真っ赤な手のひら

石草八尋

真っ赤な手のひら

 からりとれたあきのあるあき、ゆうくんは保育園ほいくえん砂場すなばすなやまつくってあそんでいました。

 ほかのどもたちがおにごっこやおままごとであそなか、ゆうくんは一心いっしん砂山作すなやまつくりにはげんでいます。

 しばらくまえまでぴかぴかのどろだんごをつくることに全力ぜんりょくをかたむけていたゆうくんでしたが、ここ最近さいきんのゆうくんの目標もくひょうは、おおきなやまを作ることでした。

 ゆうくんのまちにはたか鉄塔てっとうがあります。そのとうをこえるおおきさのやまを作るのが、ゆうくんの目標もくひょうでした。

 はやくしないと、外遊そとあそびの時間じかんわってしまいます。

 昨日きのう一昨日おとといも、時間じかんまでに満足まんぞくできるやまが作れませんでした。かぜくずしてしまうのか、翌日よくじつにはゆうくんの砂山すなやまはなくなっています。だから、ゆうくんは一日いちにちおおきなやまをこさえなければならないのでした。

 砂山作すなやまづくりに集中しゅうちゅうしていたゆうくんは、えた自分じぶん指先ゆびさきにハアッといききかけます。

 いつかの保育園ほいくえんかえり、おかあさんがそうやってをあたためてくれたことを、ゆうくんはずっとおぼえていました。


 ゆきるかもしれないという予報よほうがあったくらい、さむでした。

 ゆうくんはいつも保育園ほいくえんまでおかあさんとあるいてています。だからおかあさんはその、ゆうくんが風邪かぜかないよういつも以上いじょうにゆうくんを厚着あつぎさせました。

 ぶくろをゆうくんのちいさなにはめさせ、マフラーをくびきます。コートのボタンをくびまでしっかりめさせました。

 なのにそのかえみち、ゆうくんはぶくろをはめていませんでした。

ぶくろ、しなくて大丈夫だいじょうぶ?」

 たずねるおかあさんに、

くしちゃったの……」

 と、ゆうくんはいにくそうにこたえます。

 あそんでいる最中さいちゅう、どこかにいてしまったようなのです。

 しょんぼりしているゆうくんをて、おかあさんはなにかんがみました。

 しばらくしておかあさんはゆうくんの両手りょうてります。

 かじかんでになったゆうくんのをまとめ、おかあさんはハアッといききかけました。じんわりとにぬくもりがもどってきます。

 あたたまったにぎってこうをこすると、おかあさんはゆうくんに言いました。

今日きょうはこうやっていききかけて、をあたためながらかえってね。ぶくろは明日あしたってきてあげるから」


 ハアッ、吐息といきであたたまったをこすると、ゆうくんはふたた砂山すなやまづくりに取りかかろうとします。

 そのとき、びゅう、と一陣いちじんつよかぜきました。

 やまくずれちゃう。ゆうくんはかぜいてくるほう移動いどうして、砂山すなやまかぜよけになりました。やがてかぜがやみ、やまがどのくらいくずれてしまったかたしかめていると、ゆうくんは砂山すなやまのふもとにあかいものがちていることにづきました。

 それは、紅葉こうようしたカエデのでした。

 保育園ほいくえんえられているカエデが突風とっぷうったのでしょう。カエデのかたちをまじまじたことのなかったゆうくんには、そのカエデのちいさなのひらにえました。

 そしてそのいろて、ゆうくんはカエデのをかわいそうだとおもいました。

 さむいとき、あかくなることをゆうくんはっています。カエデのは、さむいときののひらとよくいろかたちをしていました。

さむくないよー……」

 そっと、ゆうくんはカエデをうえせます。のひらでカエデをつつみ、ばないようやさしくいききかけました。

 あたりを見渡みわたすと、そこかしこにカエデのらばっています。ちいさなあかいカエデを数枚すうまいひろげ、ゆうくんはそれをあたためました。

 砂山すなやまのことはもう、ゆうくんのあたまなかからちていました。

 明日あしたつくれるすなやまより、こごえたカエデが心配しんぱいです。

 あそ時間じかんわり、おひるごはんをえてもゆうくんはカエデを手放てばなしませんでした。

 お昼寝ひるねのときにはカエデをつぶさないようずっときていました。

 保育園ほいくえん先生せんせいに「っぱを部屋へやれてはだめよ」と注意ちゅういされても、ゆうくんはまだカエデを手放てばなしませんでした。


 夕方ゆうがた、ゆうくんをむかえにたおかあさんは、ゆうくんのようすをくびをかしげました。ゆうくんは部屋へやのすみで、なにかちいさなはこかかえてすわりこんでいます。

 なにをしているんだろう? けげんにおもっていると、ゆうくんがおかあさんをつけました。

「おかあさん!」

 かかんでいたものを両手りょうてなおし、ゆうくんがトタトタおかあさんのもとにはしってます。

「どうしたの、そのブリキのはこ

先生せんせいしてくれたの。これ……」

 ゆうくんはブリキのはこけて中身なかみうえにあけ、おかあさんにカエデのを見せました。カエデにれたゆうくんは、みけんにしわをよせます。

「……ううん、あったまらないなあ」

「どういうこと?」

 おかあさんがゆうくんに事情じじょうくと、ゆうくんはカエデのさむそうで、かわいそうだとおもったはなしをしました。ブリキのはこは、ゆうくんのはなしいた保育園ほいくえん先生せんせいが、カエデのをやぶいたりつぶさしたりせずあたためられるようくれたのだそうです。

「きんぞくはねつをとおすから、って……。でもまだあかい……」

 なにがよくないんだろう。やっぱり直接ちょくせつあたためないといけないのかな。

 かなしげな表情ひょうじょうのゆうくんがいとしくて、おかあさんはくすりとわらいました。

「カエデのは、あかいものなのよ」

「そうなの?」

 ゆうくんはをまるくしました。

「そうよ。郵便ゆうびんポストがあかいのと、おなじようなものなのよ」

「そうなんだ。先生せんせい、おしえてくれなかった」

「そうね、ゆうくんがあんまり一生いっしょうけんめいだから、おしえられなかったんじゃないかな」

「……そうなのかなあ……」

 カエデのいろわらないとわかったゆうくんは、熱心ねっしんにあたためてきたぶんだけ、残念ざんねんそうなかおをしました。そんなゆうくんのかおてか、おかあさんが、はこなかのカエデをひとひらり、

「ゆうくんがあたためてくれたから、きっと最初さいしょつけたときよりきれいな赤色あかいろになってるね」

 と、なぐさめました。

「……そうかな?」

 くびをかしげたゆうくんに、

「そうよ」

 とおかあさんは、自信じしんってうなずきます。

「おかあさん、このカエデ、っておきたいな。ってかえってもいい?」

「うん!」

 元気げんき返事へんじをしたゆうくんに、おかあさんはほほえみます。

「じゃあ、はやかえってばなにしよう」

ばな?」

「うん。ほんのしおりとかにできるのよ。かえったら、いっしょにつくろうね」

 カエデのをブリキのはこもどし、おかあさんはゆうくんのにぎります。

 保育園ほいくえん先生せんせいにさようならをって、ふたりは家路いえじにつきました。

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真っ赤な手のひら 石草八尋 @aa0783

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