ドッグファイト・レース

三色アイス

第1話 ドッグファイト・レース

第2次世界大戦の終結。

航空機技術を大きく発展させたこの戦争。

その終わりは新たなる戦争の始まりでもあった。

冷たい戦争といわれた新兵器開発の競争と言う銃弾の飛ばない戦争である。

それは各陣営の相手に対する恐怖心をあおる事で膨大な予算を消費し続けた。

何も生産しない、何も破壊しない、ただ安心を買う為の使われない兵器達。

そんな中、軍事予算に悲鳴を上げたある国があった。

この兵器で何か生産的な事は出来ないか。

特に資金が獲得出来るような。

そんな悩める役人がある男とであった。

元自衛隊のパイロットでエアレーサー兼アクロバットパイロット。

かつてその技量からミスター・ジークと米空軍パイロット達に称された彼。

零戦のコードネームを送る事で最大の賛辞とされた彼。

彼が提案したのだ。

ドッグファイトを見世物にしたらどうだと。

それもレースをしながら。

ドッグファイトとは空中戦が犬の喧嘩のように互いの後ろを取ろうとする姿をさして名付けられたもの。

そしてレースは相手より前に出なければならない競技。

勝利条件が矛盾する。

先を飛べば撃たれて撃墜されて負け。

後ろにいては相手に先にゴールされて負け。

始めはエアレースの余興としてアメリカの大会で前座として行われた。

話題つくりの為、ミスター・ジークが零戦に乗り、P51マスタングに元空軍のエースパイロットが乗って対戦した。

これが最初のドッグファイト・レースとなった。

勿論、これでは軍事予算の補填にはならない。

この零戦対マスタングの後が本命であった。

当時退役が始まっていたF86セイバーを持って来たのだった。

旧式機といってもジェット戦闘機。

その迫力は段違い。

その分速すぎて観客の視界からすぐ消えてしまうが、会場に設置されたテレビにカメラ中継され、コックピット視点、レースの各通過チェックポイント、そして追跡する複数の視点の映像が楽しめた。

これ以降、退役し払い下げられた戦闘機を使用してこの競技は続けられていく。

そこには軍のイメージアップ戦略や、航空機メーカーの宣伝等の大人の事情も絡みまくっているが多くの競技者を生んでいった。



「えー、お前それにすんの?

ドラケンって悪役機じゃん、空中騎士団の」


横で驚きの声を上げる友人を一瞥すると、手続きカウンターの画面に目を戻し、再び入力を再開する。

身長は180センチ位だろうか。

あまり手入れされて無さそうな短い黒髪に童顔な顔。

ここ、県立厚木航空高等学校にいる以上高校生の筈だ。

しかし、身長はともかく顔だけなら中学生でも通用しそうだ。

不機嫌そうな表情だが、あまり怖いとか迫力は無い。


「アニメのモデルってだけだろ。

だいたい炎の一角獣(ファイアーオブユニコーン)のテイルレターを入れられた機体で、ウチの学校にあるのはコイツだけなんだからしょうがないだろ」


画面から目を離さず無愛想に少年は言う。

横の友人はそんな態度にも気を悪くもせず更に話かける。


「ファイアーオブユニコーン?

何だよ、それ?

