第三章 公妃のささやかな疑問


 レイフ達が作戦会議している時、エレナはサラと共にメイド達が仕事している一階の裁縫部屋を訪ねていた。

予定外の訪問に部屋が若干、ざわめく。

落ち着きのある初老女性が急いで椅子から立ち上がり、笑顔で二人を出迎える。

「まぁ、奥様。今日は特に手伝って頂く程、別段忙しいという訳ではありませんが、何をなさいましょう?」

入口付近でエレナはメイド頭の思い違いを両手を振って正す。

「違うの。あの……

少し話がしたくて来たの。座ってもいいかしら?」

「ええ、もちろんですとも」

快諾し、空いている近くの椅子に案内する。

「ねぇ、下着泥棒がいるらしいって聞いたんだけど、何か知らない?」

「その件で御座いますか。

えぇ、確か半月程前からでしょうか?

洗濯物が足りないと若い娘が申したのが始まりです。

しかし、その日は丁度、風の強い日でしたので、留め方が甘かったのではないか叱責致しました。

が、風の無い晴天でも別の娘がやはり無くなっていると申すので」

ちょこんと行儀良く足そろえ座ったエレナが小首を傾げる。

「泥棒じゃないかって?」

「えぇ、まぁそんな憶測が流れ始めております。

ただ、私の方で詳しく話を聞いても、ちょっと目を離した一瞬の隙に無くなったとか、カラスがくわえていったなどと申すばかりで」

要領得ない返答ばかりでメイド頭も困っていた。サラが自然発生を推理する。

「野生の獣の仕業で御座いましょうか?」

「ブラジャーだけを盗む。そんな器用な獣がいるか、疑問に感じております」

「下は被害に遭ってないの?」

「ええ。どういう訳だか、他の物は一度も被害に遭っておりません」

「近衛隊長やランスさんにご相談は?」

「そ、それは……!」

サラから当然の問いかけにメイド頭の表情が曇る。

「まさか報告なさらず仕舞いで御座いますか!?」

困惑の表情を浮かべ、うろたえる。

そんなメイド頭をサラは強く追求しようとする。エレナは優しく手を握り語りかけた。

「ねぇ、サラ。

気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着いて。まずは想像してみて?

洗濯物が乾くまで、茂みの傍で『監視』という名目でじっと下着を凝視し続けるレイフや近衛の姿」

それは……と言葉通り、その様子を想像してしまったサラが一瞬、身体を仰け反らせる。

エレナが髪を激しく揺らして拒絶する。

「私は恥ずかしくて嫌よ!?

耐えられないわ!!」

メイド頭が申し訳無さそうに黙していた理由を語る。

「それに若様にはその……奥様を愛するが故の癖が御座いますから、あまり事を荒立てるのはどうかと思いまして」

「えぇ、そうね。

捜索を始めた途端、犯人が警戒して現れなくなっても困るわね」

そんな展開になれば最悪、大公自ら下着泥棒を働く変質者だ。

町のうわさ程度ならまだいい。

正式外交の場でこの件を持ち出された日には、名誉を賭けた戦争が始まる可能性だってある。

【解放暦千二百七十五年 下着戦争勃発ぼっぱつ

町の子供達が教師の教えを真面目に聞き、勉強している。

そんな嫌過ぎる光景を想像したエレナが思わず、声に出して叫ぶ。

「絶対、駄目よ!」

「まあ、そういう事ですので、相談する訳にも行かず……黙っていて申し訳御座いませんでした。

一度、私達が日頃、護身用に携帯している泥団子を気配のあった方向に、投げつけてみたのですが空振り。

結局、別の洗濯物に当たって、洗い直す羽目に……

何かいい解決策はありませんでしょうか?」

重いため息を漏らし、錯誤状態を明かす。

話を聞いていた若いメイド達がいつの間にか周りに集まっていた。

気さくなエレナならば、話しやすいと口々に訴え始める。

「私達だって色々、考えたんです!

