
---------------------------ー
「う、わ ちょっ……。」
どさっ、とノノルは お尻から地面に倒れ込んだ。ゴンドの酒場に着いた途端 女はノノルのことを突き飛ばして去って行ったのだ。少し擦り剥いた手を
叩きながら ノノルは立ち上がって周りを見渡してみる。
酒場の中には 子供や女がたくさんいた。
泣き喚く子供をあやしながら 疲れたように溜息をついている者や、膝を抱えて
うずくまる者、虚空を見つめて動かない者など。楽しげに会話したりする者は
誰一人としていなかった。
(トールとラウルに会わないと…。)
ノノルは二人と合流するため酒場から出ようとしたが、入り口に立っていた
兵士に阻まれてしまった。大人しくしていろ、と また突き飛ばされる。
「痛たた…。」
「大丈夫かい?」
二回も突き飛ばされたノノルを見ていたのか、酒場の隅にあるイスに
腰掛けていた老婆が 心配そうに近づいてノノルに手を貸してくれた。
老婆は白衣を着ており、小さな丸眼鏡をかけている。
「平気です。ご心配ありがとうございます。」
ノノルはその老婆に笑顔を返してお礼を言った。老婆はノノルの顔をじっと
見つめている。顔から服、腰に差した短剣、そしてポーチ。しわしわの口元が、
震えるようにして開いた。
「あんた…もしかして、ノノル姫かい…?」
「えっ!」
老婆の言葉に ノノルは姿勢を正した。この人は、自分を知っているようだ。
緊張しながら 老婆が次に何を言ってくるか身構えていたノノルだったが、
老婆はそれ以上追求することはなく、息を吐き出しただけだった。
「ノノル陛下、だったね。今は…。ディルは 死んでしまった。」
ディル――― ノノルの亡き父の名前である。老婆は悲しそうな顔で微笑むと、
衛兵に聞かれないように と酒場の隅にノノルを導く。そして 懐かしさを
滲ませながら話し始めた。
「あたしとディルは昔…とある仮説について一緒に研究していた仲間でねぇ。
陛下のことも良く知ってるよ。ディルが見せてくれた 写真に写っていた
からね。写真の中ではあんなにも小さかったのに…大きくなったもんだ。」
老婆は 眼鏡の奥で目を細めると、優しく微笑んだ。
ノノルの父、デイリバーのことを ディルと呼ぶのは 親しい仲の者だけで
ある。この老婆は、父のことをよく知っているようだった。
ノノルが、少し身を乗り出して老婆に尋ねる。
「父を知っているんですね。えっと…お婆様は 父と何について
研究していたのですか?」
「お婆様なんてよしてくれよ、陛下。あたしの名前は オノモルド=ポート。
昔はオノモルド博士、って呼ばれてたけどねぇ。」
老婆…オノモルドは小さくウインクした。
「ただ研究していたものについては…教えられない。確信が持てるまでは
誰にも言わないよう、ディルに口止めされていたからね。ディルが死んだ
今も、約束は守るつもりだよ。」
「父が…口止めを?」
ノノルの表情が曇る。父が何かを秘密にするのは 妙だ。
デイリバーは基本的に、ノノルに何でも話していた。幼い頃から母のいない
ノノルを 寂しがらせないよう、デイリバーなりに努力していたからだろう。
「どうしても、教えて頂けませんか…?」
ノノルはオノモルドの目を見つめたが、黙って首を振られただけだった。
「すまないね。これだけは教えてあげられない。他のことで、あたしが
知っていることなら 何でも答えてあげられるけども…。」
「そうですか…。」
落胆したノノルだったが、はっとして顔を上げた。今 オノモルドは、
他のことは何でも教えてくれると言ったはずだ。
「オノモルド博士、カルティストは一体 どうなっているんですか?
