大切なもの

遠峯遥

*1

「ごめんね、待った?」

「ううん、そんなことないよ。・・・じゃぁ、帰ろっか?」

「うん。」

いつも待ち合わせをしていた。

4時30分に校門の前で。

僕の名前は神谷光司。

高校1年生。

そして、僕の待ち合わせの相手は、僕の彼女である坂井灯あかり。彼女も同じ高校1年生だ。

 僕らは付き合っている・・・。そう3ヶ月も前から・・・。

事の起こりは半年前。

この事件がなければ、僕らが付き合うことなんてなかった。

いいや、僕らは何の接点もないまま卒業してしまっていた。

そんな僕らがこういう関係になれたのは半年前の6月、僕が交通事故に遭ったのが一番の転機だ。

事故の当日、僕はいつものように学校を楽しんでいた。

そしていつものように昼休みには友人と話をしていた。

「でさ、城崎がさ・・・。っておい。」

「あ、え?何?」

これでもいつもの会話だった。

僕はいつでもぽけぽけしていて周りの声なんかが聞こえなくなることが多かった。

「またかよ。光司!」

友人の笹波健一がつっこむ。でも、今回僕はただぽけぽけしていたわけではなかった。

「ケン。なんであの子ってイジメられてるんだ?」

俺はいつものようにイジメに遭うクラスメイトの坂井灯を見ていた。

「あぁ、あいつか?だってあいつ多重人格だしな。人によって態度変えるから、嫌われてんだろ。」

「ふぅーん。」

知らなかった。

クラスメイトではあったがそんな一面、僕は見た事がなかった。

話す事は全くなかったけど、僕には普通の女の子だとしか思ってなかった。

イジメているのは女子が中心だが、彼女がイジメられてても誰も止めようとしない。

不思議な事にこのクラスは女子に権力が上がっていた。

いつの時代でも女性は強いという言葉に僕は共感したくなった。

止めないのではなく止められなかったのだろう・・・。やがて昼休みも終わり、授業も終わっていた。

いつものように僕は部活へ向かおうとしていたが、すれ違い際に部員が僕に声をかけた。

「あ、神谷。今日は部活オフだってさ。」

「え、そうか。ありがとう。」

僕は部活が終わってからケンと一緒に帰るつもりだったがそうもいかないらしい。

まだ部活が終わるまでは3時間もあるし、なにより母親にはまっすぐ帰るように言われていた。

僕はふぅとため息をついてケンの元へ向かった。

「なぁ、ケン。僕、先帰るよ。」

「あぁ、部活オフなんだってな。俺はかまわないから帰っちゃいな。」

「ありがとう。」

・・・転機の始まりだった。

くだらない母親の言いつけではあったが、そのおかげで彼女と出会えた。

今考えれば感謝すべきだと思う。

そして僕は母親の言いつけを守り、そのまま真っすぐ帰った。

いや、帰れると思った。

僕は自転車にまたがり学校を出た。

あっという間の事だった・・・。

校門で車と接触してしまった。そして僕はよける事すらできずに吹っ飛ばされた・・・。

不思議だった・・・。

今まで何があったのかが分からなかった。

目を開けるとそこには白い壁が見えた。

そうじゃない、天井だった。そこは消毒液のつんとする臭いがかすかだが広がっていた。

「ここは・・・!?」

僕は飛び起きた。側には40歳前半の夫婦らしき人が立っていた。

「病院・・・?」

「そうだ、光司。」

男性が呼びかけた。でも、

「光司?え、え?」

頭の中が真っ白になった。

何よりも、無知の恐怖に襲われた。

今の僕には側にいる夫婦よりも、自分が誰かすら分からなかった。

後に僕は、この二人を親だと知る事になる。

「記憶喪失ってやつですね。」

僕は白衣を着た若い医師と夫婦とで診察室にいた。

このときは本当にびっくりした。

だとすれば先程までの事は全てつじつまが合う。

もちろん、ただ、と言うとおかしいが、普通の記憶喪失なので学力的知識は頭の中に入っていたので記憶喪失という言葉にはピンと来た。

夫婦は唖然として一生懸命、自分が親だと僕に呼びかけていた。

医師の診断で、というより当然の事だが、僕はただの一泊するだけで退院した。それからは

「記憶をなくした」

ということ以外に関しては何事もなく暮らしていた。

今はもう記憶は戻っているのだが、その当時のほうが友人は多かった。

それは僕が記憶がなくす以前よりも素直な性格になっていたからだ。

・・・と、いうのは昔は人に嫌われないように気を遣っていたからだ。

誰だって経験があると思う。

友人が悪い事をしていても受け流す、それがいい例だろうか。

つまりは言いたい事を言っていた。

もちろん悪口なんかは言わない。

結論から言えば自分の正義を貫いていた。

偽善者や飾っている自分ではない。

素で誰とでも話をしようとした。くどいようだが、それが僕らの出会いをつくった。

灯がイジメられていた。

それも休み時間中、みんなの目の前で。

