第6話 魔術講座始まる
養蜂家への社会見学に行っても良いという約束を御爺様としたが、確認したところ蜂蜜の収穫期はまだ若干先だった。
流石に数日以内では実現しない話のようで若干もどかしいが、出来ない事をしたいと拘ってもしょうがないので、歴史をまた辿ろうとした……のだが、ハイデマリーに『古典文学を勉強し直すので、ちょっと待って下さい』と言われてしまった。
「それでは、私はいったい何をすれば良い?」
「詩文を詠むとか、如何でしょう?」
ハイデマリーは恋愛の詩とかが好きらしく、そういう詩を集めた詩集を持ち歩いている。
つまり彼女はポエマーらしい。
「うわぁ……面倒臭そう」
「面倒臭そうって、恋の詩文は乙女の嗜みですわよ?」
私は正直、そういう甘ったるいのは勘弁して欲しいと思うタイプだと、自分で自分をそう評価している。
少なくとも前世では、そうだったと記憶している。
それでなくても、ポエムなら史書で間に合っている。既に活字に飢えている訳でもないのに、歴史ポエム集に加えて恋愛ポエム集まで読むのは辛い。私はポエマーでは無いのだ。
恨むなら、史書を難解な言い回しのポエムで綴るとかいう奇怪な発想に至った、古代の偉大なる史学者達を呪って欲しい。私も絶対許さんと、史書のページを捲る度に呪っている。
「私みたいな子供に、恋愛の詩を読ませても、何の事やらさっぱり。
もう少し、成長してからで良い」
「そういうものですか?素敵な詩を交し合って、格好良い貴公子に見初められてとか、素敵じゃあありませんか?」
ハイデマリーはそう言うと、ウットリした表情を浮かべるが、全然同意出来ない。
何せ、今の私を見初めるようなのは、ほぼ例外無く子供に性的興奮を覚える困った性癖の持ち主でしかないからだ。
どんなに優美な貴公子だろうと、ペドフィリアは拙い。通報するしか道は無い。
「格好の良い。つまり女性ウケしやすいように身嗜みを整え言動に気を遣う男は、面倒見が良く、気配りが良く出来る為に女性からは素敵な人に見える。
けれども女がよって行きやすいので、結果として女にだらし無い男が多くなる……と、昨日読んだ本に書いてあった
格好良い男に惚れるのも、中々面倒臭いらしい。ハイデマリー、頑張れ。
私は頑張らない。」
「何ですかその、乙女の夢を木っ端微塵に粉砕に来ている本は!?
あとアーデルハイト様は全てを私に投げて来ないで、もう少し乙女っぽくして下さい。せっかくお美しくあらせられますのに、勿体無いですわ」
数日前に散々カチヤに怯えられたので、若干自分の容姿に信頼を置けなくなっていたが、ハイデマリーから見るとお世辞交じりにしても綺麗な方ではあるようだ。
そうなるとカチヤが何に怯えていたのか、余計気になってしまう。
今度、もっと怯えさせるのも覚悟して聞いてみようと思う。このままでは埒が明かないし、意味不明に怯えられるのは正直辛い。
「乙女っぽく振舞わねばならない場に於いては、そのように装う。
どのみち相手を選べるような立場でも無いのだし、理想は低いに限る」
どう足掻こうが政略結婚なのだから、最初から恋愛や結婚には一切夢や希望など持たないのが一番合理的だと思う。
理想を常に底辺近くに設定して置けば、そこそこのでも十二分に幸福に感じられるだろう。相手が何処の誰兵衛さんに成るのか分からない境遇である以上、結婚相手と結婚生活への理想は低ければ低いほど良い。結婚に夢など要らぬ。
そう思っているとは言え、汚いオッサンあてがわれそうになったら、流石に逃げ出すかもしれないけれどもね。
「旦那様や総領様が、そんな酷い相手をアーデルハイト様にあてがうとは思えないのですけれども……?」
「何事も時と場合で変わる。世の中仕方が無い事は幾らでも起きるし、貴族とてそれには抗えない。
人は運命には逆らえない。貴族だろうが、平民だろうが」
私がそう言うと、ハイデマリーははらはらと泣き始めた。
「アーデルハイト様、その御歳で精神的に乾き過ぎですわ。
この私が家庭教師として、もっと乙女趣味な感覚を磨いて差し上げます!」
「嫌。面倒臭い」
子供の体なせいなのが大きい気がするけれども、私の乙女回路は今の所は完全に焼き付きを起こしていて、しかも完全に赤錆びているので磨かれたって動かない。
女性ホルモンの分泌がしっかり始まるまでは、何をしようがどうにもならないと思うので、放って置いて欲しい。
いい加減、話題チェンジしよう。この話、やめやめ!