洗濯の時間を朝から昼に変えても遣られました!」

「雨の日や室内干しに変えた時は現れませんでした」

「そういえば、交代でずっと見張りについた時も現れなかったです」

訴えを聞き、エレナが考える。

「どこかで見ているのかしらねぇ?」

「かなり用心深い泥棒です!」

別のメイドが悔しげに付け加える。

「あなた達、そんな事してたの?」

泥棒捕まえる為に奮闘していたのを知らないメイド頭があきれ、持ち場に戻るよう叱責する。

エレナは不満残る彼女達を微笑み励ました。

「御免なさい。

今の所、何も思い浮かばないわ。

でも、このまま変質者がいるかもしれない状況を放置する訳にも、行かないわ。

犯人を捕まえるまで、不便かもしれないけど、決して一人にならず、二人一組で行動して何かあれば、笛吹いて知らせましょう。

今レイフ達も犯人を探していると思うから、何か協力を求められた時は、大丈夫な人は応じてもらえると助かるわ。

泥棒を捕まえて、とっちめるのはレイフや近衛達に任せましょう」

メイド達が一斉に元気良く返事をする。

「はい!」

メイド頭も話した事で肩の荷が降りたのだろう。安堵あんどの表情を浮かべ、立ち上がって部屋を出る二人を見送った。


 次にエレナとサラの二人は現場検証する為、城の裏庭に足を運んだ。

ぐるり辺りを見回せば、はるか遠くまで広がる山々、青く透き通った空が一面に広がっている。

干し場では、汚れひとつない洗濯物が気持ち良さそうに、風に揺られはためいている。

泥棒を警戒してか、衣類はシーツの間に隠すように干されている。

若いメイドが二人いつまでもほうき片手に、廊下を掃除しているのは、今日の見張り役なのだろう。

「泥棒を捕まえる事も大切だけど、怪我をする方がもっと大事おおごとだから、くれぐれも気をつけてね?

今日は私とサラがここでお昼食べて、見張ってるから、貴女達は休憩してくるといいわ」

そう話しかけ労った。

しばし戸惑う素振りを見せる。結局、軽くお辞儀をして、泥棒追い払う竹ほうきを手渡し、小走りで食堂へ消えていった。

「ありがとう御座います。エレナ様!

人がいる時は現れていませんが、お気をつけ下さい!」

預かったほうきを花壇に置き、エレナは腰かけた。

厨房ちゅうぼうでサラと一緒に作ったサンドイッチを食べ、周辺を見やる。

くすんではいるものの、よく手入れの行き届いた赤い城壁は長い歴史を感じさせる。

見えはしないが、至る所に賊用の防犯からくりが仕掛けられている。壁をよじ登れば、すぐ引っ掛かって、近衛が駆けつけ捕縛するだろう。

上から侵入して盗るのは無理か……。

そんな事を考え、ふと水場に視線を動かす。おけを持ったメイドが二人近づき、水をくみ上げようとしていた。

そういえば嫁いでくる前は、よく実家近くの川まで出向き、洗濯をしていた。

うっかり手を滑らせ、サラと一緒に全身れるのも気にせず、慌てて洗濯物をどこまでも追いかけたのは懐かしい思い出だ。

その点、お城は排水場に鉄柵が設けられている。

便利で御座いますねえと来た当初、サラがえらく歓心していた。

そこまで考え、エレナの脳裏に一つの可能性が、ふいに浮かんだ。

昼食を食べ終え、立ち上がって排水溝まで歩き、屈み込む。

熱心に下を見つめる様子をサラも不思議に思い、近づいて視線を落とす。

「奥様、犯人の足跡でも御座いましたか?」

「違うの。この排水どこに流れているのかなって……

ほら、メイドの一人が言ってたでしょ?

時間を変えても効果なかったって。

もしかして、洗濯の泡か何かを目印に現れているんじゃないか考えたのよ」

気づかなかった!