誰もとめようとしない、誰もそれが気の毒だ、という目ですら見ようとしない。

そんな様子に僕は腹が立った。僕は彼女たちの間に割ってはいってまず灯に声をかけた。

「大丈夫?坂井さん。」

彼女は声を出そうとしなかった。

ただ小さく首を縦に振った。

そこは教室の中だった。

しかも黒板のすぐそば。

それをいいことにイジメている彼女たちは灯にチョークの粉をかぶせていた。

それを見て一気に怒りがこみ上げてきた僕は振り返って彼女たちのほうを向いた。

「やめろよ。坂井さんが何したっていうんだ・・・。」

震える声で僕は静かに言った。

できるだけ目を合わせない様に・・・。

なんせ僕は怒り狂うと容赦なくつっかかっていくからだ。

「どけよ。」

「あんた偽善者?かっこ悪いよ。」

「蹴り飛ばすよ?」

彼女たちが口々に言う。

本当に性質タチが悪い。

こういう女の子ばかりじゃないはずなのに。彼女たちだけは許せなかった・・・。

ドンッ!!!

爆発音を思わせる音が教室中・・・いや、向こう側のクラスまで響き渡った。

そして周りが一気に静まり返った。

気が付けば僕の拳からは血が流れていた。そのかわり、黒板にはひびが入っていた。

「あ、壊れた・・・。弁償かなぁ、これは?まいったなぁ。」

いつもの僕が喋る穏やかな口調だった。

壊れたのは黒板だけじゃない。僕も壊れていた。当然怒りなどとうの昔に越えていた。

「こういう方法は使いたくないんだけど、坂井さんをイジメないでよ?今度は君たちだよ?」

穏やかな口調で言ってやった、さらには最後に笑顔をお見舞いしてやった。

それを見た彼女たちはその場を去った。

振り返ることもなく。

言うまでもなく後に僕は怒られる事になった。そして僕らのクラスは以後自習になった。

「ごめん、びっくりした?」

彼女は先程のように、今度は横に首を振った。

「保健室に行くよ。包帯もらってこなきゃ。」

そう友人に告げ、僕はその場を去ろうとした。

すると灯が後ろからかけてきてハンカチを差し出した。

「これ使って・・・、血がたれてるよ。」

「・・・ありがとう。」

僕は灯と言葉を交わしてその場を去った。

その後、話を聞いて保健室に駆けつけた先生に僕は怒られた。

その後2週間は灯を除いて僕に近寄ろうとする人はいなかった。

それからしばらく・・・。そんな日々も忘れかけた昼休みの事だ。

「ふぅ・・・。」

僕は家に弁当を忘れてきて途方に暮れていた。僕は

「中庭で風に当たるのもいいかな。」

などと強がりを言って座り込んでいた。・・・そこへ。

「光司君。」

そこへ灯が現れた。

「弁当は?」

「忘れた・・・。」

僕がそう言うと灯は微笑んで僕に箱を差し出した。・・・弁当箱だ。

「じゃぁ、これ食べて。」

「え?でも・・・。」

「私はいいから。」

僕は気がすすまないまま弁当箱を受け取った。

「・・・おいしい。」

「ほんと?ありがと。」

幸せな一時だった。

僕は弁当よりも何よりも、灯の事が気になっていた。

・・・初めてだった。

これほどまでにも一人の女の子に恋愛感情を抱いたのは。

僕は恋していた。

灯が好きだった。

いつからか分からないけど、気が付いたら灯の事ばかり考えていた。

何でだろうか。

こうしているだけで、気持ちが昂るのだろう。

灯といればいつだって退屈しない。・・・僕はこの思いを伝えたかった。

そんなこんなで僕らはこの日を期に休みの日でも頻繁に会うようになった。・・・そして今現在。

「じゃぁ、帰ろっか。」

「うん。」

僕らは歩き出した。互いに寄り添いながら。

「雲行きが怪しい。」

そう思って顔を上げた瞬間だ。雨粒が僕の鼻の頭に当たった・・・。雨だ。

「・・・雨かよ。」

そう言いながら僕は片手に持っていた傘を差した。・・・でも。

「灯、傘は?」

「忘れちゃった。」

「じゃぁ、入りなよ。」

灯は黙って首を縦に振った。そして先程よりも僕に肩を近づけた。

「もっと寄ってきてもいいよ。」

「え?でも・・。」

「僕はいいからっ。」

僕はそう言いながら灯の肩を掴んで強引に引き寄せた。

「・・・光司君。」

「これなら二人ともぬれないだろ?」

僕は片手に傘を差し、もう片手は灯の肩を掴んで家まで歩いた。

3ヶ月付き合っていても、さすがに緊張感は感じた。

いつもの倍くらいだろうか、もっと感じていたかもしれない。

・・・僕は灯が好きだ。僕の彼女は灯だけだ。今まででも、これからも・・・。


 僕らは付き合っている・・・。そう3ヶ月も前から・・・

 手に入れるだけが全てじゃない、失うことも大切だ

 失うことで、また新たに手に入るものだってあるんだ

 これは・・・そんなことを教えてくれそうな物語だった。

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