第14話
部屋の隅に置いたカバンを掴んで曼荼羅の部屋を出ると、かすかにサアサアという音が聴こえる。
どうやら雨が降っているらしい。
部屋の中では聞こえなかったから、やはりあの空間は完全防音なのだろう。
俺はカバンの中から折り畳みの傘を取り出した。
「雨、降ってるんだ?」
それを見た天音も、自分のカバンの中を探り出す。
そうか、この雨音はコイツには聴こえないのか。
「アレ?俺、傘持ってきてないや。昨日使って干したまま忘れてきた」
天音は焦った顔で頭を掻いた。
そりゃ困ったよな。
雨に当たって風邪をひいたりするわけにはいかないし。
喉を痛めたりしたら、今までの努力が水の泡だ。
近くにコンビニあったっけ?
ビニール傘でも買ってきてやろうか……。
あれこれと考えながら玄関の扉を開けると、雨は思ったほど強くは降っていない。
これなら何とかふたり一緒にひとつの傘で駅まで行けそうだ。
「俺の傘に入れよ。ちょっと狭いけど」
傘を開きながら、玄関を出てきた天音に声をかける。
「あ、うん、ありがとう」
天音はカバンを胸に抱え込んで、差しかけられた傘の中にスッと入ってきた。
外はもう真っ暗で、ところどころに灯る街灯の光が雨粒にぶれて滲んでいた。
俺は奴の外側の肩になるべく雨が当たらないよう、傘を向こう側に傾ける。
「いいよ、そんな気ぃ遣わなくても。オマエが濡れちまうだろ」
天音はそう言いながら、俺の肩に寸分の隙間もなく擦り寄ってきた。
制服を通して、天音の体温が痛いほど伝わってくる。
さっきから何度も触れるコイツの身体に、俺の体温調節機能は壊れかけているみたいだ。
時折降りかかる傘の滴が冷たくて気持ちいいと思うくらい、俺はのぼせ上っていた。
今更ながら、気軽に傘に入れたことを後悔する。
こんな状況なら密着するのは当然なのだから、自分で地雷を置いて自らそこに飛び乗ったようなものだ。
『だから、俺はコイツの一番の友達なんだってば』
俺は心の中で自分に言い聞かせながら、傘の柄を強く握りしめた。
そんな俺の葛藤には、コイツはおそらく1mmも気づいてないだろう。
その証拠に、天音は突然小さな声で唸りだした。
「腹、減ったな……」
途端に俺は、なぜかひどく現実に引き戻されたような気がして、思わずプッと吹き出してしまった。
そうだ、いつも蒼空でサンドイッチを食べてるのに、今日は何も腹に入れてない。
コイツ、今すぐにでもエンストしそうだな。
「しゃぁねぇな。ちょっと我慢しろ?駅近のどこかで何か食おうぜ」
こんなにハラヘリで、どれくらいの量を食うのか想像つかねぇけど。
俺はにやにやしながら、天音を横目でチラッと見た。
「なんだよ、笑うなよ」
俺の視線が気に障ったのか、天音は唇を尖らせて不貞腐れた。
そんな奴を可愛いなんて思ってる自分にハッと気が付く。
今の、ナシナシ!!
俺はまたもや慌てて頭をブルブル振った。
行き場のない感情を封じ込めるため、わざと奴の肩を小突く。
「そうと決まれば、サッサと行こう」
急に足早になった俺に、天音は子犬のようにくっついてくる。
「貫、俺、牛丼食いたい。牛丼、牛丼」
ったく、人の気も知らないで。
無邪気に身体を寄せながら牛丼を連呼するコイツが、ちょっと憎たらしい。
そう思いながらも俺は、元気になった天音にホッとしながら、駅前にある牛丼チェーン店をひたすら目指して歩き続けた。
ピアニッシモ 積田 夕 @taro1999
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