昔々、遠い世界で。

そらまる。

第1話 星のこの願い。

昔々。

遠い遠い国。

空気がとても澄んでいて周りを見渡せば青々しく茂っている木々が沢山の丘。


そこに住む民のお話だ。


先生は言う。

〝皆は今、皆の真上の空にある星の数が言える?〟


『言えるよ。』

目の前の女の子は言った。


『当たり前だよ。』

その隣の男の子は自信満々にそう答えた。

『だって僕たちは…』

僕の隣にいた男のこがそう言いかけつつ、僕の方をちらっと見た。


『……………』

〝僕〟は 黙ったまま。


〝君は…言えないのかい?〟

先生はそんなことは有り得ない、といった顔でそう僕に尋ねた。


『……………』

〝僕〟は黙ったまま。


『駄目なんだよ。そいつは。』

『そう。皆とは違うもの。』

『だってそいつは、』


『『『星の子じゃないんだ。』』』


純真無垢な子供の言葉とは時としてどうしてこんなにも鋭利な刃物になり得るのだろうか。


『だってそいつは星が見えないんだ。』

『だからそいつは仲間はずれなんだ。』


――仲間はずれ――


何回聴いても何故この言葉はこれほどまでに心を抉るのだろうか。一瞬呼吸が止まったのではないか、と錯覚させるほどにその言葉は深く胸に突き刺さる。

麻痺させて感覚を鈍くさせることさえも、赦されない。


『―――……ッ』

気がついたら僕は衝動的に走り出していた。

木でできた杖を持って。


『おい。またあいつ逃げ出したぜ。』

『さすが落ちこぼれだな。まぁ流れ星みたいな逃げ足の速さだけは、星の子みたいだけどな。』

『どうせまたその辺で転んで怪我して帰ってくるわよ。』

心無い言葉、嘲笑。

そんな罵詈雑言も今はどうでもいい。

今だけは。



そう。

ここは星の民が住む丘。

ここの人間は皆星の子なのである。

星の子は皆星がよく視える目を持っている。


だけど〝僕〟は――



『――…ッはっ…はっ……ッ』

真っ暗な世界しか知らない僕は、こんな小さくて細い棒切れが無くては走ることも、もちろん歩くことさえも、ままならない。

そんな小さい棒切れさえも、


『はっ…はっ…ッ~~~!!?』


僕を裏切る。

地に倒れこむように転んだ。

杖が折れてしまったみたいだ。


『――…はぁ…はぁ…っはぁ……』

とぎれとぎれだった呼吸を地に伏せりながら整える。

そして仰向けになり空を見上げる。


見上げても、星等一つも視えない。

そこにあるのは、何ものにも染まることは無い、

黒一色のみ。


僕の世界はこの一色しか、存在しない。


〝空は……遠いのだろうか。地は触れるほどこんなに傍にあるのに。他の皆はもっと空に…星に近づけるのだろうか…。僕は皆みたいに、星に向かって手を伸ばすこともできない。僕の手はいつも空をかするだけ。〟


悲しかった。

哀しかった。


皆と同じ地に、この丘に産まれたのに。

僕は星の子のはずなのに、

産みの親も、生みのお星様も。

この目はとらえることが できない。


僕は泣いた。

胸の中にある黒いものを吐き出すように、 大きな声を出して泣いた。


僕は星に愛されてなどいないのに。

僕には何一つ、〝星の子の証〟をくれなかったのに。

そんな星を恨んで、怨んで、憾んで。


それでも、

ねぇ、お父さん。お母さん。お星様。


〝僕は星の子なんだよ。〟って

言いたかったんだよ。



久しぶりに泣いて、声が枯れてきた。

涙は枯れることはないと思っていたけど、もう流れ出す涙も気にならなくなってきた。

正直もう動くのも何かをするのも疲れてきた。

だからといってここにずっといる訳にもいかない。

でもここまでつれてきてくれた杖も、

今はもういない。


僕はどうしようもなく、ここから一歩も動かずに、座ってぼうっとしていた。

何時間そうしていただろうか。


不意に、背後に何かの気配を感じた。

視力が不自由なかわりに、肌や空気から感じれるものには敏感になっていた。


『ねぇ、そこにいるのは…誰?』

僕は恐る恐る声を出し、訊いてみた。


「君は……何を哀しんでいたの…?」


とても透き通るような、その声。

全く耳に残らない、言うなれば今にも消えてしまいそうな声。

だからといって弱弱しい声、というわけでもない。

全く主張の念がないような、自然とそこに在ったように思わせるような、そんな声。


僕はこんな弱音を吐くのは嫌だと思っていたのだが、不思議とその子には話そうと思った。


いや、話そうと〝思った〟。という表現は少しおかしいかもしれない。

思うよりも早く、気づいたら口をついで出てしまった。


『僕は…星の子じゃないんだ。』

今思えばいきなりこんなことを言っても、通じるわけがないと思う。


でもそのこは

「…それは何故?」

意味を聞いてきたのではなく、理由を聞いてきた。

絶対聞き返されるか、冷やかされるか、わけがわからない、と突き放されると思っていた僕には予想外の言葉で、少し戸惑ってしまった。


『だ…だって、僕は星の子なのに皆のようにお星様が視えないんだ。お星様だけじゃない。空だって、森だって、生き物だって。君のことさえも。』


一息でそう捲くし立てて、少し息が苦しくなり、肩で息をしながら話した。

話した後、少し後悔した。

怒りたかった訳じゃなかったのに、少し責めるような物言いになってることに気づき、自己嫌悪した。しばらく沈黙になり、僕は尚更小さくなってしまった。


「……それで……視てどうするの?」


僕は声がするほうを勢い良く振り返った。

〝視てどうするの?〟

その言葉は僕を罵ってるわけでも貶してるわけでもない。ただ純粋に訊いているのだ。

僕は直ぐに返事が返せなかった。

なんだかまるで、

視る、ということは何か意味があるの?