どっかのチームか?」


ようやく入力が終わったのか、友人の方に向き直りながら少年が言う。


「わかんなきゃそれでいいよ。

たいした事でもないさ。

それより、お前の方は機体登録済んだのかよ、雄二」


友人の方が笑いながら言う。


「俺はとっくに済んでるさ。

お前みたいに倉庫に入っているような予備機じゃないからな。

ウチの定番だけどファントムにしたから」


怪訝そうな顔で少年が聞く。


「おいおい、後席のあてはあるのか。

そりゃあドッグファイト・レースは機関砲メインだけど、レーダ要員がいないと色々不便だろう」


雄二と呼ばれた友人は得意げな顔をして、胸をはりながら言う。


「当然。

昨日ウチのクラスの三咲ちゃんにお願いしたら、OKしてくれちゃったりすんのよ、これが。

いいだろう、うらやましいだろう」


少年は一瞬、あっけにとられた表情で固まったが、すぐに笑顔になって言った。


「まったく、やってくれるな、雄二。

うらやましくてたまらんから部活の後、なんかおごれ」


雄二の胸に拳をあてながら言った少年に満面の笑みを浮べて返す。


「いいぜ、今の俺は寛大で機嫌がすこぶるいいからな。

じゃあ、さっさとハンガーに行くぞ、愛しの三咲ちゃんが待ってんからよ」


歩きだした雄二に横に並びながら少年は言った。


「その三咲ちゃんの前で恥かくなよ。

一応言っておくが手加減しないからな」


雄二は笑みを崩さず言う。


「おいおい、ファントムはマッハ2クラスだぜ。

うちじゃあ、最速クラスだ。

いくら巧ががんばったって、根性じゃあ推力は上昇しねえぞ」


少年、矢上巧(やがみ たくみ)はニヤリと笑って言った。


「推力の差が絶対なものじゃ無い事を教えてやんよ」


その言葉に少し驚きの表情を浮べた後、再び笑みを浮べた雄二。


「いうねえ、巧君。

良いだろう、勝てたら厚木家でラーメンおごちゃる」


そんな雄二に巧が言う。


「後悔すんなよ、その言葉」


そうして愛機の待つハンガー向う二人だった。





「厚木基地管制、こちら厚高05、06と共に離陸申請します」


巧の交信に基地管制が応える。


「こちら基地管制、レース部だな。

了解、離陸許可します。

カウントダウンは開始していいか」


管制の問いかけに巧が応える。


「厚高05、いつでもどうぞ」


続けて雄二が応える。


「厚高06、お願いします」


二人の返答を受けて基地管制が交信する。


「基地管制より厚高05,06。

カウントダウン開始。

5、4、3、2、1、ゴー」


すでにエンジンをふかし、ランディングギアのブレーキでかろうじて滑走路に止まっていた2機がすぐに動き出す。

車のドラッグレースなどの様に派手なホイルスピンなども無く、エンジンの轟音はすごいものの、一見地味なスタートである。


「何、もう浮かぶのか」


滑走路の3分の1も来ないで、先行して機首を上げて浮かび上がるドラケンに、雄二が驚きの声を上げる。


「雄二君、V1」


後席の三咲が雄二に注意を促す。

V1は離陸を断念出来る最高速度。

これ以上スピードが出るとトラブルが発生してもとりあえず離陸しなければならない。

恐らくドラケンに驚いて、大気速度計から目をはなしてしまっているであろう雄二に警告したのだ。


「了解、VR」


雄二もすぐに計器に目を落とし離陸に集中する。


「V2、離陸。

三咲ちゃん、巧は」


離陸上昇をかけるファントムの前方視界にドラケンがいない事で、レーダー要員の三咲に聞く雄二。


「前方2時30分。

速いよ、もう高度3百で水平飛行。

第一チェックに向ってる」


その報告に表情をゆがめる雄二


「おいおい、推力じゃあこっちが圧倒的な筈だろう。

なんだよこれ」


結局、驚いてペースを乱された雄二達は巧に先行されたまま練習を終わるのだった。




厚木航空高等学校にほど近いラーメン屋、厚木家。

そこに学校帰りの巧と雄二がいた。


「どうなってんだよ、巧。

やたら速いだろあのドラケン」


雄二の問いかけに済ました顔で巧が答える。


「別にノーマルだぞ、あれ。

元々国土の狭い国用に短距離離着陸の性能が重視された設計だからな」


そんな巧に雄二が更に言う。


「それにしたって最高速じゃこっちが上の筈なのによ」


そんな雄二に巧が正面から見ながら言う。


「今回は雄二の油断が最大の敗因。

確かに最高速度も推力もファントムが上。

でもドラケンはその分軽いんだよ。

それに今回雄二は通常の離陸をしていたろ。

こっちは前足を最大に伸ばして、ただでも短い離陸距離を最短になる様にしていたんだよ。

飛行機ってのは浮いてナンボ。

ギアアップするだけでどんだけスピードがあがるよ。

先輩たちも良くやってんだろ、脚上げ競争。

だれが一番速くギアアップできるかの競争。

あれはただの遊びじゃ無いんだよ」


そこまで言われてやっと自分のミスに気がつく雄二だった。


「まあ、次はこんな簡単にはいかんと思うが、今日は俺の完勝だな。

ドラケンは思った以上にいい機体だったし、明日の部活も来週の新人戦も楽しみだよ」


そんな巧に雄二は笑みを浮べて言う。


「まあ、確かに今日は俺の慢心負けだな。

でも負けっぱなしは性に合わん。

次は全力で勝ちに行く」


負けじと笑みを浮べて巧が言う


「ああ、受けてたつぜ。

でも俺は負けてもおごらんからな」

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