第20話 モノガタリのシュウケツ

「おはよう!」


姫新 雪(きしん ゆき)の朝は、この言葉をリビングで叫んでから今日が始まる。

「おはよ、雪。今日も早く行くの?」

「うん!」

既に食事中である姉の 夏(なつ) は、ロングヘアーで清楚なイメージである。しかしショートヘアの雪も、髪を伸ばせば夏ソックリになる程、二人は似ていた。性格はそれに反比例しているといっても過言ではないが。

夏の仕事は、始まるのが遅い。朝起きるのが早い夏にとっては、朝はマッタリ出来る唯一の時間なのだ。

それに比べ、雪はリビングを出ると、再び自室に向かう___。


ドアを開けると、霰もない姿の小福と拓人が、雪のベッドの上で盛りあっていた。


「おう雪! 来るのおせーな!」

「ゆきちゃっ/// んっ/// おはよ♡」





____再度、意識が覚醒する。記憶がフラッシュバックしていたらしい。が、あれは偽りの記憶だ、と言い聞かせる。しかし、そんなことより大事な事が目の前にはあったのだ。目を逸らす様にデータを判別した。


《やっぱりこれって……》


雪は一つのデータと、それに付属する関連項目を読み取っていた。そこには終焉を示すタイマーも添えられていた___。


雪がプログラムバグとして再構築された。その理由は再構築直後の雪には分からなかった。アドハー社が管理するデータプロトコルの波長に調整出来ていなかったからだ。だが今では解る。


雪の再生に犠牲となったもの。それは永久機関供給(エターナルサピリア)の維持管理システム。

真の意味での"無意識"による破壊は、覚醒した雪には感知出来なかったのだ。


《私のせいで……。でも、結果的にアドハー社を退ける事が》


思惑通り、アドハー社の社員は撤退を始めていた。永久機関供給を止められたなら、予備バッテリーがあるものの、ホワイトドーム諸共の電源が落ちてしまう。雪がプログラムバグの糧にしたソレは、タイマー終了と共に管理という仕事を終える。


そうすれば、街の住人の薇充電が貯められなくなる上に、実験の事までもが白日の下に晒される可能性が出てきてしまう。最悪を避ける為、社長含め社員はデータ、モルモット、etcを持ち、移動用飛行物体に詰め込んだ。


《あれは、あの記者が作ってたのより15倍も大きい……》


しかし雪は、そんな情報に意識を取られている場合では無かった。


《私にできる事。私がしなきゃいけない事》


雪は、無いはずの手を強く握った。これから行うのは、今度は自らを犠牲にする。それだけでは無い。恐怖。雪を包む感情は、既に達してる答えさえも捻じ曲げようとする。しかし____


《ごめんみんな。私は、やるよ》


決意が揺るがない訳ではない。だが、それを屈させる程の想い。


《拓人とこっちゃんなら、なんて言うんだろ……》


多分、賛成してくれるハズだ。と、心の中の2人は頷く絵を心に占めさせる。それこそ虚偽の2人かもしれない。だがそれは、雪にとっての2人であり、雪にとっての紛いも無い宝なのだ。そして雪は、データ情報源を、絶った。




***




《アンドロイド計画の……これを、こうして、こうっ!》


アドハー社は、青海学園特別クラスからとったデータを元に、軍事用アンドロイド生産計画をたてていた。だが、コスパが悪く永久機関供給には不適であった。

だが、それはアドハー社員の給料を賄う場合であり、それが要らない今、数体放置されたアンドロイドを操作し、永久機関供給を動かし続ける事が可能だった。歯車を回していた嬰児達は、ホワイトドームへと避難させた。


《このプログラムを、こっちに組んで……、これで……良し!わっ、時間ないなぁ。けど、後は、堰き止めてるメーターを、オーバヒートで壊せば!》


数分後、爆音と崩壊が、アドハー社のビルを瞬く間に制圧した。古来トラレムシティは、水の都とも呼ばれていたが、現在は水源などほぼ枯れている。その原因はアドハー社による占有だった。永久機関供給を動かす子供に与えたり、水力発電を傍で行っている為である。アドハー社ビルの下にある、水源の大元となる部分を制御する装置を、雪はオーバヒートさせ故障させた。そのため、オーバヒート直前まで溜められた水圧が一気に弾け飛び、ビルを倒壊させたのである。




