第4話 邂逅
馬から下りたラウルは 背中に背負っていた弓の糸を素早く張ると、
矢筒から一本だけ矢を抜き取った。そんなラウルの様子を見て、何かを察した
トールも馬から下りると ノノルの馬の前に立ち、剣の柄に手を添える。
「出て来いよ。隠れてんの、分かってるぜ。」
ぎりっと弓を引き絞り 矢の先を木立の一点へ定め 誘い出すかのように
ラウルは口の端を上げる。笑ってはいるが、瞳は鋭く 纏う雰囲気も別人だ。
何が起こっているのか分からずノノルは首を傾げていたが、応じるように
ラウルの狙う木立の影から 黒マントを深くかぶって顔を隠した人間が
現れたので目を見開いた。その黒マントは ラウルの何者だ?という質問に
応えること無く、無言で地面の上を滑るようにしながら 三人へと近付いて
くる。ノノルがトールを不安そうに見つめた。
「トール…。」
「大丈夫ですよ、へい…」
安心させながら トールが剣を抜こうとした
その瞬間。
ノノルの乗っていた馬と、ラウルとトールの乗ってきた馬二頭が
一瞬にして消えた。
「わぁっ!」
乗っていた馬が消えたノノルは 当然のように重力に引かれて
空中から落下する。
「…っ陛下!」
剣を抜きかけていたトールは 慌ててノノルを受け止めた。
ラウルも、ノノルの悲鳴に 視線を黒マントから外して後ろを振り返る。
『深く暗い闇の力よ…我に従え。
我の影となりて 彼のものを滅ぼすのだ。』
黒マントが その隙を突くように低い声で呪文を唱えた。
ぼっ と黒く輝く魔方陣が、黒マントの足元に現れる。魔術師だ。
それも、呪いと攻撃に特化した黒魔術。
(魔法は ヤベ…っ!)
ラウルはすぐさま反応すると、術が発動する前に素早く矢を放った。
放たれた矢は 寸分違わずに狙った黒マントの足元に向かって飛んでいく。
魔術師と戦う場合、魔法を発動させないよう 足元を狙うといいとされている。
魔方陣から体が離れると、その魔法は無効になるからだ。
黒マントはラウルの矢を 空中に浮かぶことで避けた。風でマントが揺れ、
ひらりと裾が舞う。依然、顔が覆われているので黒マントの表情は
読み取れない。なんとも不気味な姿だった。
「陛下、立てますか?」
ラウルがもう一本矢を取り出し、空中に浮かぶ黒マントに狙いを定めている
様子を伺いながら トールはノノルを安全な木陰に運ぶと、ゆっくりと
降ろした。
「平気。ごめんね。トール、ラウルを援護してあげて。」
「陛下は……。」
「大丈夫。」
腰に吊っていた短剣を抜き取り、ノノルはトールにそれを見せた。
これがあるから 大丈夫、とでも言いたそうである。
難しい顔をしていたトールだったが、小さく頷くと 剣を抜いてラウルの元に
走っていった。
(あの黒マントの人、誰なんだろう。カルティストの人?
それとも別の…。トールもラウルも 怪我しないでほしい…。)
小さく隠れながら、黒マントと戦う二人の姿を心配そうに覗くノノル。
無力な自分が情けなかった。
カルティストに行こうと言ったのは自分だ。でも、一人では行けない。
力がない自分だけでは 何も出来ない。だから ラウルとトールは着いてきて
自分を護衛してくれる。急事の際は剣となり盾となり、守ってくれる。
もし二人が傷ついてしまったなら それは自分の責任だ。
ぎゅっと握りしめた短剣は冷たかった。
亡き父は武術にも秀でた人物だった。短剣一つあれば ある程度の窮地も
自分一人でくぐり抜けることができた。
手合わせにも参加していたくらいである。
それに比べて、守られることだけしかできない自分がもどかしかった。
自分もあそこに行って 戦いたい。
二人を助けたい。
でも、行ったとしても 邪魔になるだけだろう。
「……っノノル!!」
俯いていたノノルだったが、ラウルが切羽詰ったような声で自分を呼んだので
はっとして顔を上げた。
ラウルとトールが、必死でこちらに駆けてこようとしている。
「え…。」
そして、背後には禍々しい気配。
振り向いたノノルの後ろには、黒マントが ゆらりと立っていた。
―――殺される。
反射的にそう思ったノノルは、とっさに頭を両手で覆った。
黒マントが 手をノノルに向けて伸ばす。
ヒュン!