ココラは…ココラは 無事ですか?」
----------------------------
「『
ジンハートの言葉にラウルは首を傾げた。
反対に、トールは少しだけ目を開く。
「ジンハート、ギロバーユ…。
カルティストの
カルティストに所属する、『
戦場で真っ先に敵地へ飛び込む、神をも恐れない 屈強な兵士たちとして
有名であった。ラウルは知らないかもしれないが、近距離攻撃者として戦場の
第一線で活躍するトールは ジンハートのことを聞いたことがあった。
「俺の名を知らないヤツがいるってのは、驚いたな。
少年、武器を持ってるなら 覚えておくこった。
がはは、と大きく口を開けて笑うジンハート。そのあまりの豪快さに
トールとラウルは目を合わせると 肩をすくめた。
「で、お前さん達の名は 何てんだ?」
気分良さそうにジンハートが尋ねてきたので またもや トールとラウルは
目を見合わせることになる。
(困ったな…。)
(俺らは
(ああ。誤魔化すしか無い。)
瞬時にお互いの考えを読み取った二人は、軽く笑いながらその場を
やり過ごすことに決める。
「あー…まあ 名乗るほどでも無いというか…。」
「なんだぁ、急に。よそよそしいなぁ。お前の蹴り、見てたぞ?
後ろのクールな兄ちゃんも 手ぇ出さねぇようにはしてたが、なかなかの
手練だろう?」
「…いや そんなことはない。ただの旅人だ。」
何とかその場を取り繕おうと トールとラウルはしらを切るが
ジンハートの目は トールの腰に下げられた長剣に向けられていた。
「たーだの旅人が そんなに手入れされた剣なんか持ってるもんか。
嘘が下手くそな兄ちゃんたちだなぁ!素直、とも言うのかもしれねーが…
……ん?ちょいと待てよ、その紋章…。」
ジンハートの目が細められる。しまった という表情で トールは剣を
マントに隠すが、一足遅かったようだ。
「金…鷲……か?もしかしてお前さんたち…
ウォルデラの
大きく目を見開き、手綱をぎゅっと力強く握りしめたジンハートを見て
トールとラウルは観念した。心のなかでノノルに謝る。
「……そーだよ。ラウル=フィンガントだ。
バレちまったんならしょうがねぇ。よろしくな おっさん。」
「こらっ!ラウル、お前はもっと年上の方を敬う心を持て!敬語を使わんか!
……失礼、俺はトール=サンコラルだ。事情が事情だったとはいえ、
ジンハート殿を騙そうとした非礼を詫びる。」
二人の名を改めて聞き、ジンハートは信じられないといった表情で口を開けた。
自分よりもずっと若いこの二人が そうだとはすんなり受け入れられない。
「いや、まさかなぁ。そんなそんな……まさか
こんなに若けぇわけねぇ。俺の聞き間違えだ。」
ジンハートが ごりごりと指を耳の穴に入れて回す。
「…もう一度名前を言ってくれ。」
「ラウル=フィンガント。」
「トール=サンコラルだ。」
ラウルは、背中に背負っていた弓を外すとジンハートに見せた。
金鷲の紋章を上に向けて。
「俺達、
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オノモルドは、慌てて周りに視線を向けると しーっ と指を立てて
小声になった。
「陛下!ここではココラ陛下のことを軽率に話してはいけないよ。
誰かが聞いてるかもしれない。関係者だと気付かれたら、どこに連れて
行かれるか 分かったもんじゃないよ。今 カルティストは危険なんだ。」
そろり、とノノルも後ろを振り返ってみたが幸い誰にも聞かれていなかった
ようだ。オノモルドの声が ますます小さくなる。
「陛下、まさか一人でカルティストに来た訳じゃないだろう?」
「あ、トールとラウル…
離れてしまったけれども。
二人は、無事だろうか。
ノノルは視線をテーブルに落とした。
「
…でも今は いないようだがね?はぐれちまったのかい?」
眼鏡を押し上げて オノモルドが首を傾げる。ノノルは こくんと頷いた。
そして、これまでの経緯を話す。森で奇妙な魔術師に襲われたことも説明した。
「その魔術師、仮面をかぶってたんです。白い仮面。それで…。」
「白い仮面…?」
オノモルドが、目を見開いて呟いたので ノノルの話は中断された。
「へ、陛下…そいつが…どんな系統の魔法を使ってたか思い出せるかい…?」
「えっと確か…。」
脳裏によぎる 黒い魔方陣と、闇属性の攻撃。
「闇魔術を…。」
小さな王の物語 梢 @9kozue9
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