「それよりもハイデマリー、私は魔法に興味がある」
「え、あ、はい。魔法ですか?」
急に話題が急旋回したのでハイデマリーが戸惑っているが、このまま押し通すしかない。ポエムで乙女でウフフな世界など御免だ。
「ん。運命が運命となるかならないかは、力で決まる。
最終手段としては、暴力で叩き伏せてから話し合うのが、一番効率が良い」
「うわぁ……アーデルハイト様も、やはりオルデンブルクの血族なのですね」
それは私が脳筋だと言いたいのだろうかハイデマリー?
後ろでこっそり『それでこそオルデンブルク家ですわ、流石です』とか、呟かないで欲しいなイルゼ。
……というよりも、臣下から完全に脳筋として扱われている気がするのだけれども、これで良いのであろうか我が一族?
「違う。これは古代から使われてきた、古式ゆかしい最終解決手段。
決して考える事を放棄したやり方ではない。飽く迄も話し合いの為に相手の心を圧し折って、こちら側の要求に従順にさせるだけ。
落ち着いた環境で話し合う為に行う準備のいち手段。
金貨そのもので交渉するのか、金貨の詰まった袋で物理的に殴りながら交渉するのかの違いでしかない」
「考える事と話し合う事を放棄していませんけれども、余計怖いと思いますわ、それ……」
ハイデマリーはドン引きしているが、オルデンブルク伯爵家はザクセン公爵の家臣なので、どちらかというと力で何とかされてしまう側だと思う。
金と力だ、私に金と力を寄越せ。
「こちらは貴族の中では、まだまだ弱者の側に属する。
なので、どちらかと言うと、力を背景にえげつなくて怖い事をされない為に力を振るう事になる。
原則的には、力に対抗する為の力を手に入れるという方向」
「どちらかというと?原則的に?」
「こちら側が有利なのに、どうしても話を聞いてくれない人は仕方が無い。
あちらがどうしても話を聞きたいですお願いします何でもしますからと懇願してくるまで、粛々と話し合いの準備をするしかない」
恐る恐る訊ねて来るので、私は安心させようと何とか微笑んだのだが、ハイデマリーは怯えた。何故だ。
カチヤも怯えていたし、私の笑顔はそんなに凶悪なのだろうか?
前に気になって鏡で見た限りは、きちんと微笑んでいるように見えたのだけれども。ううむ……?
「武断こそオルデンブルク家の本分!流石ですわ、アーデルハイト様」
「あわわわわわ……」
何か使用人サイドではイルゼは満足そうにうんうんと頷きながら私を称賛し、カチヤはガタガタと震えているわけだけれども、何だか皆の間で私の評価がどんどん脳筋扱いになってきているように感じて、『流石ですわ』とか言われると、とてもつらい。
信じて皆、私は脳筋では無い。
「力の行使に対する認識はこのくらいにする。では教えて」
「えー、あ、はい。」
私が頼んだのに、何だかハイデマリーは微妙な表情だ。
「どうかした?」
「どうせまたすぐ覚えるんですよね。
そしてあっという間に抜き去るんです。ええわかってます」
何故かはよくわからないが、ハイデマリーは拗ねていた。
どうも私は物凄く物覚えの良い子だと認識されているようだ。
だが、仕事が楽で給料が良いというのは、とても良い事だと思うのだけれども、違うのだろうか?
「ハイデマリー。私はたぶん、魔術に対する物覚えはあまり良くないと思う」
何せ魔法の無い世界の記憶で成り立っているのが、今の私なのだ。そして基礎知識が全く無いものは、幾ら何でも上手く行く筈も無い。
ハイデマリーは私が物覚えが良いと思っているようだが、それは応用可能な前世知識あってこそのものなのだから。
「何故ですか?」
「本で予習したけど、魔術というものが上手く理解出来ない」
何せ前世知識にはラノベで読んだ架空世界の知識しかないのだ。日本には魔法もそれを応用した魔術も無かった故に、理解する為の取っ掛かりも無い。
本を読んだ限りは火風水土という4属性の組み合わせで、色々とやるという概念らしい。その色々がどういう風に動いているのか、それを知りたかったのだけれども。
『念じよ』とか『感じるのだ』とか書いてあって、全く理解出来なかった。
私はこういうテキトーな書き方が一番嫌いだ。きちんと数値指定して頂きたい。
「うーん、まあ、感覚的に理解するものですから、何度もやって体で覚えるのが一番良いと言われていますし」
魔法というのは、想像以上に脳筋の世界な分野のようだった。
アレだろうか、バーッとやってバリバリッと行くとゴーッと出てドントフィールシンクな感じなのだろうか……?
