第28話ドラゴンフライ


 オレは仕事でエイリアンの死体処理をしている。


 毎日毎日、エイリアンの死体を検査して、解体して、分別して、鮮度を保って配送する。


 かれこれもう二年もこの仕事をしている。


 好きでこんな仕事をしているのではないし、できれば辞めたいと思っている。


 しかし背負った負債が大きすぎて、全額払うには一生が必要になる。


 この仕事から逃げられない。


 全身白装束にマスクゴーグルを付け、低温室内での作業。部屋は暗く不気味だ。


 次の解体待ちのエイリアンの死体が並び、どれも虚空を見ている。


 無駄な考えだ。ここにあるのはエイリアンの死体だがどれも死んでいて、動くことはない……。


 たとえエイリアンの口の中に、胃の中に、別のエイリアンが入っていても、卵が入っていたとしても、


 もうそれは動くことはないのだ。


 死体の山、死体の積み木、死体の国だ。


「ふぅ……」


 気を抜いて吐息を出すと眼鏡が曇りそうになる。


 汗一つかかない状態で作業を続ける。


 チェックが終了し、エイリアンを棚に戻す。


 すると、廃棄物を入れるバケツの上に、異物があることに気付いた。


 エイリアンの一部ではない。


 足が六本、薄い羽が四枚、細長い胴体に複眼。


 一般的にトンボと呼ばれる虫だ。


「なぜ、こんなところに……?」


 この低温室内に入り込んだのだとしても、今はまだ五月末。夏でも秋でもない季節外れの昆虫。


 エイエイアンは日本国内だけでなく海外の物も来る。


 可能性があるとしたら、海外からコンテナか何かに付いてきたのが低温室内で死んだのだろう。


 そもそも、死んだのか?


 ゴム手袋の指先で触れても、反応はない。


 まだ仮死状態の可能性もある。


 トンボの端をそっとつまみ上げる。大きい。羽の端から端まで10cmはあるだろう。


 少し、体が動いた。


 コイツ……生きているぞ。寒さで仮死状態になっているだけだ。


 そのまま低温室を出る。


 上司にも、派遣社員にも、誰にも見られていない。


 よし。


 オレはそのままトンボをティシュにくるみ、






  つぶした。





 めしゃめしゃっと音がする。体が潰れる音と羽が折れる音がわかる。


 これで一安心だ。


 低温室昆虫が一匹でもいたら緊急事態になることは必須。


 誰かに見つかる前に始末できてよかった。


 押しつぶしたティッシュと、ゴム手袋を捨てて、


 新しい手袋を付け、気合を入れなおし低温室に戻った。


 最後に思ったことはトンボはエイリアンの血を吸っているかいないか、


 殺したからもう関係のない事だった。


――END――

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仕事ちゃんと社畜くんと過労死ちゃん 神崎乖離 @3210allreset

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