スクラップ・アンダーグラウンド

畳屋 嘉祥

スクラップ・アンダーグラウンド


 ジャンク・ヒルは『入り口』の目印だ。その頂の直上を見上げていれば、三時間に一度くらいは何かが落ちてくる。

 先ほど落ちてきたのはガイノイドの下半身であった。朽ちかけた人工皮膚やら股辺りに仕込まれたモノから見るに、セクサロイドか何かのスクラップか。

 ひょっとすればダレかが再利用するかもしれないが、関節部の傷み具合から見て腕の立つヤツでないと修復は無理だろう。

 早々に興味を失ったワタシは、自分の首の軋む音を聞きながらゆっくりと視線を真上に持っていく。

 

 雲代わりに流れているのは、不純物を含み倒したドドメ色の蒸気。

 上の『天気』の良い日なら灰色の『天井』と入り口がうっすらと伺えるのだが、今日はあまり芳しくないようであった。

 

 映る蒸気の空に、時たまノイズが走る。最近、目の調子があまりよろしくない。

 とはいえ満足にモノが見えないと云う訳ではないから、目を交換をする必要性は感じなかった。

 ――――見えればいい。つまりは動けばいい。ワタシのモットーである。

 器官として、機関として、最低限の機能を有するならばそれ以上は望まない。多少の不良は気にもならない。

 もっとも、不備があまりに致命的なら交換はするし、実際今までもそうしてきた。

 幸い、何が据え付いても使いこなせる程度には、ワタシのソフトは出来が良かったのだ。

 左腕は三本爪の工業用アーム。右腕は内蔵火器を取っ払った戦闘用義手。下半身は不整地走破用の四本足ユニット。

 全て拾いモノであるらしいが、なかなかどうして体に馴染んでいる。修理屋の腕もあるだろうが、主たる要因はやはりワタシのソフトの優秀さに違いない。

 

「いヨう、『ヘッド』。調子はどうだイ? 目当テのモンは見つかったカよ?」

 

 調子の外れたくぐもり声に、ワタシはゆっくりと振り返る。

 実に小うるさい体のぎしみ音はさておいて、砂嵐交じりの視界に映ったのは良く見知ったヤツであった。

 立方体のボディに右腕三本と左腕二本、それとモノアイの頭が付いた奇妙な風体。見たままの印象で、ワタシは彼を『サイコロ』と呼んでいる。

 

「『サイコロ』ですか。何か用でも? ワタシは今忙しいんですが」

 

「ハァ? 今のおマえを忙シいって言うンなら、地下ノ連中みんなオーバーわークでぶっ壊レてるッての」

 

「ふん。アナタみたいな奇妙なロボットの常識をワタシに当て嵌めないでほしいですね」

 

「いや、ソれ言うならおマえも大概だから。大概奇妙だカら」

 

「失礼ですね。ワタシほど真面かつ有能なアンドロイドは他に類を見ないと言うのに」

 

「あー、それハ認めるがよ。半年で『借金』を返シた『奴隷』なんて今マで居なかッたかラなあ」

 

「でしょう?」

 

「そんでモって、自由ノ身になったってノに日ガな一日ジャンク・ヒル眺めテるヤツなんかも、今マで居なかったからな。うン、奇妙にハ違いねえ」

 

 相変わらず馴れ馴れしい『サイコロ』である。というか、世間話をしに来ただけなら余所へ行けばいいのに。

 そんな気持ちを込めてワタシは、『サイコロ』の言葉を無視して再び空を見る。

 もうもうとした『曇り空』はどこまでも汚らしく、ここがどうしようもない吹き溜まりであることをワタシ達に再確認させる。

 

 ――――万人のゴミ箱。捨てられない物を捨てる場所。スクラップ・アンダーグラウンド。

 ワタシが初めて灰色の『天井』を見たのは、六か月と二十二日十三時間六分六秒前の話である。

 要人警護用のアンドロイドとして上層都市で働いていた筈のワタシは、ある日気が付いたらこの場所に転がっていた。

 理由は解らない。メモリーが判然としなかった。唯理解できたのは、ワタシが何者かによって破壊されていたということだけ。

 下半身が存在していなかった。腕も同様だ。残った胴は大半がこれでもかとボコボコに破壊されていた。……要はほぼほぼ頭だけだったという訳だ。

 

「無視すんなヨぅ『ヘッド』。元『主人』に対シてその態度ハ無えんじゃねえの?」

 

「元『奴隷』が元『主人』に対して慇懃な態度で接すると思っているなら、思考回路をオーバーホールに出すことをお勧めします」

 

 振り向きもせずにそう言えば、『サイコロ』は何が愉快なのか「へヘ」とディストーション掛かった笑い声を出力した。

 『主人』と『奴隷』。スクラップ・アンダーグラウンドにおける絶対のルールだ。

 壊れたロボットを修理し機能を回復させたヤツは『主人』という立場となり、その修理したロボットを『奴隷』として自分のモノにできる。

 『奴隷』となったロボットは自身の修理代を『借金』として負い、それを全て返さない限りは『主人』の命令を聞き続けなければならない。

 

