第十一話 心配されていた、かもしれない。

「喉、乾いた……」


 呟いた瞬間、鈴田さんの綺麗な眉が、ギュッと中央に寄ってシワを作る。


「あげないわよ」

「ちぇっ、鈴田さんと間接キスできると思ったのにー」

「悪いけど、そんなに安くないの。元はと言えば水筒忘れてきたあなたが悪いんでしょ?」

「ぐっ、正論……」


 お昼休み。

 お弁当を一緒に食べるためにお互いの机をくっつけながらボヤけば、さらりと返される。

 指定鞄をゴソゴソとあさって、お財布を出し、ブレザーのポケットの中に入れる。ちょっと出ちゃったけど、まあいいや。


「鈴田さんは」

「行かない」


 即答。

 しかも小説ばかり見ていて、私に視線の一つもくれなかった。


「……すーずーたーさーんー」

「とっとと飲み物買ってきなさいな」

「はーい」


 さみしくて名前を呼んだけれど、しっしっと手を振られた。

 なんだかんだ、机の上においたお弁当の蓋を開けるそぶりがなかったのが、ちょっとだけ嬉しかった。




 ゴトリ。

 鈍い音がして、ココアの紙パックが落ちてくる。

 少しだけ屈んでそれを取り出し口から取る。

 そしてうしろを向いて――。


「――っ!」


 思いっきり叫んだ。


 目の前にいたイケメンな先輩、もとい、昴輝先輩は、眉間にシワを寄せて両手で耳を塞いでいる。


「うるさい、メガホン女」

「ご、ごごご、ごめんにゃしゃ、ごめんなさい、失礼します!」


 不機嫌そうな声で言われて、慌てて頭を下げる。

 そしてそのまま横を走り抜けようとした。


「待て」


 だけど上級生にそう言われてしまえば、待たざるをえないわけで。


「な、なななな、なんでしゅか!?」


 振り向きつつも、ジリジリと後退すれば、先輩は呆れたような顔をする。


「別に今、周りに誰もいないだろ」

「なななんのことですか!」

「お前、男苦手なの?」

「っ!」


 足が固まる。

 目を思いっきり見開いて、でも、口は一切動かない。


 露骨だったかもしれない。

 もしかしたら、不快な思いをさせていたかもしれない。


 だって、そんな、男だからって一括りに避けられるのは、私がその立場だとしても、あんまり気持ちのいいものではない。


 肯定していいものなのか。

 それとも、否定すべきなのか。


 きっと、否定すべきだ。

 でも、それなら。

 この間の朝のことや、会うたびに悲鳴をあげてしまうこと、避けてしまうことに対しての理由を訊かれたら、黙ることしかできない。


 ドッドッドッと、心臓が駆け足で喚き出す。

 逃げたい、今すぐに。


「なに? 男関係でなにかあったの? 誰かの彼氏、とっちゃった、とか」

「とってないですっ!!」


 反射的に大声を出してしまい、あ、と両手で口を塞ぐ。


「つまり、とったって勘違いされるようなことがあったわけか」

「……どうしてそう思ったんですか」

「伊達に十七年間、イケメンとして生きてないから」


 サラッと返された言葉に、少しだけ力が抜ける。

 なんだか、鈴田さんにそっくりだ。

 顔が整った人って、皆そうなんだろうか。

 それだけちゃんと自信を持てるって、すごい。


「なら女子高行けばよかったんじゃない?」


 もっともな言葉に、私はうつむく。


「……ここら辺の女子高、私立しかないじゃないですか。私の家、転勤族なんで、公立じゃなきゃだめだーって、親が」


 正しくは、私立がほとんどで、この近辺の公立の女子高には普通科がない。

 途中で転校したときのことを考えると、普通科のある公立の共学を受けるしかなかった、わけだけども。


「なるほど。ま、仮に女子高行ったからって、そういったいざこざから逃げられる訳でもないしな」

「それも、イケメンとして十七年間生きてきたからですか?」

「そうだな。イケメンな双子として生きてきたからかな」

「……」


 少し引っかかる言い方に、思わず黙る。

 どうして、わざわざ訂正するのか。


 それが嫌だったわけじゃなくて、ただ純粋に疑問だった。

 だけど、それに突っ込むほどの関係でもない。


「ま、頑張って。俺はどう足掻いたって目立つし、同じ部活の後輩としてお前も目立つことになる。たぶん部長が上手いことしてくれると思うけど、困ったことがあれば、清華とか、ユウとか、お前のお友達とかに助けてもらえばいい。よっぽどのことがなければ、だいたい味方になってくれるはずだろ」


 思いがけず優しい言葉に、自販機の前に行く昴輝先輩をポカンと見てしまう。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 先輩は自販機を操作しながら、こちらをチラリとも見ずに返事をする。


 ああ、なんだかこういうところも、鈴田さんと似ている。


 ゴトン、と飲み物が落ちる音。


 それをとって、じゃ、と昴輝先輩は去っていった。


 ハッとして周囲を確認する。


 うん、大丈夫。誰もいない。


 その事実に、ホッと胸を撫で下ろして、私は教室へと戻るのだった。

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