《上手くいけるか分からないけど、いくしかない!》


倒壊している中、研究室のPCとアンドロイドを接続させた。雪自身のデータをアンドロイドに転送させるのだ。データの海の中で、ケーブルへと繋がる道はまるでブラックホールの様で、雪は恐怖を抱いた。が、決死の思いの末、またビル崩壊直前に其処へ飛び飲んだ。


《うわあああぉああああ_あああああああああああ」



「で、でき……た?」

恐る恐る目を開ける動作をすると、白い保護カバーで覆われた、自らの足や腹部や腕を見回した。


「手が凄いロボットみたい、カクカク動く。あ、そっか、私ロボットなんだよね……」


悠長な事言ってる場合じゃない!と言い聞かせる。途端、PCが天井の崩落で潰された。そしてドアの方から順々に天井が崩れていく。


追い打ちたる状況。雪は窓から飛び出した。そこに思考は無く、最早本能といっていいだろうか。しかし雪には本能たる脳も存在せず、あるのは意識のみ。

迫る地面の刹那に、虹を、見た。



……………



「う"っ……。あ"ぁ」

雪の意識が入った機体は、地面に打ち付けられた衝撃で、スピーカーに異常をきたしていた。


顔を俄に上げる。

その景色が綺麗過ぎて、雪は天国と錯覚した。

ビルが崩れ、水源の穴を広げ、大きな湧池を作ったのだ。ビルの残骸はほぼ沈み、元々高台にあったので、まるで雪とその池だけの世界が広がっている様だ。水飛沫で虹がその姿をチラつかせている。が、すぐ鈍色の雲が日差しを奪った。



下半身は全く機能していない。腕の力だけで池に向かっていく。声も出せない。ただ、雪は、その池に向かった。そこには池しかない。が、雪はそうしなければならない気がした。


「あ"ぅ……い"……ぁ」


池を見下ろすと、そこには全く知らない____誰でもない存在がいた。

顔がない。のっぺらぼうの姫新雪。

アンドロイドに顔は無く、視覚センサーから受け取った情報を、雪は認識していたのだ。


「あ"ぁ"ぅ"ぁぁぁぁ」


手で顔を撫で回すが、そこに雪は居ない。其処にあるのは、意識だけであり、存在では無いのだ。その少女はとっくに死んでいる。最後に暗室で、巨大な画面に映る自分の姿を見て。


__けど……私は頑張ったよ__


自己正当化と罵られても良い。褒め称えられるなんて願っていない。と言うより、雪が街を救ったなど、誰も気が付かないだろう。同時刻に死んだ特別クラスの中の、一人。ただの生徒。


だが。

けれど。

それでも。

彼女は。


自分が信じた道を。

進んだのだ。






その日、少女がとった行動は、図らずとも一つの街を傾けた。それは善であったか悪であったか、人の価値観によるだろう。だが、その抜く末を少女は見届ける事が出来ない。儚くとも勇敢な彼女は、“表層に映り込み反射する”、暗澹たる空の下での自らの姿、もとい器が最期の景色だったのだから。








***









「はー。まさかここまでやるとは思ってなかったよ。よくやってくれたっすね」


今まで無理に矯正していた口調が漏れる。


「ま、雪さんにはまだ死んで貰う訳にはいかないっすよ?ちゃんと我々の為になってもらわないっとッスから……」


そう少年は、不適な笑みを浮かべた。曇り陽が作る影法師が、機体を背負う。その行方を知る者はいない。

そもそも、アドハー社撤退後、雪は勿論、アンドロイドを目にする住人は、ここトラレムシティには一人も、微塵も、存在していないのだから。


そして今日も、またどこかで、特別クラスの誰かの亡骸が煙る。心臓を失くした彼らの人生は、情報を搾取される危険因子だったのか。

いや恐らくは、普通の少年少女と変わらない、儚き子供だったのだろう。その眼に反射する、美しい世界を過ごす一員だったのだ。











完。

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