第2話 入院

病院の職員用休憩室竹下はコーヒーを入れながら敦子と話す。

「前、精神科に研修行った時は失語症の患者さんって躁鬱病とかと併用するケースとかもよくあったんだけど、西原さんは受け答えもしっかりしてるし、精神的不安定にも見えないのに。」

「実際明るい方だと思います。失声症な事自体あんまり気にしていない様に見えますけどね。

「精神科の通院も無い。でも声が出なくなったのはもう十年以上前みたい。」

  竹下は驚いて敦子を見る。

「10年以上も!?」

「そう、でもはっきりした時期は本人もよく分からないって。」

「いつから声が出なくなったのか分からないって、そんな事ってあるんですか?」

「さぁ。そういえば、ご家族の方来てるの見たことある?」

「そういえば…。お父さんは病気で亡くなって聞きましたけど。」

「そんな事まで話したんだ」

「聞いたんです、質…問欄に書いてあったから」

「外傷の患者さんだからあれ全部聞かなくていいのよ。」

「ですよねー。」


病院の廊下で病室に戻ろうとする優衣に一人の女性が声をかける。

女「すいません、ここの病棟の売店ってどちらか分かりますか?」

優衣はボードを持っていなかったので、

慌ててノートとペンを取り出す。

女「あっ、いいんです、大丈夫。すいません。」

  優衣はペコリと返して、顔を上げると竹下がこちらを見ていた。何もなかったように彼は話しかける。

「西原さん、今から傷の糸取りしましょう。」

  傷の糸取りの跡、竹下は左手を見る。

「左手はリハビリが必要かも知れませんね。」

  優衣は自分の左手を見た後、竹下を見る。すると竹下が優衣にノートとペンを差しだす。

「痛かったですか?」

  優衣は少し驚いて、首を振って受け取る。

優衣(直りますか?仕事で手を使うので)

「感覚はあるし大丈夫と思いますけど、細かい手作業ですか?」

(食品関係の工場です。)

「一応後でまた田中先生に診て貰いましょう。…他に何かありますか?」

  優衣は一度竹下を見て、ノートに書く。

(夜になると傷が痛むので、痛み止め欲しい)

「もう無くなったんですね、追加しておきます。」

  優衣は唇を“ありがとう”と動かす。

  竹下はハッと表情を止めて優衣を見ると、 

  優衣の耳下にある擦り傷辺りに触れる。

「これ、痛くないですか?」

  優衣はゆっくり首を振る。竹下は引き出しを開けてガサゴソする。

「軟膏塗っておきましょう。」

  優衣の退院当日、検査の帰りに敷地内を歩く優衣と竹下。

「今日で退院ですね、仕事はすぐ始めるんですか?」

(来週から)

「それまで、何するんですか?」

(家でゆっくり)

  竹下は立ち止まって優衣に向き直る。

「また会えますか?」

  優衣は訳が分からず竹下を見返す。竹下は自分の電話番号とラインIDの書かれたメモを渡す。

「よかったら連絡下さい。」

  優衣は渡されたメモをじっと見る。

「じゃあ僕はこれから手術なので。気をつけて帰って下さい。」

  竹下はその場を去り、優衣はそのメモをポケットにしまって歩き出した。

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