サラがポンと軽く手を打つ。

そこへ荷物を受取に来た燕尾えんび服姿の初老執事が裏庭に姿を現す。二人に気づき声をかける。

「おや、奥様。こちらにいらっしゃいましたか」

「どうかしたの?」

エレナが立ち上がって振り返る。

「若様が探しておられます。

朝食以降、お顔を見てないとかで寂しそうなご様子でした」

どうしようもない人ねと一人ごちる。

代々、大公家に仕えているこの執事なら知っているかもしれないと思い立ち、呼び止める。

「そうだ、ジェームス。聞きたい事があるの。今、大丈夫かしら?」

はい、なんなりと笑顔で答える。

「あのね?

ここの生活排水がどこにつながっているのか教えて欲しいの」

「お城の排水は一旦、地下にあるほらに貯水され、城下と合流致します。

その後、支流の川へと排出される仕組みで御座います」

予想的中とばかりに唇をかみ締め、怒りに震えた口調で隠れている犯人の居場所を探る。

「その地下って人間が通行したり、隠れたりする事は出来る?」

生まれた時から見ているレイフならともかく、女主人となって日の浅いエレナの考えは、まだ執事は把握しきれていなかった。

親睦深める機会と勘違いする。

「おや、探検でもなさるおつもりで?

それならば、近くに最適の場が御座います。

若にお話しておきましょう」

話された日には探検という名目で、絶好の恋人デート逢引場スポットに連れて行かれる。

一日、下手すれば数日。ねちっこく彼からたっぷりと愛情表現を受ける羽目に決まっている。

それは流石に御免被りたく、慌てて言葉を付け足す。

「ち、違うのよ。ジェームス!

その地下通を使って、賊が侵入する事が出来るのか気になっただけなの!」

「でしたら、奥様。それは無用な心配で御座いましょう。

私共はあそこを【冥府の入口】と呼んでいる程で御座います。

一度、からくりが作動すれば最後。不届き者が生きて戻る事は決してありません。

こちらまで無事、侵入出来た者は築城以来、一人もいないと記憶しております。

城壁から侵入を試みて、からくりに引っ掛かり捕まる賊なら毎年、数名おりますな」

「そう、ありがとう」

では。一礼して、執事はその場を立ち去っていった。

「奥様の推理はいい線いっていると思ったのですが……」

残念そうにサラがおさげをいじり、頬に当てる。

「違うみたいね。

レイフが本気で私を探し始める前に、こちらから会いに行きましょう」

休憩を終え、戻ってきたメイド達に声をかけ歩き始めた。

「じゃあ、行くけど無理しないでね?」

お辞儀する少女達を背に、二階の執務室に行けば会えるだろう。そんな軽い気持ちでエレナはとことこ歩き出す。

時々、突飛な行動を取る人物について考える。

去年の秋、天気が良いからと気分転換に中庭散策を思い立った。

彼を誘おうと執務室に足を運ぶも、ランスが扉前で見張りに立っているのが廊下越しから見えた。

これは国に関する重要な話を行っている立入禁止の合図だった。

政務の邪魔をしては悪い――

ランスに一言、声をかけそのまま引き返して、サラと二人で中庭のバラを楽しんでいた。

突然、楼閣の鐘が数回、鳴り響いた。

何?

