第25話:暗黒騎士の物語はひとまず序章を終える


 どれほど人々が傷つき嘆きを叫ぼうとも、太陽は素知らぬ顔で今日も昇る。

《ネビュラの森》を一望できる丘の上に、フレイは朝日に照らされながら立っていた。

 ここからでもそこかしこに見える破壊の跡が、フレイの胸を締めつける。


「なんですか? たそがれた顔なんかしちゃって、旅立ちの朝を演出でもしてるんですか? そんな風に格好つけたって、私くらいにしか需要ありませんよ?」

「じゃあなんの問題もねえじゃん」

「……バカ。素で返さないでください」


 頬を朱に染めつつそうぼやくのは、旅支度を済ませたミクスだ。

 旅支度と言っても、荷物のほとんどを《影の道具袋》に仕舞い込んでいるため、防寒用のマントくらいでしかそうとは判別できないが。その隣では同じく防寒用のマントを羽織ったリオが、やや眠たそうにまぶたを擦っている。


「クヨクヨするのも大概にしなさい。自分はなにもできなかったくせに、貴方の力に怖気づいて難癖をつけることしかできない連中の言葉なんて、『雑魚が吠えてやんの』と笑い飛ばしてやればいいんですよ」

「そう簡単には割り切れねえよ。この惨状は俺が招いたも同然だし、そのせいで二人も――」

「ストップ」


 フレイの唇に人差し指を当てて、ミクスは言葉を遮った。


「もうその話も終わったでしょう? 元々すぐに森を出るつもりでしたし、フレイが負い目に感じる必要はなにもありません。それに追放と言っても、二度と帰って来れないわけでもないですしね」


 三人が立つ丘は、帝国へと向かう山道の入り口。

 なぜこんな場所にいるのかというと、三人はネビュラの森から追放されたためだ。


 ――勇者の襲来による大惨事から、十日が経過している。

 その間に避難した民たちが戻ってきて、同胞の亡骸を手厚く葬り、破壊された建物の修繕や仮住居の建設など、復興作業に取りかかっていた。

 そしてドラグ族で唯一人生き延びたという、族長の息子を中心に会議が開かれ、そこでフレイは一件の責任を追及された。

 勇者を招き寄せた疑い、そして赫炎の怪物と化して破壊の限りを尽くした罪で。

 なにせ自分の部族がほとんど皆殺しにされたのだ。ドラグ族の青年は半狂乱になってフレイの死刑を要求し、他の族長たちからも賛同の声は多く上がった。


 ……が、その一方で、フレイを擁護する声も少なからずあった。


 実は隠密に長けた部族の者が勇者の行動を監視しており、暗黒騎士となったフレイの戦いも一部始終見届けていたのだ。

《ダークの民》は己が邪悪を御する強き意志を誇りとする一族。それ故に、強大にして邪悪な赫炎を御したフレイを真の戦士と認め、勇者を倒した功績に報いるべきと主張する声は、ドラグ族族長の息子といえども無視できないものだった。

 議論の結果、フレイたちはある「任務」を与えられ、それを達成するまで森からの永久追放が判決として下された。


「ふあ……確か、帝国に助けを求めようとしたら、関所で追い返されたんだっけ?」

「それも、関所の使、ですね」


 王国独自の技術である魔導機を、遥か遠方にある帝国が本来所持しているはずはない。

 つまり帝国……少なくとも山を挟んで隣接する領地の領主が、王国と通じている疑いが浮上したのだ。転移装置まで有する王国の魔導科学なら、有り得ぬ話ではない。

 この事実関係を調べ、場合によっては帝国を治める皇帝に直訴するのが、フレイに与えられた任務である。フレイがもう王国とは無関係だと潔白を証明するためにも、気を引き締めてかからねばならない。


「めんどーなおつかいなんかさっさと済ませて、帝国の旅を楽しまないとね! あたし、とりあえずご飯の美味しいところに行きたいなー!」

「おつかいって……そんな軽い話じゃねえと思うんだが」

「軽い話でしょう。あのビビリトカゲに押しつけられた無理難題なんて、テキトーにチャチャッと片づけてしまえばいいんですよ。邪魔する輩は手段を選ばず蹴散らして、後始末は偉い人にでも押しつけて、私たちはブラリ帝国の旅を楽しませてもらうとしましょう」


