シャーライツェンの里3 探求者ジョーカー


 月天ユティエンは信じられない光景に目を見開いていた。

 探知の魔道具が侵入者を知らせその場に兵士達と駆けつけると、見知らぬ部族の男が日刑夭リキングシャと戦闘していたのだ。

 思わず援護に向かおうとした瞬間に彼女は驚愕と共に立ち止まってしまった。

 その男は、身体強化だけであの巨人の妖魔と戦っていた。

 それも目を見張るのは、日刑夭リキングシャの身体に無数の傷跡がついていた。逆に、男の身体は無傷のように見えた。

 見えたと曖昧に思うのはその彼が元々ボロボロの服装だったからだ。マントは朽ち果て所々穴が空いているが、その穴から血や傷跡は見えない。

 だからそこ、彼女はその男が無傷だと理解する。

 大木を三本まとめて折るような拳の一撃を巧みに大剣で受け流し、その交叉する一瞬でザクリと腕に切り傷を作る。

 怪力を受け止める男を、月天ユティエン鬼人モーシェィ族かと勘ぐる。だがしかし、その身体は自分たちの部族と同じ背丈であり、鬼人モーシェィ族を象徴する角がない。

 彼女が判断に迷っていると、戦闘中にもかかわらず落ち着いた声が響く。

「なぁ! あんたら、悪いがコイツの気を少し逸らしてくれないか!?」

 その声に月天ユティエンは考え込んでいた意識が飛び起きて、驚きの目でその戦闘中の男に目を向けた。

 古耳長グ・シャオチー族は森の民であり、森の狩人だ。それは紛れもない一流の部族で、森の中であれば気配を悟らせない。だからこそ、自分たちが監視していたことを看破され驚いていた。

 その上、男の口からは流暢なヤクトゥオール語、それも古耳長グ・シャオチー族の方言も含めて完璧に再現したからだ。

 驚きつつも彼女は意識を戦闘に切り替えて、兵士達に弓を構えさせる。

 当初であれば、日刑夭リキングシャの気を逸らして、里から離れた場所に誘導する作戦。だが、今彼女達の前で戦っている男であれば、もしやと思い彼を支援する作戦に切り替えた。

「総員、援護します! 構え、 斉射!」

 彼女の刺すような言葉で、20以上の矢が日刑夭リキングシャ吸い込まれる。

 彼女自身も矢を構え、魔力をのせて射る。

 カンカン、と小気味よい木に突き刺さる矢の音が響く。

 だが、それは日刑夭リキングシャを倒すのには及ばない。

 妖魔は、魔力を核とはしているが、世界に生み出されるために依り代を選ぶ。

 この日刑夭リキングシャは木を依り代として選んでいる。依り代とした木全体が妖魔の脳であり、身体だ。この妖魔を倒すには、その身を焼き尽くす火力か、あるいは木っ端微塵に破壊する威力が必要となる。

 魔法も呪詛で遮られてそれだけの火力や威力のあるものはそうざらにあるものではない。

 唯一、あるとしたら―――。

―――グオオゴオオオオオ

 矢によって邪魔者の存在をしった日刑夭リキングシャは身体を彼女の方へと向け叫んだ。

 その瞬間に妖魔は男から身体を反らすことになる。

 それを見逃す男ではなかった。

 神に祈るように目を閉じ顎を引き、祈りを捧げた。

『ただ狂え、我が身よ。鬼神ダルギースト、ここに』

 その言葉。

 月天ユティエン達には聞き慣れない異国の言葉で彼の雰囲気が一変する。

 先ほどまで身の軽い狩人の動きで妖魔を翻弄していた男が、悪鬼羅刹のごとき修羅を身に宿して目を見開き、妖魔を睨む。

 そして、にやりと嗤った。

『権能、鬼神剛力ドラズィミーナ。骸を晒せ、グラディアス』

 男は、反魔力呪詛の暴風に晒されながら大剣に魔力を乗せている。

 それは台風の中で火を起こすようなもの。風に吹き飛ばされればどのような火でも立ち所に消えてしまう。

 しかし、それは火だねが弱いからである。風が強くとも雨が強くとも業炎ならば全てを焼き付く。

 一振り。

 月天ユティエン達に気をとられた妖魔の膝に駆け上ってその右腕を切り上げる。

 そのひと振りで巨人の妖魔の腕が斬られ吹き飛んだ。巨木のような腕。それも魔力によって芯は硬化されている。

 その腕をひと斬りで斬った剛力とその剛力を受けても折れない大剣。

 月天ユティエン達が呆気にとられている中、男の動きは止まらない。

 妖魔が身を揺する前に肩を走り、今度は降り様に左腕を断ち切り、その空中で胴を薙ぎ、妖魔は立ったまま細切れされる。腰、足、その順番に剛力をもって斬っていくと男は静かに剣を地面に突き刺し、あろうことか、拳で残った巨木を殴り潰す。

 ズンズン、と腹に響くような振動が木々を揺らす。

 その光景。

 それは戦いではない。

 確実に言えるのは虐殺に近かった。

 命を賭して日刑夭リキングシャへと立ち向かおうとした月天ユティエン達の目に焼き付くのは、その強敵を無残に殴り潰す男の悪鬼のような姿。

 ごくりと、月天ユティエン達は喉を鳴らし、その光景をただ見ているしかない。

 そうして僅かな時間で、木っ端微塵の死体を晒す日刑夭リキングシャだけが残り、それは時間と共に急速に風化し、消えていった。

 最後の欠片を潰した男は、嗤った顔を貼り付けて、月天ユティエン達を振り返る。

 その動きに月天ユティエンは、最大級の警戒を兵士達に命じ、自らは数歩進み出で、彼に毅然とした声で問いかける。

「何者ですか?」

 僅かに彼女の声は震える。

 彼女は、王から命じられた、里を守るという矜恃が足を進ませたが、彼女は見るからに得体の知れない強者を見て、心では恐怖の冷たさに震えていた。

 誰何を尋ねられて、男は笑みを消し、遠い目で僅かにどこかへと見ていたが、月天ユティエンの瞳を返し見て、答える。

「俺の名はジョーカー。探求者ジョーカーだ。まれびとでもいい。悪いが、腹が減ってるんだ。食料を分けて欲しい」

 悪鬼のごとく振る舞っていた割には理性的な言葉に彼女は少し安心するが、彼の一言に眉を寄せる。

「探求者? まさか…」

「ああ、探求者イオの足取りを追っている。碑石を探しに来た」

 彼女達にとって懐かしい名前。そして、彼女達は目の前の男がどういった部族かに気がついた。

 その驚きは、日刑夭リキングシャを虐殺したときの驚きを遙かに超えて、彼らは一歩後ずさった。

 それはまるで男が存在しないはずの、日刑夭リキングシャよりも更に希な生き物を見たような表情だ。

「貴方は…人族…」

「そうだ。俺は人族。お前達の永遠の朋友イオの血脈を継いだな」



 男が告げたその名。

 『永遠の朋友イオ』。

 彼女達、古耳長グ・シャオチー族が最も敬愛し、永遠の友と認めた英雄の名前。

 それを聞き、彼女達は驚きと悲しみを含んで、男と言葉を交わす。


「我らは、もはや朋友イオ…あのお方について何も語れません。されど、日刑夭リキングシャを倒していただいた恩。我らは恩を忘れぬ一族。故に本のつかの間の宿と食事を用意しましょう」


 そうして、彼女達はジョーカーを監視するように連れ立ち、里へと戻っていった。

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虹瞳のジョーカー 三叉霧流 @sannsakiriryuu

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