第3話コールセンター
敦子はクレジットカードを7枚持っている。
友達の付き合いや、買い物に応じて増えていった。
でも全部を使いこなしているわけではない。
使わないカードの中には、年会費が発生するものもある。
敦子は一人暮らしなので、どうにかして経費を削りたいと考えていた。
給料はここ何年は変わっていない。
家賃も上がりはしないが、携帯をスマホに変えてから、通信料が倍になった。
7枚のカードのうち、実際に使っているのは3枚だ。
本当はクレジットカードなんて1枚あれば十分なのだろうが、各店のサービスをよりたくさん受けるには、クレジット機能付きカードを持つしかないのだ。
ある家電量販店などは、ただのポイントカードより、クレジットカード付きの方が保証期間が長い。
こんな差別化をして、何が面白いのだろう。
カード会社と提携して、店の売り上げをアップしたいのだろうが、私個人としては、ほとんど恩恵を受けていない。
恩恵どころか、年会費を払わされるが、故障することがないので特典を受けることがなく、使ってなければ年1,200円余りのお金をわざわざカード会社に収めることになる。
世の中、お得ですと言いながらも、会社にとってお得なことがたくさんあるのではないか?
私がその会社に勤めているなら、自分の会社が儲かることになるからいいことだと思う。
しかし、私は酒屋の事務員だ。
カード会社が儲かってもうちの酒屋は関係ない。
その関連で潤う業界はどこだろう?
酒をカードで買う人はそうそういない。
特にうちのお客は高齢者が多く、現金払いがほとんどだ。
とりあえず、年会費無料はこのまま置いておき、年会費がかかるカードを廃止することにした。
7枚のうち、ショッピングや公共料金の支払いに使っていないカードが3枚。
これらの会社に解約の電話を掛ける。
まずA社から。
音声に従い、解約の担当者へとつながれた。
若い男性であった。
柔らかい物腰で、感じのいい対応だ。
敦子も解約ということで、どこか申し訳ない感じで答えた。
担当者の「何か質問がないか」を最後に手続き完了となった。
次はB社。
今度は甘たるい声の女性だった。
さっきと同じような流れだったが、最後に解約の理由を聞かれた。
敦子は「特にありません。」と答え、終了した。
最後にC社。
C社の担当者は先程の女性よりちょっと年が上の感じがする女性だった。
30代半ばという所であろうか。
敦子が解約の申し出をすると担当者は「何か不都合な点が御座いましたでしょうか?」と聞いてきた。
今までの2社は最初にこんな質問はしてこなかった。
「いいえ、特にありません。」そう答えると、また「ではご解約の前に、現在期間限定のサービスについて説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
敦子は「あの、時間かかりますか?」と聞くと、「お時間は取らせません。3分ほどで済みます。」「じゃあお願いします。」
説明を聞いても、解約する気は変わらない。
どうにかして、客をつなぎとめようとするのが見え見えだ。
解約する客にはこう言えと、マニュアルに書いてあるのだろうが、その説明で気が変わった客が何人いるのか。
担当者はひととおり、ペラペラと喋って、こう言った。
「本日解約してしまいますと、ポイントもなくなってしまいます。今月あと1回のご利用で来月への繰り越しとなりますが、いかがいたしましょうか?」
いかがいたしましょうかって?
敦子は段々気分が悪くなってきた。
「すみません、そのサービスはいつまでになるんですか?」
イライラのせいで、余計な事を聞いてしまった。
「はい、来月末までのご利用分までです。」
「でしたら、今月利用なしで、来月使えば、間に合うのですね?」
「いいえ、お客さま、ではもう一度ご説明させていただきます。」
はぁ?もう一度説明?
アンタには時間がたっぷりあるかもしれないけど、私は忙しいのよ。
「でももう先程説明は受けましたよね?」
「はい、そうですが、こちらのサービスの特徴について、お客様がご理解していただけるために、説明をいたしたいのですが。」
なに?つまり私は理解してないということか?
敦子は頭に血が上るのを感じた。
「ではご説明お願いします・・・」
ちょっとイライラした感じを出すために強めに言ってみた。
「はい、ありがとうございます。では・・・・・・」
はぁ~長い。結局さっきの説明と同じこと言ってるじゃない。
敦子は黙って聞いていた。
すると、「お客様、以上でご説明が終わりましたが、どのようにされますか?」
え?どのようにって、何が?どういうこと?なんて答えればいいの?
「あの、どのようにとおっしゃいますと?」
すると今度は相手が黙り込んだ。
敦子も黙った。
何秒たったか知らないが、担当者が口火を切った。
「ではサービス継続でよろしいでしょうか?」
「継続とはどういうことですか?解約はさせてもらえないのでしょうか!?」
敦子は自分でもビックリするほどの声で怒鳴るように言った。
「わかりました、ご解約ですね。先程お客様がご説明を申し出られたので、継続と判断しておりました。」と言うではないか。
敦子は電話を切ってやろうかと思ったが、一転冷静になって
「それは誤解を受けるようなお返事をして申し訳ありませんでしたね。」
と、嫌味たっぷりに言ってやった。
すると、「いいえ、こちらこそお客様のご理解を急ぎまして申し訳ございませんでした。はぁー」
え、えー!!??
今、溜息ついた??
敦子はこんなにバカにした対応は初めてだった。
思えば、解約を申し出た時から、どこかバカにした言い方だった気がする。
この女はカード会社のOL。
1日座っているだけで、毎月結構な給料と年2回のボーナスがもらえる。
そこそこの男を捕まえて、結婚して退くのか居座るのか知らないが、お局様になるに違いない。
もしくは、30も半ば、結婚相手も見つからないが、焦りは見せず、お気楽な毎日を装っているのか。
敦子はこう言った。
「すみません、責任者の方を電話口にお願いできますか?」
担当者は「お客様!何か不都合が御座いましたでしょうか?解約の手続きは速やかにさせていただきますが・・・」
明らかに慌てている。
敦子は黙っていた。
「お客様?聞こえますか?お客様?」
あーうるさい。
「責任者の方をお願いします。」
もう一度言った。
「わかりました。担当の者と変わります。」
そうして、しばらくして責任者と思われる男性が出た。
「もしもし、〇〇様でいらっしゃいますか?お話伺いますので、何なりとお申し付けになってください。」
「そちらで今までの通話は記録されてますか?」
「はい、今までの会話は全て通話記録として残させていただいておりますが。」
「では、その記録を聞いていただいて、最後に担当者の方がため息をつかれた部分があると思います。なので、担当者さまには相当なご負担をお掛けしてしまったようなので、そのお詫びを言いたかっただけです。手続きの方はよろしくお願いします。失礼いたします。」
そして、電話を切った。
敦子はたかだかカードをやめるのに、まさかこんなに嫌な気分になるとは思ってもいなかった。
カードをハサミで力を入れて切り刻んだ。
あの女を切り刻むように。
そして、プラごみの箱にパラパラと振り入れた。
捨てた後に、鋭利になったカードの先が、ゴミ処理の人を傷つけるのではないかと思いだし、ゴミ箱を引っくり返してカードの破片を集めた。
集めていたら、切れ端が左手の中指を傷つけた。
私は傷ついた。
そして彼女もきっと傷ついている。
溜息は許す気にはなれなかったが、丁寧な言葉遣いの中に、日頃の不満や、将来への不安などを隠していたかもしれない。
カードの切れ端を集めて、封筒の中に入れて「キケン」と書いて封をした。
さて、これはプラごみでよいのか?
今度は役所に問い合わせてみようか。
バナジウム 神谷 藤花 @tfmatmrily-01238
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