気になって上を見上げたら「エレナー! 大陸で一番、君だけを愛してるー!」と叫ばれ、仰天した。

それを聞いた城下に住む若者が、意中の女性に求婚するのに真似させて欲しい申し出をしてきた。

快諾したのを皮切りに、今じゃすっかり半年に一度、町の人が思った事を叫ぶ恒例行事に彼はしてしまった。

好意を伝えられて悪い気はしない。

照れる気持ちがどうしても勝ってしまうが、内心はすごくうれしい。

けれど、無駄に人望と行動力あふれている分、性質が悪いと思う……。

今日もまた変な事をされては堪らない。

大きな扉前にたどりつき、ここには居ないのを理解する。

政務室の扉横には、不在か分かるように、小窓が一つ設けられている。

それが今、無人で防犯からくりが作動している証拠の赤い色を示しているのだ。

解除するには正しい手順を踏まなければならない。ちょっとでも間違えるとものすごい速さで、金属針が侵入者におそいかかってくる。

初めてお城にやってきて、案内された時に、この状態の時には絶対に近づかないよう言い聞かされている。

「アーシュ達のいる魔道研究所に行ってみましょう」

エレナは傍に居るサラに話しかけ、来た道を引き返す。

散らかり放題の研究所にもレイフの姿はなかった。ただフィンが忙しそうに何か作業していた。邪魔しないよう、そっと離れる。

こうなるともう全く分からなかった。

しらみ潰しに一階にある部屋を全部、見て歩いていく。

一時間も経たず、ジェームスに居場所を聞いておくべきだったと後悔の念が沸き起こる。

お城で暮らし始めてもうすぐ一年だが、どうにもまだ生まれ育った小さな屋敷で暮らしている。あの感覚で動いてしまう。

歩き疲れからサラは大広間に備えられた椅子に座り込んでしまった。

エレナはたまたま近くを通りかかったメイドを呼び止めた。

「ここで休んでいるから、レイフを見かけたら居場所を教えて欲しいの」

「いいですよ」

笑って承諾して歩き去っていった。

サラにならいエレナも隣に座って休む。

「こうして歩いてみるとお城って案外、広いわね……。

朝食の時、ジェームスがいつも一日の予定を確認する理由が分かったわ」

げんなりとサラがもう無理と諦める。

「しかもお互い動き回りますので、下手すると夕飯までお会い出来のう御座います」

エレナは両手で頬つえをつき、するともなしに城内を忙しなく行きかう使用人達を眺める。

そういえば、どうしてレイフは私を望んでいるのだろう……?

彼と初めて出会った頃を思い返す。


 大陸中央の王宮から西に十日程、馬車を走らせた距離に私の故郷はある。

特に歴史的価値の高い遺跡がある訳でも、外交的に重要な場所でもない。

ただ草原がどこまでも広がっているだけの小高い丘の周辺で、羊の放牧を糧に百人もいない領民が助け合って、慎ましい生活を送っている。

しいてあげるなら、他国に続く主要街道が申し訳程度、横切るように通っているだけだ。

百五十年前に起きた戦でご先祖様がちょっとした手柄を立て、褒美ほうびとしてこの領地をたまわった。

あまりの規模の小ささに、現国王様も存在をすっかり忘れている。

そこを治める領主の次女として生まれ育った。

彼と出会う前日は、嵐が酷く危険だとお父様が判断して村人を集め、屋敷に避難させていた。

翌日は嵐がうそのような晴天になった。

しかし、運悪く街道に続く道の柵が壊れてしまっていた。

それに気づかず、村人が牧舎から羊を出してしまい、多くの羊達が脱走した。

朝早くからお父様は村の男手と一緒に柵の修理に追われ、自分は友達の村娘と逃げた羊をあちこち、探し走り回っていた。

しばらくして羊と布を引き裂くような甲高い少女の悲鳴が聞こえた。

駆けつけるとそこには、街道脇で倒れている友達の姿があった。恐らく、羊を追いかけている内にうっかり街道に出てしまったのだろう。

助け起こすべく走り寄り、一台の馬車が少し離れた場所に停まっているのに気づいた。

翼広げるたかの姿が馬車の扉に彫られているのを見て、心臓が跳ね上がった。

それは紛れもなく王国の北に隣接しているコンシュテール公国の国章だった。

相手国がその気になれば、こんな田舎、簡単にひねり潰されてしまう。

謝罪が先か?

いや、まずは人命救助を最優先すべき――

震える唇をかみ締め、直感的に倒れている村娘のメアリーへ駆け寄った。

幸運にも一時的に気を失っているだけらしく、怪我をした様子もなく命に別状はなかった。

安心する傍ら、急いでポケットから笛を取り出し、思い切り吹き鳴らして、大人達に異変を知らせた。

その後、素早く馬車の傍まで駆け寄り、乗車している人物に対して、平身低頭で陳情を申し上げたのだった。

相手が馬車から出てきてからわびるのでは遅い。

例え、乗っている相手が大公の遣いだろうと国事を妨害してしまったのに変わりない。

最悪、父の監督責任を問われ、死罪にされかねないと判断したのだ。

どうか乗っている人物が狭量で怒りっぽい人でありませんように!