といいたげな言葉だったからだ。


視る、ということができなかった僕にとってそれは、光であり希望であり憧れであり、生き甲斐だった。

いつか〝視る〟ことができるかもしれない。

それだけが僕の夢であり、星だった。


『だって…そうすれば僕は胸を張って〝星の子〟だって…そう言えるんだよ。もう落ちこぼれとか仲間はずれとか言わせはしない。だって僕は星の子だって…!!』


「…うん。それもいいかもしれないね。でもおかしいよ。じゃあ逆に、星が視えるだけで、それは星の子なの?」



『それは…』

確かにそれだけでは星の子とは言えないかもしれない。


……あれ。でもそうすると、星の子って一体なんなんだろうか。


『じゃぁ…僕はもう星の子にはなれないのかな…?』

気になることもいっぱいあったが、何よりも気になったのが、結論。


結局僕は星の子に成り得るのだろうか。


「……ねぇ、君はさ。星の願い事って何だと思う?」


『え…?』

僕はその唐突な質問に気の抜けた返事しかできなかった。

そしてその言葉の意味を考えた。

星は願いを叶えるものであって、星自体に願いなどあるのだろうか…


「うん。多分今君の考えてることはわかるよ。流れ星とかあるくらいだしね。でもそこで考えてみてよ。それじゃあ星にとってメリットがなくないかな?」


星にメリット。そんなこと考えたこともなかった。それもそうだ。人間は常に神様、などという偶像を勝手に築き上げて自分達の願いを言い、そして勝手にききいれてくれるものだと思っている。それは星に願いを込める者も同じである。


何か星にもメリットを与えないとこちらにも利益になるようなことはしてくれない。

これは確かに当たり前の摂理である。


僕が思考に耽っていると。


「少し難しい話をしちゃったかな…。私もこの話はある人の受け売りだったんだけどね。

星にメリットなんて人程度の生き物には与えられることなんてできない。じゃぁそこで星はどうしたと思う?


それはね…、


願いを叶えて欲しい人間の〝願い〟を星達の願いにしたんだよ。」


そうしたら私達と星、願い事が叶ったら両方にメリットができるんだよ。


そう優しい声でその子は言った。

きっととても優しい記憶の中にある言葉を思い出しているのだろう。

とても優しい…優しい声だった。

僕はその声に聞惚れていると、


「少し話しがそれちゃったね。…まぁ、結論から言うと…とその前に。」


君の願いは何?


そうたずねられて、僕は言葉を必死に選んだ。

目が視えるようになりたい。

そうは言わない。僕はそんなことよりも。

『星の子に…なりたい。』


少し声が震えたけれど、しっかり意志を持って、そういった。


「……うん。じゃあさ、それをお願いされた星は、きっとこう思っているよ。


――君の…親になりたいと。」


温かい滴が頬を伝う。温かいものが胸にこみ上げる。

そうだ。僕は誰でも言い。誰かの子であったということを伝えたかった。

そしてそれ以上に、


誰かに、そのこは私の子だ、といって欲しかったのだと。


「また泣いているんだね。…でもその涙はいつもの涙じゃないね。それなら…私はもういこうかな。」


『え…ッ』

なんだかその声は今にも消え入りそうで、思わず引き止めるような声をだしてしまった。


『でも…僕はもっと君と…!!』

我ながらに必死だったと思う。ここまで温かい言葉を貰ったのは初めてだったから…

だけど


「ごめんね。でも、もう君は頑張れるはずだから。ね?星の子。」


星の子。


そう言われて僕は

何かを吹っ切ったように涙を拭き、空を仰いで、


『…そうだよ。僕は星の子だよ。星が視えなくったって空がみえなくったって森がみえなくったって生き物がみえなくったって、大好きになった君のことがみえなくったって……僕は星の子なんだ…。』


と強く言った。


「うん。わかってるよ。

…それじゃあ私は…いくね。」


そのこの気配が薄れてきた。


『名前!君の名前を訊いてもいいかい…?』

と最後に僕は大きな声をだして言った。


「………」


あぁ、やっぱりこの人は僕の質問には何一つ答えてはこれないのだ。

そう哀しくも、そして虚しくも思い、苦笑すると。



「私の願いは君の願い。君の願いは私の願い。君と私は星の子。星の子の願いを叶える為に私は来た。星のこの願いを叶えてくれる為に君は私に会ってくれた。…いつかまたこの星空の下で。」


そう言って、そのこは気配を消した。


〝そうか…あの子は…〟


僕は微笑を浮かべ、地に足をつけ、そしてしっかりとした足取りで歩き始めた。


もう、視えなくても、そう。


僕は。

私は。

星の子の願いを叶えた。

星のこの願いを叶えた。


星と子だから。

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