under cross
@colona
第1話 フリーライター
フリーライターで生計を立てている俺は、いつものようにひたすらキーボードを打ち込んではディスプレイとにらめっこしていた。7月の日照りは暖かく、デスクワークの俺は日照りとパソコンの熱のせいでサウナ状態の部屋で仕事をすることを強いられていた。
エアコンは先週壊れてしまい、修理がくるのは2週間後・・・さらに隣のアパートは改装工事があるため毎日工事の音で窓が開けられないという最悪な状態だ。
俺「ダメだ。このままだとスルメイカになってしまう。」
椅子から立ち上がり冷蔵庫から炭酸水を取りだすと、俺に飲み物を飲ませないかのごとく電話が鳴り響き出した。ため息をつき携帯の画面を見ると、そこに表示されていたのは身に覚えのない番号。
「新規のお客か?いつたい誰が俺の番号を教えたんだ?」
俺が取引先に教えている番号は、仕事用の携帯だけでプライベート用の携帯番号は教えていない。しかし、今着信音を鳴らしている携帯は後者の方だった。
「はい、もしもし・・・。」
「もしもし。荒木様の携帯でよろしいでしょうか。私は株式会社ニシキ薬品の営業部の和田と申します。」
ニシキ薬品とは、日本有数の大企業で近年急成長を遂げた薬品会社だ。低コストの薬の開発やがん細胞を消滅させる治療薬の開発など、医療界に革命を起こし世界でも注目を浴びている。ホームレスを使って兵器を開発していたなど、黒い噂も絶えないがそこは致し方ないだろう。有名になれば誰かに嫉妬されるのは当たり前だ。今問題なのはその大企業がどうやって俺のプライベート用の番号を手に入れたかだ。
「誰から聞いたかは知りませんが、なんで俺のプライベート番号を知っているんですか?」
天下のニシキ薬品となれば、上層部での賄賂で携帯会社から情報を聞くのはたやすいことだろう。
「あなたならもう感づいていますよね?その通りですよ。」
この和田という男は、只者ではない。電話越しでわかる威圧がすさまじい。この男はおそらく営業部ではなく社長直属のボディーガードか何かなのか?
「それはありがとう。それで、なんでわざわざこっちの番号なんかにかけてきたんだ。」
「あなたに仕事の依頼を・・・。もちろん、社長直々のお願いです。」
その言葉をきいた瞬間、脳内に俺の今までの人生がフラッシュバックされた。軍服をきて命乞いする男にハンドガンを向けている黒い影の男。周りには血まみれの死体が無造作に転がっている。
「俺はフリーライターだ。それ以外の仕事は受け付けないぞ。動画編集も、画像加工も今はやっていない。」
「わかっていますよ。あなたの本職の仕事の依頼です。」
俺はため息しか出なかった。このまま断れば、この企業がどう動くのかが目に見えていた。一方通行の道にいる蛇に追いかけられるネズミの状態だ。出す答えはひとつしかない。
「・・・いつそちらに向かえばいいですか?」
その言葉を聞いた和田が不気味な笑みを浮かべていたのが、電話越しでもよくわかった。
翌日の午前10時、北海道札幌市にあるニシキ薬品の本社の前にスーツ姿で立っている俺がいた。電話を終えた後早急で飛行機を予約し、今日の朝7時発の飛行機に搭乗、千歳空港からJRで札幌駅に到着。そこからタクシーを利用し今に至る。
しかしながら7月の北海道も宮城県と同じくらい、もしかしたらそれ以上に暑いかもしれない。
「さてと、中に入りますかね。いかにも涼しそうなビルだな。」
中に入ると、インカムをつけた警備員が2名立っており俺を見るなりこちらに早足で近づいてくる。一般の警備会社の人間ではないようだ。明らかに場数をこなしてきた顔つきをしている。
「お客様、ご用件をお聞きします。」
「10時15分に貴社の社長との面談を約束している荒木と申します。」
警備員の一人は無言で受付カウンターの女性の方に歩いて行き、もう一人は俺の横で待機していた。近頃は企業同士の潰し合いが発達しており企業スパイがあちこちに散らばっている世の中だ。ここまで厳重になるのは無理もないだろう。まして、ニシキ薬品は敵が多いのはとりとめようのない事実だ。
「しかし、今日は暑いですねえ。」
俺の日常会話に警備員は一切反応しない。お前はロボットかとツッコミをいれたくなるが冗談の通じる相手ではなさそうなので、独り言を言ったかのようにうまくごまかし警備員が戻ってくるのをただじっと待っていた。
しばらくして、受付カウンターにいた警備員がインカムでこちらの警備員に何かを伝えると、俺に一言「あちらの受付カウンターにどうぞ。」とだけ言い、2人はそのまま元いた場所に戻って行った。
受付カウンターには目力の強い女性が二人おり、バッグの中身及びポケットの中身を全部出すよう言われた。荷物確認をした後、勤続探知機の検査を受けて10分くらいしてからようやく許可証が発行されたが、もっていける荷物はメモ帳とペンだけだった。携帯電話など、情報をすぐ流出できるものは一切持ち込めないようだ。
