第4話 君は誰

二人は映画を見終わった後、映画館から出る。

「本当にこういう映画でよかった?」

  優衣は首を傾げる。

「や、なんか女の子ってラブストーリーとかが好きなイメージだから。」

  優衣は歩きながら携帯を打って話す。

(小説でも恋愛系あんま見ないよ。)

「そうか、ちょっと意外。」

(この映画よかった)

「うん、最後感動した。」

(ちょっと泣いてたね)

「俺?見てたの!?」

(うそ)

  竹下はほっとする。

「そうだよ。泣いてないよ。」

(でもちょっとうるうるしてた)

「見てたんじゃん!」

  二人はくすくすと笑いあう。

「左手はもう痛まない?」

(平気 もう普通に仕事もできる。)

「よかった、気にしてたみたいだから。」

(怖かった、使えなかったら生きる道が無いから)

「生きる道ってそんな大げさな。まぁ手は大事だけど命を取られた訳じゃないんだから。」

(でも働けないと生きていけない)

「そうだね、けどそういう人たくさん居るよ。大丈夫、そんな死なないから。」

  優衣は少し考え込むように下を向く・

(今回の件で思った もしもの時の為に臓器提供の登録しとこうかなって どこにいけばいいか知ってる?)

  竹下は少し傷ついた様に俯く。

「…あれはどっかに書いておくだけでよかったんじゃないかな。今はインターネットからもできるみたいだよ。」

(してみる)

  竹下は少しの間黙り込む。優衣も急に黙り込む竹下に戸惑う。そのまま歩いて優衣の家の通りの公園に差し掛かった所で竹下は優衣に向  き直る。

「あの、俺と付き合ってくれませんか?」

  優衣は驚いて呆然とする。

「いや、こんな今日言うつもりじゃ全然なかったんだけど何か今急に居なくなったらどうしようって。」

  竹下は優衣を見つめる。

「あなたが好きなんです。」

  優衣は信じられないといった様子で戸惑う。

  そしてハッと気付いたように携帯を打っって俯いている竹下の前に翳す。優(私のどこが好き?)

「好きな所?」

  優衣はうなずいてまた携帯を打つ。

(十以上言える?)

「えっと、誰に対しても親切な所とか、可愛いし…」

(ノーカウント)

「えっ!何で?」

(私より奇麗な人はごまんといる。)

「…そうかな?」

  竹下は困り果ててしまう。

(私も十は言えない)

  優衣はさらに文字を打ち込む。

(だからゆっくりでいいなら)

  竹下は一瞬を見て横を向くと、また確認

  する様に画面を見つめて、静かに大きく

  息を吐く。そして優衣の両手を取って額

  をくっつける。

「よかった。」

  

優衣は竹下と別れてから、落ち着かずに部屋の中をぐるぐると歩き回る。時折自分の携帯を開けては閉めたり、自分の髪を引っ張ってみたりした後、自分の胸に手を当てて目を閉じる。


竹下のマンションの部屋二人はスーパーに寄って食料の買出しをしたので買い物袋を持っている。竹下が鍵を開けて優衣を中に入れる。

「どうぞ、いつも弟いないから遠慮しなくていいよ。」

   部屋の間取りは個室2つとリビングに面したキッチンがある。

「大学生なんだけど今の時期国試の勉強で忙しいんだって。」

  優衣は首を傾げる。

「あぁ、国家試験、歯科医師になるんだって。でもあいつ昔虫歯いっぱいあってしょっちゅう歯医者行って泣きながら帰ってきてたんだ。今もたまに虫歯できて行ってるし、そんなんが歯医者になっていいのかね。」

  優衣は買出しした袋から材料を出しなが

  らクスクス笑う。

「よし、じゃあカレー作ろうか。」

  優衣は置いてあるカレー粉をじっと見る。

「それ友達からインドのおみあげで貰ったんだよ。」

  優衣はノートに書く。

(辛いのが好き?)