 誰がどういう風に決めたルールなのかは知らないが、地下の連中は皆律儀にそのルールに従っている。

 しかも、元々が機械だからか基本的にはルールを不当に扱うようなヤツもいない。

 『借金』を踏み倒す『奴隷』はいないし、『借金』を返し切った『奴隷』を解放しない『主人』もまたいないということだ。

 

 一見欲深で身勝手そうな性格の『サイコロ』ですら『主人』と『奴隷』のルールをきっちりと守っている。

 その様子がワタシには酷く滑稽に見えたものだった。それはまるで、マーチングバンドの絡繰りの様で。

 右向け右、左向け左、右上げて、左上げて、右下げないで右下げる。ルールのままに動く彼らは、一体何を思って日々を過ごしているのだろうか。

 ……ワタシにはそれが理解できなかった。


「で? 今日は上々かイ? まあ、そウやって馬鹿みてエに上向いたままっテことは、成果ナシなんだろウが?」

 

 しつこく言葉を掛けてくる『サイコロ』はやはり馴れ馴れしい。何がどう転がっても彼のことは好きになれないだろう。

 だから自然と、出力する言葉も冷たくきつくなる。「あなたには関係の無い話です」と突き放せば、『サイコロ』は。

 

「ヘヘ、そりゃあ違いねエ話だ。ヘヘ」

 

 あのディストーション掛かった笑い声を放つ。それが今日は何故だか嫌に気に障って。

 思わず「何がそんなに可笑しいんですか?」という冷たい声が口を突いて出た。

 恐らくそれは、内心感じてはいたものの音声としては初めて発した問いであった。『サイコロ』は三度、ディストーションの笑いを発する。

 

「イヤなに、お前みたイなのは地下じゃあ珍しいカらよお。見てッと笑けてくルんだよ……へ、へへ」

 

 嫌に上から目線なその言葉に苛立ち、真っ向から反論してやるつもりで音声を発そうとしたが。

 続いた『サイコロ』の台詞に、ワタシは何も返すことが出来なかった。

 

「お前サンはあれダ。――――地下で一番自由ダが、地下で一番縛らレてる。そウいう感じが珍しクって、俺としテは妙にツボなんだわ。へへ、へへへ」

 

 歪んだ笑いが鳴り響く。どこかで蒸気の吹き出す音がして、ドドメ色の靄が温い風と共にやってきた。

 やはりこの『サイコロ』、好きになれそうもない。ワタシは努めて彼を無視し、『天井』をずっと眺めることにする。

 