「社長室まで私が引率いたします。」
目力の強い、ポニーテールの女性が立ち上がると俺に向かって一礼し無言でエレベーターの方に歩き出す。俺は不審に思いながらもついていくが、明らかに客に対する態度ではないのが目に見えてわかった。
「なあ、もう少し笑顔とかみせれないのか?」
エレベーターの15Fのボタンを押し、上昇していくエレベ−ターの入口をじっと見ている受付嬢に話しかけると不機嫌そうに俺を見てこう言い放った。
「必要以外の会話は会社で禁じられているので。」
社畜というべきなのか、それ以外の言葉が何も見つからなかった。
15階にある社長室にいくまでの間、俺と受付嬢は一切口を聞くことはなかったのは言うまでもない。社長室にいくまでの間、彼女は無駄な動きや言動は一切なく本当にロボットに案内されているかのようだった。
「こちらが社長室になります。」
社長室と書かれたプレートが飾ってある扉の前に立ち、ネクタイを締め直す。この部屋は社長と関係者以外立ち入り禁止なのだろうか、受付嬢は煙のように姿を消していた。扉の奥からは重々しい空気が感じられる。わかっていても進まなければならないこの状況は人生で何度目だろうか。
扉をノックしようとした途端、扉が勢い良く開き中からメガネをかけた中年男性が作り笑いを浮かべながら一礼してくる。おそらくこいつが和田だろう。見た目は普通だが、スーツ越しでもわかる強靭な肉体が威圧感をさらに出している。
「おまちしておりました。荒木さん・・・社長がお待ちでございます。」
手で招かれ中に入ると、白髪の老人が高級そうな椅子に腰をかけて新聞を読んでいた。この男こそ、ニシキ薬品の創設者で代表取締役の「錦晶」であり、俺を宮城県からはるばる呼び寄せた張本人だ。
「失礼します。」
和田にソファーに座るように案内され社長も重い腰を上げ向かい側のソファーにゆっくりと腰をかける。
「荒木さん、もうご存知でしょう。私はこの株式会社ニシキ薬品の社長です。あなたの仕事っぷりはいろんな方から聞いております。」
「ありがとうございます。フリーライターとしての腕前はまだまだですが、お褒めをいただき嬉しいです。」
和田がフランス製のカップかわからないがコーヒーを入れて持って来ると、長い沈黙が訪れる。まるで、こちらの動きを伺っているかのようだ。
「錦さん、仕事のことですが今回の仕事内容についてお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「そうですな、和田君、あれを荒木さんに渡しなさい。」
和田は一礼し、社長室の奥から銀色のアタッシュケースを持って来ると俺と社長にゴム手袋とマスクを渡してきた。おそらく薬品の中でも危険物に分類されるものに違いないと無理やり自分を納得させる。
和田は慎重にアタッシュケースを開けると中にあったのは直径3cmほどの弾丸だったが、中には紫色の液体が入っているようだ。俺は顔色が青ざめていき、それを錦と和田は不気味な笑みで見つめていた。
「これはまさか・・・。」
「御察しの通り。ウィルス兵器だよ。荒木君・・・。」
気づいた時には遅かった。俺は決して踏み入れてはいけない世界に再び踏み入れてしまったのだ。和田は俺の後ろでハンドガンを構えており撃てば俺の後頭部に鉛の弾が撃ち込まれる。
「俺に、なんの依頼をするつもりだ。なんとなくわかっていたがバイオテロでも引き起こさせるつもりか?」
「まさか。日本でバイオテロなんか引き起こしはしないよ。荒木君ならわかっているだろう・・・これをどうするのかをね。」
「なんとなくわかってきたよ。アメリカに兵器を売買して北朝鮮でバイオテロを引き起こすつもりだな。」
北朝鮮は、今や日本及び韓国、中国など先進国にとって危険国となっており日本がアジア圏内で力をつける上での障害であり一方のアメリカは大統領の独占貿易の決行などで日本を含め周囲の国からは見放されており一匹狼状態だ。
「その通り。日本にとって北朝鮮は経済成長していく上での障害物。アメリカがアジアで貿易をする上で手を組みたいのはアジア内での圧倒的経済力と技術を持つ日本。つまり、アメリカは日本に借りを作りたがっている。平和主義という憲法で動けない日本の代わりに北朝鮮を破滅させれば日本はアメリカの独占貿易に力を貸さざるおえなくなる。」
錦という男が考えていることは頭がおかしいを越えている。自らの力をつけるためにアメリカと手を組み、日本を動かすつもりだ。
「錦社社長、あなたがしようとしていることがどれだけやばいことかわかっているのか?」
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