擬音語の世界は、私はあまり得意では無いのだけれども。
「では、先ずは一番簡単な火の魔法からやってみましょう」
「ん」
ハイデマリーはそう言うと、鞭を取り出した。
何度見ようが、魔法の杖とかでは無くて乗馬用の鞭だ。形は確かに魔法の杖っぽく見えなくも無いけれども、やはりそれはどう見ても叩くと痛そうな鞭だった。
「
ハイデマリーがそう言うと同時に、杖の先に小さな火が生まれた。
先日もそのまんま口語で《明かりを灯せ》と言っていたし、やはり呪文は古の言葉を使うとかでは無く、そのまんま言うようだ。
「特別な呪文とか、そういうのは無い?」
「魔術というものを行使する際に於いては、心の中でそれを思い浮かべる事がまず重要です。
行使する際、魔術の意味を相手に悟られないようにする為に、古代語や意味の無い文字列を使った呪文を好まれる方も居ますけれどもね。
そのような特殊用途に用いる技術に関しては、まだまだ後回しですわ。先ずは使えるようになる事が重要ですから」
成程、ハイデマリーの話を聞く限り、呪文はイメージを引き出す為の切っ掛けに過ぎないという事のようだった。
口に出してイメージを高める事で、魔術を現象として行使するという事。
御爺様や御父様が勉強よりも武芸や魔法の訓練を好まれている理由が、何となくわかった。
練習して動作のイメージを高めれば高めるほど上達するというのは、どちらかというと体を動かす事に近いような気がする。
つまり魔法が脳筋の分野に属する世界。何かこう魔法使いの知的なイメージがちょっと崩れた感じがあるね……。
「では先ず、これをどうぞ」
そう言って渡されたのは、細めで左程長くは無い、輝く赤銅色をした金属製の棒だった。
恐らくだが青銅か何かで出来ており、小さいとはいえ7歳の少女の手には少々重い代物だ。ちなみに握りの部分は木製になっており、布が巻いてある。
刃を受け止める部分の無い十手みたいな見た目だなといった印象の道具だった。
「これは杖?」
私の問いに、ハイデマリーはにっこりと頷く。
「はい。練習用の杖で御座います。これくらい頑丈な品ならば、練習時に魔術が多少暴走しようが壊れません。
アーデルハイト様の為に新調させていただいたものですわ」
「なにそれこわい」
魔術は暴走するものらしい。しかも強度が中途半端だと杖が壊れるレベルのもののようだ。
「魔術というのはですね、慣れれば例えばこうやって手からだって出せます。
『火よ点け』」
ハイデマリーが呪文を唱えると同時に、ハイデマリーの指先に火が灯った。
杖が無くても、魔法は使えるようだ。
「実際、きちんとした制御法が魔術という形で確立する前、つまり魔法と呼ばれていた頃には、杖は有りませんでした。
魔法を肉体の任意の場所から発生させる流派がいくつも存在し、その中には強力な魔法を間違えて体内で炸裂させてしまい、木っ端微塵になって死んでしまった人の話とかもあるくらいです。
魔術というのは、こういう簡単なものでも体からあまりにも近いと想像した構成を誤って指を火傷したり、指の中で発火してしまって大変な事になりかねません。
なので、まさかの時の為に、貴族は原則的に杖を使って魔術を行使しています。
体から少し離れた杖の先に意識的に魔術が発生するように、何度も何度も繰り返し訓練をするのです」
「成程、それは合理的」
なんだかこうハイデマリーが、初めて私の家庭教師らしく授業をしている感じに見える。
今迄不憫だった分だけ、ここで一気に挽回出来ると良いなと、本当にそう思った。
生まれ変わったのは良いとして、何をやれば良いのやら? @haiiro8116
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