「んー、優衣は?」

  黙りこむ優衣。

「…今日は甘い感じでいこっか!」

  優衣は首を振る。

(辛く)

「でも甘い方が好きなんでしょ?」

  優衣はすばやく書いてノートを自分の胸の前に持って来て見せる。

(インドのオリジナルで)

     煮込んでいる途中、竹下が味見した。

「うん、いい感じ。」

  竹下は味見した小皿を優衣に渡して促す。優衣は口に入れると少ししてから口を開けてハッハッと呼吸すと竹下が直ぐに水を渡す。

「蜂蜜入れよう!蜂蜜!コクがでるよ。」

   二人はカレーを食べて、竹下の部屋でDVDを見ていた。

   映画の途中竹下が優衣をじっと何か訴ったえる様に見てきたが、優衣は首を傾げて、自分のお腹に手を当てて口だけで言葉の形を作    る。

 (お、な、か、い、た、い?)

  竹下は読み取ったが首を振ってクスリと笑う。

「何でもない。」

 

夕方になって優衣は帰り支度をして竹下とリビングに出た所で玄関の扉が開いて竹下の弟・竹下大祐(25)が帰って来

  た。

「ただいまーっ、と、お客さん?」

「おかえり、今日早かったな。あぁ、彼女の西原優衣さん、付き合ってるんだ。」

  大祐は一瞬驚きに固まる。今度は竹下は優衣に紹介する。

「優衣、弟の大祐。」

  優衣はぺこりと頭を下げる。

「あ、どうも、こんばんは。あの、ゆっくりしてって下さい、俺またすぐ出掛けるんで。」

  優衣は言葉を返せないので竹下を見る。

「今帰るところなんだ、遅くなると危ないから。駅まで送ってく。」

「うん、兄貴をよろしくお願いします。」

  優衣は少し恥ずかしそうにお辞儀をする。

「ははっ、じゃあ行って来る。」

「また後で。」


竹下の家を出て二人は人気の無い道を歩く。優衣は右手に持つ携帯で竹下に話しかける。

(彼女)

「ん?」

  優衣ははにかむ。

(初めて)

「始めて?付き合うのが?」

  優衣は竹下を見ながらうなずく。

「お、光栄だな。」

(ひかない?)

「ううん、嬉しい。」

  竹下は優衣の開いてる左手を取って手を繋ぐ。二人で橋を渡っている時竹下が切り出す。

「こないだのさ、好きなとこを10教えるってやつ。」

  竹下は手を離して優衣の正面に回る。

「急にうまく言葉に出来なかっただけで、ちゃんとあるよ。」

  竹下は大きく息を吸い込む。

「ひとーつ、病院にいた時俺のアホな質問を庇ってくれた優しい所。」

  優衣は思い出して微笑む。

  竹下は少し恥ずかしそうに横を向く。

「ふたーつ、清潔感がある所。なんかいつも風呂上りって感じで。」

「三つ、なんかよく笑う所が同じな気がする。最近面白い事があるとすぐ優衣に話したくなる。」

  竹下は一呼吸して続ける。

「四つ、柔らかいのに凛としてる雰囲気。」

「五つ、少しずつだけど会う度に俺だけ色んな表情を見せてくれるとこ。きっと元々感情豊かなんだと思う。」

「六つ、繊細なとこ。優衣がたまに送ってくれる風景の写メで、今はこんなに空が奇麗なんだとか思って窓の外を見る。まぁ、鈍いとこもあるけど。」

  最後のパートはボソッと早口でつぶやいたので優衣はよく分からず手を自分の耳に翳して、“えっ?”というポーズをとる。

「何でもないよ。ななーつ!入院してた時から俺は担当だから手当てとか心配とかするけど、その度にいつもありがとうって言っててくれてて癒されてた。」

「八つ、意外に度胸がある所。俺が躊躇ような所も優衣は何でもないようにしてて、尊敬してる。」

「九つ、…辛い事があったんだと思う、声が出なく位。でも優衣は自分に出来ることを探して、頑張ってる。」

  竹下は優しく優衣を見る。

「これが最後だけど、やっぱりこれは外ない。可愛いところ! 優衣は他にごまんといるって言うけど、でも俺には優衣が一番可愛い。」

  優衣は少し鼻をすする。

「だめかな?」

  優衣は竹下に歩み寄って強くしがみつく。

   竹下は泣き声の代わりに大きく息を吐きだす優衣を抱きしめ返す。

「もう離れないで。」


彼が最後に聞こえるか聞こえないかの音でつぶやいたその言葉だけが、少しだけ引っかかった。

 



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