そう必死に心の中で女神に祈り続ける。

「どうかご厚情願います!

大公閣下は大層、良い人柄で大勢の民に慕われているとこのような僻地へきちにまで、ご高名及んでおります。

どうか私達にも、広いご慈悲をお与え下さいませ」

その言葉に年若い青年が扉を開け、馬車から降りてきた。

淑女レディ、まずは落ち着いて下さい。

大丈夫。この件、決して誰の責任も問わないとお約束致します」

ほう……安堵あんどのため息を漏らし、胸をなで下ろす。

「レイフ様、申し訳ありません。

お怪我はありませんか?

避けきれず、羊を一頭ひいてしまいました」

従者と思しき赤髪の若者が、血だらけの羊を脇に抱え、頭を下げる。

「ああ、僕は大丈夫だよ。

ランス、お前に怪我は無い?」

「はい。私は大丈夫です」

もう片方の手で敬礼する。

「立ち上がって、淑女。

そこの彼女は大丈夫かな?」

青年はエレナの手を取り、立ち上がらせると視線をやり、気遣った。

「ええ、メアリーなら気を失っているだけです。

合図に気づいた村の者がもうすぐ参りますので、そうしたら医者に見せます。

あの……他に何か粗相そそう致しましたでしょうか?」

注意深く見つめられる視線に気づき、思わず一歩後退あとずさる。

青年は満面の笑顔浮かべ、自己紹介する。

「ああ、失礼。

僕はレイドルフ=コンシュテッドバーク。

どうぞ気軽にレイフと呼んで下さい。

よければ貴女のお名前を教えて頂きたいのですが?」

よりによって大公閣下の御子息が乗る馬車を止めてしまった。

顔を青ざめさせ、エレナが申し訳無さそうに名乗る。

「ウルシャッカ子爵が娘、エレオノーラと申します」

「素敵な名前だ」

優雅な気品漂わせ、彼女を褒めたたえる。

エレナは何とか機嫌良く立ち去ってもらうのに、頭が一杯だった。

思わず息をむほどの美麗なレイフの笑顔を華麗に受け流した。

笛の音に気づいた父と村人が数人、走ってきた。エレナは急いで父親の傍に駆け寄り、手短に事情を説明した。

慌てふためく娘の態度を優しくなだめ、村人達にてきぱき指示を出していく。

「即座に謝罪して、不問とするお言葉を公子自身から頂けたのだろう?

ならば大丈夫だよ」

そう話す父親の言葉でようやく動転していた気が静まった。医者に診せようとメアリーを運ぶ村人の手伝いに回る。

後はとにかく、これ以上私達に関わらず、早く帰って欲しい。それしか考えてなかった。

父が誠意として一晩の宿を招いた滞在中も、好感もたれぬよう細心の注意を払って接した。

距離を取った態度を取り続ければ、自分をつまらない娘と評価して、さっさと他の美しい女性に目を向けるだろう。

そう考えていたが、彼は意に反してその日以降、何かと自分に近づき好意を伝えてきた。

結局、翌年の初夏には求婚を受け入れさせた。

なぜそこまで愛してくれるのか分からない彼女は、ただ座った椅子の心地よさから舟をこぎ、自問するだけだった。

ねえ、レイフ。強情でそそっかしい私のどこが気に入ったの?

私は誰もが目を見張るほど、美人じゃないわ。

取り柄だって家事が得意な位しかない。

貴方が胸ポケットに忍ばせる程、愛を注ぐ価値はないんじゃない?

だからその癖、そろそろ止めましょう。

本気で改めるよう頼むと、なんでいつも泣きそうな顔して、ふるふる首を横に振るの?

そういえば……どうして朝、脱いだ私の下着欲しがるのだろう?

肌に感じてないと死ぬとしか私、聞いて、な……い……

とめどない思考はやがて静かな寝息によって遮られたのだった。

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