しかし伸ばしたその腕は、ものすごい速さで飛んできた矢によって
射抜かれた。反動で 黒マントの腕が後ろへ跳ね上がる。
「ノノルに」
矢を放ったのは…ラウル。弓を構え、燃えるような瞳で黒マントを睨む。
矢を受けた衝撃で黒マントは一歩後ろに下がり、ノノルとの間に僅かに
距離が出来た。その間に、一瞬でトールが滑り込み剣を振るう。
「触れるな。」
まさに 神速だった。
剣が、黒マントの体を真横に薙ぎ払った。
「ノノル、後ろへ!」
トールが背中にノノルを庇いながら黒マントと距離を取る。
どさっ、と鈍い音を立てて地面に落ちたのは ただの黒いマントだけだった。
トールがすぐさま上を見上げる。ラウルも、二人の傍に立った。
「仮面……。」
黒マントから出てきたのは、白い仮面で顔を覆った少年であった。髪が短いので
男と思ったが、もしかすると女かもしれない。紫色をした水晶がいくつもついている奇妙な首飾りを下げていた。
「ようやく、見つけた。」
仮面をつけた人物は ぽつりとそう呟くと、両手を前に突き出し
空中に魔方陣を描いて姿を消した。残されたノノル達の緊張が解ける。
「はぁ~ 何だったんだあいつ…。」
「普通の魔術師ではないだろうな。黒い魔方陣が現れていた。
闇魔術を専門とするやつだ。…たちが悪い。」
かしゃん、と剣を鞘に仕舞い トールはノノルに手を貸して立ち上がらせた。
「陛下、お怪我はありませんか?」
「うん、平気だよ。二人ともありがとう。」
お礼を言って立ち上がり 服についていた砂を払う。
…また、何も出来ず 助けられるだけだった。
暗い表情になりかけたノノルだったが 二人に心配をかけてはいけない。
握っていた短剣を戻して気を取り直すかのように 周りを見渡した。
そしてある事に気づくと、困ったように 唇を結ぶ。
「あ…馬がいなくなっちゃったね…。」
仮面の男に馬は消されてしまった。おそらく空間移動の魔法であろう。
「カルティストはすぐそこだし 別によくねーか?」
ラウルの視線の先には カルティストへの城門がある。それもそっか、と
頷いたノノルは 二人に目配せすると、馬が消えた場所まで戻ろう、と言った。落ちている自分の荷物を抱える。
「よしっ。行こう。」
そしてすたすたと先頭を歩き始めたノノルに、トールが慌てて駆け寄る。
そしてノノルの持っている 荷物に手を掛けた。
「陛下、持ちますよ。」
「ううん。自分で持てるから。」
「し、しかし…。」
押し問答を繰り返す二人。その後ろから、にやにやと笑いながら
「おーいトール、ノノルは別にか弱くねーぞ?」
とラウルが茶化した。ノノルはその言葉に むっときて振り向いたが、
さっき助けてもらったばかりなので ぐっと堪えた。トールの手をやんわりと
荷物から外す。
「気持ちだけもらっておくよ、トール。あと カルティストに入国したら
私のこと 陛下、って呼ばないでね。敬語も禁止。」
「う…何故です?」
トールの動揺したような質問に ノノルは うーん、と空を見上げた。
「何となく、だけど。私がウォルデラの王だとカルティストで知られない方が
いいと思うんだ。ほら、他国には連絡があったのにウォルデラだけ無かった
でしょ?なんか 引っかかるんだよね。」
顔もそう広まっていないので、隠し通せるし。と付け加える。
そしてノノル、トール、ラウルの三人は ただの旅人ということで
カルティストに入国することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます