最終章 大公家の紋章

 四人が裏庭にたどり着けば、日が西に傾き始めていた。

少し先には、つた雁字搦がんじがらめられ、ギャギャと甲高い声で鳴く一匹のたかの姿があった。

足元をよく見れば、かぎ爪に淡い黄色のブラジャーを捕えている。

騒ぎを聞きつけた使用人達が集まり、ちょっとした人だかりも出来始めていた。

「まあ熟女好きなのかしら?」

メイド頭が微妙な面持ちで頬に手をやる。

口ぶりから察するに、どうやら彼女の下着だったらしい。

執事も見にきたらしく、珍しそうに一人つぶやいている。

「おや、鷹ですか。

久方ぶりにお見かけしました」

「あ、レイフさん。それにエレナさんも」

「フィン、まさか鳥が犯人なの?」

エレナの問いかけに、フィンが小さく首を振り、捜査状況を聞かせる。

「分かりません。なので、今から意思の疎通を図る魔術をかけ、確かめる所です」

アーシュがばしゃと豪快に、小瓶に入った緑色の液体を鷹にかける。

次に、硬貨程度の大きさした石版を冠羽かんう部分に載せ、指で押さえる。呪文を詠唱し、術を発動させた。

共通ゲメス・言語スフレクト

石版から淡い緑の光が生じ、鷹は丸ごと包みこまれた。

光が収まると、憤った口調で人間の言葉を話しだしたのだった。

「全く……人間というのは本当、失礼極まりないな!」

「あぁん?

失礼なのはお前だろ?

ほら、鷹ちゃんよ!

大人しく誰に命じられたか、白状しとけ?」

大胆にもアーシュは人差し指で、ぴしぴし軽く鷹の頭を小突いた。

たわけ!

森の王者たる私が、人間に使われる訳あるまい!」

「王様がうそつくんじゃねえよ!

誰の命令で下着盗ってたよ?」

「下着?

何の事だ?」

鳥なので、表情など詳しく読み取れないが、真剣にアーシュを見つめ、問いかける黒い瞳孔からは、誰かをかばっている意志は感じ取れなかった。

エレナが傍まで歩き、屈み込み質問を変えてみた。

「ねえ、あなたのおうちはどこ?」

「最近、中庭に生えたときく大樹だ」

伯爵討伐から城へ帰還した翌日、レイフは精霊との約束を果たすべく、音楽舞踏祭を催した。

城の大広間を開放して、一晩中民衆たちと歌い踊りあかした。

朝方、疲れ果てて眠りについた。夕刻目覚めたら、いつの間にかベッドの脇に、粒の大きな木の実が一粒、置かれていたのだった。

なんだろう? とアーシュに尋ねたのだ。

「多分、楽しませてくれたお礼だよ。

精霊長の加護なんて、滅多にもらえねえぞ?

遠慮せずもらっとこう。中庭にでも植えたら、あっという間にでっかくなるんじゃねえか?」

助言に従い、中庭に植えたら途端、芽が出て指摘通り、瞬く間に城の屋根の高さまで伸びた。

今では、すっかり城の名物となっている。

ランスが疑問を感じ、問いかける。

「シュテール山から移住してきたのですか?

城の周辺は伐採が進み、最近では見かけなくなっていましたが?」

「私とて、一月前ぐらいまで、山の中に巣を作り、そこで暮らしていた。

だが、ある日突然、燃えて灰になった」

鷹の言葉に先程まで強気な態度を見せていたアーシュが言葉を詰まらせる。

逃げる素振りにレイフが逃がすまいと彼女の肩に手を置き、その場に留めさせ続きを促す。

「それで?」

「途方に暮れていた所、地の長が城に行ってみてはどうか、薦めてくれてな。

先住者に小動物達がいたが、わない事とからすなど敵が来たら、追い払うのを条件に、上方住まう事を提案してくれた。

風雨しのげる上に、眺めは最高だ!

流石は大地の加護を受けし大樹だ」

「という事は、樹の上方に君の家が?」

どこか威張った調子で、レイフの推測を肯定する。

「うむ。この辺は木が少ないからな。巣材集めに苦労したぞ。

だが、その分いい出来栄えと自負する。

お前達、人間を招待できないのが残念だ」

「確認して参ります」

中庭に向かってランスが駆け出す。

阻止しようと鷹が暴れもがく。

「こら、何するんだ。

壊す気なら許さないぞ!?

お前達、人間だって勝手に家壊されたら黙ってないだろう!」

「君の言う通りだよ。でもねえ?

よく見れば、口が切れて血が出てる。

巣を作る時、傷めたんじゃない?」

レイフが指差すくちばし部分は、流れ出た血がへばりつき、赤黒くなっていた。

どこか不満そうに受け答える。

「むう……その通りだ。

だから、苦労したと先程も言った」

「まさか、下着に入っている針金で?」

エレナの疑問に多分ねと答える。持ち前の交渉能力を発揮する。

「なら、こうしない?

僕が君に素晴らしい木の家を贈るよ。

だから、君は今後、人間の物を巣に持ち帰らない。怪我して危ないからね。

家が出来るまでの間、城の中で治療に専念するってのはどう?」

レイフから取引を持ち掛けられ、しばし考える。黄色い眼球をきょろきょろ忙しなく動かす。

やがて、結論が出たらしく、黒い瞳孔をまっすぐレイフに向け、くちばしを開ける。

「人間にとっての害獣を定期的に差し入れるならば、今後は私も人間の生活場に近づかないと誓うが?」

「良かった。交渉成立だね」

鷹に向かってにっこり微笑み、執事に手渡し預ける。

「確か、若の祖父君が鷹匠たかじょうで御座いましたな。

当時の愛用品がまだ蔵の中にあったはずです。そちらをお使いになりましょう」

全く動ぜず、むしろ友好的に話しかける。

鷹も上機嫌で差し入れ希望の品目を偉そうにまくし立てる。

「蛇が美味い。だが、きつねやもぐらも中々の馳走ちそうだから、よろしく頼むぞ」

執事らと入れ替わり、大樹に登ったランスが脇に巣らしきものを抱え、戻ってくる。

「レイフ様、こちらです」

目の前に人間の背丈程ある鷹が作った大きな巣が差し出された。

中をのぞけば、失せ物と思われていたしゃもじや鉄線が入っていた。

そして、確かに苦労したのだろう。元は女性下着と思われる布地が裂かれ、針金部分のみ器用に巣として丸め込み、整えられていた。

「あの、レイフ様……今回、エレナ様含む一連の騒動ですが、如何致しましょう?」

ランスが直立不動の姿勢を崩さず、主人の意向を確認する。

レイフも人間の犯行を想定していた。口元を引きつらせるしかなかった。

「まさか、鷹とは思いもよらなかったからなあ……

鷹はうちの紋章で国の象徴だ。守り神を当主自ら、殺める訳にはいかないね。

それに……」

そこで一旦、言葉を区切る。アーシュから手を離し、鋭くにらみつける。

「事情を聞けば、鷹だって被害者だったね?

誰かさんが一月前、僕と一緒に山賊退治に出撃した際、逃走図った賊を逃すまいと放った攻撃魔術が、原因で山火事になった。

それで、長年の住処を失ってしまったのだから」

「だから、あの時、やりすぎだって言ったんですよぉ~」

全焼逃れるべく、水の術で消火し半焼程度に食い止めたフィンが半泣きする。

「ならばむち打つ相手は決まっているよ。

そう思わないか、アーシュ?

お前のせいで、僕はエレナから別居を言い渡されそうになるしで、全く散々な目に遭ったよ」

腰に差した鞭を取り出し、ひゅんひゅんうならせる。

「ちょっとレイフ、本気なの!?

お願いだから、アーシュを罰するなんて止めて頂戴ちょうだい

第一、悪者退治するのに協力しただけよ!

アーシュには、鷹のお家を壊すつもりなんて、全然なかったのよ!」

女性を鞭打たせまいとエレナが急いで立ち上がる。顔を青ざめさせ、恩赦を願い出る。

「エレナ、かばってくれてうれしいけど、気持ちだけもらっとくよ。

レイフの言う事はもっともだ。

過程はどうあれ、魔道師と人間の共存を訴え活動している責任者のあたしが、率先して自然をぶっ壊したんだ。

それでおとがめなしじゃ、他の魔道師に示しがつかねえよ。

だから、あたしはレイフの処断に大人しく従うよ」

アーシュが観念した様子でそう言い、素直に両手をレイフの前に差し出す。

フィンが両手を広げ、前に立ち塞がる。

「待って下さい!

