シャーライツェンの里2 まれびと
シャーライツェンの里付近の森で一人の“まれびと”が歩いていた。
まれびと。
それは来訪者という意味があるが、この“まれびと”はただ事ではない。
魔大陸に存在しないはずの人族の男であった。まれびと、という言葉が本来の意味をなしている。それは異界からの異人。
それだけの異質な存在が、ゆうゆうと森を歩いている。
ただゆっくりと歩いている訳ではない。彼は周囲を警戒しつつ、その森の植生を見つめていた。
歳は十五歳の成人を僅かに重ねた十七、八。自分で髪を乱暴に切ったのか不揃いの短い髪が高貴で美しい彼の顔立ちを野卑な趣きにさせている。しなやかで長い手足は黒いマントにすっぽり覆われて見ることはできないが、その筋肉は無駄なく歴戦の兵士のそれであった。背中には巨大な両手剣を下げ、肩にぶら下げた革袋、足は軍半長靴と鉄のすね当てにした旅の傭兵。
ゆるりと力を抜きながらその黒い瞳は森の隅々まで見渡すように向けられていた。
木々が生い茂り、人間界とは全く違う植物。見たこともないようなウネリを作り旅人を遮る巨木、生き物のような形をした小さな古木、獲物を誘うように極彩色の色をつける若木。色も形も植物としてはあり得ないものだ。植物は無数に、乱雑に生えているが、瞬きを繰り返していたら目眩がしそうになる。それは植物の魔力に当てられるからだ。植生の強いこの森で細切れに襲う目眩は意識を乱す。冷静な判断を失えばたちまち森の迷子となり消えゆくだろう。
彼はそんな迷い森に入ってもブラブラと気を抜き、歩いているように見えた。
しかし、彼は何かにハタリと気がついたように視線を変える。
彼の進む方向から逸れて、僅かに立ち上る毛色の違った魔力の波動。それを感じた瞬間、狩人が獲物を追う足跡を見つけたときと同じ反応を示す。
ぐるりと彼の意識が切り替わる。
索敵から狩猟へ。
ギアが切り替わった彼の動きは流麗なハンターの動きそのものであった。
身を屈め、地面に立ち上る魔力を見つめ、その方向を確実に特定する。
行動は素早かった。
動きは最小限。落ち葉や雑草が生い茂るこの森でどのようなからくりをつかっているのか、彼の足音は全くしない。
足音を出さない最大限の速度で走り、森の影のように飛んでいく。
茂る草木をかき分ける一瞬手前で、速度を制止し、中をゆっくりと進み、出た瞬間にはもう先ほどの最大速度。
故にあらゆる音が消える。
急制動が達人の域である。
達人は速度を重要視しない。手練れこそ、その速度の意味を理解し、その急制動の妙技を会得する。
飛びすぎる彼の姿は、虎よりも僅かに遅いが、虎よりも巧妙であった。
そしてその獲物の姿を捉えた。
森の木々の向こう。
そこには周りの木々より低いが、ありえないほどの巨大な巨人が立ち止まっている。
―――ちっ。
彼は、心の中で舌打ちをする。
それは彼が求めていた獲物ではない。
それは妖魔。
魔力を核とした魔法生物だった。熊の類いならば仕留めて腹の足しにしようとしていた期待を裏切られ、彼は憎々しげにそれを見上げる。
木の根でできた出来損ないの人形。頭はなく、広い肩とだらりと垂れ下がった手足。それがビル三階分ほどの大きさがある。
それは
彼は腹の足しにならないものと戦うことなど意味は無いとしてかぶりを振るい、その場を離れようと静かに動こうとした瞬間。
何かの魔道具を踏んでしまった。
それは周囲の魔力を吸い込んで発動する非魔力蓄積型の魔道具。彼の探知から外れ、長年降り積もった落ち葉によって地形から巧妙に隠されていた。
そこから一瞬だった。
非殺傷型で踏んだ者の生体を検知するレーダーの魔道具は、周囲に警戒の知らせを届ける。
それはつまり、指向性のある魔力を放出する。
――――グゴオオオオオ。
それに里や男よりも妖魔が劇的に反応を示す。
頭もない、口もない。しかしその身体から放たれる大音量に周囲の木々が揺れる。
そして木々をオモチャのように折りながらその妖魔が男のもとへと歩き出した。
それを見て男は自らの不注意を呪いながら覚悟を決める。
肩に下げた巨大な
「ついてないな」
もはや音を殺すことを諦めた男はそう呟き、巨人へと走り出した。
激しい戦闘が始まる。
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