第13話―初めての相棒―
「ど、どういうつもり!?」
エンリが笑顔で俺を主と呼んだ後、次に叫ぶように言葉を発したのは母であった。
俺もその予想外の反応にビクリと身体が一瞬浮いた。
「契約したから、主は主。へへ、別の呼び方のほうがいーい?」
「そうじゃなくて……!」
母の言いたいことはイマイチ伝わっていないようでいて、その実エンリはどうやら的外れな答えをワザと返してるように見えた。
それにしても、コロコロと表情を変え、すっかり雰囲気は明るくなったエンリ。
これが本来のエンリの姿なのだろう。
とても、ドッペルゲンガー特有の演技などではなく、自分自身を自然に振舞っているように見えるからだ。
それにしても主あるじか。
そうか、俺がエンリの契約者になったのか……。精霊と、契約のことについてはまだまだ詳しくないのでとりあえず保留だ。
万物は魔力を持っている。
俺がどれだけの魔力を持っているのかはわからないが、エンリの元気な姿を見れば大丈夫そうだ。
マジマジと眺めていた俺に気付いたのか、エンリはこちらへ近寄り――一瞬にして幼い少女へと化けた。
「お兄ちゃん、って呼んだほうがいい?」
栗色の髪に、柔らかそうな頬。全体的にふんわりとした幼女である。
そして上目遣いで、幼い声で言われ、俺の胸の鼓動は高まった。
「ふむ、良いかもしれない」
「だーかーらー! ちょっと待ちなさーい!」
なんやかんやのおフザケは、エイリーネの怒号で終わりを告げた。
俺が何かに目覚めそうになるのもどうやら無事で済んだようだ。
今のやり取りから、エンリとは上手くやっていけそうだと、俺は確信するのであった。
「エンリ、貴方のした契約は、どういうものかわかってるの?」
エンリ、俺、エイリーネ。
三人が三角形で向かい合うように薄暗い洞穴の中で座っている。
その話の内容は、先程の俺とエンリの契約の話らしい。
「わかってるよ、アタシの全ては、主のものになってるってことでしょ?」
元の姿へと戻ったエンリがにやりと笑いながら言う。
精霊との契約は、だいたいが精霊の有利な条件で交される。
人間側には多大なメリットがあっても、精霊側には特に何もないからだ。
前に云ったように行動範囲が縛られないというのもあるが、わざわざ人間と契約して自分の住む場所を離れようとする精霊はいない。
そんな背景から、人間は何かしらの対価を支払って精霊と契約するのが一般的だ。
といっても、今の時代では精霊使いと呼ばれる精霊との契約者は少ないらしいが。
しかし、今回は勝手が違う。
どうやら俺とエンリの契約内容は、己の核を相手と結合させるという絶対服従のようなもので、『俺の魔力で生きていく代わりにエンリは俺の命令には絶対に従わなければならない』といったものらしい。
契約をお互い破棄することはできず、俺が死ねばその時点でエンリも死ぬ。
俺にはこれといったデメリットはない。
あの胸の熱さは、俺の核とエンリの核が合わさったものによる現象だ。
俺も最初から契約は受け入れる構えでいたので、エンリの絶対服従の契約がすんなりと通ったのだろう。
絶対服従の基本として、契約者には危害を加えられないといった制約がある。
これはドッペルゲンガーのエンリが、俺に化けられない程度のことらしいが。
エイリーネは大きくため息をつき、頭を抱えた。
「貴方は、それでいいのね? 魔力供給なら、核を結合させなくてもできるのよ?」
諦めたような口調でエンリに問うエイリーネ。
エイリーネは本当に優しい人だ。俺のことも、エンリのことも考えて言ってくれているのだろう。
だが、エンリは――
「これでいいの! えへへ、主はアタシのことを存分に使ってくれていいからね♪」
答えは変わらずのようだ。
エイリーネはやれやれと首を振り、後は任せたわと言わんばかりに横になってしまった。
外はすっかり暗くなっている。
もう就寝の時間だろう。
「こほん。あー……なんだ。別に無理な命令とかはしないからな? 俺はエンリに生きてもらって、喜びを知ってもらいたい。ただ、それだけだからさ」
俺は咳払いを一つして、考えていたことを伝えた。
絶対服従といっても、そんなことはしたくない。エンリとはある程度対等な関係でいたいと思ったのだ。
俺の言葉に、目を丸くするエンリ。
しばらくして、ニッと微笑んだ。
「うん、りょうかーい。……まあ、喜びはもう知ってるんだけどさ」
「ん? 何か言ったか?」
「うぅん、何でもない!」
元気よく答えた後の言葉は声が小さく、聞き取れなかった。
まあ本人が何でもないといっているのだから、余計な詮索はしないほうがいいだろう。
「それよりもさ、アタシのエンリって名前、どういう意味なの?」
話をそらすように、ぐいぐいと迫って聞いてくるエンリ。
近くで見てやっぱり可愛いなぁ……と、ぼけっと思いながらぼーっとしてしまったが、なんだ、意味だっけか。
「エンリってのは、充実って意味だ。エンリの人生が……精生? 霊生? がまあ充実してくれたらなってことだ」
我ながら良いネーミングセンスだと自負している。エンリは特に何も言わず今までは受け入れていたが……俺の答えを聞くと、黙り込んで何やらぶつぶつと言っていた。
やがて顔を上げると、その顔は笑顔であった。
「うん、気に入った! アタシはエンリ、エンリ……主の精霊、ドッペルゲンガーのエンリだよ!」
「おう! 俺は特に何もないがドッペルゲンガーを従えたライクだ! ははっ、改めてよろしくな、エンリ」
「よろしく、主!」
まさか、あの時助けた少女とこのような関係になるとは思ってもいなかった。
だが、しかし。
エンリとの出会いは、俺の人生も充実してくれる。
そんな確信めいた思いが、頭によぎったのであった。
人精〜模倣の精霊と頑健な俺〜 NITU @NITU
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