ならば、この件の責任は、止められなかった補佐の僕にこそあります」

命懸けで女性をかばう彼の男気に、ほんの少しレイフの口元が緩む。

フィンは人間と魔道師の間でめ事が発生した時の折衝役だ。

どう折り合いつけるか?

鞭を操る手を止め、彼にだけ分かるよう、かすかに唇を動かし、城下町のどぶ掃除十日間を持ち掛けてみる。

フィンは飽きっぽい彼女の行動を予想して、小さく首を振り、同じ様に唇を動かした。

恐らく、三日目頃に魔術で手っ取り早く済ませる事を考え付く。その結果、都市が下水まみれになる可能性を説明し、自身が仕置くのを提示する。

城下町の中央広場で見せしめる彫像の刑か~

不恰好ぶかっこうさを散々、からってやりたかった。しかし、個人的な感情で民を泥まみれにさせる訳には行かない。

それで手を打つか二の足を踏む。

鞭で打ち殺すべきかレイフは考えあぐねている。

そう早とちりしたエレナがうっすら涙を浮かべ、胸元にしがみつき懇願してきた。

「お願い、レイフ。

何でもするから、二人を殺すなんて止めて」

瞳に星を宿し、うるうる輝かせ両手組み、小首を傾げ見上げる。

彼女は親友助けるのに必死で、特に深く考えず自分に出来る最善を発言しているに過ぎない。

しかし、お互いなるべく穏便に対処したい。

この状況では、女神が救いの手を差し出すに等しかった。

絶妙な瞬間に、申し出てくれた彼女に対して、レイフは胸中でそっと感謝の言葉をささげた。

ありがとう、エレナ!

何でもってすごくいい言葉だね!

彼女のおでこに軽く、自身の唇を押しつける。ランスから巣を受け取り、そのままアーシュの手に乗せた。

「はい、これ。鷹の新しい家を作る参考に必要だろ?」

レイフの意図が読み切れず、フィンがかすかに眉を跳ね上げさせる。

「エレナの頼みは、何でもかなえるって言ってしまったばかりだからね。

彼女に感謝してくれ」

願いが通じたエレナがうれしそうに胸元へ頬すり寄せる。

「ありがとう。レイフ!」

今回しくも、騒動の発端となってしまった魔道師二名に対して、レイフは金銭賠償の意向を伝える。

「鷹が巣材として持ち去った衣類や消耗品は、ひとまず僕の方で、被害者達に立替支給しておくよ。

だけど、来月の研究資金からきっちり差引かせてもらうからね?

特にエレナに贈った奴は、わざわざ仕立屋に依頼して作らせた特注品だったんだ。

あれ、注文から出来上がるまで一月、掛かったんだよ?

楽しみがまた一月はお預けじゃないか!」

レイフが頓珍漢とんちんかんな憤りを見せる。

アーシュとフィンの二人が大公夫妻に向き直り、姿勢を正し深々と一礼し、謝辞を述べた。

「大公ならびに妃殿下のご厚情、心より感謝申し上げます」

二人のお陰で真相が分かったようなものだった。

事態を見守っていた城の使用人達も、大公が溺愛している公妃立っての願いならば、聞かざるを得ない。

やれやれといった具合で持ち場に戻り始める。

ほぼ無罪は流石に不味い。

レイフから視線を受けたランスが、ぬかりなく無償労働の損害賠償を付け加える。

「森を再建させるのに、人手が欲しいと申請を受けております」

「おう!

したら、巣を完成させたら、すぐに村へ向かって手伝ってくるよ」

「まずは図書室に行って生態を調べましょう」

城の中に戻る二人を見送ったエレナが疑惑を向けてしまった事をわびる。

「あの、レイフ。疑ってしまって、御免なさい」

「うん。傷ついたよ」

いつの間にか裏庭にはレイフと二人きりになっていた。

急に彼を意識し、もじもじスカートの裾を摘みいじる。

部屋に戻ろうとくるり、背を向けるエレナの肩にレイフは軽く手を置いた。

エレナがびくり肩を震わせた所、すかさず彼女の耳元でささやいた。

「さっき、何でもするって言ったよね?」

「あれは言葉のあやというか……

ねえ、もう暗くなるわ。そろそろ戻りましょう?」

子羊が戸惑うように困惑するエレナにレイフが無邪気な笑顔浮かべ、新婚当初から抱き続けている要求を突きつけた。

「夕飯食べ終えたら、一緒にお風呂入って欲しいな?