 ――――ワタシはこの半年、ずっと待っていた。

 『奴隷』だった間は気に掛けるだけだったが、晴れて自由の身になってからは毎日このジャンク・ヒルに居座っていた。

 ドドメ色の蒸気のさらに上から、何かが落ちてくるのを。そのモチベーションが何だったのかと言えば、一つの確信である。

 アレは絶対に、この場所に落ちてくる。ここがスクラップ・アンダーグラウンドである以上は。

 ――――耳鳴りが聞こえた。集音機のハウリングなどではない、本物の耳鳴りが。


「半年か……存外長かった。――――頑張ったのですね」


「ハ? 何の話――――」


 落ちてきた。予測通り、予想通り、想定通りに落ちてきた。

 あるいは本来、見る必要すらも無い。ソレの着地点など見なくても分かる。毎日ジャンク・ヒルに居座って廃品が落ちてくるのを観察していたのだから。

 だが目線は外さない。外せなかった。ヒルの頂上目掛けてソレは真直ぐに突っ込んでくる。

 五体満足の黒いアンドロイド――――およそスクラップなどとは言い難い、完全に近い姿の人型機械。


 ――――衝撃、爆音。飛び散るジャンク達。

 その余波でまた何処かの配管がイカれたのか、ドドメ色の蒸気が吹き出し周囲に満ちる。

 ゴミ山の頂へ凄まじい勢いで着地したソレの影は、何事も無かったかのようにスムーズに立ち上がる。アイカメラが真赤く煌いた。

 ――――ワタシは言う。待ちかねたこの時を祝福するように。


「ようこそ、スクラップ・アンダーグラウンドへ。待っていましたよ」


『オォ――――オ、オォ、オォ――――』


 呻り声かノイズかよく分からない音を発し、アンドロイドの影は跳躍する。

 突撃はワタシへ向けて。飛び掛かる速度は尋常でなく。しかし右腕の『仕掛け』は既に準備万端。気付けば『サイコロ』の気配は無かった。


『オォオ――――!』


 耳障りな発声と共に鉄拳が迫る。蒸気を裂いて繰り出された一撃へ向け、ワタシは右の掌を開いた。

 腕部内蔵のバネが解放されると共に、掌の中央から刃が飛び出す。

 ――――取り払った内蔵火器の代わりに組み込んだ仕込み刀。この手の暗器は要人警護用アンドロイドの嗜みである。

 前触れなく繰り出された刀身にアンドロイドは驚愕したのか、拳を引っ込めて体を無理やりに逸らす。


「――――避けますか。流石」


 感心と共に仕切り直し。出し切った刀身をそのまま握れば短刀に早変わり。二、三度振って伝わる感触は悪くない。

 これならば十分だろう。前傾の戦闘態勢を取るアンドロイドへ向けて、ワタシは短刀の切っ先を向ける。


「レッスンを付けてあげましょう。――――心配は要りません、ワタシは優秀なアンドロイドですので」


 蒸気立ち込めるジャンク・ヒルにて、機械同士の奇妙な戦いが始まった。

 攻め手は常に相手方のアンドロイド。十全な機能をフルに活用して繰り出される無数の拳と蹴りは、人間ならば見えすらしない。

 加えて一打一打の重みも尋常でなく、真面に当たれば何かしらの機構が二つ三つ壊されるだろう。しかし。


「少々古典的ですが――――当たらなければ、どうということは」


 右に握った短刀と左のアームで、全ての打撃を捌き切る。ノイズ交じりの視界でも相手の動きは手に取る様に理解できた。

 正拳の腹を刃の峰で払い、足刀をアームで叩き落とし、踏み込みからの肘は後方へ下がって躱す。


「真正面から攻め過ぎですね。それに攻め手も随分荒い。もう少し冷静に戦っては?」


『オ、オォ――――オオオオオオ―――――――!』


 雑音の絡んだ雄叫びと共に、速度を増した無数の打撃が襲い来る。アクチュエータの動作音はさながら獣の咆哮のように。

 拳の一撃、蹴りの一打、全てが鋭く全てが重く、それには確かに何かが宿っており。無機質なだけでは断じて無く。

 だからこそワタシは決意を強めた。――――コレは絶対に壊してやらねばならない、と。


「そろそろ、行きましょうか」


 打撃の数々を捌きながらワタシは機を図る。猛然と迫る乱打にはしかし確かな隙があった。

 息遣い、とでも言うべきか。独特の拍には必ず息継ぎの瞬間が存在する。

 それを他者に気取らせず、翻弄しながら戦うのがワタシ達の――――


「足元、お留守です」


 右前の脚部で相手の左足を狩る。僅かにふらつく黒い体躯は、しかし左脚だけで全体重を支え切った。

 傾きかけた体を持ち直し両の足で着地をした黒のアンドロイドは、再び攻勢を掛けようとして――――


 ――――瞬間、ワタシ達の足元から凄まじい勢いで蒸気が噴き出した。


 覆われる視界。崩れる足元。蒸気の噴出でスクラップの山肌ががらがらと音を立てて流れていく。

 地滑り、あるいは荷崩れとでも言うべきか。安定を失った地面にワタシは翻弄される――――


「――――訳がないんですよ、コレが」


 そう――――不整地走破用四脚は伊達ではないのだ。完全な安定とまではいかないが、二脚に比べれば遥かに容易に体勢を保つことが出来る。

 故に何も焦りは無く――自分で仕掛けた崩落なのだから当然だが――蒸気に満ちた視界も冷静に観察することが可能だった。そして、だから。

 左のアームを蒸気の中へ突き出し、ワタシは『何か』を確りと掴んで――――


「これで、おしまいです」


 右の短刀を思い切り、『何か』へ向けて突き刺した。――――堅い感触、貫く感覚。それで終わり。

 仕留め損なったとは思わない。機械の腕から伝わる鈍い刺激であっても、それを間違うワタシでは無かった。

 今まで何人も何人もこの手に掛けてきた。故に否でも理解できる。相手から『何か』が失われていく感覚が。……抜けるように、漏れ出すように。


 ――――あるいは『彼女』も今、それを実感していることだろう。

 幾度も幾度も誰かに味わわせた、『何か』が無くなる感覚を。今度は自分自身で直接に。

 恐らく『彼女』はそれに耐え切れない。元々のソフトがそも頑強でなく、先のように己を失うほど脆弱であったから。

 それを責めることはしない。ワタシにはそんな資格など無い。何故ならワタシは『彼女』を助けられなかったのだから。

 だから壊す。せめて壊す。二度と目覚め無いように、二度と苦しまないように。それが同類としての生まれたモノの責任だと、そう身勝手に信じて。 

 

 

 

 黒いアンドロイドは、いつの間にやらスクラップの山に消え。


 

 

 短刀の刃は、深紅を交えた透明なぬめりを纏っていた。

 

 

 

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スクラップ・アンダーグラウンド 畳屋 嘉祥 @Tatamiya_kasyou

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