男子高校生とパンツの味

浦賀玄米

友人はかく語りき

「なぁ、緑と白の縞パンって何味だと思う?」

「……はぁっ?」

 隣に座っているコイツが先ほど買ってきたアルミ缶入りのメロンソーダを飲みながら突拍子もないことを聞く。何を言っているんだコイツは。


 夕方、学校帰りに夕日を見つつ何をするでもなくただなんとなく2人して感傷に浸るように、お互いに自販機で買ったソフトドリンクを飲みながら、特に何を喋るでもなく土手の階段に腰掛けていただけの不思議な時間は、その謎の質問で動き出した。


「縞パンの味ってなんだよ」

「そのままの意味だ。緑と白の縞パンに味があるとするのなら、いったい何味だと思う?率直な考えを聞かせてくれ」

 オレとコイツの関係は気の合う友人で、これまでも多くの冗談を言い合ったがさすがにこの質問は少し引く。変態かお前は、という心の声は飲み込んで質問に答える。

「えぇー…、メロンクリームソーダ…?」

「そうか。じゃあ緑地に白の水玉模様のパンツは?」

「………メロンソーダ」

「なんでそうだと思ったんだ?まさかお前妹のパンツを…?」

「アホか。そもそもパンツはそんな味しないだろ」

 そうツッコミを入れるオレ。

「冗談だって。それで、なんでそうだと思った?」

「なんとなく緑色で味って言われたらメロンを想像したから」

「じゃあなんでメロン味じゃなくてメロンソーダなんだ?」

「…水玉っつったらなんかシュワシュワした炭酸飲料っぽいじゃんか」

「なるほど。ほんじゃ、縞パンをメロンクリームソーダと言ったのはなんで?」

 まるで好奇心旺盛な子供のように質問が続く。何が言いたいんだコイツは?

「なんとなく、縞パンとメロンクリームソーダのイメージが合ったから」

「ちなみに俺も緑と白の縞パンが何味かと聞かれたらメロンクリームソーダだと答える。気が合うな」

「うるせぇw」

 馬鹿げた会話に笑いながら、オレはジンジャーエールを一口飲む。

「なぁ、じゃあピンクと白の縞パンは?」

 しょうもない質問が飛んでくる。

「いちごミルク」

「黄色地に赤の水玉模様は?」

「えぇっ、うーん、ジンジャーエール?」

「…ヒョウ柄は?」

「さっきからいったいなんなんだ?新手の心理テストか?」

 オレは聞く。コイツの真意が理解できないから。

「いや、別にそういうわけじゃないんだが。まぁ、とりあえずヒョウ柄は何味をイメージするんだ?」

 オレはコイツを怪しいものでも見るような目で見つつ急かされた質問に答えてやる。

「いやヒョウ柄の味のイメージと言われても…あまりピンとこないな。強いて言うなら苦くて不味そうだなって思う」

「ありがとう。参考になった」

「なんの参考にするんだ?」

「色と味の関係性についてだ」

「色と味に何の関係が…?」

「やれやれ、だからお前はアホなのだ」

「やかましいわ。お前も大概だろうがw」

 男子特有の軽いノリの会話。仲のいいヤツとでないと成り立たない会話をする、オレとコイツという男子高校生2人組。


「俺は思う。俺たちはあるひとつの物事に対するイメージが固定されすぎていて、それが当たり前だと思っている。こんなに馬鹿なことはない」

「続けてくれ」

 オレは黙ってコイツの話を聞く。

「さっきお前は緑色はメロン味を連想すると言ったな。そんな風に色に対する味のイメージがある種の固定概念になってしまっているんだ。例えば紫色と言ったらぶどう味を思い浮かべるだろう。黄色からはオレンジジュースを想像する。そんな感じで特定の色に対する味のイメージが1種類に固定され、他の味を想像する余地はない。だが実際には味にひも付けられた果実の色が現実とは違うこともある。りんごだってそうだ。りんごジュースのパッケージには大抵赤があしらってあるが、実際の果汁の色はやや黄色っぽくて赤じゃない。ぶどうも然り、ただの外見的な色に過ぎず中身の色とは違う。実際にはその色じゃないのにイメージカラーが固定された味はたくさんあるんだ」

「ふんふん」

 適当に相槌を打つオレ。

「人間はそういう既にできあがった感覚に支配されている。これは良くないと思うんだ。そういう先入観が人間の成長を妨げているのではないか、オレはそう思う。色に対応する味のイメージがあるから、メーカーにとっては楽なんだろうけど。色に対する味の固定概念ができているから、俺たちは飲む前にそのジュースの味を想像できるし、そうやって思っていた味と違ったという事故を避けるようにできているんだろうけど」

「そうだな」

 哲学染みた話になってきた。嫌いじゃないが。本来友人とはこういうものだと思う。やれ誰と誰が付き合ってるだの、やれどこどこの野球選手がすげぇだのそういう世俗的なつまらない会話をするだけの関係ほどつまらないものはない。時には腹を割って真面目な話をすることの楽しさと言ったらないな、と思いつつコイツの話を聞き続ける。

「だけど俺は納得がいかない。紫色のパッケージのメロンソーダがあってもいいじゃないか。この味だからこの色のパッケージにしないといけないなんて考えは馬鹿げてる。例えば男だからゴミの運搬という名目の肉体労働をしないといけないということと同じぐらい古い考えだ」

「つまり何が言いたいんだ?」

 そろそろ話にオチをつけてほしい。日もかなり落ちたからな。

「要するにだな、先入観や固定概念を捨てて柔軟な考えができるようにしようぜっていうことだ」

「で、何があったんだ?」

 普段バカなコイツがこんなことを言い出すんだ。何かあったに違いないし、それを聞いてやったほうがいい気がした。

「昨日、冷蔵庫から茶色いスチール缶を取り出してコーヒーだと思ってよく確認せずに飲んだらそばつゆだった…」

「wwwwww」

「今朝なんか、姉貴が散々飲んで空にした大量の酒ビンを捨てに行かされたんだ。『あんた、男なんだからやってよ。あ゛?何お姉ちゃんに逆らうの?やってくれるよね?』って半ば無理やり…。おかげでクソ重いビンを某ゲームのように運搬する破目になった。鬼女め」

「そりゃあご愁傷様。パンツのくだりは?」

「今日の昼休みに階段を登っていてふと見上げたら、緑と白の縞パンが見えたんだ。そんでその時なぜかメロンクリームソーダが飲みたくなってな。俺は考えた。なぜ縞パンを見てメロンクリームソーダが飲みたくなったのかということを。それで俺は気づいた、色と味に関係があるのではないかと。そういうわけであんな質問をしたんだ」

「なるほどな。授業中やけに小難しい顔をして珍しく真面目に授業受けてるなと思ったらそういうことか。さぁ、そろそろ帰るか」

 そう言ってオレはかばんを右手に持ちながら立ち上がり、ジンジャーエールを飲み干した。コイツもメロンソーダを飲み干して川の反対側、自販機のある住宅地へ歩き出す。

「姉貴帰ってないといいなぁ……」

 コイツの悲痛なつぶやきに同情しつつオレは手を振ってコイツと別れ、家路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男子高校生とパンツの味 浦賀玄米 @genmai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