前から君と背中洗いっこしたかったんだ。

今回の件はお互い、それで水に流そう?」

言われた瞬間、困るわと振り返り顔を赤らめる。

やがて償いたい気持ちが勝り、顔を上げる。

「じろじろ見ちゃ駄目よ?」

小声でくぎを刺し、了承したのだった。


「あの、旦那様。ちょっと困ります!?」

騒動から一夜明けた翌朝――

隣の衣装部屋から戸惑った様子で話すサラの声が聞こえてきた。けれど、エレナはまだ、ふかふか寝台ベッドの心地よいぬくもりから離れる気になれず、寝返りを打つに留めたのだった。

「レイフ様、それは超えてはいけない一線な気がします」

ランスも厳しい口調で踏みとどまる様、主人に対して進言する。

「そうかな?

エレナが許してくれたら、大丈夫な気がするけどなぁ?」

自分に関する事で、何か彼がやろうとしている。

エレナはそう直感して、完全に目を覚ます。

羽毛布団跳ねあげ、衣装部屋に駆け込み、声を張り上げる。

「何してるの。レイフ!?」

「おはよう、エレナ。

昨夜の君も最高だったよ。

うん。その姿の君も魅力的だね。

でも、長居したら、ランスの目をくりぬきたくなるから一旦、寝室に戻ろうか?」

レイフの言葉で、自分が絹の薄い下着姿のまま飛び出した事を思い出した。きゃあと小さく悲鳴をあげ両手で胸を隠す。

まるで、羽毛を持ち上げるかのように、素早く軽やかな手つきでレイフは彼女を抱き抱え、寝室に戻って歩いていく。

彼のたくましい胸元から、そっとエレナは顔を上げて見やれば、とっさに明後日の方向へ顔を背け、全身硬直させるランスの姿があった。

申し訳ない気持ちになり、小首を傾げレイフにねだる。

「勝手に飛び出した私が悪いんだから、ランスをいじめないでね?」

「もちろん冗談だよ」

笑って安心させる。寝台にたどりつき、エレナをそっと降ろした。

その隣に自分は腰掛け、考えふけるように髪をかきあげた。

正装した姿で、その仕草を見たられ直す所だ。

しかし、レースをふんだんに飾り付けた桃色のキャミソールを身に着けた上半身姿が、全てを台無しにしていた。

しかも、寸法サイズ違うのを無理矢理、袖通したせいか今にも破れそうな気配だった。

滑稽こっけいな姿に怒る気も忘れ、エレナはぷっと吹き出す。

「なんで、そんな物を着ようとしたのよ?」

「今回の件で考えたんだよね。

持ち歩いてたから疑われたんだって。

なら、身に着ければ、もう誤解される事もないかなって」

「言っときますけど、今度私の着たら本当にお城出て行きますからね?

さぁ、早く脱いで返して頂戴ちょうだい!」

「分かった。二度としないと誓うよ」

レイフは神妙な顔つきで答え、しばらく腕を振ったり回して奮闘する。

しばらくして、情けない声で助けを求めたのだった。

「どうしよう、エレナ。

脱げなくなっちゃった……」

「えええ!?

やだ、やめてよ!

手伝ってあげるから腕を上げて」

大人しく腕を上げるレイフに、エレナは必死でキャミソールをたくし上げていく。

「あぁ、貴方が無理に着たから結局、破れちゃったじゃない……」

あちこち裂けたキャミソールを見てこれも気に入ってたのにと嘆く。

落ち込むエレナにごめん、新しいの贈るからと謝る。

「うーん。でも、君がさっきの下着ぐらい、力一杯締め付けてくれたら、僕は安心出来るんだけどなあ……」

「貴方、全っ然懲りてないじゃない!?

馬鹿ーー!!」

エレナの怒る声と平手打つ音が寝室に響き渡った。

今日ものどかで平凡な大公家の一日が始まろうとしていた。


おしまい

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残念なイケメン、アリですか!? 神無月やよい @yayoi-kannaduki

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