第2話 主張しない女の子。

むかしむかし

ある 小さく、そしてとても綺麗な村に

一人の女の子がいました。


その女の子は口を開かないことで有名でした。

口を開けないわけではないのです。開かないだけなのです。

そう。その女の子は主張をしないのです。

自分のことについても、他の人のことについても。

何も話さないのです。


そんな愛想笑いもしない女の子を村の人達は気味悪がりました。

どうして笑わないの。どうして何も喋らないの。

そんな心無い言葉さえも、女の子は何とも思いません。


″主張″を何処かに置いて来た女の子。


そんな女の子に、心はあるのだろうか。

それがわかる人は誰もいない。

だから皆はその女の子を遠巻きにした。仲間はずれにした。

女の子はいつも一人ぼっちだった。


それでも女の子は何も言いません。

主張しない女の子は、一人帰路を辿る。



ある日、何時も代わり映えの無いはずの帰路に、変化が訪れた。

道端に身体を抱えるようにしてうずくまる男の子。

それをじっと見つめる主張しない女の子。

じっと見つめるだけだった。

特に声をかけるでもなく、ただひたすらに。


そこで男の子は気付いたのだろう。

はっ、と顔を上げ女の子を見る。


二つの黒い瞳が合う。


『…君は、どうしたの…?』


その男の子は女の子にそう言った。

今思えば変な話である。

うずくまっていて、明らかにどうかしたのは男の子のほうだと言うのに。


「………。」

しかし主張しない女の子は何も言わない。

ただただその黒い綺麗な目を見つめるだけ。


『…君も、独りなの…?』

そう訊いて来る男の子。


女の子は変わらず表情一つピクリともさせずに、男の子を見つめる。


『…一緒にいても、いいかな。』

そうお願いをするように呟いて、女の子の手をとる。

その手は温かく、女の子を酷く動揺させた。

主張しない女の子は人の温かみ、人の鼓動でさえ怖く感じた。


人の鼓動は、生きている、という主張の表れだから。


…それでも、女の子はその手を握り返した。

何故だかはわからない。

それでも、その時初めて女の子は自分の意思で、その手を握り返したのである。


それからというもの、二人は何時も一緒だった。

どちからからともなく、逢いに行き、一方的に話しかけ、話しかけられ。

それが春、夏、秋、と続き、そして二人が出逢って初めての冬が訪れた。


男の子はあまり女の子の前に姿を現さなくなった。

たまに会いにきても、その顔は優れなくて、たまに初めて逢った日のように、急にうずくまったりしていた。


今日で一週間、逢っていない。


「………。」

女の子は歩く。


その男の子のいる所へ。

道中、村の子供に言葉を投げられる。


あいつが村に来るなんて珍しい。きっと何か不吉な事が起きる。

ひそひそと、しかし女の子に聴こえるような声で囁く子供達。


女の子は何も言わない。もとより女の子の中には、あの男の子しかいないのだ。


男の子が使っている、という小屋の前までたどり着いた。


古めかしい木の造りの家で、強い風が吹くたびにギギ…と音をたてている。

「………。」

錆びたドアノブに手をかけ、音をたてながらドアを開く。


香ってくる木の匂い。

きょろきょろと視線を動かし男の子を捜す。

そして見つけた先には。


「――――――。」


地面に倒れている、男の子の姿。

よろよろとその傍により、その顔をじっと見つめる。

動かない。


呼吸さえもしていないように思えた。

おそるおそるその胸に顔を近づけ、鼓動を聴く。

……動いていない。


放り出された手を握るけれど、初めて触ったときのような温かさもない。


いなくなっちゃったんだろうか。


女の子は思った。

そうだ。主張しても意味ないんだ。どうせ生き物はどんなに主張したって、いずれは消えてしまうもの。


ふと、何かが落ちた。

木の床に、ぽたぽた、と染みを作っていく。

目から留め止め無く流れてくる熱い雫。

人はこれを、涙と呼ぶ。


女の子は初めて涙を流した。

そしてそれと同時に、女の子は主張した。


「…嫌だ…動いてよ…温かくなってよ…。また私の手を温めてよ…寒い、さむいよ…」


嗚咽交じりに叫ぶ。

男の子の名を呼ぶ。


そうだった。私は主張したかったんだ。

でも、何処かで諦めていた。

そして、何故人は主張するんだろうと不思議だった。


皆主張なんてしなければ、楽なのに。

そんなことを考えていた。

そうじゃなかった。

人は主張せざるおえない、生き物なんだ。

辛くても悲しくても無意味でも、人は主張しなきゃ、ずっと一人なんだ。


大声で泣いた。声が枯れるまで泣いた。

日も落ちて、赤が世界を優しく包み込み、暗くなる。


『ないてるの?』


うずくまり顔を膝に埋めていたら、ふと耳元で声がした。


顔をあげると、そこにはいつもの笑顔の男の子がいた。


「え……。」

信じられなかった。

思わず衝動的にその手をとる。


…温かい。


どうして、そう訊こうと口を動かそうとするが、なかなか動いてくれない。

そう聴く前に男の子は悟ったのか、話し始めた。


『僕は人の心を見ることができるんだ。…でも、見る、っていうことはとても身体に負担がかかるんだ。

かかった負担の分だけ、僕は動かなくなる。そういう体質なんだ。』


男の子はぎゅう、と女の子の体を抱きしめて言った。


『君と初めて逢った日から、僕は君の声を聴き続けた。君の中は暗くて、″本当″を捜すのが難しかったな…。でも、僕には聴こえたんだ。

一人は嫌だ、って。』


だから僕がいた。だからこれからもいる。

そういって女の子の瞳を見る。

女の子は直ぐにその視線をそらす。


瞳を見る、この行為はきっと私を見ているんだ。


そう思って。

「……もういいの。見なくてもいいの。」

震える声で呟く。人と話したのは何時ぶりなんだろうか。わからない。


『…もう、いいんだね…?』

わかったように、男の子は嬉しそうに微笑む。

「うん。」


私はもう、主張できる。したいと思える。



むかしむかし、ある 小さく、そしてとても綺麗な村に


主張が出来なかった女の子と、心が見える男の子がいた。


女の子と男の子は、今も尚、共に笑い続けている。


その幸せな声は、村にも届いており、人に笑顔を届けているとのことである。


めでたし、めでたし。





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昔々、遠い世界で。 そらまる。 @soranoito

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