 気を引き締めてかからねばならない、はずなのだが。

 ミクスとリオはこうやって、全く大したことではない風に言う。

 今回の騒ぎで二人にはなんの責任もないのに、フレイの巻き添えも同然で追放されたというのに、フレイを責めるどころか実にお気楽な空気だ。

 追放のことを別にしても、フレイは国だって軽く滅ぼしかねない怪物を宿した、神に牙を剥かんとする暗黒騎士なのに。

 まるで変わらない二人の態度に、フレイも思わず肩の力が抜けてしまう。


「それにですね、フレイ。貴方が放ったあの赤い炎は、必ずしも無益な破壊ばかりを振り撒いたわけではなかったようですよ」


 そう言ってミクスは森の一角を指差す。

 そこは三人でバーベキューをやり、魔物化したバルゴスに襲われ、勇者との決戦の場にもなったあの場所だった。


「変わり果てたバルゴスの他にも、魔物による被害で汚染された場所が森にはいくつもありました。そこを回って見たんですが、どこも赤い炎で焼き尽くされていました。汚染ごと、綺麗サッパリとね」

「それって、まさか――」

「はい。汚染のために朽ちた大地もこれで……まあ長い時間はかかるでしょうが、いずれ蘇ってまた花を咲かせます。森全体もそう。私たち人やモンスターがどれだけ争い森を傷つけようと、時の流れと共に大地は何度でも自然を育むことでしょう。大自然の歩んできた歴史からすれば、私たちの行いなど小さな轍に過ぎないのです」

「…………く、くはっ。なんだ、そりゃ」


 詩でも詠うようなミクスの口ぶりに、堪え切れず噴き出す。

 なんというか、壮大な話で煙に巻こうという感じがバレバレだ。

 でも、そうしてこちらの気持ちを軽くしようとしてくれる心遣い自体に、十分すぎるほど救われた。

 二人に習い、後悔も懊悩もひとまず明後日に放り投げて、フレイは悪い顔で笑う。


「そうだな。クソ女神っていうでかい獲物の狩りを控えてることだし、仇討ちを横取りされたとひがんでる次期族長様のおつかいなんて、パパッと終わらせますか。俺個人としても、巨大な地下遺跡なんて代物にはこう、心が震えるモンがあるしな」


 フレイの中に宿る、邪龍《ヴァーリ・ド・ラース》に縁があるという地下遺跡の街。

 そこに行けば、赫炎の力を最大限に引き出すヒントが得られるかもしれない。

 なにせ、自分が殺そうとしている相手は腐っても神だ。

 今のままで勝てると思うほど、フレイも楽天家ではない。


(森を滅ぼしかけた勇者も、所詮は女神の玩具に過ぎない。とはいえ、そうすぐに「次」を用意するわけにはいかないはずだ)


 女神が遣わした光の使徒、などと大仰に銘打った勇者の称号。

 それをポンポンと気軽に補充しては、勇者と女神の「有難味」も落ちる。

 赫炎の中で垣間見た記憶や勇者の人選から考えても、女神は国民の安心より己の体面と利益を最優先にするだろう。

 わざと国民の不安を煽って信仰に縋らせるためにも、新しい勇者の登場まで間を置くはず。

 つまり、こちらも「神狩り」の準備をするなら今のうちということだ。


「そんじゃまあ、行きますか」


 名残惜しさを振り切って、フレイは山道へと足を踏み入れる。


「ええ、行きましょう」


 ミクスがその右隣に陣取り、桜色の指輪が輝く左手で腕を組む。


「さあさあ、行きましょー!」


 そしてさらに、リオがフレイの左腕に抱きつくようにして並んだ。


「あの、リオさん? そんなにくっつかれると困るといいますか……ミクスはほら、アレだし。一応、俺のお嫁さんだし。指輪も送ったし。その隣で別の女と腕を組むのは、ちょっと俺が控えめに言っても最低のクズ野郎になるかなって……」


