第6話 きつねろく
荷物を満載した車輪のついたスーツケースをがらがらと二台も引いて、私は歩いていた。空は朝が来ようとして、雲が青空に場所を明け渡し始めていた。何故か私の腰から黒い尻尾が生えていて、それを気にする事なく、がらがらと音を立てて歩く。
見覚えがある様な無い様な不思議な景色を、空を見ながら、がらがら、がらがら。尻尾がふんわりふんわり。
太陽が、まるで照明みたいに雲の切れ間から差し始めて、世界が明るくなっていく。通りがかりの道々に、
このまま先へ進んでもいいんだろうか。何となく不安な気分に合わせて尻尾がふりふり。そのたびに、狐の像が私の進む先で安心させる様に待っていて見つめてくれる。その眼差しに優しさを感じる。
足元から、スモークの煙みたいにじゅわっと、もやが沸いてきて、道が見えなくなって来る。少し離れた所から私を呼ぶ声がする。不確かな足元に気をつけながら、狐の像に心を優しく押されながら私は声の方へ。
九尾の人が、白い尻尾の美人さんと手招きしている。なんでこっちに来てるのかと、驚きながらも、良くここまで来れたとホッとしているのが分かる。持っていた荷物を二人に渡すと、二人のすぐ後ろに古めかしい感じの駅舎があった。もう汽車が来るから、乗って帰るといい。そう言われて私はそちらに進んだ。
何だか、克明な夢を見た気がする。本当に夢だったのかな。腰に手を回しても尻尾は無くて、パジャマとお尻だけです。夢診断みたいなのを、ちょこちょこと見てみたら不安があった時とかに【黒】がモチーフの夢も見るとか。
あー……。私はチラッと机の上に置いてある封筒を見る。実家から送られて来た『お見合い写真様』だ。会ってみるだけでも、と言われてるけど微妙な距離の実家に行くのも大変だし、そもそも知らない人と突然そういう感じというのが、とても気乗りしない。どうせするなら、恋愛結婚をしたいもん。
何となくもやもやした気持ちのまま、気付けば近所の稲荷神社へ。午前中という事もあって神聖な気配が強い印象。お願いごとも午前にした方が良いとこの前聞いた。
きちんと、手を洗ってから、お賽銭を入れて鈴を鳴らす。何をお願いするか思い付かないでいたら、横からにゅっと「ぐだり狐」さんが。
「おはようございます。随分とお早いですね」
若いばーじょんを保てる位になってきたぐだり狐さんは、もうぐだってないで爽やか。あんまり近くで顔を見られると照れてしまう。立ち話もあれだからと、社務所の中で御茶を頂く。ぽつりぽつりと、お見合いの話が来た事不安な胸の内を喋っていると、ぐだり狐さんが窓から外を見ながら語ってくれた。
「結婚って家と家の結びつきなんですよね」
我々神社なんかも同じで、引っ越したり合同になったり。飛び地があったりと色々なんです、と語るその横顔は私が知らない沢山の歴史が感じられて少しだけ遠くの人に感じる。
「まぁ、あれですよね。帰って来たい場所にその人がいるのを想像できたらいいんじゃないでしょうかね」
上手く言えませんがと、ほへへーと笑うその顔を見ていたら、何だか安心した。
「うん、決めました。お断りしちゃいます、お見合い」
何かお役に立てたら幸いですと、ふわっとした笑いをするぐだり狐さん。
そうだよね。笑顔が見たいと思えるその人と、ずっと居られたらそれが幸せだし、そういう結婚がいいな。私は今、胸にある想いをそれ以上は口にはしないで、ゆっくりと御茶を飲むのでした。きっと、あの夢の中の尻尾が生えていたら左右にゆっくりと振っていたと思います。
きつね 玉藻稲荷&土鍋ご飯 @tamamo_donabe
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