第5話 人魚の恋

竹下は優衣を送って家の玄関を開けると大祐がリビングのソファに座っていた。

「お帰り。」

「ただいま、居たのか。」

「うん、出掛けるのやめた。それよりびっくりしたぁ兄貴いつのまに彼女なんて作ってたんだよ、あれから誰とも付き合おうとしなかったのに。」

  大祐は嬉しそうに話す。

「付き合い始めたのは最近だよ。別に今までは試験とか仕事初めで余裕が無かっただけだ。」

「ふぅん、やー、でもめでたい。看護士の人?」

「いや、俺の患者さんだったんだ、少し前に事故で運ばれてきて。」

  大祐は陽気に続ける。

「うわっ、なんかやらしいなー。でも随分大人しそうな人だったね、恥ずかしがり屋さん?」

  竹下はキッチンでお湯を沸かしながら話す。

「あぁ、優衣は失声症で話せないんだ。耳は聞こえるけど声が出ない。」

  大祐の顔が強張る。

「何それ?まさか由梨さんと同じ病気?」

「違う、由梨のは機能的な障害で話せなくなったから失語症で、優衣は精神的な影響で声自体が出ないから失声症って言う。」

「どっちにしろ書いてコミュニケーション取ってるんだろ?じゃあ返って忘れられないじゃない?何か名前も似てるし。」

「そんなん偶然だ、それに性格は全然違う。」

「そりゃそうだろうけど…」  

  竹下は静かにつぶやく。

「元々忘れられるはずがないんだ。」



家に帰った優衣は寝ようとベットに入ろした時に携帯のメール着信に気付いて携帯を見ると麻由美からのメールが着ていた。

麻“報告どうも!!やっぱりこれは今まで頑張って来た優衣のご褒美だね。今度ちゃんと紹介してね~優衣の彼。”優衣は愛しそうに文面を見て目を閉じて携帯を胸に当てる。

 

大学の図書館で試験の勉強をしている大祐の所に麻由美の妹の薫が歩み寄って話しかける。

「どう?進んでる?」

「おー、いや、もう腹へって集中切れた。何か外に食べ行こう?」


二人が通う近くのラーメン屋大祐と薫はラーメンと餃子をオーダーして話す。

「こないださ、兄貴の彼女に会ったんだ、家に遊びに来てて。」

「ふふ、大丈夫だった?」

「何が?」

「大ちゃんお兄ちゃん大好きじゃない。」

「まぁ…(亀髪を掻く)でも彼女が出来たのは良い事だと思うけど、ただ、」

「うん?」

「兄貴さ、実は三年前に付き合ってた彼女を病気で亡くしてるんだ。その人が舌癌だったんだけど舌(自分の舌を指す)の手術とか放射線とかの治療の影響でうまく話せなくなって、長い間殆ど筆談で話してた。んで、こないだ会った彼女が全く話さなかったから何かおかしいなと思ってたら、失声症って言う病気で声が出ないんだって。」

  薫は大祐をじっと見るがその時注文した物が運ばれて来たので大祐は気付かない。

「よし、食べるか。」

「うん、それで?」

  二人は食べながら話す。

「それで、兄貴その亡くなった彼女…由梨さんって言うんだけど、すごい好きで結婚の約束もしてたから、亡くなった後は殆ど何も食べなかったりして家族全員で心配してたんだ。それから誰とも付き合わなくて、やっとできた彼女がその人。なーんか腑に落ちないんだよね、病院で出会ったって言うし名前も似てるんだ。えーっと、ゆ…み?いや、」

「優衣?」

「そう!知ってんの?」

「大ちゃんのお兄さんってあそこの大学病院で働いてたよね?」

「うん…」

「優衣ちゃんは家の麻由の高校時代からの親友だよ。そっか、優衣ちゃん大ちゃんのお兄さんと付き合ってるんだ。」

  大祐は少し目を泳がせてため息を吐く。

「世間は狭いな。っていうか俺が勝手にこんな風に言ってるだけで兄貴はちゃんとその、今の人の事好きだよ。最近すごい楽しそうでご機嫌なんだ。鼻歌なんか歌っちゃってさ、オンチなのに。」

「うん…亡くなったのは三年前?」

「その位。まだネット上に由梨さんのブログあるからそれ見れば分かるけど。あの、なんでその彼女は声が出ないか知ってる?」

「さぁ、あたしもよくわかんない。会った時からだったから。」

  大祐ははぐらかすような薫を伺う。

「二人はうまく行ってるんだからこういうの言わない方がいいよね?」

「そうだね、優衣ちゃん傷ついちゃう。あたしだったら絶対嫌だもん。」


麻由美の看護士寮で仕事が終わって晩御飯の支度をしていると麻由美の携帯が鳴った。

「もしもし薫?珍しいじゃないあんたからかけてくるなんて。何かあった?」

  薫は自分の部屋でベッドに座って電話をかけている。

「うん、優衣ちゃんの事何だけど…」

  事の経緯を薫から聞いて麻由美は不安そうにする。

「それって偶然にしてはちょっと…」

「私もそう思って。でもやっぱり優衣ちゃんには言わない方がいいよね?」

「そうね…優衣が幸せなら。でも後で分かる事かな?あーやっぱり分からない。また近いうちそっちに帰るからその時の優衣の様子で考えてみる。うん、ありがとう、じゃあね。」

  麻由美は電話を切って悪態をつく。

「もうっ!」



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