 暗黒騎士になって勇者を倒したりしても、ヘタレは治らなかったらしい。

 フレイは腕全体に伝わるピチピチの感触で挙動不審になりつつも、ミクスの伴侶としての自覚でもってどうにか踏みとどまり、やんわりリオに離れてもらおうとする。

 すると二人はまた大したことでもないように、とんだ爆弾発言を落としてきた。


「んー。せっかくだから、あたしもお嫁に貰ってもらおうかと思ってねー」

「そういうわけでして、リオも娶ってあげてはくれませんか?」

「二人とも軽っ!? ちょっ、いいの? そんなノリで結婚決めて! つーかミクスの立場的には普通、嫉妬して俺にお仕置きするか、リオと俺を取り合う流れなんじゃ――はっ! まさか二人はそういう関係で、最初から俺を結婚のためのダシに……」

「なに馬鹿なこと言ってるんですか貴方は。確かにリオとは家族も同然の仲ではありますけど、どちらかといえば手のかかる娘か妹感覚ですよ」

「あたし、フレイのこと結構好きだよ? 命の恩人だし、強いし、ミクスとも違った面白さがあるし……うん、フレイの子供なら孕んでもいいかな、ってくらいには好きかな。それにあたしもミクスと同じで、他に嫁の貰い手なんていないしねー」

「第一ダークの民では、二人や三人の妻を娶るのは別段珍しい話でもありませんよ? 優秀な血を残すには理に適った手段ですし、多くの妻を養えるということは戦士として、一匹の雄として優れている証になります。まあ昨今では、妻の方が主導権を握って一人の夫を共有するケースが主流ですが」

「Oh……」


 なんという価値観の相違。これがカルチャーショックというやつか。

 衝撃のあまり脱力したフレイの隙を突き、ミクスとリオがさりげなく距離を詰めてくる。

 趣は異なれども極上なのは同じ感触と芳香に挟まれ、なんかもう旅が始まる前に終わってしまいそうだ。昇天的な意味で。

 彼女いない歴=年齢だった自分が、気づけば両手に花嫁である。


(なんつーか、遠くまで来たもんだなあ)


 フレイは最後にもう一度だけネビュラの森を、その向こうに広がる青空を振り返った。


 …………本当に、随分と遠くに来てしまったものだ。


 映画なら画面の端っこで人知れず死んでいる脇役のような、どこにでもいる普通の平凡な人間のつもりでいた、あの頃から。

 両親を惨殺し、異世界に転生してからも血生臭い道を自ら歩んできた。

 どうしようもない己の邪悪さを思い知り、絶望さえ覚えた。

 けれど今は、自分で選んだ道だと納得している。納得できている。

 主人公どころか真っ当でさえないこんな自分だけど、生きていこうと思うのだ。

 たとえ血塗られた道でも。行き着く先が天国ではなくても。

 手を繋いで一緒に歩いてくれる人が、こうして二人もいるから。

 燃える憤怒と、自分が信じる温かな想いを胸に、走り続けよう。

 走り抜けた先のいつか、燃え尽きたこの命が母なる自然へ還る、そのときまで。





《暗黒騎士》、そしてその伴侶たる《星の魔女》と《狼女帝》。

 世界を滅ぼしかけた赫の怪物として、あるいは世界の歪みを正した黒き英雄として。

 やがて三人が冠する称号は後々の世にまで語り継がれることとなる。

 それは血と罪に彩られた、光を喰らう闇色の英雄譚。









「とりあえずあたし、子供は三人くらい欲しいかなー」

「キマイラ族復興のためにも、たくさん産まなければいけませんね。……今晩から頑張ってくださいね? あなた」

「……が、ガンバルマス」


 しかして、その険しき旅路へ足を踏み入れる彼らの表情は、悲壮感とは無縁の明るいものだった。

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俺が暗黒騎士に転職して人外嫁と結婚するまでの話 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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